簓夢
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「そういえばこの前、夢歌梨ちゃん見かけたぞ」
盧笙のナードギアを指で回す簓に程良く酔った零が言う。
久々の『居酒屋盧笙』は盛況で、各々が持ち込んだ缶ビールも殆ど空になった。
盧笙が零に「それは」、と引き止めるが時すでに遅し。自分の彼女の名前をちゃん付けで呼んでいることが少しばかり癪に障るが、それよりも。
「どこで?」
まあまあと笑う零に何かを諦めたらしい盧笙が仕方ないという顔で答える。
「Fクエの中でや」
Fクエとは、『ファイナル・キングダム・クエスト』のことである。ナードギアを使ったフルダイブ型のVRMMOで、かつていつもの顔触れーーヨコハマの左馬刻やイケブクロの一郎たちがゲーム内の陣取りバトルで戦い、その際原因不明のエラーを起こしたことでしばらくサービスを休止していたゲームである。
あれからメンテナンスを経て稼働が再開し(なお、戦争イベントは「両国が消し飛びかねないバトルが起こる」として中止され、和平を結んだという物語展開になった)、今ではVRMMOを代表するゲームのひとつとなったFクエであるが、簓の誘いで盧笙や零、そして夢歌梨もプレイヤーになっていた。
そして先日、大型アップデートが行われたことで現在多くのプレイヤーがFクエの世界にログインしているのである。
「ロケで忙しい簓さんを置いて、みんなで楽しくFクエなんて薄情やなあ」
世間ではバレンタインデーが迫っており、バラエティ番組やワイドショーでもデートスポットやスイーツの特集がいくつも組まれている。女性人気も高い簓はそのMCやゲストとして引っ張りだこなのだ。当然、アップデートの詳しい内容をチェックする暇など無い。
「いや俺が誘ったんは零だけや。欲しいもんがあって、それを手に入れるのに零の持っとるスキルが最適でな」
「盧笙のやつ、ゲームん中でもミニトマト育てる気らしいぞ」
「ほー、植物育てるのも出来るようなったんか、あのゲーム」
「ミニトマトちゃうぞ! ピコリントトマや!」
どうやら先日の大型アップデートでは色々なものが追加されたらしい。“栽培”のような新スキルをはじめ、新種のジョブやアイテムは勿論、“親密度”というパラメーターが増えたという。特定のユーザーとの関係性を数値化したもので、協力プレイやアイテムの譲渡を行うことで上昇する。一定の値を超えると“友人”や“親友”といったステータスが付加される仕様だ。また、今度のバレンタインデーに行われるイベントのクエストをクリアすれば、“恋人”というステータスが入手出来るようで、こういった特殊な方法でのみ獲得出来るものもあるようだ。
もっとも、特殊なクエストやイベントでのみ効果を発揮するもので、普通にプレイする上ではプラスにもマイナスにもならない。
要するに、現状ではFクエのかなりのマニアか物好きくらいしか欲しがらないプレイ特典と言ったところだ。
「簓なら新スキルの“変装”あたり興味持ちそうやけど」
「それより、夢ちゃんに会ったんやろ? 何してたんや?」
「折角、話題変えよう思ったのに」
と盧笙が頭を抱えた。そんなに隠そうとするなんて、余程俺に都合の悪い話なんか? と簓は訝しむ。例えばーー
「男と一緒だった、とか?」
「男と一緒だったんだよ」
ニヤニヤと笑っていた零が知ってたのか? と驚いた様子で簓を見た。簓は首を横に振って否定する。ここ数日、帰宅後にメッセージを送っても少し経ってから返事が送られてきたり、何となく付き合いが悪いなと思うことがしばしばあった。今日だって飲みの誘いを断られて“居酒屋盧笙”に来たという経緯がある。
「ちょっと行ってくるわ」
「行ってくる、ってどこに」
「決まっとるやろ、Fクエん中や」
盧笙は知っている、笑ってはいるものの、あれは怒っている時の簓の顔であると。
スタスタと部屋を後にする簓の足取り酒に酔った者のそれではなく、盧笙が何と声をかけて良いやら迷っているうちに玄関の戸がガチャリと音を立てた。
☆
素早く自宅へと戻った簓は早速ナードギアを被り、ゲーム一覧からFクエを選択してログインする。ゲームデータの読み込み中であることを示す『Now Loading』の文字列をぼんやりと眺めながらこの後のことを考えた。
勢いで来てしまったが、夢歌梨に会ったところでどうするのかまで決めていない。しかしゲームの中とはいえ、自分以外の男性と必要以上に親しくされるのは気分の良いものではなく、このまま知らない振りは出来なかった。数十分前に“恋人”というステータスを知り、「欲しい」と思った何も知らない自分に懐かしさを覚えていると、急に視界が開けた。
見覚えのある部屋ーー前回ログアウトした時の場所で、盧笙が借りている小屋の中に簓は居た。
Fクエでは昼夜が定期的に逆になるよう設定されており、現実では夜であるが小屋の窓の外が明るいあたり、ゲーム内の現在は昼のようだ。外に出ると見たこともない植物が植えられており、どうやらこれがピコリントトマらしい。
現状を把握した簓はフレンドリストを開いて夢歌梨のプレイヤーネームを探す。思惑通りログイン中を示すマークが付いており、選択すると現在地が表示された。機能をオフにすればこうやってフレンドに居場所を知られないように出来るのだが、初心者の夢歌梨はやはりまだ知らないのだろう。(そもそも、ゲームに誘った張本人である簓が夢歌梨に教える気は全く無いのだが。)
夢歌梨の居場所を目的地に設定すると、簓はさほど遠くないそこへ向かった。
(って、細マッチョなんて聞いてへんぞ!)
夢歌梨を見つけることは出来たものの、仲良く並んで歩く大剣使いは体格が良く、腕っぷしなら簓のほうが不利なのは明らかだった。ヒプノシスマイクがあれば勝てるのに、などと考えるが無い物ねだりをしたところで仕方がない。さて、どうしたものか。二人の後をつけているような状態になってしまった簓に、相変わらず良い考えは浮かばない。とはいえ、ずっとこのままという訳にもいかないし、ましてや尻尾を巻いて逃げる気はさらさら無い。
ほなら行ったれ! ササラっちゅう名前だけに! 漢ササラ、覚悟決めたれ!
内心でそう叫びながら、二人の後ろへ簓は立った。
「ちょっとそこの兄ちゃん、話聞かせてもらおうか」
そう言って細マッチョの腕に手を伸ばす。瞬間、身を翻され、宙を彷徨った簓の腕が細マッチョに掴まれて捻り上げられていた。
「簓さん!?」
何が起こったのか分からない夢歌梨であるが、とりあえず自分の彼氏が眼の前で痛みに悶絶していることだけは確かだ。
「え、知り合い?」
「彼氏だよ!」
「え!? やだ、ごめんなさい!」
慌てて簓を解放すると、野太い声の細マッチョがその姿に似つかわしくない言葉で簓に謝罪した。駆け寄ってきて簓の腕を大丈夫? と心配そうに擦る夢歌梨に簓はどういうことなのか訊ねる。
「友達のイツキです。Fクエのこと色々教えてもらってたんです」
「男友達、ってことか?」
簓の問いに、二人はハッとした顔になるが、細マッチョのほうが何やら操作するとたちまち姿が変わり、筋肉質な女性がそこに居た。
「夢歌梨の友達のイツキです。先程は失礼しました」
その声は女性のものであった。事態が飲み込めていない簓に夢歌梨が説明する。
「イツキは私のためにスキルで“変装”してくれてたんです」
☆
事の次第はこういうことだった。
簓の誘いでFクエを始めたものの、VRMMO初心者で足を引っ張ってばかり。忙しい簓をレベル上げやスキル獲得に付き合わせるのは気が引けた夢歌梨は、当初一人で頑張ろうとしたものの、うまくいかない。加えて、『女性の初心者』というだけで見ず知らずの男性プレイヤーたちにしょっちゅう声をかけられてしまいうんざりしていた。
そこで夢歌梨はFクエをやり込んでいるという友人のナツキに相談すると、彼女は二つ返事で用心棒がてら夢歌梨の特訓に付き合ってくれることになったのだった。
「リアルで女性専用の警備会社をやってるからって、ゲーム内でも用心棒やるとは、夢歌梨ちゃんのお友達は相当の仕事ジャンキーだねぇ」
おつまみのスルメイカを齧りながら零が笑う。本日の“居酒屋盧笙”は夢歌梨も加わって大盛り上がり。先日の騒動は丁度よい酒の肴だ。
「ナツキは全国大会に出場するほどの柔道選手だったんですよ。引退後は護身術とかも勉強し始めて。自分の得意なことを仕事に活かせるのが嬉しいみたいです」
「それにしても、“変装”スキルでそこまで姿変えられるなんてかなりエグイ仕様やな。やっぱり有名人のお前には必要なんちゃう?」
「いうてそこまで万能な訳ちゃうで」
フルダイブ型のVRMMOであるFクエの特徴として挙げられる一つが、基本的に現実の肉体に即したアバターが作成されることである。これはアバターを動かす時に、現実の肉体と大きく差異があると挙動に影響が出てしまうためだ。様々な事情で例外のあるユーザーもいるし、アバター作成時に多少は手を加えることも出来るが、例えば極端に身長を高くするといったことは出来ない。
そんなFクエに実装された“変装”は、現実で言うところの肉襦袢を着込んでいるとかフルフェイスマスクで作り物の顔を被っているとか、変声機を装着しているとか、そういった類のものである。ぱっと見や、盧笙や零のように遠目で見たところでは変装であると見抜けないが、近くでよくよく見ると変装であることが分かるようになっている。
「まあでも、色々教えてもらうことにしたわ」
「ちゃっかり約束しとるやないかい!」
「お、今度は簓が浮気か?」
「夢ちゃんと一緒に教えてもらうことになってるで! 浮気ちゃうわ!」
盧笙のツッコミに続いて茶々を入れてきた零に、まるで見せつけるように簓は夢歌梨を抱き寄せた。そもそも浮気なんてしてないんですが、という夢歌梨の呟きは酔っ払いどもの笑い声にかき消されて誰に届くことなく宙に消える。
ふと、何かの焦げる匂いが一同の鼻を掠めた。アカン、と盧笙が立ち上がる。零の持ち込んだホッケをグリルで焼いていたのだ。二人が連れ立ってキッチンの方へ行くのを見届けると、簓は夢歌梨の方を見る。
「そういえば、急にレベル上げなんて始めてどうしたん?」
夢歌梨は困ったように眉を下げる。顔が少し赤いのは酒のせいかそれとも。
「今度のバレンタインのイベントクエストを、一緒にやりたくて……」
簓さんの力に頼ってばかりじゃなくて、私もちゃんと闘って一緒にクリアしたいんです。簓の顔を見上げながら、消え入りそうな声で夢歌梨はそう答えた。
“恋人”というステータスは通常プレイには何の効力も無い。それをわざわざ獲得するイベントクエストに、こんな形で現実の恋人に誘われてしまったら果たして断れるだろうか。
「夢ちゃんに浮気なんかさせへん男になるからな」
二つ返事で簓は承諾すると、夢歌梨の耳元で囁いた。
(了)
2026.2.14 初稿
Lemon Ruriboshi.
盧笙のナードギアを指で回す簓に程良く酔った零が言う。
久々の『居酒屋盧笙』は盛況で、各々が持ち込んだ缶ビールも殆ど空になった。
盧笙が零に「それは」、と引き止めるが時すでに遅し。自分の彼女の名前をちゃん付けで呼んでいることが少しばかり癪に障るが、それよりも。
「どこで?」
まあまあと笑う零に何かを諦めたらしい盧笙が仕方ないという顔で答える。
「Fクエの中でや」
Fクエとは、『ファイナル・キングダム・クエスト』のことである。ナードギアを使ったフルダイブ型のVRMMOで、かつていつもの顔触れーーヨコハマの左馬刻やイケブクロの一郎たちがゲーム内の陣取りバトルで戦い、その際原因不明のエラーを起こしたことでしばらくサービスを休止していたゲームである。
あれからメンテナンスを経て稼働が再開し(なお、戦争イベントは「両国が消し飛びかねないバトルが起こる」として中止され、和平を結んだという物語展開になった)、今ではVRMMOを代表するゲームのひとつとなったFクエであるが、簓の誘いで盧笙や零、そして夢歌梨もプレイヤーになっていた。
そして先日、大型アップデートが行われたことで現在多くのプレイヤーがFクエの世界にログインしているのである。
「ロケで忙しい簓さんを置いて、みんなで楽しくFクエなんて薄情やなあ」
世間ではバレンタインデーが迫っており、バラエティ番組やワイドショーでもデートスポットやスイーツの特集がいくつも組まれている。女性人気も高い簓はそのMCやゲストとして引っ張りだこなのだ。当然、アップデートの詳しい内容をチェックする暇など無い。
「いや俺が誘ったんは零だけや。欲しいもんがあって、それを手に入れるのに零の持っとるスキルが最適でな」
「盧笙のやつ、ゲームん中でもミニトマト育てる気らしいぞ」
「ほー、植物育てるのも出来るようなったんか、あのゲーム」
「ミニトマトちゃうぞ! ピコリントトマや!」
どうやら先日の大型アップデートでは色々なものが追加されたらしい。“栽培”のような新スキルをはじめ、新種のジョブやアイテムは勿論、“親密度”というパラメーターが増えたという。特定のユーザーとの関係性を数値化したもので、協力プレイやアイテムの譲渡を行うことで上昇する。一定の値を超えると“友人”や“親友”といったステータスが付加される仕様だ。また、今度のバレンタインデーに行われるイベントのクエストをクリアすれば、“恋人”というステータスが入手出来るようで、こういった特殊な方法でのみ獲得出来るものもあるようだ。
もっとも、特殊なクエストやイベントでのみ効果を発揮するもので、普通にプレイする上ではプラスにもマイナスにもならない。
要するに、現状ではFクエのかなりのマニアか物好きくらいしか欲しがらないプレイ特典と言ったところだ。
「簓なら新スキルの“変装”あたり興味持ちそうやけど」
「それより、夢ちゃんに会ったんやろ? 何してたんや?」
「折角、話題変えよう思ったのに」
と盧笙が頭を抱えた。そんなに隠そうとするなんて、余程俺に都合の悪い話なんか? と簓は訝しむ。例えばーー
「男と一緒だった、とか?」
「男と一緒だったんだよ」
ニヤニヤと笑っていた零が知ってたのか? と驚いた様子で簓を見た。簓は首を横に振って否定する。ここ数日、帰宅後にメッセージを送っても少し経ってから返事が送られてきたり、何となく付き合いが悪いなと思うことがしばしばあった。今日だって飲みの誘いを断られて“居酒屋盧笙”に来たという経緯がある。
「ちょっと行ってくるわ」
「行ってくる、ってどこに」
「決まっとるやろ、Fクエん中や」
盧笙は知っている、笑ってはいるものの、あれは怒っている時の簓の顔であると。
スタスタと部屋を後にする簓の足取り酒に酔った者のそれではなく、盧笙が何と声をかけて良いやら迷っているうちに玄関の戸がガチャリと音を立てた。
☆
素早く自宅へと戻った簓は早速ナードギアを被り、ゲーム一覧からFクエを選択してログインする。ゲームデータの読み込み中であることを示す『Now Loading』の文字列をぼんやりと眺めながらこの後のことを考えた。
勢いで来てしまったが、夢歌梨に会ったところでどうするのかまで決めていない。しかしゲームの中とはいえ、自分以外の男性と必要以上に親しくされるのは気分の良いものではなく、このまま知らない振りは出来なかった。数十分前に“恋人”というステータスを知り、「欲しい」と思った何も知らない自分に懐かしさを覚えていると、急に視界が開けた。
見覚えのある部屋ーー前回ログアウトした時の場所で、盧笙が借りている小屋の中に簓は居た。
Fクエでは昼夜が定期的に逆になるよう設定されており、現実では夜であるが小屋の窓の外が明るいあたり、ゲーム内の現在は昼のようだ。外に出ると見たこともない植物が植えられており、どうやらこれがピコリントトマらしい。
現状を把握した簓はフレンドリストを開いて夢歌梨のプレイヤーネームを探す。思惑通りログイン中を示すマークが付いており、選択すると現在地が表示された。機能をオフにすればこうやってフレンドに居場所を知られないように出来るのだが、初心者の夢歌梨はやはりまだ知らないのだろう。(そもそも、ゲームに誘った張本人である簓が夢歌梨に教える気は全く無いのだが。)
夢歌梨の居場所を目的地に設定すると、簓はさほど遠くないそこへ向かった。
(って、細マッチョなんて聞いてへんぞ!)
夢歌梨を見つけることは出来たものの、仲良く並んで歩く大剣使いは体格が良く、腕っぷしなら簓のほうが不利なのは明らかだった。ヒプノシスマイクがあれば勝てるのに、などと考えるが無い物ねだりをしたところで仕方がない。さて、どうしたものか。二人の後をつけているような状態になってしまった簓に、相変わらず良い考えは浮かばない。とはいえ、ずっとこのままという訳にもいかないし、ましてや尻尾を巻いて逃げる気はさらさら無い。
ほなら行ったれ! ササラっちゅう名前だけに! 漢ササラ、覚悟決めたれ!
内心でそう叫びながら、二人の後ろへ簓は立った。
「ちょっとそこの兄ちゃん、話聞かせてもらおうか」
そう言って細マッチョの腕に手を伸ばす。瞬間、身を翻され、宙を彷徨った簓の腕が細マッチョに掴まれて捻り上げられていた。
「簓さん!?」
何が起こったのか分からない夢歌梨であるが、とりあえず自分の彼氏が眼の前で痛みに悶絶していることだけは確かだ。
「え、知り合い?」
「彼氏だよ!」
「え!? やだ、ごめんなさい!」
慌てて簓を解放すると、野太い声の細マッチョがその姿に似つかわしくない言葉で簓に謝罪した。駆け寄ってきて簓の腕を大丈夫? と心配そうに擦る夢歌梨に簓はどういうことなのか訊ねる。
「友達のイツキです。Fクエのこと色々教えてもらってたんです」
「男友達、ってことか?」
簓の問いに、二人はハッとした顔になるが、細マッチョのほうが何やら操作するとたちまち姿が変わり、筋肉質な女性がそこに居た。
「夢歌梨の友達のイツキです。先程は失礼しました」
その声は女性のものであった。事態が飲み込めていない簓に夢歌梨が説明する。
「イツキは私のためにスキルで“変装”してくれてたんです」
☆
事の次第はこういうことだった。
簓の誘いでFクエを始めたものの、VRMMO初心者で足を引っ張ってばかり。忙しい簓をレベル上げやスキル獲得に付き合わせるのは気が引けた夢歌梨は、当初一人で頑張ろうとしたものの、うまくいかない。加えて、『女性の初心者』というだけで見ず知らずの男性プレイヤーたちにしょっちゅう声をかけられてしまいうんざりしていた。
そこで夢歌梨はFクエをやり込んでいるという友人のナツキに相談すると、彼女は二つ返事で用心棒がてら夢歌梨の特訓に付き合ってくれることになったのだった。
「リアルで女性専用の警備会社をやってるからって、ゲーム内でも用心棒やるとは、夢歌梨ちゃんのお友達は相当の仕事ジャンキーだねぇ」
おつまみのスルメイカを齧りながら零が笑う。本日の“居酒屋盧笙”は夢歌梨も加わって大盛り上がり。先日の騒動は丁度よい酒の肴だ。
「ナツキは全国大会に出場するほどの柔道選手だったんですよ。引退後は護身術とかも勉強し始めて。自分の得意なことを仕事に活かせるのが嬉しいみたいです」
「それにしても、“変装”スキルでそこまで姿変えられるなんてかなりエグイ仕様やな。やっぱり有名人のお前には必要なんちゃう?」
「いうてそこまで万能な訳ちゃうで」
フルダイブ型のVRMMOであるFクエの特徴として挙げられる一つが、基本的に現実の肉体に即したアバターが作成されることである。これはアバターを動かす時に、現実の肉体と大きく差異があると挙動に影響が出てしまうためだ。様々な事情で例外のあるユーザーもいるし、アバター作成時に多少は手を加えることも出来るが、例えば極端に身長を高くするといったことは出来ない。
そんなFクエに実装された“変装”は、現実で言うところの肉襦袢を着込んでいるとかフルフェイスマスクで作り物の顔を被っているとか、変声機を装着しているとか、そういった類のものである。ぱっと見や、盧笙や零のように遠目で見たところでは変装であると見抜けないが、近くでよくよく見ると変装であることが分かるようになっている。
「まあでも、色々教えてもらうことにしたわ」
「ちゃっかり約束しとるやないかい!」
「お、今度は簓が浮気か?」
「夢ちゃんと一緒に教えてもらうことになってるで! 浮気ちゃうわ!」
盧笙のツッコミに続いて茶々を入れてきた零に、まるで見せつけるように簓は夢歌梨を抱き寄せた。そもそも浮気なんてしてないんですが、という夢歌梨の呟きは酔っ払いどもの笑い声にかき消されて誰に届くことなく宙に消える。
ふと、何かの焦げる匂いが一同の鼻を掠めた。アカン、と盧笙が立ち上がる。零の持ち込んだホッケをグリルで焼いていたのだ。二人が連れ立ってキッチンの方へ行くのを見届けると、簓は夢歌梨の方を見る。
「そういえば、急にレベル上げなんて始めてどうしたん?」
夢歌梨は困ったように眉を下げる。顔が少し赤いのは酒のせいかそれとも。
「今度のバレンタインのイベントクエストを、一緒にやりたくて……」
簓さんの力に頼ってばかりじゃなくて、私もちゃんと闘って一緒にクリアしたいんです。簓の顔を見上げながら、消え入りそうな声で夢歌梨はそう答えた。
“恋人”というステータスは通常プレイには何の効力も無い。それをわざわざ獲得するイベントクエストに、こんな形で現実の恋人に誘われてしまったら果たして断れるだろうか。
「夢ちゃんに浮気なんかさせへん男になるからな」
二つ返事で簓は承諾すると、夢歌梨の耳元で囁いた。
(了)
2026.2.14 初稿
Lemon Ruriboshi.
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