前編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Xにいろいろ聞かされて、私は大体の事を理解した。
まず、ここは元いた世界とは違うという事。元の世界の私はもう死んでいて、Xに魂を奪われた状態らしい。しかしX曰く「殺してはいない」。私と彼とでは、「死」の価値観があまりにも違いすぎるらしい。
そしてXの目的は、いつしか全人類の魂をこの世界に閉じ込め、永遠に自分の奴隷とする事。見ず知らずの人間がどうなろうと私の知った事ではないが、まさに悪魔の所業と言えるだろう。
確かに私はあの時死んだらしいが、私の思い描いていた死とはまるで違う。目は見えるし耳も聞こえる、これでは生きていた時と何ら変わらない。
挙句の果てには、得体の知れない悪魔の奴隷にされて永遠に生きるなんて。考えただけで反吐が出そうだ。
「私が死のうが生きようが私の勝手でしょ。
あなたに隷属して永遠に生きるなんてまっぴら御免よ。」
「なんでそんなに不満を抱くの?この素晴らしい世界で、永遠に僕と共にあることができるというのに。
それにユウリ、君には死なれたら困るんだ。なにしろ、僕が気に入った人間なんだからね。」
「……気に入った?」
妙な存在に興味を持たれてしまった。なんだか面倒な事になりそうな気がする。
「君は特異な人間だ。
人間は普通、喜びや悲しみ、怒り……そういういろんな感情を持ち合わた存在なんだよ。
でもユウリ、君はまるで違う。君を形作る感情はあまりにも薄く、少なすぎる。
君の中は空っぽなんだ。
まるで君は──
「…それが何?」
「それが逆に面白いんだってコト」
まだ信じ切ったわけではないが、さすがは「神」、なんでもお見通しということだろうか。
しかしなぜ私が"空っぽ"なのか、Xはそれについて聞こうとはしなかった。ただ単に興味がないだけなのか、それとも何か別の意図があったのか。なぜ聞かないの、とは言わないでおく事にした。
「それにゲームをプレイした理由もだよ。
大抵の人間は、僕らについて調査するためとか、面白半分だとかそういう理由で『Sonic.exe』をプレイする。ところが君は『楽に死ぬため』という理由でゲームをプレイした。
…待っていたのは、真逆の結果だけどね。」
Xはまたクスクスと不敵に笑う。彼の態度に苛立ちを覚えたのはこれで何度目だ。
「とにかく。
君みたいな人間はとても珍しいし、見たことがないんだ。
ユウリ、僕の作ったこの世界がどれほど素晴らしいものなのか、君に存分に見せてあげるよ。だから君も、僕を楽しませてね。
──僕のお気に入りのおもちゃらしく、ね。」
…いらない子扱いの次は、おもちゃ扱いか。
結局私は、どこに行っても自由になれないし逃げられない。いつの日からか空っぽになってしまった私はもう、真っ当な扱いを受けるような人間ではなかったのかもしれない。
どんなに足掻いても、叶わない願いはある。
お母さんも。お父さんも。みんなみんなそうだ。期待など抱いていた私が馬鹿げていた。
叶わない願いならいっそ、この手で壊してしまえばいい。この手で終わらせてしまえばいい。
私はまだ、この叶わない願いから逃げられる。この世界から逃げられる。今度こそ、私の手で終わらせるのだ。
「……だったらX。あなたの望み通り、面白いものを見せてあげるわ。」
スカートのポケットを探る。
…よかった。あった。
右手に伝わる、固く冷たい感覚。
もしどんな方法を使っても死ねなかった時のためにと持っていたものだった。皮肉ながら、これが私のお守り。
右手に持ったそれを、私は自分の喉元にそっと添える。
痛いのは嫌だ。でもそれ以上に、永遠に生きるなんてもっと嫌だ。痛くても苦しくてもいいから、この世界から逃げるんだ。
──さよなら、悪魔さん。
私は──右手に握ったカッターナイフに思い切り力を込め、頸動脈に深く深く突き刺した。
固く冷たい感覚は、焼かれるように熱く強烈な痛みへと変わった。
切り裂かれてもなお脈打つ喉の奥から、真っ赤な血潮がほとばしる。手足の筋肉は小刻みに痙攣し始め、足の先や頭から体温はみるみる失われ、文字通り血の気が引いていくのが分かった。
視界もはっきりしなくなってきた時、力をなくした私の体は床に倒れる。
傾いてぼやけた視界の隅には、まだ吹き出し続ける血と、その血が作った水たまりがうっすらと見えた。
──これでやっと、「本当の死」だろうか。
期待するのが馬鹿げた事だなんて、とうの昔に分かりきっている。でもなぜか、今度こそ本当の意味で死ねるんじゃないかと淡い期待を抱いてしまう自分がいた。
──あの世界にいた時に痛くて怖くてできなかった死に方を、己の手でやり遂げてしまったからだろうか。
そんな事を考えている内に、私の視界は真っ暗になった。