簓夢
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「遅れてすみません!」
かなりの人の往来があるここはオオサカ・ウメダ。ターミナル駅が複数集まるこのエリアは通路が複雑に入り組んでおり、さながら巨大迷路、巨大迷宮と人々に親しまれてきた歴史を持つ。
夢歌梨は肩で息をしながら、待ち合わせ場所のベンチに座る簓に声を掛けた。人が多いとはいえ、それぞれに目的を持って行き交う場所、この季節であればキャップ帽にマスクをした人物が超人気芸人だなんて誰も思わないらしい。
「どやった? 初めての『ウメダダンジョン』は」
簓は遅刻など気にもしないという風に笑う。慣れ親しんだ場所の"洗礼"を受ける人の姿は簓にとって面白く映っていた。ましてやそれが恋人なら、初々しくて可愛らしいとまで思えた。
「舐めてました、『ウメダダンジョン』……」
「せやから最初止めたんやで?」
「次は違う場所を提案します……」
ごめんなさいと再び謝る夢歌梨は分かりやすいほどにしゅんとしていて。少し苛めすぎたな、内心で呟くと、簓は夢歌梨の頭をぽんぽんと撫でた。
夢歌梨は簓に促されてその隣に座ると、大きく息を吐いた。
「でも、もしかしたら初めてじゃないかもしれないです」
疑問符を頭上に浮かべるような顔で此方を見る簓に、夢歌梨は15年くらい前の話なんですけど、と話始めた。
――夢歌梨が8歳かそれくらいのこと。第三次世界大戦が起きる前で、まだ人口の多かった時代。親戚の法事の帰りにどこかの地下街で迷子になったことがあった。
最初は「小学生にもなって迷子だなんて」と恥ずかしく、黙って両親の姿を捜したものの、陽の光の届かない地下街の、人工の光特有の暗さが次第に不安を掻き立ていく。ついには半ベソになりながらうろうろと両親を捜した。
『どしたん?』
不意に声を掛けられ、顔を上げる。自分よりもいくらか年上の男の子が心配そうに顔を覗き込んでいた。いや、今思えばそこまで年は離れていなかったのかもしれない。
「で、そいつが一緒にご両親探してくれたっちゅうことやな?」
「簡単に言えばそういうことです。さっき通った場所がその時歩いた場所に似ていて、もしかしたらって」
それまでは迷子になったことも忘れてたんですけどね、と夢歌梨は苦笑いを浮かべた。かと思えばすぐに思案顔になる。
「そういえばその男の子、面白いこと言ってたような気がするんですよね」
「おもろいこと?」
「多分、私を慰めようとしてたんだと思うんですけど……」
あれだっけこれだっけといった風に呟きながら考え込み、夢歌梨の顔は今度はしかめっ面に変わってしまった。ころころと表情の変わる夢歌梨の横顔を簓は恍惚と眺める。こういう所もええなあ、と簓の脳裏に何かが過った
「迷子の舞子が言った、オーマイゴー! って、ここは京都ちゃうやん大阪や!」
瞬間、夢歌梨はぱあっと顔を輝かせた。それです! と笑いながら興奮気味に言う様子に、思わず簓も破顔する。が、
「オオサカだとメジャーなダジャレなんですか?」
と続くとは思いもしなかった。
「さあ、どうやったかなー」
そこは気付くとこやろ! と突っ込みたいのを我慢しつつ、適当に流す。本当は全てを確かめたいところなのだが、自分から言い出すのはどうにも癪だ。夢歌梨が少しでも悶々としてしまえばいい、今俺が悶々としてるみたいに。
「ほな、そろそろいこか」
「はい!」
簓が立ち上がり夢歌梨に手を差し出すと、それまできょとんとしていた夢歌梨は嬉しそうにその手を握り返した。その手を引いて歩くのがどこか懐かしく思えてしまうのは、さっきの話のせいだろう。
ふいに、簓は握る夢歌梨の手の指に、強引に自分の指を絡めた。白昼堂々、恋人繋ぎを隠さない簓にどぎまぎしていると、簓は満面の笑みで夢歌梨にこう囁いた。
「ここで三度も迷子になるわけにはいかんやろ?」
(了)
2024.9.17 初稿
Lemon Ruriboshi.
かなりの人の往来があるここはオオサカ・ウメダ。ターミナル駅が複数集まるこのエリアは通路が複雑に入り組んでおり、さながら巨大迷路、巨大迷宮と人々に親しまれてきた歴史を持つ。
夢歌梨は肩で息をしながら、待ち合わせ場所のベンチに座る簓に声を掛けた。人が多いとはいえ、それぞれに目的を持って行き交う場所、この季節であればキャップ帽にマスクをした人物が超人気芸人だなんて誰も思わないらしい。
「どやった? 初めての『ウメダダンジョン』は」
簓は遅刻など気にもしないという風に笑う。慣れ親しんだ場所の"洗礼"を受ける人の姿は簓にとって面白く映っていた。ましてやそれが恋人なら、初々しくて可愛らしいとまで思えた。
「舐めてました、『ウメダダンジョン』……」
「せやから最初止めたんやで?」
「次は違う場所を提案します……」
ごめんなさいと再び謝る夢歌梨は分かりやすいほどにしゅんとしていて。少し苛めすぎたな、内心で呟くと、簓は夢歌梨の頭をぽんぽんと撫でた。
夢歌梨は簓に促されてその隣に座ると、大きく息を吐いた。
「でも、もしかしたら初めてじゃないかもしれないです」
疑問符を頭上に浮かべるような顔で此方を見る簓に、夢歌梨は15年くらい前の話なんですけど、と話始めた。
――夢歌梨が8歳かそれくらいのこと。第三次世界大戦が起きる前で、まだ人口の多かった時代。親戚の法事の帰りにどこかの地下街で迷子になったことがあった。
最初は「小学生にもなって迷子だなんて」と恥ずかしく、黙って両親の姿を捜したものの、陽の光の届かない地下街の、人工の光特有の暗さが次第に不安を掻き立ていく。ついには半ベソになりながらうろうろと両親を捜した。
『どしたん?』
不意に声を掛けられ、顔を上げる。自分よりもいくらか年上の男の子が心配そうに顔を覗き込んでいた。いや、今思えばそこまで年は離れていなかったのかもしれない。
「で、そいつが一緒にご両親探してくれたっちゅうことやな?」
「簡単に言えばそういうことです。さっき通った場所がその時歩いた場所に似ていて、もしかしたらって」
それまでは迷子になったことも忘れてたんですけどね、と夢歌梨は苦笑いを浮かべた。かと思えばすぐに思案顔になる。
「そういえばその男の子、面白いこと言ってたような気がするんですよね」
「おもろいこと?」
「多分、私を慰めようとしてたんだと思うんですけど……」
あれだっけこれだっけといった風に呟きながら考え込み、夢歌梨の顔は今度はしかめっ面に変わってしまった。ころころと表情の変わる夢歌梨の横顔を簓は恍惚と眺める。こういう所もええなあ、と簓の脳裏に何かが過った
「迷子の舞子が言った、オーマイゴー! って、ここは京都ちゃうやん大阪や!」
瞬間、夢歌梨はぱあっと顔を輝かせた。それです! と笑いながら興奮気味に言う様子に、思わず簓も破顔する。が、
「オオサカだとメジャーなダジャレなんですか?」
と続くとは思いもしなかった。
「さあ、どうやったかなー」
そこは気付くとこやろ! と突っ込みたいのを我慢しつつ、適当に流す。本当は全てを確かめたいところなのだが、自分から言い出すのはどうにも癪だ。夢歌梨が少しでも悶々としてしまえばいい、今俺が悶々としてるみたいに。
「ほな、そろそろいこか」
「はい!」
簓が立ち上がり夢歌梨に手を差し出すと、それまできょとんとしていた夢歌梨は嬉しそうにその手を握り返した。その手を引いて歩くのがどこか懐かしく思えてしまうのは、さっきの話のせいだろう。
ふいに、簓は握る夢歌梨の手の指に、強引に自分の指を絡めた。白昼堂々、恋人繋ぎを隠さない簓にどぎまぎしていると、簓は満面の笑みで夢歌梨にこう囁いた。
「ここで三度も迷子になるわけにはいかんやろ?」
(了)
2024.9.17 初稿
Lemon Ruriboshi.
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