雲雀夢
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日が落ちて辺りが暗くなり始める。“誰そ彼”時とは言ったものだ。家の手前で門前に立つ人影に気付いた。
「誰?」
更に近づいて僕は問う。
「あ、やっと来た!」
「……雫月?」
懐かしい声の主は、天風雫月――並盛中元風紀委員で、僕の2つ上の先輩。
「久しぶり、恭弥」
☆
並中に入学して1ヶ月ほど経ったある日。
ものすごい良い音を立てて、僕の頭に右片方の上履きが命中した。
僕は振り返り、トンファーを構える。
そこには腕を組み、不敵な笑みを浮かべる中3らしい女子生徒がいた。
「ごめんごめん! すまなかったね!」
「許さないよ」
僕は彼女に向かって突進する。が、彼女は少しも動かない。それどころか、振り上げたトンファーを全て華麗にかわしてのけた。
とてつもない金属音が辺りに響き渡る。
「そんなに怒んないでよ、雲雀恭弥君」
僕の動きが2本の鉄扇によってを封じられる。僕の攻撃を受け止めたのは、この人が初めてだった。
「風紀委員会に入ってみない? もし入ったら、もっと強くしてあげる」
僕はその一言で入ることを決めた。彼女の実力をもっと試したかったというのもある。
そして風紀委員に入ると同時に雫月は僕の“教育係”(僕は認めないけど)として、毎日鍛えてくれた。
「ねえ」
「何、恭弥?」
「下の名前で呼び捨てしないでくれない?」
「照れ?」
「咬み殺すよ」
下の名前で呼び捨てにされるのは気に食わなかったけど。
「それで、何か質問でも?」
「貴女、中3でしょ? 4月からはどうするの」
雫月はキョトンとした。そして、
「もちろん高校行くよ?」
とあっさり答えた。
あと数週間で雫月は卒業してしまう。それからはもうこんな日々は、無い。
それにしても、いつの間に受験を終えていたのだろう。
「どこの高校?」
「並盛高校。小学校の時からずっと並盛。恭弥もでしょ?」
そう言うと雫月は、少し寂しそうに笑った。
僕は何とも言い表し難い気分で彼女を見る。
「貴女が並高に行ったら、僕は退屈になるな」
「え? 何? 告白かな?」
今度は意地悪そうに笑った。いつもみたいに僕をからかってる。
「何言ってるの? 咬み殺すよ?」
「咬み殺せるものなら、やってみなよ?」
雫月は再び鉄扇を構える。僕はそれに応じた。
☆
その日、いつも僕よりも早く登校するはずの雫月が登校時刻になっても姿を現さなかった。
おかしいと委員の誰もが訝しんでいると授業開始のチャイムと同時に僕の携帯が鳴った。画面には雫月の名前が表示されている。
迷うことなく通話にすると、やめろ! という悲鳴にも近い雫月の声が聞こえてきた。
「どうしたの」
返ってきたのは男の声。
『お前が並中の次の風紀委員長か?』
「何の話?」
『今から言う所に1人で来い、早めの“挨拶”してやるよ』
「僕に喧嘩を売るなんて、いい度胸だね」
いいよ、という僕の返事を遮ったのは雫月の叫びだった。
『来るな! 恭弥!』
☆
到着して10分もしないうちに、辺りは死屍累々の様相を呈していた。
早々に尻尾を巻いて逃げた小物は遅れて来る手筈になっている風紀委員が片付けるだろう。
廃屋の一室の奥で無造作に横たえられた雫月はボロ雑巾のようだった。
床に転がる不良たちのリーダーらしい男が震えながら何か喚いていたが、邪魔、とだけ吐き捨てて黙らせる。
「来るなって言ったのに」
「貴女らしくもない」
「みっともないでしょ、並中風紀委員長がこのザマなんて」
浮かべた笑みは、僕の攻撃を鉄扇で受け止めたあの雫月のものとは思えないほど弱々しかった。
「恭弥、強くなったね」
「そんなこと言ってる場合?」
「次の風紀委員長は、恭弥だからね」
「雫月?」
「初めて名前で呼んでくれたね」
頼んだよ、と笑顔を残したまま言うと返事をする間もなく雫月は気を失った。
☆
その日から雫月が僕に接触してくることはなかった、否、学校にすら来なかった。
委員会の事務的な引き継ぎやら何やらは全部他の委員が済ませていたから特に問題はなかったけれど。
――だから、言葉を交わすのはあの日以来になる。
「何しに来たの」
「久しぶりに顔でも見ようと思って」
「嘘」
「背も高くなっちゃって……。前は私より低かったのに」
「そんなことどうでも良いよ」
「声も低くなってるし、格好良くなっちゃったなぁ」
「誤魔化さないで」
何か隠してるよね、と僕はトンファーを構える。言う気が無いなら言わせるまでだ。そしてようやく雫月がふう、と溜息をつくと真剣な顔で言った。
「お別れを言いに」
「貴女、卒業する直前も唐突にいなくなったよね」
「全部恭弥のためなんだ」
「どういうこと?」
決まっていたことだからと雫月は少し悲しそうに笑う。僕は構えていたトンファーを下ろした。
「留学するんだ」
「留学?」
「そう、イタリアに」
僕だってそこまで鈍くはない。行き先がイタリアなのはきっと、そういうことだろう。
「並中を、並盛を、任せたよ恭弥」
そして雫月は僕に背を向けた。
☆
屋上に寝転び、澄み渡った青空を眺める。飛行機が雲も残さずに視界を過ぎっていく。今頃雫月は雲の上だろうか。
携帯が鳴った。少し期待して受信したメッセージを確認するが、いつものごとく副委員長からだった。どうやらトラブルが起きたらしい。
僕は起き上がると、あの日と変わらず学ランを羽織り、問題の場所に足を向けた。
それは、彼女の帰る場所を守るためでもある。
(了)
2008.3.9 初稿
2021.2.22 加筆修正
2022.2.21 大幅修正
友達が留学すると聞いた時にすぐ浮かんだネタ。
初稿からの大幅な修正はかなり大変だった
(だって解釈違いだったんだもの…)
削除した部分は改めて文章にしたいな
Lemon Ruriboshi.
「誰?」
更に近づいて僕は問う。
「あ、やっと来た!」
「……雫月?」
懐かしい声の主は、天風雫月――並盛中元風紀委員で、僕の2つ上の先輩。
「久しぶり、恭弥」
☆
並中に入学して1ヶ月ほど経ったある日。
ものすごい良い音を立てて、僕の頭に右片方の上履きが命中した。
僕は振り返り、トンファーを構える。
そこには腕を組み、不敵な笑みを浮かべる中3らしい女子生徒がいた。
「ごめんごめん! すまなかったね!」
「許さないよ」
僕は彼女に向かって突進する。が、彼女は少しも動かない。それどころか、振り上げたトンファーを全て華麗にかわしてのけた。
とてつもない金属音が辺りに響き渡る。
「そんなに怒んないでよ、雲雀恭弥君」
僕の動きが2本の鉄扇によってを封じられる。僕の攻撃を受け止めたのは、この人が初めてだった。
「風紀委員会に入ってみない? もし入ったら、もっと強くしてあげる」
僕はその一言で入ることを決めた。彼女の実力をもっと試したかったというのもある。
そして風紀委員に入ると同時に雫月は僕の“教育係”(僕は認めないけど)として、毎日鍛えてくれた。
「ねえ」
「何、恭弥?」
「下の名前で呼び捨てしないでくれない?」
「照れ?」
「咬み殺すよ」
下の名前で呼び捨てにされるのは気に食わなかったけど。
「それで、何か質問でも?」
「貴女、中3でしょ? 4月からはどうするの」
雫月はキョトンとした。そして、
「もちろん高校行くよ?」
とあっさり答えた。
あと数週間で雫月は卒業してしまう。それからはもうこんな日々は、無い。
それにしても、いつの間に受験を終えていたのだろう。
「どこの高校?」
「並盛高校。小学校の時からずっと並盛。恭弥もでしょ?」
そう言うと雫月は、少し寂しそうに笑った。
僕は何とも言い表し難い気分で彼女を見る。
「貴女が並高に行ったら、僕は退屈になるな」
「え? 何? 告白かな?」
今度は意地悪そうに笑った。いつもみたいに僕をからかってる。
「何言ってるの? 咬み殺すよ?」
「咬み殺せるものなら、やってみなよ?」
雫月は再び鉄扇を構える。僕はそれに応じた。
☆
その日、いつも僕よりも早く登校するはずの雫月が登校時刻になっても姿を現さなかった。
おかしいと委員の誰もが訝しんでいると授業開始のチャイムと同時に僕の携帯が鳴った。画面には雫月の名前が表示されている。
迷うことなく通話にすると、やめろ! という悲鳴にも近い雫月の声が聞こえてきた。
「どうしたの」
返ってきたのは男の声。
『お前が並中の次の風紀委員長か?』
「何の話?」
『今から言う所に1人で来い、早めの“挨拶”してやるよ』
「僕に喧嘩を売るなんて、いい度胸だね」
いいよ、という僕の返事を遮ったのは雫月の叫びだった。
『来るな! 恭弥!』
☆
到着して10分もしないうちに、辺りは死屍累々の様相を呈していた。
早々に尻尾を巻いて逃げた小物は遅れて来る手筈になっている風紀委員が片付けるだろう。
廃屋の一室の奥で無造作に横たえられた雫月はボロ雑巾のようだった。
床に転がる不良たちのリーダーらしい男が震えながら何か喚いていたが、邪魔、とだけ吐き捨てて黙らせる。
「来るなって言ったのに」
「貴女らしくもない」
「みっともないでしょ、並中風紀委員長がこのザマなんて」
浮かべた笑みは、僕の攻撃を鉄扇で受け止めたあの雫月のものとは思えないほど弱々しかった。
「恭弥、強くなったね」
「そんなこと言ってる場合?」
「次の風紀委員長は、恭弥だからね」
「雫月?」
「初めて名前で呼んでくれたね」
頼んだよ、と笑顔を残したまま言うと返事をする間もなく雫月は気を失った。
☆
その日から雫月が僕に接触してくることはなかった、否、学校にすら来なかった。
委員会の事務的な引き継ぎやら何やらは全部他の委員が済ませていたから特に問題はなかったけれど。
――だから、言葉を交わすのはあの日以来になる。
「何しに来たの」
「久しぶりに顔でも見ようと思って」
「嘘」
「背も高くなっちゃって……。前は私より低かったのに」
「そんなことどうでも良いよ」
「声も低くなってるし、格好良くなっちゃったなぁ」
「誤魔化さないで」
何か隠してるよね、と僕はトンファーを構える。言う気が無いなら言わせるまでだ。そしてようやく雫月がふう、と溜息をつくと真剣な顔で言った。
「お別れを言いに」
「貴女、卒業する直前も唐突にいなくなったよね」
「全部恭弥のためなんだ」
「どういうこと?」
決まっていたことだからと雫月は少し悲しそうに笑う。僕は構えていたトンファーを下ろした。
「留学するんだ」
「留学?」
「そう、イタリアに」
僕だってそこまで鈍くはない。行き先がイタリアなのはきっと、そういうことだろう。
「並中を、並盛を、任せたよ恭弥」
そして雫月は僕に背を向けた。
☆
屋上に寝転び、澄み渡った青空を眺める。飛行機が雲も残さずに視界を過ぎっていく。今頃雫月は雲の上だろうか。
携帯が鳴った。少し期待して受信したメッセージを確認するが、いつものごとく副委員長からだった。どうやらトラブルが起きたらしい。
僕は起き上がると、あの日と変わらず学ランを羽織り、問題の場所に足を向けた。
それは、彼女の帰る場所を守るためでもある。
(了)
2008.3.9 初稿
2021.2.22 加筆修正
2022.2.21 大幅修正
友達が留学すると聞いた時にすぐ浮かんだネタ。
初稿からの大幅な修正はかなり大変だった
(だって解釈違いだったんだもの…)
削除した部分は改めて文章にしたいな
Lemon Ruriboshi.
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