透・零・Bourbon夢
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急な呼び出しやら事件やらで、気付けば零時まであと15分も無かった。
愛車のRX-7を走らせ、彼女の住むマンションへと僕は急いだ。
赤信号で止まる。ちらり、と助手席に目線を移す。黄色い薔薇の花束。買ってから大分時間が経ってしまったが、しおれたりしていないだろうか……。
少しして、彼女のマンションが視界に入った。
煌々と部屋の電気は点いている。
最後の赤信号で「もうすぐ着く」とメッセージを送ると、即座に「お待ちしております」と他人行儀な返事がきた。
ふふ、と笑みが零れる。
「相変わらず、素直で従順な人だな……」
というのも、彼女には『急ぎの仕事を届けに行く』と伝えてある。
彼女は疑うことなく、仕事モードで待っているはずだ。
――さて、どんな反応をするだろう?
疾る心を抑えて、青信号と共にアクセルを踏んだ。
マンションの近くに車を停め、助手席の花束を掴む。
そして静かに、しかし迅速に。
23時55分14秒。
オートロックのエントランスで、彼女の部屋番号を押そうと伸ばした指が震えていた。
今更になって、髪は乱れてないか、花は大丈夫か、と確認する。
……大丈夫、問題ない。
「緊張するなんて、僕らしくもないな」
と一人で苦笑う。
仕事柄、命を危険に晒すことが多く、緊張感などもうとっくに麻痺したものだと思っていたのに。
咳払いをしてから、部屋番号を入力して呼び出す。
「はい」
小さくも緊張した彼女の声がスピーカーから聞こえた。
「僕だ」
「今開けます」
彼女の声のトーンは完全に仕事モードだ。計画は順調と言っていいだろう。
あとは間に合うか、だ。
☆
五。
『#name2# 遥』という彼女のネームプレートの部屋の前、最後の身だしなみチェックをする。
四。
最後のインターホンを押す。
三。
ドア越しに彼女の気配を感じる。
二。
ガチャ、という音と共に、彼女が姿を表す。
一。
花束に目を向け「降谷さん……?」と彼女が呟く。慌てて隠して、えっと、と僕は鼻をかく。
零。
腕時計が零時零分を示す。
「誕生日おめでとう、遥」
遥の腕の中に、黄色い薔薇の花束が収まった。
☆
呆然とする遥が我に返ったのはきっと数秒後だ。
「あ、ありがとうございます!」
と敬礼しながらお辞儀をするという思いもよらない反応に、僕は思わず吹き出した。
「と、とにかく、上がってください!」
「そうさせてもらうよ」
お茶を入れてきます、という遥をキッチンに見送り、僕はリビングのソファに身を預けた。
相変わらず、遥のこのソファは座り心地が良い。
そういえば、ここのところよく寝てなかったな……。
気づくと急な睡魔に襲われて、意識が沈んでいくのがわかる。
程よい温かさ、遥の淹れているであろうカモミールティーの香りに包まれて、抵抗虚しく、僕の意識は夢の世界へと旅立ってしまった。
☆
目を開くと、自宅には無いテーブルが見えた。冷めたカモミールティーが2杯並んでいる。
横を見ると、遥が僕にもたれかかって眠っていた。
おそらくかけてくれたのであろうブランケットを彼女にもかけようとしたのだが。
「ん……」
「すまない、起こしたか?」
少し寝ぼけた様子だったが、状況を飲み込んだのか、
「だだだ大丈夫です! 失礼致しました!」
と唐突に距離を取ったのだった。
デジャヴ。いや、数時間前にも見聞きした気がする。
「その呼び方、今はやめてくれないか?」
「いや、しかし! “急な仕事”というものを受け取って」
言い終わる前に、遥を抱きしめた。
遥の顔は見えないが、きっと口をぱくぱくさせていることだろう。
「ふ、降谷さ……!?」
「相変わらず自分のことには鈍いね、君は」
「へ?」
「“急な仕事”は嘘だよ」
「と、言いますと?」
「誰よりも早く、恋人の誕生日を祝いたかったんだよ」
一度、遥を腕の中から解放し、そしてキスをする。
「ありがとうございます、降谷、さ……」
僕が顔をしかめると、視線を逸らし、恥ずかしそうに「零さん」と僕の名を呼んだ。
「良い子だ」
ご褒美にもう1度キスをし、再び抱きしめて、彼女の耳元で囁いた。
「誕生日おめでとう、遥」
「ありがとうございます、零さん」
☆
次に目が覚めたのは、遥の「ひゃー」という悲鳴が聞こえた時だった。
どうした?と声の方へ行くと、せっかくのお花が、と慌てて花瓶にあの黄色い薔薇を活けていた。
少し元気のないものもあるようだった。
「任せろ」
と言うと、素直に交代してくれた。
こんな些細なことでも僕を信じてくれているんだ――上司と部下でも無く――と思うと、案外嬉しいもので、思わず笑顔になる。
「零さん」
「何だ?」
「何故“黄色い”薔薇なんです?」
「……赤のほうが良かったか?」
心の声だけのつもりが、低い声でだだ漏れた。しまったと思ったときにはもう遅い。そんなつもりじゃ、と遥は申し訳なさそうな顔で伏せた。まだ僕は、本物の恋人しては未熟者のようだ。
僕はしゃがんで遥と目を合わせた。手にしていた薔薇を1本差し出し、
「確かに黄色い薔薇の花言葉は赤い薔薇よりもネガティブなものが多い。でも僕は赤色が好きじゃない。それに黄色い薔薇には“平和”や“献身”といった僕らの仕事にピッタリのものなんかもある」
今度はキョトンとした表情に変わる。どうやら花言葉の方は知らなかったらしい。
「それに、僕は遥には黄色のほうが似合うと思ったんだ。笑顔の遥は太陽みたいに温かいからね」
自分でも恥ずかしいことを言っているのはわかっていた。
でもそこに嘘偽りは無く、ただただ僕の思いを伝えたいという感情のみがあった。
意味を理解したのか、彼女は顔を赤らめた。そしてはにかみながら言った。
「ありがとうございます」
今度は僕のほうが恥ずかしくなった。彼女の顔を見ないように作業に戻りながら、
「もし信じられないなら本数を数えてくれ」
と言うと、はぁい、と嬉しそうに答え、小さく数えてから僕の側を離れた。
「お茶、淹れますね」
「ああ」
分かっている。お湯を沸かしている間に調べるだろうことなど。
そしてカモミールティーの香りがしてきた頃、僕は活け終わった黄色い薔薇たちをリビングへ持っていった。
カモミールティーを一通り味わったところで、僕はスマホを取り出した。
「風見か?」
ピクリ、と遥が反応するのがわかった。無理もない、僕の通話相手が直属の上司なのだから。僕は遥の口を手で覆う。
「突然で悪いが、今日から2日ほど#name2#を僕の方に貸して欲しい。……ああ、悪いな。助かる」
通話を終えると案の定、どういうことですかと迫ってきた。
「せっかくの君の誕生日だ。ドライブにでも行かないか? 勿論、ハロも連れてな」
遥は、それってズル休みじゃ、と呟く。僕は自分の口に人差し指を当てて、それじゃあ休暇命令ということでどうだ?と笑ってみせた。
少しあと、彼女は笑顔で言った。
「今の零さんの笑った顔、いたずらっ子が何か企んでる時みたい」
「嫌いか?」
「嫌いじゃないです!」
むしろその逆です、と小さくつぶやくのが聞こえたが、聞こえないフリをしておいた。
「さて、そうと決まれば出発だ」
「どこまで行くんですか?」
「ずっと君を連れて行きたかった場所さ」
彼女が支度をしている間、僕はさっき活けた薔薇からいくつか取り出して、ミニブーケを作る。
後で渡そう。また驚いた顔が見たい。
そして今度は意味を知った時の笑顔を僕に見せて欲しい。
知らずして、僕はまた笑っていた。
(了)
2019.5.14 初稿
2019.5.15 加筆修正
2022.2.1 加筆修正
黄色い薔薇のフィギュアの破壊力は凄かった。
2日借りたのは何かあるかもしれない。
Lemon Ruriboshi.
愛車のRX-7を走らせ、彼女の住むマンションへと僕は急いだ。
赤信号で止まる。ちらり、と助手席に目線を移す。黄色い薔薇の花束。買ってから大分時間が経ってしまったが、しおれたりしていないだろうか……。
少しして、彼女のマンションが視界に入った。
煌々と部屋の電気は点いている。
最後の赤信号で「もうすぐ着く」とメッセージを送ると、即座に「お待ちしております」と他人行儀な返事がきた。
ふふ、と笑みが零れる。
「相変わらず、素直で従順な人だな……」
というのも、彼女には『急ぎの仕事を届けに行く』と伝えてある。
彼女は疑うことなく、仕事モードで待っているはずだ。
――さて、どんな反応をするだろう?
疾る心を抑えて、青信号と共にアクセルを踏んだ。
マンションの近くに車を停め、助手席の花束を掴む。
そして静かに、しかし迅速に。
23時55分14秒。
オートロックのエントランスで、彼女の部屋番号を押そうと伸ばした指が震えていた。
今更になって、髪は乱れてないか、花は大丈夫か、と確認する。
……大丈夫、問題ない。
「緊張するなんて、僕らしくもないな」
と一人で苦笑う。
仕事柄、命を危険に晒すことが多く、緊張感などもうとっくに麻痺したものだと思っていたのに。
咳払いをしてから、部屋番号を入力して呼び出す。
「はい」
小さくも緊張した彼女の声がスピーカーから聞こえた。
「僕だ」
「今開けます」
彼女の声のトーンは完全に仕事モードだ。計画は順調と言っていいだろう。
あとは間に合うか、だ。
☆
五。
『#name2# 遥』という彼女のネームプレートの部屋の前、最後の身だしなみチェックをする。
四。
最後のインターホンを押す。
三。
ドア越しに彼女の気配を感じる。
二。
ガチャ、という音と共に、彼女が姿を表す。
一。
花束に目を向け「降谷さん……?」と彼女が呟く。慌てて隠して、えっと、と僕は鼻をかく。
零。
腕時計が零時零分を示す。
「誕生日おめでとう、遥」
遥の腕の中に、黄色い薔薇の花束が収まった。
☆
呆然とする遥が我に返ったのはきっと数秒後だ。
「あ、ありがとうございます!」
と敬礼しながらお辞儀をするという思いもよらない反応に、僕は思わず吹き出した。
「と、とにかく、上がってください!」
「そうさせてもらうよ」
お茶を入れてきます、という遥をキッチンに見送り、僕はリビングのソファに身を預けた。
相変わらず、遥のこのソファは座り心地が良い。
そういえば、ここのところよく寝てなかったな……。
気づくと急な睡魔に襲われて、意識が沈んでいくのがわかる。
程よい温かさ、遥の淹れているであろうカモミールティーの香りに包まれて、抵抗虚しく、僕の意識は夢の世界へと旅立ってしまった。
☆
目を開くと、自宅には無いテーブルが見えた。冷めたカモミールティーが2杯並んでいる。
横を見ると、遥が僕にもたれかかって眠っていた。
おそらくかけてくれたのであろうブランケットを彼女にもかけようとしたのだが。
「ん……」
「すまない、起こしたか?」
少し寝ぼけた様子だったが、状況を飲み込んだのか、
「だだだ大丈夫です! 失礼致しました!」
と唐突に距離を取ったのだった。
デジャヴ。いや、数時間前にも見聞きした気がする。
「その呼び方、今はやめてくれないか?」
「いや、しかし! “急な仕事”というものを受け取って」
言い終わる前に、遥を抱きしめた。
遥の顔は見えないが、きっと口をぱくぱくさせていることだろう。
「ふ、降谷さ……!?」
「相変わらず自分のことには鈍いね、君は」
「へ?」
「“急な仕事”は嘘だよ」
「と、言いますと?」
「誰よりも早く、恋人の誕生日を祝いたかったんだよ」
一度、遥を腕の中から解放し、そしてキスをする。
「ありがとうございます、降谷、さ……」
僕が顔をしかめると、視線を逸らし、恥ずかしそうに「零さん」と僕の名を呼んだ。
「良い子だ」
ご褒美にもう1度キスをし、再び抱きしめて、彼女の耳元で囁いた。
「誕生日おめでとう、遥」
「ありがとうございます、零さん」
☆
次に目が覚めたのは、遥の「ひゃー」という悲鳴が聞こえた時だった。
どうした?と声の方へ行くと、せっかくのお花が、と慌てて花瓶にあの黄色い薔薇を活けていた。
少し元気のないものもあるようだった。
「任せろ」
と言うと、素直に交代してくれた。
こんな些細なことでも僕を信じてくれているんだ――上司と部下でも無く――と思うと、案外嬉しいもので、思わず笑顔になる。
「零さん」
「何だ?」
「何故“黄色い”薔薇なんです?」
「……赤のほうが良かったか?」
心の声だけのつもりが、低い声でだだ漏れた。しまったと思ったときにはもう遅い。そんなつもりじゃ、と遥は申し訳なさそうな顔で伏せた。まだ僕は、本物の恋人しては未熟者のようだ。
僕はしゃがんで遥と目を合わせた。手にしていた薔薇を1本差し出し、
「確かに黄色い薔薇の花言葉は赤い薔薇よりもネガティブなものが多い。でも僕は赤色が好きじゃない。それに黄色い薔薇には“平和”や“献身”といった僕らの仕事にピッタリのものなんかもある」
今度はキョトンとした表情に変わる。どうやら花言葉の方は知らなかったらしい。
「それに、僕は遥には黄色のほうが似合うと思ったんだ。笑顔の遥は太陽みたいに温かいからね」
自分でも恥ずかしいことを言っているのはわかっていた。
でもそこに嘘偽りは無く、ただただ僕の思いを伝えたいという感情のみがあった。
意味を理解したのか、彼女は顔を赤らめた。そしてはにかみながら言った。
「ありがとうございます」
今度は僕のほうが恥ずかしくなった。彼女の顔を見ないように作業に戻りながら、
「もし信じられないなら本数を数えてくれ」
と言うと、はぁい、と嬉しそうに答え、小さく数えてから僕の側を離れた。
「お茶、淹れますね」
「ああ」
分かっている。お湯を沸かしている間に調べるだろうことなど。
そしてカモミールティーの香りがしてきた頃、僕は活け終わった黄色い薔薇たちをリビングへ持っていった。
カモミールティーを一通り味わったところで、僕はスマホを取り出した。
「風見か?」
ピクリ、と遥が反応するのがわかった。無理もない、僕の通話相手が直属の上司なのだから。僕は遥の口を手で覆う。
「突然で悪いが、今日から2日ほど#name2#を僕の方に貸して欲しい。……ああ、悪いな。助かる」
通話を終えると案の定、どういうことですかと迫ってきた。
「せっかくの君の誕生日だ。ドライブにでも行かないか? 勿論、ハロも連れてな」
遥は、それってズル休みじゃ、と呟く。僕は自分の口に人差し指を当てて、それじゃあ休暇命令ということでどうだ?と笑ってみせた。
少しあと、彼女は笑顔で言った。
「今の零さんの笑った顔、いたずらっ子が何か企んでる時みたい」
「嫌いか?」
「嫌いじゃないです!」
むしろその逆です、と小さくつぶやくのが聞こえたが、聞こえないフリをしておいた。
「さて、そうと決まれば出発だ」
「どこまで行くんですか?」
「ずっと君を連れて行きたかった場所さ」
彼女が支度をしている間、僕はさっき活けた薔薇からいくつか取り出して、ミニブーケを作る。
後で渡そう。また驚いた顔が見たい。
そして今度は意味を知った時の笑顔を僕に見せて欲しい。
知らずして、僕はまた笑っていた。
(了)
2019.5.14 初稿
2019.5.15 加筆修正
2022.2.1 加筆修正
黄色い薔薇のフィギュアの破壊力は凄かった。
2日借りたのは何かあるかもしれない。
Lemon Ruriboshi.
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