カイト夢
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感じる寒さに疑問を持った。
日の当たらなくなった今の月面は地球よりも遥かに寒い。だから当然といえば当然なのだが、それにしても寒い、いや、冷たい。
これが死というものかと薄れ行く意識の中でぼんやりと呟いた。
魂が体から剥がれていっているのだろう。だから、寒い。
遠くで誰かの声がする。
おそらくはミザエルなのだろうが、もうほとんど聞き取れない。
時折聞こえる叫びは、間違いなく遊馬のものだろう。
何故そんなにも嘆くのか、いくつもの非道なことをして退けた俺の死を。
弟の、ハルトのためとはいえ、俺の重ねた罪は消えなどしないのに。
ハルトの声が聞こえた。「兄さん!」とはしゃぎ駆け回っているそこは、若草の草原。緑の森、青い山が遠くに見える。
気付けば厳格だった父親が優しい笑みを浮かべて立っているし、セツナは寝転ぶ俺の横で花輪を編んでいる。
あまりにも懐かしい光景が眼前に広がっていた。
思わず立ち上がると、次々と人影が現れた。それは遊馬やアストラル、凌牙、見覚えのある顔ぶれへと次々に姿を変えていき、俺はようやくこれが人の最期に見る幻であると悟った。
知らない間に、こんなにもたくさんの人間に囲まれていたとは、と思わず苦笑した。
弟のために魂を売り渡した時から、ろくな死に方など出来ないという覚悟はしていた。それなのに、こんなにも温かい最期を迎えられるなど、果たして想像することは今の今まで無かった。
たとえこれが、自分の脳が作り出した幻であっても。
「死ぬのが怖いのか?」
自分の声が聞こえた。現実が胸に冷たく刺さる。
「……ああ」
俺は呟いた。怖くないと答えればそれは嘘だ。
「でも、不幸だと思わない」
ハルトを救えた、それだけで十分すぎる。
そして、「友」と呼べる存在も出来た。
もう十分だ。
たった十八年、と人は言うかもしれないが、十分に幸せで満足だ。
「後悔はないか?」
もう1人の俺が問うた。
「……ない」
「そうか」
最後の最後に俺は嘘をついた。
訂正すべきか悩む間にも、温かな幻の空間で彼ら彼女らは生き生きと過ごしている。
日が沈む気配はない。
「カイト」
優しい声がした。振り返って、母さん、といい終わる前に、俺は背中を押され、そして。
全ての感覚を失った――。
ひどく体が重たかった。動かすことはできない。
ピッ、ピッ、という規則正しい無機質な音がはっきりと聞こえてきた。
ゆっくりと目を開ける。月の光が、カーテンの隙間から瞳を刺し、痛い、と感じた。
手のひらが温かい。首だけ動かすと、俺のベッドに頭を乗せ、座ったまま眠るハルトが見えた。
ハルトの手が温かいと感じるのは、まだ体に魂が戻りきっていないからだろうか。
「カイ、ト?」
部屋の入り口で、セツナが毛布を持って立っていた。
その目には涙が溢れて頬を伝い、その雫が落ちる前に、駆け寄って来て俺をその腕に抱いた。
「ただ、い、ま」
ハルトが目を覚ますまで、そんなに時間はかからなかった。
(了)
2016.4.15 初稿
2022.2.25 加筆修正
銀河鉄道の夜。
Lemon Ruriboshi.
日の当たらなくなった今の月面は地球よりも遥かに寒い。だから当然といえば当然なのだが、それにしても寒い、いや、冷たい。
これが死というものかと薄れ行く意識の中でぼんやりと呟いた。
魂が体から剥がれていっているのだろう。だから、寒い。
遠くで誰かの声がする。
おそらくはミザエルなのだろうが、もうほとんど聞き取れない。
時折聞こえる叫びは、間違いなく遊馬のものだろう。
何故そんなにも嘆くのか、いくつもの非道なことをして退けた俺の死を。
弟の、ハルトのためとはいえ、俺の重ねた罪は消えなどしないのに。
ハルトの声が聞こえた。「兄さん!」とはしゃぎ駆け回っているそこは、若草の草原。緑の森、青い山が遠くに見える。
気付けば厳格だった父親が優しい笑みを浮かべて立っているし、セツナは寝転ぶ俺の横で花輪を編んでいる。
あまりにも懐かしい光景が眼前に広がっていた。
思わず立ち上がると、次々と人影が現れた。それは遊馬やアストラル、凌牙、見覚えのある顔ぶれへと次々に姿を変えていき、俺はようやくこれが人の最期に見る幻であると悟った。
知らない間に、こんなにもたくさんの人間に囲まれていたとは、と思わず苦笑した。
弟のために魂を売り渡した時から、ろくな死に方など出来ないという覚悟はしていた。それなのに、こんなにも温かい最期を迎えられるなど、果たして想像することは今の今まで無かった。
たとえこれが、自分の脳が作り出した幻であっても。
「死ぬのが怖いのか?」
自分の声が聞こえた。現実が胸に冷たく刺さる。
「……ああ」
俺は呟いた。怖くないと答えればそれは嘘だ。
「でも、不幸だと思わない」
ハルトを救えた、それだけで十分すぎる。
そして、「友」と呼べる存在も出来た。
もう十分だ。
たった十八年、と人は言うかもしれないが、十分に幸せで満足だ。
「後悔はないか?」
もう1人の俺が問うた。
「……ない」
「そうか」
最後の最後に俺は嘘をついた。
訂正すべきか悩む間にも、温かな幻の空間で彼ら彼女らは生き生きと過ごしている。
日が沈む気配はない。
「カイト」
優しい声がした。振り返って、母さん、といい終わる前に、俺は背中を押され、そして。
全ての感覚を失った――。
ひどく体が重たかった。動かすことはできない。
ピッ、ピッ、という規則正しい無機質な音がはっきりと聞こえてきた。
ゆっくりと目を開ける。月の光が、カーテンの隙間から瞳を刺し、痛い、と感じた。
手のひらが温かい。首だけ動かすと、俺のベッドに頭を乗せ、座ったまま眠るハルトが見えた。
ハルトの手が温かいと感じるのは、まだ体に魂が戻りきっていないからだろうか。
「カイ、ト?」
部屋の入り口で、セツナが毛布を持って立っていた。
その目には涙が溢れて頬を伝い、その雫が落ちる前に、駆け寄って来て俺をその腕に抱いた。
「ただ、い、ま」
ハルトが目を覚ますまで、そんなに時間はかからなかった。
(了)
2016.4.15 初稿
2022.2.25 加筆修正
銀河鉄道の夜。
Lemon Ruriboshi.