山本夢
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「ありがとうございました!」
今年度の野球部夏合宿が終わった。
(宿の人や講師の先生にお礼は言ったし……)
野球部唯一のマネージャーである私は、まとめ役を任されている。
「はい! じゃあ部員はバスに乗ってください!」
と声を張り上げる。
部員全員がバスに乗る間に忘れ物やら何やらを確認し、私もバスに乗り込んだ。
まだ部員は座りきっていなかった。
紅一点の私は、予め取っておいた前方の窓側の席に座る。
疲れたな、と一言漏らし、ため息をついた。
先日の試合で引退していった3年の先輩方の苦労が身に染みる。
「あのー、すいません」
声をかけられ、通路の方を見ると部員が1人。
1年の山本君だ。
「隣、いいっすか? もう他に席空いてなくて」
立ち上がって振り返ると、確かに満席だった。
行きは手違いのせいでもう一回り大型だったのに、と思い出す。
ガラガラだったし、私は隣の席を自由に使っていたのだ。
復路では隣に誰か来ることをすっかり忘れていた。
「どうぞ、山本君」
彼は嬉しそうに笑うと、ありがとうございます、と空いていた右に座った。
☆
気がつくと、私は廃墟にいた。いや、私はここを知っている。
さっきまでいた合宿所の寄宿舎だ。
右の肩と腕が痛い。
……ああ、私、体の半分が瓦礫の下敷きにされてるんだ。
助けて! と叫ぼうとするも、声が出ない。
「橘先輩!」
山本君だ。
視界に姿は見える、なのに口は動かない。
「ダメだ。意識がねぇ……!」
――ああ、私、失神してるんだ。
「今助けます! 橘先輩!」
そういうと、軽々と瓦礫をどけていく。
それが終わると私に近づいて、横に座った。
こういう時、お姫様は王子様のキスで目覚めるってのが筋だよな、なんて呟いている。
(え、ちょっと待っ)
そう思った時には既に口と口は触れていて、熱と熱が混じりあっていた。
少しして、離れた。
「良かった、気が付いたみたいっすね……!」
蚊の鳴くような声で、ありがとう、と答えた。何故だろう、すごく胸がドキドキしている。
私はゆっくりと立ち上がった。
「先輩が無事でよかった」
今度は突然抱き締められた。
先程からの急展開に心臓の鼓動は速まるばかりで、動転した私の口からやっと出た言葉は他の部員を心配するものだった。
「そうだ! こうしちゃいられねぇ!」
山本君は私を引き離すと、今度は手を掴んで走り出した。
「え? ちょっ、どうなってるの!?」
「早く逃げねぇと、ゾンビになっちまうんだ!」
「それじゃあ、他のみんなは」
「もうゾンビになっちまった……」
「そんな!」
階段を駆け降りる。
踊場に出た時、絶望感が私を襲った。
「もう下は全滅しちまったのか!」
「どうしてこんなことに……」
「強行突破するしかなさそうだな!」
山本君のもう一方の手に、いつの間にかバットが握られていた。
「いくぜ! 蒼唯!」
「え?」
下の名前で呼ばれて、どきりとした。
とその時。
腕を引っ張られた私は、
階段を踏み外し、
階段から落ち――
――ていなかった。
体がガクン、と揺れて、私は目を覚ました。
再び右肩に気配を感じ、目を開けると、そこには私の方へうっつらうっつらと眠る山本君。どういう訳か手が握られている。
(何この状況!?)
頭の中を、電車で爆睡するカップルの姿がよぎった。
(私、山本君のこと好きだったっけ?)
心音が速いまま、落ち着く気配はない。
「俺、好きです、橘先輩が……」
静まり返る車内で、山本君の寝言が耳に入った。
(……今なんて?)
山本君がピクリと動いた。
自分の寝言で目を覚ましたよう。
少しして、自分の状況に気がついたらしい。
「す、すみません……!」
「大丈夫だよ。私もさっき起きたところ」
私は立ち上がって振り返る。予想通り、皆疲れて寝ているようだ。
「よく寝てたね、山本君」
「でも、夢を見てたみたいで寝てた感じがしなくて」
「夢? 山本君も夢見たの?」
先輩も? と山本君。思わず、顔を合わせて笑った。
「2人で夢見てたなんて、面白え! 先輩はどんな夢だったんっすか?」
「廃墟で気を失った私を山本君が助けてくれるんだけど――」
1つの出来事も漏らさないように話していく。流石にキスの話はしなかったけれど。
よく考えれば突っ込み所満載な夢で、山本君はただただ面白え! と笑って聞いてくれた。
「全く、変な夢だよね」
私は苦笑した。
「何かの映画みたいで面白いと思います」
と山本君は、にかっと笑う。
「でも」
山本君の顔が、一瞬にして真面目になった。
「もし、先輩が危ない目にあったら俺が」
真剣な目で見つめられている。
――目が離せない、視線を反らせない。
瞬間。
クラクションが鳴り乱れ、車体がひどく揺れた。
急ブレーキで目を覚ました部員たちが事故かと騒ぐ中、私は山本君に押し倒されたような格好で固まっていた。
「さ、さっきからすみません、橘先輩……」
我に返ったのか、慌てて座り直す山本君。
「だ、大丈夫。それより、ケガは無い?」
私も座り直す。
大丈夫です、良かった、という会話以降、次の夏休み練習まで山本君と話すことはなかった。
(了)
2010.5.18 初稿
2021.2.21 加筆修正
2022.2.22 加筆修正
旧サイト15000番HITの鈴音様より、「山本夢・甘」のリクエスト。
リクエスト有難うございました。
夢オチですみませんorz
Lemon Ruriboshi.
今年度の野球部夏合宿が終わった。
(宿の人や講師の先生にお礼は言ったし……)
野球部唯一のマネージャーである私は、まとめ役を任されている。
「はい! じゃあ部員はバスに乗ってください!」
と声を張り上げる。
部員全員がバスに乗る間に忘れ物やら何やらを確認し、私もバスに乗り込んだ。
まだ部員は座りきっていなかった。
紅一点の私は、予め取っておいた前方の窓側の席に座る。
疲れたな、と一言漏らし、ため息をついた。
先日の試合で引退していった3年の先輩方の苦労が身に染みる。
「あのー、すいません」
声をかけられ、通路の方を見ると部員が1人。
1年の山本君だ。
「隣、いいっすか? もう他に席空いてなくて」
立ち上がって振り返ると、確かに満席だった。
行きは手違いのせいでもう一回り大型だったのに、と思い出す。
ガラガラだったし、私は隣の席を自由に使っていたのだ。
復路では隣に誰か来ることをすっかり忘れていた。
「どうぞ、山本君」
彼は嬉しそうに笑うと、ありがとうございます、と空いていた右に座った。
☆
気がつくと、私は廃墟にいた。いや、私はここを知っている。
さっきまでいた合宿所の寄宿舎だ。
右の肩と腕が痛い。
……ああ、私、体の半分が瓦礫の下敷きにされてるんだ。
助けて! と叫ぼうとするも、声が出ない。
「橘先輩!」
山本君だ。
視界に姿は見える、なのに口は動かない。
「ダメだ。意識がねぇ……!」
――ああ、私、失神してるんだ。
「今助けます! 橘先輩!」
そういうと、軽々と瓦礫をどけていく。
それが終わると私に近づいて、横に座った。
こういう時、お姫様は王子様のキスで目覚めるってのが筋だよな、なんて呟いている。
(え、ちょっと待っ)
そう思った時には既に口と口は触れていて、熱と熱が混じりあっていた。
少しして、離れた。
「良かった、気が付いたみたいっすね……!」
蚊の鳴くような声で、ありがとう、と答えた。何故だろう、すごく胸がドキドキしている。
私はゆっくりと立ち上がった。
「先輩が無事でよかった」
今度は突然抱き締められた。
先程からの急展開に心臓の鼓動は速まるばかりで、動転した私の口からやっと出た言葉は他の部員を心配するものだった。
「そうだ! こうしちゃいられねぇ!」
山本君は私を引き離すと、今度は手を掴んで走り出した。
「え? ちょっ、どうなってるの!?」
「早く逃げねぇと、ゾンビになっちまうんだ!」
「それじゃあ、他のみんなは」
「もうゾンビになっちまった……」
「そんな!」
階段を駆け降りる。
踊場に出た時、絶望感が私を襲った。
「もう下は全滅しちまったのか!」
「どうしてこんなことに……」
「強行突破するしかなさそうだな!」
山本君のもう一方の手に、いつの間にかバットが握られていた。
「いくぜ! 蒼唯!」
「え?」
下の名前で呼ばれて、どきりとした。
とその時。
腕を引っ張られた私は、
階段を踏み外し、
階段から落ち――
――ていなかった。
体がガクン、と揺れて、私は目を覚ました。
再び右肩に気配を感じ、目を開けると、そこには私の方へうっつらうっつらと眠る山本君。どういう訳か手が握られている。
(何この状況!?)
頭の中を、電車で爆睡するカップルの姿がよぎった。
(私、山本君のこと好きだったっけ?)
心音が速いまま、落ち着く気配はない。
「俺、好きです、橘先輩が……」
静まり返る車内で、山本君の寝言が耳に入った。
(……今なんて?)
山本君がピクリと動いた。
自分の寝言で目を覚ましたよう。
少しして、自分の状況に気がついたらしい。
「す、すみません……!」
「大丈夫だよ。私もさっき起きたところ」
私は立ち上がって振り返る。予想通り、皆疲れて寝ているようだ。
「よく寝てたね、山本君」
「でも、夢を見てたみたいで寝てた感じがしなくて」
「夢? 山本君も夢見たの?」
先輩も? と山本君。思わず、顔を合わせて笑った。
「2人で夢見てたなんて、面白え! 先輩はどんな夢だったんっすか?」
「廃墟で気を失った私を山本君が助けてくれるんだけど――」
1つの出来事も漏らさないように話していく。流石にキスの話はしなかったけれど。
よく考えれば突っ込み所満載な夢で、山本君はただただ面白え! と笑って聞いてくれた。
「全く、変な夢だよね」
私は苦笑した。
「何かの映画みたいで面白いと思います」
と山本君は、にかっと笑う。
「でも」
山本君の顔が、一瞬にして真面目になった。
「もし、先輩が危ない目にあったら俺が」
真剣な目で見つめられている。
――目が離せない、視線を反らせない。
瞬間。
クラクションが鳴り乱れ、車体がひどく揺れた。
急ブレーキで目を覚ました部員たちが事故かと騒ぐ中、私は山本君に押し倒されたような格好で固まっていた。
「さ、さっきからすみません、橘先輩……」
我に返ったのか、慌てて座り直す山本君。
「だ、大丈夫。それより、ケガは無い?」
私も座り直す。
大丈夫です、良かった、という会話以降、次の夏休み練習まで山本君と話すことはなかった。
(了)
2010.5.18 初稿
2021.2.21 加筆修正
2022.2.22 加筆修正
旧サイト15000番HITの鈴音様より、「山本夢・甘」のリクエスト。
リクエスト有難うございました。
夢オチですみませんorz
Lemon Ruriboshi.
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