前編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この世界に来てから、3日ほどが経った。
足元には緑の草原。頭上には青い空。
頬をなでて吹き抜ける風。
私がこの世界で最初に見た、ゲームに出てきたような不気味な光景とはまるで真逆のものだった。特に目的もなく、特に何も考えずに歩き回っていたらここにたどり着いた。どうやって来たのか、私自身もよく分からない。
あの悪趣味な空間から一転、いきなりこんな爽やかな景色に変わるのだから、この世界を作った
目が眩むようなビル群の明かり。
交差点と洪水のように流れる人ごみ。
排気ガス混じりのくぐもった空気。
そんな環境の中にいた都会育ちの私には、物珍しい光景だった。
「いい場所でしょ?あの子が暮らしてる世界を参考にして作ったんだ。限りなく本物に近いだけの偽物だけどね」
唐突に聞こえてきたXの声。いつの間にか、私の後ろにいたらしい。
Xはその赤い瞳で、澄み渡る青空を見上げていた。
「…"あの子"。ソニックの事?」
「その通り。音速の青いハリネズミ、ソニック・ザ・ヘッジホッグ。
──僕の一番の、愛おしい人だよ。」
ソニック・ザ・ヘッジホッグ。遠い遠い、地球のどこかの島にいるというハリネズミの少年。Xの話の中では、彼──ソニックについてはそう語られた。
Xは地球のことを知った時、ソニックを一目見て魅了され、彼へのその気持ちは瞬く間に溺愛へと変わっていったのだという。
自分の作った世界や例のゲーム、あろうことか自分の容姿までソニックを模倣してしまっているのだから、その狂気とも言えるような愛は常人から見ても一目瞭然だ。
「あなたがそこまでソニックに魅了されるのは、何か理由があるんでしょ?」
溺愛するソニックの事を思い浮かべているのだろう、Xはうっとりと目を閉じ、ゆっくりとした口調で語り出す。
「あの子は美しい。魂も、生き様も、走る姿も、あの子を形作る全てがね。
常識や当たり前なんてものは通用しない。いつも予想の上のそのまた上を行く。それがソニックだよ。
そんなあの子と、永遠に一緒にいられたら。
あの子が、僕だけのものになったら……最高だと思わない?」
「呆れた。所詮悪魔は悪魔ね。」
ため息と一緒にそう吐き捨てた。
人間だろうが超音速のハリネズミだろうが、気に入ったらなんでもおもちゃ扱いは変わらないらしい。
「──ねえ、X」
「ん?」
「もしソニックが、あなたの望まない行動をとったら?
"言うことを聞かないおもちゃ"になったら……あなたはどう思うの?」
「そりゃあ……がっかりするよ。僕がこんなにもあの子を愛してるのに、それを拒まれたら……僕は失望するよ。」
「────そう。」
一歩。二歩。三歩。私は草原の上を、ゆっくりゆっくり前へ歩き出す。
草原の先は、底なしの崖になっている。
私は両手を広げ、崖のふちに立った。
目線は動かさないまま、後ろに立ったままでいるXに語りかける。
「────じゃあX。
言うことを聞かないつまらないおもちゃなんて、いらないでしょう?」
爽やかなそよ風に髪をなびかせながら、澄み渡った真っ青な天を仰ぎながら。
私は、宙へと最後の一歩を踏み込んだ。
足が地面を踏みしめる感覚はなくなり、視界はスローモーションで流れていく。かと思えば、いつの間にか加速は始まった。
空が、世界が、全てが逆さになる。
増え続ける加速度のまま、私の体は真っ逆さまに落ちて落ちて落ちていく。
殺してくれないなら、「お気に入りのおもちゃ」から「ただのゴミ」になってしまえばいい。
本当の意味で死ぬことはできなくても、死ぬ真似ならいくらでもできる。そうして彼が私に飽きていらなくなれば、きっと私を魂ごと消してくれる。私はそういう魂胆でいた。
落ちていく途中で、崖から突き出た岩やよく分からない何かに体が何度か引っかかった。その度に骨は折れて肉は裂けて、四肢はめちゃくちゃな方向に曲がっていく。
こんなに不細工に壊れたおもちゃなら、きっと直すのも一苦労ね。
──さあ。
あなたはいつ、私に飽きるかしら?
グシャッ────
眼前まで地面が迫ってきた時。重力に引っ張られ叩きつけられた私の体は、鈍い音をたてて潰れた。
ひしゃげた骨が体中の皮膚を突き破るのと、潰れた衝撃で
割れた頭から飛び散った脳漿と血の水たまりを見たのを最後に、私はまた意識を失った。