透・零・Bourbon夢
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※在りし日の松田がどんな人物だったのか知りたい佐藤刑事と”彼”の話。
※恋愛要素はちょこっと高佐があるくらい。
※ハロ嫁&原作101〜102巻(未アニメ化・佐藤刑事が『安室透』と初対面した回・その回に関するネタバレはなし)後の前提。ハロ嫁を見ていれば問題無いと思います。
==========
小さく溜息をふぅ、とついて佐藤美和子は力を抜いた。資料を片付け、広くなったデスクに頬杖をつき、先日の事件を振り返る。凶悪な爆弾魔であったプラーミャは逮捕され幕を引いたはずなのに、どうしてもあるワードが時折、美和子の心を掻き乱すのだ。
「フルヤレイ……」
かつて、嵐のように現れて嵐のようにいなくなった松田。未練はとうに断ち切ったとはいえ、美和子にとって大事な人物であることには違いなかった。今では尊敬の対象である故人がどんな人物だったのか、恋人の渉に悪いとは思いつつも、もっと知りたいという気持ちは捨てられずにいた。
その手がかりが思わぬ形で現れたのだ。その松田と警察学校時代の同期で、親友の墓参りを共にしていた友人たち、その中で生存する最後の1人、フルヤレイ――。
可能なら、少しでもいい、話がしたいと思うのは我儘だろうか。
「どうしたんですか佐藤さん、険しい顔して」
同僚でもある高木渉が心配そうな顔で美和子の方を見ていた。その両手には淹れたてのコーヒーがあり、湯気の立つそれを1つ美和子に差し出した。美和子は礼を言って受け取ると、渉に尋ねる。
「結局、フルヤレイの情報って松田くんや伊達さんと同期だったことくらいしか分からなかったわよね?」
急な話題に渉は脳をフル稼働させる。というのも事件からは1ヶ月は経っているし、その間も入院だの訓練だので慌ただしく過ぎていったため、解決した事件の、しかも被疑者でも事件の重要参考人でもなかった『フルヤレイ』という人物の名前は記憶の片隅に追い遣られていてた。
「ああ、あのハロウィンの事件の時の関係者ですよね?」
「そう、警察学校卒業者名簿にも載ってない……。松田くんたちと同期のはずなのに名前がないってやっぱり変じゃない?」
しかも公安が情報を伏せるような人物よ? と美和子は付け加える。渉は腕組みをして考え込んでみせる。恋人にいいところを見せたい場面だが、その推理力はおそらく美和子のほうが上だ。とりあえず浮かんだものを口にしてみる。
「公安が扱っている事件の重要参考人、あるいはどこかの国の諜報員だったために名簿から除籍された、とか?」
「でも、そんな人物がのうのうと墓参りなんか行くかしら?」
「確かに。仮に名前を尋ねられたら偽名を名乗ったりしそうですよね」
「偽名、ね……」
たはははと苦笑いする高木の言葉をヒントに、美和子はさらに思考を巡らせる。もし、フルヤレイが偽名であるなら名簿のデータベースで名前がヒットしないのは当然だ。ならば、偽名とは別に本名があるはず。
――そうよ、本名が分からなければ探しようがないじゃない。
「フルヤ、レイ……。フルヤ……」
何かヒントにならないだろうかと美和子はその名前を何度も口にしてみる。だんだんどこかで聞いたことがあるような気がしてきて、そのうち脳裏で『フルヤ!』と叫ぶ女の声が重なった。一体どこで?
自問と同時にバラバラという激しいノイズと風の音が現れて、夜のヘリポートとヘリの操縦士、そして少年の姿が思い起こされる。
『安室さん!?』
それは少年の声だ。
まさか、とは思うものの、考えれば考えるほど『フルヤ』と呼ばれたあの男が自分の知る人物と似ている気がしてくる。
早速、美和子は自分の推理を基に警察学校卒業者名簿にアクセスし、ある名前を入力して『検索』のボタンをクリックした。しかし結果は該当なしの0件。
ならばやはり自分の推理は間違っているかもしれない。そう思いつつも確かめたいという気持ちばかりが美和子の中で募っていく。
「あの、佐藤さん? 僕また何か変なこと言いました……?」
不安そうに顔を覗き込んでくる渉に、美和子は尋ねる。
「高木君、明日休みよね? デートがてらやってみて欲しいことがあるの」
翌日、美和子と渉はその店を訪れた。喫茶ポアロ。カランカランという客の来店を知らせるベルの音が、店内に響き渡る。時間帯のせいか、幸いにも客は少ないらしい。
少し重い足音と共に、男の店員が店の奥から2人の前に現れた。
「いらっしゃいま――」
男は一瞬動揺したように見えた。当然だろう、死んだはずの友人と同じ姿の人間が目の前に現れたのだから。
渉を松田そっくりに変装させ、松田の古い友人であるフルヤレイ、否、安室透の前にその姿を現したら、安室透は何かしらの反応を示すはず。
自分の推理が確信に変わっていく実感に、美和子は思わず笑みを浮かべた。
「これは驚きましたよ」
「でしょうね、安室透さん」
「佐藤刑事が高木刑事以外の男性とデートだなんて」
「……は?」
「コナン君たちから聞きました、佐藤刑事と高木刑事がお付き合いしてること。大丈夫ですよ、高木刑事には秘密にしておきますから」
さっきまでの自信がへなへなと萎えていく。店の入り口で立ち尽くす2人に安室は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ええっと、もしかして事件の捜査か何かでした? それでしたらとんでもない失礼を……」
「あ、そう、そうなの! 今こんな感じの顔した人を探してて! 聞き込みのついでに休憩しようかなと!」
「佐藤さん?」
話が違うじゃないですか、渉は耳打ちした。その声色は拗ねている時のもので、美和子の罪悪感をくすぐらせる。デートと称して実は捜査だったとか、事件に巻き込まれてデートどころではなくなった、なんてことが何度もあったせいだ。とりあえず今は調子を合わせてもらい、渉の変装を解かせる。
「はは、実はそうなんですよ、安室さん。通りがかったしポアロのコーヒーが飲みたいなー、なんて」
「これはこれは、高木刑事でしたか。とりあえずお好きな席へどうぞ。今お冷をお持ちしますね」
各々に注文したコーヒーを待つ間、店内は実に静かだった。他の客が本のページをめくる音、お湯がシューと沸騰する音。カチャカチャという食器の音。安らぐような空間を自分の声で壊してしまうのは躊躇われるも、渉は聞かずにはいられなかった。
「佐藤さんは、僕を松田さんに見たててデートしたかったってことだったんですか?」
「違うわよ、そんな訳ないじゃない」
「じゃあどうして」
美和子は自分の推理を小声で説明する。あの日見たこと、聞いたこと。知り合いか尋ねても返事がなかったコナンのこと。フルヤレイが安室透の偽名で、死んだはずの松田の姿を見た安室が何かしっぽを出すかもと思ったこと――。
「でも」
考えすぎだったのかも、と美和子は眉を下げた。
「ごめんね、渉。私の我儘に付き合わせちゃって」
「いいですよぉーどうせいつものことですからぁー」
思い切り拗ねてみせる渉に「埋め合わせするから」と手を合わせて美和子は謝り倒す。良いですよ、と彼が笑って許すまでそう時間はかからなかった。
それからは普通のデートのように時間が過ぎていった。追加で早めの昼食を注文し、他愛のない話をして、そのうちに届けられた美味しい料理を一口ずつ共有する。
皿が空になって、美和子はコーヒーを飲み干した。ここでしか味わえない優しい苦味が口の中で広がる。
(このコーヒー、安室さんが淹れたのよね……?)
コーヒーの味で淹れた人物がどんな人かわかる訳ではない。刑事ならばもっと科学的な証拠を元に考えるべきだろう。だがそれだけで安室という人物が悪い人間ではないような気がした。
フルヤレイ=安室透という仮説は立証できなかったが、疑念はまだ残っている。だがもし彼が正当な理由で偽名を使っているのであればそれは。
「ま、いっか」
「どうしたんですか? 急に」
「ううん、なんでもない」
どの可能性も確信はない。しかし追求すればきっと迷惑になるだろう。邪魔をしてまで知りたいとは美和子は思えなかった。それに、もし縁あって彼と松田について話すことがあるならば、きっといつかその時が来る。それが今ではないだけだ。
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
温かな声に顔をあげると、安室が笑顔でオーダーを待っていた。
2人からおかわりのオーダーを受けて再びカウンターへと戻った安室は、恋人たちを微笑ましく見守りながら2客のカップに淹れたてのコーヒーを注いだ。
アパートの一室で、ウイスキーグラスの中の氷がカランと寂しく響く。窓からの月明かりとモニター画面の電子的な光が暗い部屋をぼんやりと明るくしている。
「久しぶりにお前の姿を見たよ、松田」
僕らの後輩の変装だったがな。そう付け加えると声の主はふっ、と笑って再びグラスに口をつけた。ウイスキーボトルの横に置かれたノートパソコンは、在りし日の松田と同期の仲間たちを映し出していた。無論フルヤレイ――降谷零の姿もある。
「キミが言っていた後輩刑事の彼女、なかなか冴えてるな。僕の正体に気付いたのかと思って少し焦ったよ」
安室透、本名を降谷零。彼はグラスのウイスキーを飲み干すとしばし逡巡した。職務あるいは第3の顔としていつ呼び出されるかわからない以上、悪酔いはできない。決まった時にしかしない晩酌をこうも簡単に許してしまっているのだから尚更だ。
気を紛らわすように写真を表示させては1つ1つゆっくり眺める。その度に、普段は思い出さないような些細な日常の光景が降谷の脳裏に浮かぶ。
「いいよな、こんな気分になる日くらいは」
時には自分を甘やかしたっていいよな、と苦笑いしながらグラスについだのはウイスキーストレート1口分。降谷はそれを飲み干すと窓の外に目をやった。
”あの頃”も見たであろう冬の明るい星が、南東の高い所で眩しく瞬いていた。
(了)
2023.4.7 初稿
Lemon Ruriboshi.
※恋愛要素はちょこっと高佐があるくらい。
※ハロ嫁&原作101〜102巻(未アニメ化・佐藤刑事が『安室透』と初対面した回・その回に関するネタバレはなし)後の前提。ハロ嫁を見ていれば問題無いと思います。
==========
小さく溜息をふぅ、とついて佐藤美和子は力を抜いた。資料を片付け、広くなったデスクに頬杖をつき、先日の事件を振り返る。凶悪な爆弾魔であったプラーミャは逮捕され幕を引いたはずなのに、どうしてもあるワードが時折、美和子の心を掻き乱すのだ。
「フルヤレイ……」
かつて、嵐のように現れて嵐のようにいなくなった松田。未練はとうに断ち切ったとはいえ、美和子にとって大事な人物であることには違いなかった。今では尊敬の対象である故人がどんな人物だったのか、恋人の渉に悪いとは思いつつも、もっと知りたいという気持ちは捨てられずにいた。
その手がかりが思わぬ形で現れたのだ。その松田と警察学校時代の同期で、親友の墓参りを共にしていた友人たち、その中で生存する最後の1人、フルヤレイ――。
可能なら、少しでもいい、話がしたいと思うのは我儘だろうか。
「どうしたんですか佐藤さん、険しい顔して」
同僚でもある高木渉が心配そうな顔で美和子の方を見ていた。その両手には淹れたてのコーヒーがあり、湯気の立つそれを1つ美和子に差し出した。美和子は礼を言って受け取ると、渉に尋ねる。
「結局、フルヤレイの情報って松田くんや伊達さんと同期だったことくらいしか分からなかったわよね?」
急な話題に渉は脳をフル稼働させる。というのも事件からは1ヶ月は経っているし、その間も入院だの訓練だので慌ただしく過ぎていったため、解決した事件の、しかも被疑者でも事件の重要参考人でもなかった『フルヤレイ』という人物の名前は記憶の片隅に追い遣られていてた。
「ああ、あのハロウィンの事件の時の関係者ですよね?」
「そう、警察学校卒業者名簿にも載ってない……。松田くんたちと同期のはずなのに名前がないってやっぱり変じゃない?」
しかも公安が情報を伏せるような人物よ? と美和子は付け加える。渉は腕組みをして考え込んでみせる。恋人にいいところを見せたい場面だが、その推理力はおそらく美和子のほうが上だ。とりあえず浮かんだものを口にしてみる。
「公安が扱っている事件の重要参考人、あるいはどこかの国の諜報員だったために名簿から除籍された、とか?」
「でも、そんな人物がのうのうと墓参りなんか行くかしら?」
「確かに。仮に名前を尋ねられたら偽名を名乗ったりしそうですよね」
「偽名、ね……」
たはははと苦笑いする高木の言葉をヒントに、美和子はさらに思考を巡らせる。もし、フルヤレイが偽名であるなら名簿のデータベースで名前がヒットしないのは当然だ。ならば、偽名とは別に本名があるはず。
――そうよ、本名が分からなければ探しようがないじゃない。
「フルヤ、レイ……。フルヤ……」
何かヒントにならないだろうかと美和子はその名前を何度も口にしてみる。だんだんどこかで聞いたことがあるような気がしてきて、そのうち脳裏で『フルヤ!』と叫ぶ女の声が重なった。一体どこで?
自問と同時にバラバラという激しいノイズと風の音が現れて、夜のヘリポートとヘリの操縦士、そして少年の姿が思い起こされる。
『安室さん!?』
それは少年の声だ。
まさか、とは思うものの、考えれば考えるほど『フルヤ』と呼ばれたあの男が自分の知る人物と似ている気がしてくる。
早速、美和子は自分の推理を基に警察学校卒業者名簿にアクセスし、ある名前を入力して『検索』のボタンをクリックした。しかし結果は該当なしの0件。
ならばやはり自分の推理は間違っているかもしれない。そう思いつつも確かめたいという気持ちばかりが美和子の中で募っていく。
「あの、佐藤さん? 僕また何か変なこと言いました……?」
不安そうに顔を覗き込んでくる渉に、美和子は尋ねる。
「高木君、明日休みよね? デートがてらやってみて欲しいことがあるの」
翌日、美和子と渉はその店を訪れた。喫茶ポアロ。カランカランという客の来店を知らせるベルの音が、店内に響き渡る。時間帯のせいか、幸いにも客は少ないらしい。
少し重い足音と共に、男の店員が店の奥から2人の前に現れた。
「いらっしゃいま――」
男は一瞬動揺したように見えた。当然だろう、死んだはずの友人と同じ姿の人間が目の前に現れたのだから。
渉を松田そっくりに変装させ、松田の古い友人であるフルヤレイ、否、安室透の前にその姿を現したら、安室透は何かしらの反応を示すはず。
自分の推理が確信に変わっていく実感に、美和子は思わず笑みを浮かべた。
「これは驚きましたよ」
「でしょうね、安室透さん」
「佐藤刑事が高木刑事以外の男性とデートだなんて」
「……は?」
「コナン君たちから聞きました、佐藤刑事と高木刑事がお付き合いしてること。大丈夫ですよ、高木刑事には秘密にしておきますから」
さっきまでの自信がへなへなと萎えていく。店の入り口で立ち尽くす2人に安室は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ええっと、もしかして事件の捜査か何かでした? それでしたらとんでもない失礼を……」
「あ、そう、そうなの! 今こんな感じの顔した人を探してて! 聞き込みのついでに休憩しようかなと!」
「佐藤さん?」
話が違うじゃないですか、渉は耳打ちした。その声色は拗ねている時のもので、美和子の罪悪感をくすぐらせる。デートと称して実は捜査だったとか、事件に巻き込まれてデートどころではなくなった、なんてことが何度もあったせいだ。とりあえず今は調子を合わせてもらい、渉の変装を解かせる。
「はは、実はそうなんですよ、安室さん。通りがかったしポアロのコーヒーが飲みたいなー、なんて」
「これはこれは、高木刑事でしたか。とりあえずお好きな席へどうぞ。今お冷をお持ちしますね」
各々に注文したコーヒーを待つ間、店内は実に静かだった。他の客が本のページをめくる音、お湯がシューと沸騰する音。カチャカチャという食器の音。安らぐような空間を自分の声で壊してしまうのは躊躇われるも、渉は聞かずにはいられなかった。
「佐藤さんは、僕を松田さんに見たててデートしたかったってことだったんですか?」
「違うわよ、そんな訳ないじゃない」
「じゃあどうして」
美和子は自分の推理を小声で説明する。あの日見たこと、聞いたこと。知り合いか尋ねても返事がなかったコナンのこと。フルヤレイが安室透の偽名で、死んだはずの松田の姿を見た安室が何かしっぽを出すかもと思ったこと――。
「でも」
考えすぎだったのかも、と美和子は眉を下げた。
「ごめんね、渉。私の我儘に付き合わせちゃって」
「いいですよぉーどうせいつものことですからぁー」
思い切り拗ねてみせる渉に「埋め合わせするから」と手を合わせて美和子は謝り倒す。良いですよ、と彼が笑って許すまでそう時間はかからなかった。
それからは普通のデートのように時間が過ぎていった。追加で早めの昼食を注文し、他愛のない話をして、そのうちに届けられた美味しい料理を一口ずつ共有する。
皿が空になって、美和子はコーヒーを飲み干した。ここでしか味わえない優しい苦味が口の中で広がる。
(このコーヒー、安室さんが淹れたのよね……?)
コーヒーの味で淹れた人物がどんな人かわかる訳ではない。刑事ならばもっと科学的な証拠を元に考えるべきだろう。だがそれだけで安室という人物が悪い人間ではないような気がした。
フルヤレイ=安室透という仮説は立証できなかったが、疑念はまだ残っている。だがもし彼が正当な理由で偽名を使っているのであればそれは。
「ま、いっか」
「どうしたんですか? 急に」
「ううん、なんでもない」
どの可能性も確信はない。しかし追求すればきっと迷惑になるだろう。邪魔をしてまで知りたいとは美和子は思えなかった。それに、もし縁あって彼と松田について話すことがあるならば、きっといつかその時が来る。それが今ではないだけだ。
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
温かな声に顔をあげると、安室が笑顔でオーダーを待っていた。
2人からおかわりのオーダーを受けて再びカウンターへと戻った安室は、恋人たちを微笑ましく見守りながら2客のカップに淹れたてのコーヒーを注いだ。
アパートの一室で、ウイスキーグラスの中の氷がカランと寂しく響く。窓からの月明かりとモニター画面の電子的な光が暗い部屋をぼんやりと明るくしている。
「久しぶりにお前の姿を見たよ、松田」
僕らの後輩の変装だったがな。そう付け加えると声の主はふっ、と笑って再びグラスに口をつけた。ウイスキーボトルの横に置かれたノートパソコンは、在りし日の松田と同期の仲間たちを映し出していた。無論フルヤレイ――降谷零の姿もある。
「キミが言っていた後輩刑事の彼女、なかなか冴えてるな。僕の正体に気付いたのかと思って少し焦ったよ」
安室透、本名を降谷零。彼はグラスのウイスキーを飲み干すとしばし逡巡した。職務あるいは第3の顔としていつ呼び出されるかわからない以上、悪酔いはできない。決まった時にしかしない晩酌をこうも簡単に許してしまっているのだから尚更だ。
気を紛らわすように写真を表示させては1つ1つゆっくり眺める。その度に、普段は思い出さないような些細な日常の光景が降谷の脳裏に浮かぶ。
「いいよな、こんな気分になる日くらいは」
時には自分を甘やかしたっていいよな、と苦笑いしながらグラスについだのはウイスキーストレート1口分。降谷はそれを飲み干すと窓の外に目をやった。
”あの頃”も見たであろう冬の明るい星が、南東の高い所で眩しく瞬いていた。
(了)
2023.4.7 初稿
Lemon Ruriboshi.