前編
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鍵のかかったドアを開けると、その室内に染み付いたタバコの匂いがツンと鼻をつく。
……いつもの事だから、もう慣れたけど。
ローファーを脱いで廊下を進み、リビングのドアを開ける。
リビングには誰もおらず、しんと静まり返っている。
まるで私が、ここで一人暮らししているみたいに。
お母さんは水商売の仕事をしていて、深夜まで帰ってこない。なので土日以外は毎日、私一人で過ごしている。
そんな日が続いても別段、寂しいなんて事はない。むしろそっちの方がいい。
…ふと、忌々しい記憶が頭の中をよぎる。
『………ユウリ、何なのこの点?
本当にちゃんと勉強したの?』
テーブルにバンと叩きつけられる答案用紙。
立ち尽くす私と、眉間にしわを寄せ、低い声色で詰め寄るお母さん。
『…………したよ』
────バシッ!!
私の右頬に、平手打ちが飛んでくる。
『したよ、じゃねぇよ。
だったら何で70点台なんか取ったわけ?
どうせまた勉強サボって遊び呆けてたんだろうが!!』
『遊び呆けてなんかないっ──
……うっ…!!』
今度はみぞおちに強烈な痛みが走り、私の体は後ろに倒れる。
…お母さんに、お腹を蹴られたんだ。
『……何?口答えすんの?あたしの稼ぎで養ってもらってる分際で。
あんたはあたしの言うことだけおとなしく聞いてればいいんだよ。』
『ゲホッ……おえっ』
まだお腹にしつこく残る痛み。喉の奥に酸っぱい匂いが溜まり、胃の中のものが逆流しそうになるのを必死に堪える。
『……次にまた70点台なんか取ったら、殺すからな』
えずきそうになるのを何とか抑えようとうずくまる私の背中に、お母さんの言葉が容赦なく突き刺さる。
「………きっと私、生きてる限りは一生あの人から逃げられない」
清瀬ユウリ。14歳。中学2年生。
両親は離婚。父は幼い頃に家を出ていった。
母からは、鬱憤を暴力と暴言という形で浴びせ続けられる日々。
「暖かい家庭」に憧れた。
小さい頃は、泣いて喚いてばかりいた。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
何度も何度も、その言葉を繰り返した。
お母さんが思い描く「いい子」になろうと必死に足掻きもがいていた。
そうしたらきっと、きっといつか、お母さんもお父さんも私も、みんなが笑っていられるような未来が訪れるって、そう思っていた。
…でも、もうたくさんだ。こりごりだ。
勝手に期待して、勝手に裏切られて。本当はありもしない目の前のエサに踊らされて。そうやって一喜一憂するのも馬鹿らしく思えてきた。
お母さんに殴られても、もう涙も出ない。何も感じない。何を言っても無駄。
私は一生、お母さんの呪縛から逃げられない。
早く楽になりたい。
さっさとこの世界から解放されたい。
何も見たくない。何も聞きたくない。
──だから私は、死ぬ。
死ねば天国に行けるとか、神様が迎えに来てくれるとか、そんな子供騙しな期待をしてるんじゃない。
血も肉も骨も魂も、この意識も、そして存在していた証さえ、跡形もなく消し去りたい。
視覚も聴覚も全て遮断して、何も感じたくない。「生きている」という実感を、もう二度と味わいたくない。
でも、痛いのは嫌だ。
まるで死んだように動くことをやめた心でも、痛みだけはしっかりと受け止めるから。生きているという事実を、残酷なまでに突きつけてくるから。
いろんな方法で死のうとした。
でも案の定、どんな手段をもってしても痛いし苦しい。傷はできるし血も出る。
痛みを感じずに楽に死ぬなんて、虫が良すぎたのだろうか。
…そんな時に知ったのが、Sonic.exe殺人事件。
一番最初の被害者を除けば、事件の被害者の遺体には外傷がほとんどなく、死因が不明らしい。
被害者が皆命を落としているという事は確か。
遺体に傷はない。
────だったら。
「………楽に死ねるかもしれない」