Ⅳ・トーマス夢
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「何でお前がウチに居るんだよ?」
2人しかいない部屋で、トーマスはハヅキに低い声で詰め寄った。
しかしハヅキはただ、
「クリストファー様に、使用人として雇われたためです」
としか言わない。そうじゃねぇ!とトーマスは言葉を荒げる。
「何で今まで黙っていた? 手紙の一通や二通寄越せただろ!」
「口止めされていたものですから、クリストファー様に。トーマス様やミハエル様を驚かせたいとのことでしたので」
兄貴の手の内で踊らされてたのかよ、とトーマスは苦々しく吐き捨てた。
☆
数時間前。
久々に養護施設から一時帰宅が許された日の夜、クリスが「紹介したい人がいる」と言うから、トーマスとミハエルは驚いた。
クリスは今やアークライト家の家長に等しい。恋人や将来を誓いあった女性くらいいてもおかしくはない、と2人は瞬時にこの全てを考えた。
入りたまえ、という声と共にダイニングの扉が開く。
「ハヅキ!?」
それは半年前に施設を退所したハヅキだった。
「ハヅキです。住み込みの専属メイドとしてアークライト家の皆様のために一生懸命ご奉仕させて」
ハヅキの言葉を遮るように、バァン! という大きな音が部屋中にビリビリと響いた。ディナーがひっくり返る勢いで、トーマスがテーブルを叩いたのだ。
兄様、とミハエルが諫める。クリスはいつもの落ち着きはらった声で、
「トーマス、落ち着きなさい。まずは彼女が作ってくれた夕飯を頂こう」
と言ったのだが、その顔はとても愉快そうで、更にトーマスを不機嫌にさせた。
深夜。
静まり返った廊下に、足音が響く。ハヅキだ。戸締まりの確認、そんなところだろう。
トーマスは部屋のドアを開けた。
「ハヅキ」
「いかがなさいましたか?」
ハヅキは少し眠そうな眼をトーマスに向けた。
「兄貴とミハエルは?」
「既におやすみになられました」
丁度良い、誰にも邪魔されることなく問い質せる、と心の中でほくそ笑んだ。トーマスはハヅキの腕を掴み、自室に半ば強引に引き込んで、冒頭に至る。
「いつここに来た?」
「あの施設を出たその日です」
16歳になると施設から出る決まりになっている。ハヅキはトーマスより一足早く16歳を迎えた。
が、ハヅキの退所日はトーマスたちだけには知らされず、挨拶もなく、2人が退所を知ったのは翌日のことで、突然の別れに戸惑うしかなかった。
これもきっと兄貴の一計だろうと思うとトーマスは腹立たしくて仕方なかった。
「何でよりによってお前なんだよ……」
と溜息をつくと、聞こえていたらしくハヅキは律儀にそれに答えた。
「施設でトーマス様とミハエル様のお相手をしておりましたところを、クリストファー様が何度もお見かけになっていたそうです」
「そうかよ。つうかその敬語やめろ。前みたいに普通に話してくれ」
「トーマス様もこの家の方です。ご主人様に対してため口をきくなど出来ません」
「相変わらずのクソ真面目だな」
「それだけが取り柄ですから」
トーマスは鼻で笑ってみる。しかし、以前のハヅキのように食って掛かってくることはない。別人になってしまったかのように思えてしまい、本当にハヅキなのだろうかとまじまじと見る。目を伏せられ、トーマスは我に返った。気まずい空気が流れる。
「不躾ですが、私の個人的な感情を申し上げると」
「なんだ? 言え」
「雇われたのがアークライト家で、本当に嬉しいのです」
ハヅキの瞳の奥が揺らいだ。その頬は薄く染まっているようにも見える。
どういう意味だと問い詰めようかと思ったが、自惚れてしまいそうで、やめた。きっと友人としての意味だ、コイツはそんなに考えていない、とトーマスは自分を納得させた。
「だが、俺は許さねえからな」
「何をですか?」
「俺に黙って施設からいなくなったことをだ」
ハヅキはうつむいて、申し訳ありません、と頭を垂れた。
「何故、挨拶もせずにいなくなった?」
「……申し上げることは出来ません」
「何故だ?」
「どうしてもです」
「ならばご主人サマの命令で答えてもらおうか」
「出来ません」
「つうか、いい加減その敬語やめろ、居心地が悪い」
「出来ません」
頭を下げたまま、ハヅキははっきりと断言する。
「なるほどよく分かった。主人に逆らってまで、言いたくないのか。ならばデュエルで決めようじゃないか」
ハヅキもデュエリストだったよなとトーマスが尋ねると、観念したように
「私もデュエリストの端くれです。受けない訳には参りません。全力でお相手します」
と投げ渡されたデュエルディスクにデッキをセットした。
数十分後には、WINの文字と共にトーマスの顔が浮かんだ。
トーマスは、俺の勝ちだ、とハヅキの腕を引いて立たせる。
「さて、全部話して貰おうか」
逃げられないように腕は離さないでおく。ハヅキはトーマスから顔を背け、口は固く結んでいる。
「ほら、言えよ」
「相変わらず強いなぁ……」
ハヅキの目が潤みだし、頬を伝って大粒の涙がボタボタと音を立てて絨毯に落ちていく。
「言えないよ! さよならなんて!」
嗚咽混じりにハヅキが話した経緯、それは雇われた時はアークライト家だとも、勿論トーマスやミハエルの実家であることも知らなかったこと、一時帰宅とは言え、また会える今日を本当に楽しみにしていたこと。
「あそこは大嫌いだけど、トーマスとミハエルといるのは本当に楽しかった! だからお別れなんて信じたくなかった! 言いたくなかった!」
何度も何度も、ハヅキは涙を拭う。それでもなかなか止まらない。
トーマスはきまり悪そうに息を一つついた。そっと手を離す。
「悪かった。こんな真似して」
ハヅキは首をふるふると横に振った。顔を上げ、泣き腫らしたハヅキの目とトーマスの目が合う。すると少し照れくさそうにトーマスは頭を掻いた。
「その、だな。お前といるのは、俺も、結構、楽しかった……」
途端、ハヅキの目から再び涙がボロボロと落ち始めた。
おいどうしたんだよ、と狼狽えるトーマスにハヅキは微笑みを浮かべて答える。
「またトーマスと居られて、嬉しいんだよ」
「さらっと恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ」
ハヅキの頭をくしゃくしゃと撫でた。
☆
「どうしたの兄様?」
翌朝、玄関を出たばかりのトーマスは家の中へと踵を返した。
「忘れ物」
いくつもの部屋の前を過ぎ、思いの外早く見つかった"忘れ物"にトーマスは声をかける。
「ハヅキ」
「トーマス様? お迎えの方が間もなくいらっしゃるのでは?」
「命令だ。今度は黙っていなくなったりするな」
ハヅキは目を見開いたがすぐに破顔するとトーマスの頬に口づけた。
「いなくなりませんよ、アークライト家の専属メイドですから」
満面の笑みをトーマスに向ける。トーマスは片頬がじんじんと熱をもったように感じられた。
悔しい。そう思ったトーマスが、今度はハヅキの口を自分の口で軽く塞ぐ。
「またな」
背を向けたトーマスに何か伝えたいのだが、言葉にならない。
「次のお帰りをお待ちしております」
やっとの思いでハヅキが発した言葉にトーマスは吹き出す。
「いい加減、その敬語やめろ。次に会うまでに直しておけ」
「……努力します」
そして、心待ちにした再会の日はすぐにやってきた、トロンの帰還によって。
しかしそれが、更に苦しい日々の始まりだとは誰もまだ知らなかった。
(了)
2014.2.9 初稿
2015.8.16 加筆修正
2022.2.25 加筆修正・改題
再会時→トーマス15歳・ハヅキ16歳
チャンピオンになった時→トーマス16歳
現在→トーマス17歳・ハヅキ18歳
という時系列
Lemon Ruriboshi.
2人しかいない部屋で、トーマスはハヅキに低い声で詰め寄った。
しかしハヅキはただ、
「クリストファー様に、使用人として雇われたためです」
としか言わない。そうじゃねぇ!とトーマスは言葉を荒げる。
「何で今まで黙っていた? 手紙の一通や二通寄越せただろ!」
「口止めされていたものですから、クリストファー様に。トーマス様やミハエル様を驚かせたいとのことでしたので」
兄貴の手の内で踊らされてたのかよ、とトーマスは苦々しく吐き捨てた。
☆
数時間前。
久々に養護施設から一時帰宅が許された日の夜、クリスが「紹介したい人がいる」と言うから、トーマスとミハエルは驚いた。
クリスは今やアークライト家の家長に等しい。恋人や将来を誓いあった女性くらいいてもおかしくはない、と2人は瞬時にこの全てを考えた。
入りたまえ、という声と共にダイニングの扉が開く。
「ハヅキ!?」
それは半年前に施設を退所したハヅキだった。
「ハヅキです。住み込みの専属メイドとしてアークライト家の皆様のために一生懸命ご奉仕させて」
ハヅキの言葉を遮るように、バァン! という大きな音が部屋中にビリビリと響いた。ディナーがひっくり返る勢いで、トーマスがテーブルを叩いたのだ。
兄様、とミハエルが諫める。クリスはいつもの落ち着きはらった声で、
「トーマス、落ち着きなさい。まずは彼女が作ってくれた夕飯を頂こう」
と言ったのだが、その顔はとても愉快そうで、更にトーマスを不機嫌にさせた。
深夜。
静まり返った廊下に、足音が響く。ハヅキだ。戸締まりの確認、そんなところだろう。
トーマスは部屋のドアを開けた。
「ハヅキ」
「いかがなさいましたか?」
ハヅキは少し眠そうな眼をトーマスに向けた。
「兄貴とミハエルは?」
「既におやすみになられました」
丁度良い、誰にも邪魔されることなく問い質せる、と心の中でほくそ笑んだ。トーマスはハヅキの腕を掴み、自室に半ば強引に引き込んで、冒頭に至る。
「いつここに来た?」
「あの施設を出たその日です」
16歳になると施設から出る決まりになっている。ハヅキはトーマスより一足早く16歳を迎えた。
が、ハヅキの退所日はトーマスたちだけには知らされず、挨拶もなく、2人が退所を知ったのは翌日のことで、突然の別れに戸惑うしかなかった。
これもきっと兄貴の一計だろうと思うとトーマスは腹立たしくて仕方なかった。
「何でよりによってお前なんだよ……」
と溜息をつくと、聞こえていたらしくハヅキは律儀にそれに答えた。
「施設でトーマス様とミハエル様のお相手をしておりましたところを、クリストファー様が何度もお見かけになっていたそうです」
「そうかよ。つうかその敬語やめろ。前みたいに普通に話してくれ」
「トーマス様もこの家の方です。ご主人様に対してため口をきくなど出来ません」
「相変わらずのクソ真面目だな」
「それだけが取り柄ですから」
トーマスは鼻で笑ってみる。しかし、以前のハヅキのように食って掛かってくることはない。別人になってしまったかのように思えてしまい、本当にハヅキなのだろうかとまじまじと見る。目を伏せられ、トーマスは我に返った。気まずい空気が流れる。
「不躾ですが、私の個人的な感情を申し上げると」
「なんだ? 言え」
「雇われたのがアークライト家で、本当に嬉しいのです」
ハヅキの瞳の奥が揺らいだ。その頬は薄く染まっているようにも見える。
どういう意味だと問い詰めようかと思ったが、自惚れてしまいそうで、やめた。きっと友人としての意味だ、コイツはそんなに考えていない、とトーマスは自分を納得させた。
「だが、俺は許さねえからな」
「何をですか?」
「俺に黙って施設からいなくなったことをだ」
ハヅキはうつむいて、申し訳ありません、と頭を垂れた。
「何故、挨拶もせずにいなくなった?」
「……申し上げることは出来ません」
「何故だ?」
「どうしてもです」
「ならばご主人サマの命令で答えてもらおうか」
「出来ません」
「つうか、いい加減その敬語やめろ、居心地が悪い」
「出来ません」
頭を下げたまま、ハヅキははっきりと断言する。
「なるほどよく分かった。主人に逆らってまで、言いたくないのか。ならばデュエルで決めようじゃないか」
ハヅキもデュエリストだったよなとトーマスが尋ねると、観念したように
「私もデュエリストの端くれです。受けない訳には参りません。全力でお相手します」
と投げ渡されたデュエルディスクにデッキをセットした。
数十分後には、WINの文字と共にトーマスの顔が浮かんだ。
トーマスは、俺の勝ちだ、とハヅキの腕を引いて立たせる。
「さて、全部話して貰おうか」
逃げられないように腕は離さないでおく。ハヅキはトーマスから顔を背け、口は固く結んでいる。
「ほら、言えよ」
「相変わらず強いなぁ……」
ハヅキの目が潤みだし、頬を伝って大粒の涙がボタボタと音を立てて絨毯に落ちていく。
「言えないよ! さよならなんて!」
嗚咽混じりにハヅキが話した経緯、それは雇われた時はアークライト家だとも、勿論トーマスやミハエルの実家であることも知らなかったこと、一時帰宅とは言え、また会える今日を本当に楽しみにしていたこと。
「あそこは大嫌いだけど、トーマスとミハエルといるのは本当に楽しかった! だからお別れなんて信じたくなかった! 言いたくなかった!」
何度も何度も、ハヅキは涙を拭う。それでもなかなか止まらない。
トーマスはきまり悪そうに息を一つついた。そっと手を離す。
「悪かった。こんな真似して」
ハヅキは首をふるふると横に振った。顔を上げ、泣き腫らしたハヅキの目とトーマスの目が合う。すると少し照れくさそうにトーマスは頭を掻いた。
「その、だな。お前といるのは、俺も、結構、楽しかった……」
途端、ハヅキの目から再び涙がボロボロと落ち始めた。
おいどうしたんだよ、と狼狽えるトーマスにハヅキは微笑みを浮かべて答える。
「またトーマスと居られて、嬉しいんだよ」
「さらっと恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ」
ハヅキの頭をくしゃくしゃと撫でた。
☆
「どうしたの兄様?」
翌朝、玄関を出たばかりのトーマスは家の中へと踵を返した。
「忘れ物」
いくつもの部屋の前を過ぎ、思いの外早く見つかった"忘れ物"にトーマスは声をかける。
「ハヅキ」
「トーマス様? お迎えの方が間もなくいらっしゃるのでは?」
「命令だ。今度は黙っていなくなったりするな」
ハヅキは目を見開いたがすぐに破顔するとトーマスの頬に口づけた。
「いなくなりませんよ、アークライト家の専属メイドですから」
満面の笑みをトーマスに向ける。トーマスは片頬がじんじんと熱をもったように感じられた。
悔しい。そう思ったトーマスが、今度はハヅキの口を自分の口で軽く塞ぐ。
「またな」
背を向けたトーマスに何か伝えたいのだが、言葉にならない。
「次のお帰りをお待ちしております」
やっとの思いでハヅキが発した言葉にトーマスは吹き出す。
「いい加減、その敬語やめろ。次に会うまでに直しておけ」
「……努力します」
そして、心待ちにした再会の日はすぐにやってきた、トロンの帰還によって。
しかしそれが、更に苦しい日々の始まりだとは誰もまだ知らなかった。
(了)
2014.2.9 初稿
2015.8.16 加筆修正
2022.2.25 加筆修正・改題
再会時→トーマス15歳・ハヅキ16歳
チャンピオンになった時→トーマス16歳
現在→トーマス17歳・ハヅキ18歳
という時系列
Lemon Ruriboshi.
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