AG
――そう、あの時も。
俺は何も出来ず、
ただ、時ばかり流れた。
気が付けば、
年単位の時間が消えていた。
そして再び訪れた、
何か出来そうな今も、何も出来ずに動けない。
いや、出来ないんじゃない。
何をしていいのか、分からない。
そう、あの時と同じように。
こんな俺を、お前は許してくれるだろうか……
【四葉の白詰草】
四輪目 真実
修羅から逃れる道を、ひたすら走る。
肩のかすり傷がどんなに痛んでも、土方は足を止めない。
傷の具合を確かめたところでその傷はどうしようもないだろう。
今は、四葉と共に安全な場所へ行くこと、ただそれだけだ。
追っ手は無いようだ。
辺りを伺ってから茂みに身を潜めた。
四葉はまだ泣き止まなかった。
それどころか、土方に抱きついたまま離れようとしない。
子どもとの接し方が分からない土方は、とりあえず四葉の背中をとんとんと優しく叩き続けた。
そのうち、四葉は静かになっていて、優しい寝息が土方の耳元で聞こえた。
(アイツらは大丈夫か?)
微かに聞こえる刃を交える音や爆音が土方を焦らせた。
本当は戻って、自分も戦うべきなんだろう。
しかし、今の自分は四葉を守らねばならない。
悶々と悩んでいると、不意に四葉の寝言が聞こえた。
「お父さん、お母さん」
土方は我に返った。
そして、自分の寝言で目を覚ましたばかりの四葉に尋ねた。
☆
「……本当の父さん母さんに、会えたら会いてぇか?」
俺はずっと、四葉に聞きたかった事を口にした。
予想通り、四葉は寂しそうに頷いた。
「うん。でもお空にいるから、会いたくても会えないの。仕方無いっていつも思ってるわ」
四葉はその時に出来る限りの笑顔を俺に向けた。それはとても寂しく、切なく、そして健気だった。
俺は四葉を抱き締めていた。
涙が止めどなく流れる。
実の父親であることを言ってしまいたかった。しかし今、真実を告げても、無駄に幼い心を混乱させるだけ。
だから、今の俺には、泣くことしか出来ない。
「四葉、すまねぇ……」
「おじさん、何で泣いてるの? どうして私に謝るの? 血が出てる所が痛いの?」
「肩と肘のケガは大丈夫だ。俺のことは気にしなくていい」
俺は、それ以上は、何も言えなかった。
――ミツバ、俺はお前にひでぇこと沢山しちまった
――ミツバ、お前はこんな俺を許してくれるか?
草刈組を全滅させたと連絡が入ったのは、それから間もなくのことだった。
☆
翌早朝。
屯所の庭側の襖を少し開けたその小さな隙間から、沖田、銀時、そして土方は四葉の様子を伺った。
四葉はとりあえず屯所で保護した。今もぐっすり眠っている。
三人は安心すると縁側に腰掛け、土方は煙草に火を点けた。
煙草の煙は澄み渡った秋空に消えてゆく。
「……それじゃ旦那、報告してくだせぇ」
あと土方死ね、と沖田は静かに言った。
「あ? ああ、四葉の出生の調査の件のことか」
銀時は一呼吸置くと、口を開いた。
「実の親が誰かは、言うまでもないな」
四葉が生まれたのは、土方や沖田たちが江戸へ出て間もなく一年、という頃だった。
ミツバは身籠ったことをとても喜んだらしい。
それが知人たちに知られると、彼ら彼女らは江戸にいる土方や沖田に知らせるべきだと言い続けた。
しかし、四葉が生まれた後もミツバは、
「今でも十二分な仕送りを総ちゃんにもらっているのに、それを増やしたら、総ちゃんが可哀相だわ。それに、あの人に迷惑かけたくないの」
と、一向に首を縦に振らなかったという。
そうは言っても、出産でさえ体に負担がかかると心配されたミツバが四葉を育てるのは今度こそ本当に無理があった。
心配した知人たちは、四葉を養子に出すことを勧めた。
“必ず、四葉を幸せにする家を探すから”と。
ミツバは相当悩んだ後、泣く泣くそれを受け入れたのだった。
「ただし“2つの条件付きで”な」
「条件?」
土方と沖田の声が、重なった。
「1つ目は“四葉を必ず幸せに出来る家である”こと。2つ目は“【四葉】という名前を絶対に変えない”だったらしい」
「名前を変えない、ですかィ?」
「ああ。理由がまた、お前の姉ちゃんらしいよ」
銀時は少し笑みを浮かべた。
「“四葉”は“四”に植物の“葉”って書くだろ? で、お前の姉ちゃんの“ミツバ”を漢字にすると“三”に植物の“葉”」
そこまで銀時が語った時、少し強い風が吹いてきた。
その風の中で、土方はミツバの声でその続きを聞いた気がした。
『“四葉”は、十“四”郎さんの“四”に、私の“葉”。
それぞれの名前から、1字取ってつけた名前。
それに異国では、四葉の白詰草は幸せの象徴を表すそうなの。
四葉には幸せになって欲しいから……』
土方のくわえていた煙草が、屯所の庭の地面に落ちた。胸のつかえはあえてそのままにする。
「土方さん、四葉の親だって名乗り出るつもりじゃあないですよねィ?」
「……しねぇよ、今はな。今名乗り出ても幼ぇ心を混乱させるだけだしな」
平静を装いつつも、声は微かに掠れていた。
頬に熱い涙が伝わって、地面に小さなシミを作る。
「それじゃあ俺は帰るわ。総司君、報酬の方よろしく」
「総悟です、旦那」
銀時は振り向かないままピラピラと手を振り、そして門の外へ消えた。
「俺も部屋に戻りますかねィ。あと土方は地獄に落ちろ」
沖田も縁側から居なくなった。
一人、土方は庭に残る。
――俺はお前にひでぇことやってきた。
――俺はお前に何もしてやれなかった。
――俺は今、お前の為に何が出来るんだ?
庭に出来る小さなシミは、次第に大きくなっていった。
新しい煙草に火をつけると、その煙は再び朝の秋空に消えていく。
次の春、屯所の庭の隅に沢山の白詰草が咲いた。
(完)
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2006 初稿
2008.10.15 加筆修正・サイトアップ
2021.2.9 加筆修正
2022.2.2 加筆修正
Lemon Ruriboshi.
俺は何も出来ず、
ただ、時ばかり流れた。
気が付けば、
年単位の時間が消えていた。
そして再び訪れた、
何か出来そうな今も、何も出来ずに動けない。
いや、出来ないんじゃない。
何をしていいのか、分からない。
そう、あの時と同じように。
こんな俺を、お前は許してくれるだろうか……
【四葉の白詰草】
四輪目 真実
修羅から逃れる道を、ひたすら走る。
肩のかすり傷がどんなに痛んでも、土方は足を止めない。
傷の具合を確かめたところでその傷はどうしようもないだろう。
今は、四葉と共に安全な場所へ行くこと、ただそれだけだ。
追っ手は無いようだ。
辺りを伺ってから茂みに身を潜めた。
四葉はまだ泣き止まなかった。
それどころか、土方に抱きついたまま離れようとしない。
子どもとの接し方が分からない土方は、とりあえず四葉の背中をとんとんと優しく叩き続けた。
そのうち、四葉は静かになっていて、優しい寝息が土方の耳元で聞こえた。
(アイツらは大丈夫か?)
微かに聞こえる刃を交える音や爆音が土方を焦らせた。
本当は戻って、自分も戦うべきなんだろう。
しかし、今の自分は四葉を守らねばならない。
悶々と悩んでいると、不意に四葉の寝言が聞こえた。
「お父さん、お母さん」
土方は我に返った。
そして、自分の寝言で目を覚ましたばかりの四葉に尋ねた。
☆
「……本当の父さん母さんに、会えたら会いてぇか?」
俺はずっと、四葉に聞きたかった事を口にした。
予想通り、四葉は寂しそうに頷いた。
「うん。でもお空にいるから、会いたくても会えないの。仕方無いっていつも思ってるわ」
四葉はその時に出来る限りの笑顔を俺に向けた。それはとても寂しく、切なく、そして健気だった。
俺は四葉を抱き締めていた。
涙が止めどなく流れる。
実の父親であることを言ってしまいたかった。しかし今、真実を告げても、無駄に幼い心を混乱させるだけ。
だから、今の俺には、泣くことしか出来ない。
「四葉、すまねぇ……」
「おじさん、何で泣いてるの? どうして私に謝るの? 血が出てる所が痛いの?」
「肩と肘のケガは大丈夫だ。俺のことは気にしなくていい」
俺は、それ以上は、何も言えなかった。
――ミツバ、俺はお前にひでぇこと沢山しちまった
――ミツバ、お前はこんな俺を許してくれるか?
草刈組を全滅させたと連絡が入ったのは、それから間もなくのことだった。
☆
翌早朝。
屯所の庭側の襖を少し開けたその小さな隙間から、沖田、銀時、そして土方は四葉の様子を伺った。
四葉はとりあえず屯所で保護した。今もぐっすり眠っている。
三人は安心すると縁側に腰掛け、土方は煙草に火を点けた。
煙草の煙は澄み渡った秋空に消えてゆく。
「……それじゃ旦那、報告してくだせぇ」
あと土方死ね、と沖田は静かに言った。
「あ? ああ、四葉の出生の調査の件のことか」
銀時は一呼吸置くと、口を開いた。
「実の親が誰かは、言うまでもないな」
四葉が生まれたのは、土方や沖田たちが江戸へ出て間もなく一年、という頃だった。
ミツバは身籠ったことをとても喜んだらしい。
それが知人たちに知られると、彼ら彼女らは江戸にいる土方や沖田に知らせるべきだと言い続けた。
しかし、四葉が生まれた後もミツバは、
「今でも十二分な仕送りを総ちゃんにもらっているのに、それを増やしたら、総ちゃんが可哀相だわ。それに、あの人に迷惑かけたくないの」
と、一向に首を縦に振らなかったという。
そうは言っても、出産でさえ体に負担がかかると心配されたミツバが四葉を育てるのは今度こそ本当に無理があった。
心配した知人たちは、四葉を養子に出すことを勧めた。
“必ず、四葉を幸せにする家を探すから”と。
ミツバは相当悩んだ後、泣く泣くそれを受け入れたのだった。
「ただし“2つの条件付きで”な」
「条件?」
土方と沖田の声が、重なった。
「1つ目は“四葉を必ず幸せに出来る家である”こと。2つ目は“【四葉】という名前を絶対に変えない”だったらしい」
「名前を変えない、ですかィ?」
「ああ。理由がまた、お前の姉ちゃんらしいよ」
銀時は少し笑みを浮かべた。
「“四葉”は“四”に植物の“葉”って書くだろ? で、お前の姉ちゃんの“ミツバ”を漢字にすると“三”に植物の“葉”」
そこまで銀時が語った時、少し強い風が吹いてきた。
その風の中で、土方はミツバの声でその続きを聞いた気がした。
『“四葉”は、十“四”郎さんの“四”に、私の“葉”。
それぞれの名前から、1字取ってつけた名前。
それに異国では、四葉の白詰草は幸せの象徴を表すそうなの。
四葉には幸せになって欲しいから……』
土方のくわえていた煙草が、屯所の庭の地面に落ちた。胸のつかえはあえてそのままにする。
「土方さん、四葉の親だって名乗り出るつもりじゃあないですよねィ?」
「……しねぇよ、今はな。今名乗り出ても幼ぇ心を混乱させるだけだしな」
平静を装いつつも、声は微かに掠れていた。
頬に熱い涙が伝わって、地面に小さなシミを作る。
「それじゃあ俺は帰るわ。総司君、報酬の方よろしく」
「総悟です、旦那」
銀時は振り向かないままピラピラと手を振り、そして門の外へ消えた。
「俺も部屋に戻りますかねィ。あと土方は地獄に落ちろ」
沖田も縁側から居なくなった。
一人、土方は庭に残る。
――俺はお前にひでぇことやってきた。
――俺はお前に何もしてやれなかった。
――俺は今、お前の為に何が出来るんだ?
庭に出来る小さなシミは、次第に大きくなっていった。
新しい煙草に火をつけると、その煙は再び朝の秋空に消えていく。
次の春、屯所の庭の隅に沢山の白詰草が咲いた。
(完)
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2006 初稿
2008.10.15 加筆修正・サイトアップ
2021.2.9 加筆修正
2022.2.2 加筆修正
Lemon Ruriboshi.
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