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AG

お前が息を引き取る瞬間、
俺は、総悟とお前、
2人だけにしてやりたかった。

だから俺は、お前の傍に居なかったんだ。

けど本当は俺も――

――いや、

お前に涙を見られるのも、
お前が死ぬ瞬間を見るのも、

嫌だっただけかもしれない。




【四葉の白詰草】

 二輪目 疑惑




山崎の運転する覆面パトカーに土方と沖田は乗り込み、通報主の元へと急ぐ。
無線から雑音まじりに近藤の声が聞こえてきた。

『お前ら、聞こえるか』
「聞こえるぜ、近藤さん」
「局長、改めて場所をお願いします」
『二本橋二丁目……』

告げられた住所に向けて車は走る。

「早川呉服店、ね……」
「土方さんが知ってるなんて珍しいこともあるもんですねィ」
「あ? 知ってて悪いか?」
「いえね、早川呉服店ってのは最近、特に若い連中の間で流行ってる店ですから。ここの着物は老若男女問わないデザインでも有名らしいんですが、常連客になると四葉のクローバ柄の布で縫われた根付けが配られるらしく、それが恋愛運に良いとか」
「良く知ってるな、総――」

土方が沖田の方を見遣ると、沖田の手には薄っぺらい冊子が。

「何だ、それ」
「テイクフリーの情報雑誌“R三十路より5年若い”でさァ。土方さんも読みます?」
「遠慮しとく」

着いた先、“早川呉服店”と書かれた看板が掲げられている。
固く閉じられたシャッターの上には“臨時休業”と貼られ、その向こうに人の気配はない。
通報者である店主が居るであろう裏手の家の門前に車を止めさせ、土方と沖田が車を降りた。
呼び鈴を鳴らし、真選組であることを告げると店主と妻、そして白猫を抱えた四葉が出迎えた。

「姉上……?」

驚く沖田を他所に、四葉は満面な笑みを浮かべて土方に駆け寄った。
土方は思わずしゃがみ込んで目線を合わせる。

「土方のおじさん!」
「おう。元気か?」
「うん! この前はありがとう!」

この前? と問う沖田に答えたのは四葉だった。

「私が迷子になってたのを助けてくれたの!」

土方さんが迷子を助けるなんて意外ですねィ、と皮肉まじりな沖田の言葉の端々にどす黒いものを感じた土方は無言で応じた。
実際、いつもなら子どもは相手にしない土方だが、この子――四葉に対してだけは何故だか優しくなってしまう。やっぱり、似ているからか?

「そういえば土方さんは真選組の方でしたね。四葉、お兄さん達はお仕事に来たの。お邪魔をしてはいけませんよ」
「はぁい、おば様」

四葉は良い返事を返すと、少し離れたところで飼い猫のしろと遊び始めた。





早速、捜査を始める。
店主は店の敷地内にある自宅に妻と寺子屋に通う息子、幼い娘と住んでいて、昨夜も特に変わったことは無く、いつも通りに店を閉め、帰宅し、就寝。
他の家族もいつも通りだったという。
そして、今朝。
店のシャッターに一通の手紙が挟み込まれてたという。

「『我らと手を組み、この腐りし国を救おうではないか。
怪しい行動を取れば、お前達の大事なものを頂戴する』、ね。
文面からして、攘夷志士の奴らに間違い無いな」

手紙の下に目が止まる。例のカマキリの絵だ。
いつの間にかにいなくなった沖田の代わりに山崎を呼びつけ、物的証拠としてそれを手渡した。
いなくなった沖田はというと、四葉の話相手をしているようだ。

「四葉ちゃん、でしたっけ?」
「なぁに?」

四葉に撫でられているしろは、気持ち良さそうに仰向けになっている。

「……ったく、またサボリやがって」

土方が沖田を怒鳴りつけようとした時、聞こえてきたのは沖田の問いだった。

「なんでお母さんのことを“おば様”って呼んでるんですかィ?」

確かにそうだ。土方は思わず、喉まで出かけていた沖田への叱責の言葉を飲み込んだ。

「おば様は、私の本当のお母様でないから」
「え?」

距離が離れていてお互いには聞こえなかったが、その驚きの言葉は重なっていた。

「私の本当のお母様とお父様は、私が赤子の時にお星様になったんだって。私が本当のお母様とお父様を忘れないように、って“おば様”と呼ぶように、おば様に言われたの」

少しおいて、そうですかィ、と沖田は呟いた。

「……失礼ですが、あの娘さんは引き取られたんですか?」

遠目で2人を見守っていた店主と店主の妻に、土方は尋ねた。

「ええ。知り合いの娘さんだったそうですが、早くに両親が亡くなったそうで」
「私達には既に息子がおりますが、実の娘のように育てております」

店主夫妻は暖かく微笑んだ。母親と父親の顔だった。
そういえばと突然妻の方が不思議そうな顔をする。

「あなた方と四葉は良く似てますね。何かご縁でもあるのでしょうか」





「……という訳でさァ」

現地での捜査の後、沖田は野暮用を済ませる、と言って万事屋に足を運んだ。

「要は、たまたま関わった事件の被害者の娘がおまえの姉ちゃんにソックリで、しかも名前が四葉。偶然にしても出来すぎだ、ということ?」
「そういう事でさァ」

今度はいつの間にか撮った写真を携帯で見せる。

「……本当に、お前の姉ちゃんソックリだな」
「で、本題はここから。旦那にその四葉って子の出生を調べて欲しいんです」

えー、とでも言いたげな表情で銀時はそれに応える。

「ちょっと待ってよ、総悟君。他人の出生調べるなんざ、めんど……難しいことなんだよー?」
「もし武州まで行って調べるなら、道場に行ってコレを見せてくだせェ。今話した事が全部書いてありまさァ」

沖田は懐から1通の手紙を出した。

「って、俺、武州行き決定!? というかお前ら、天下のおまわりさんなんだから自分達でやった方が早いんじゃなぁい? ジミーとか使ってさぁ」
「残念ながら山崎も俺も、この事件に関わっちまってて。しばらくかかりそうなんで、休みは取れなさそうでねィ。頼みますよ旦那」

すると今度は白紙を取り出し、何やら数字を書き始めた。

「これでどうです? 武州までの往復交通費は別で出しますんで」
「喜んで引き受けまーす!!」

紙に書かれた報酬額に目が眩んだのは、その表情から一目瞭然。
分かりやすい人だ、と呟いて沖田は笑みを浮かべた。
銀時は再び写真に目を落とす。

「ところでさ沖田君。この子、少し奴にも似てない?」
「奴?」
「アイツ、アイツだよ!」

少し置いて、合点がいったという風に手を打った。

「土方君!」





屯所に戻った土方は自室のパソコンで事件の捜査資料を書き始めていた。

「ったく、何処行ったんだ総悟は。仕事進まねえじゃねぇか」

現地での捜査の後から屯所に帰って来ないままの沖田に苛立つ。
土方は書類作成を始めてから、四本目の煙草に火を付けた。

「……四葉、ねぇ」

土方の脳裏に、ミツバと四葉の顔が並んで浮かぶ。

「まさかな」


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