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ホウエン地方のジムの一つ、トウカジムの前に一人の青年が立っている。

「ここが、ハルカの家……」

そう呟いても、風が吹いても、青年は動かない。

「あの、うちのジムに何かご用ですか?」

突然声をかけられドキリとした表情を見せたが、青年は落ち着いた口調で言った。

「ハルカ、いえ、ハルカさん、いらっしゃいますか?」
「あ、ハイ。少々お待ちください。失礼ですが、あなたのお名前は?」
「僕はシュウ。ラルースシティのシュウです」





「え? シュウ君が?」

ジムで修行中のセンリの弟子キンジから来客を知らされ、一番驚いたのはハルカの母のミツコだった。

「ええ。少し前にウチへ来るって連絡が来たの!」

ハルカは玄関でウキウキしながら靴を履いている。

「そうならそうと早く言いなさいよーっ! 準備してないじゃない!」
「準備?」

キョトンとしているハルカをよそに、今度はミツコがウキウキし始めた。

「ハルカ、シュウ君に街を案内してあげなさい。こっちが準備出来たら連絡するから」
「う、うん、わかった……?」

何が何だか、ハルカにはさっぱり分からない。
何故、自分以上に母親が浮かれているのか。
時間が時間だし、もしかしたらシュウに夕食をご馳走するのかも、とハルカは家の扉を開いた。





街を案内しきってもミツコからの連絡はまだ無く、二人は町外れの小さな公園に来ていた。

「テレビでシュウのこと見たり、電話やメールで話してたけど、直接会うのは久しぶりね」
「そうだね」

シュウはシンオウ地方で、ハルカは再び挑戦したホウエン地方で、それぞれリボンカップをゲットしていた。

「ハルカ、」
「シュウ、」
「「優勝おめでとう」」

二人の言葉が綺麗に重なり、思わず笑い出す。
それぞれお礼の言葉を贈った後、先に口を開いたのはハルカだった。

「そういえば、どうしてトウカに? いつ来たの?」
「此処には昨日着いた。ハルカに会い来たんだ。……伝えたい事があってね」
「私に、伝えたい事?」

後で話すよ、とシュウは微笑んだ。
その余裕がハルカを少し挑発したのかもしれない。

「なんかシュウ、大人っぽくなったかも……」

と少し膨れながら言った。

「何で君が膨れるんだい?」
「だって、私はまだ子供っぽいもの」
「そんなこと無いよ」
「え?」
「まだ子どもっぽいけど、大人っぽいところもある。どっちもハルカの良さだと僕は思うけど?」
「……誉めてるの?」
「勿論」

シュウにそう言われると、何も言えなくなる。
ハルカは少し俯いた。

「ハルカ」
「何?」
「綺麗になったね」
「はあ!? いきなり何!? シュウらしくないかも!」

ハルカは真っ赤になった。シュウは自分の発言に恥ずかしくなったのか、顔を背けている。

「でも、ありがとう」

少し甘い沈黙を、陽気な着信音が破った。
母ミツコからだった。





食卓にはご馳走の山、山、山。
もし、ジョウトリーグ挑戦の旅に出ているマサトが居たら、どんなに大はしゃぎしていただろうか。

「さぁさ、召し上がれ!」

相変わらずミツコはウキウキしている。
しかしそのノリについていけず、ハルカもシュウも料理に手をつけられずにいた。
しかもミツコの横には厳しい顔で俯くハルカの父センリが。

「そういえば、キンジさんは?」
「キンジ君ならちょっと席を外して貰ってるわ!」
「そ、そう」

娘のハルカがついていけない程の浮かれ様、余りにも豪華なもてなし、そして表情の固い父親。

「あの、どうしてこんなにも厚いもてなしを?」
「え? だって、ねぇ、パパ?」

シュウの問いにハッキリ答えることもなく、ミツコはセンリに話を振る。
そして、センリから出た言葉にハルカもシュウも、目が点になった。

「君にハルカを渡せん!」
「……へ?」
「へ? って、あなた達、結婚の話じゃなかったの?」
「はぁ!?」

二人は顔を見合わせた。
シュウは真っ赤になりながら俯き、ハルカは身を乗り出してミツコに問う。

「け、結婚? 私とシュウが? 何で?」
「だって、ハルカもシュウ君も昔からいい感じだったじゃない? だから、彼女の実家に来るってことは、結婚の申し出しかないなぁと思ってたのよ」
「何でそうなるのよ!? だいたい私とシュウは――」

そう言いかけてハルカは言葉に詰まった。
よく考えてみれば、お互いに好きと言った事がない。
気がつけばいつも一緒に居て、それが当たり前の事になっていた。
お互いがお互いを好きだと思い込んでいた。
唐突にシュウが立ち上がる。

「すみません、僕のせいで気を煩わせてしまったようで」
「シュウ?」
「親子水入らずのところにお邪魔しました。僕はこれで。失礼しました」
「待って! シュウ!」

シュウの後を追って、ハルカは家を飛び出した。
ダイニングルームにはミツコとセンリ、そして気まずい空気だけが残った。





「待って! 待ってよ!」

空が藍色に染まる中、ハルカは叫ぶ。しかし、シュウの足は止まらない。
ハルカは街の人混みを掻き分け、ただシュウを追う。
気がつけば、ポケモンセンターに来ていた。
シュウは宿泊室の方に行くと、その内の一室へ。昨日泊まった部屋だろう。

「シュウ!」

部屋の戸を開けた瞬間。
腕を引っ張られたかと思うと、温かいものに包まれた。ハルカはシュウの腕の中にいた。

「僕がこの街に来たのは、ハルカに伝えたい事があるからだって言ったよね?」

胸から伝わるシュウの声が、ハルカの全身に響く。

「……きだ」
「え?」
「ハルカが好きだ」

窓から風が吹き込んで、二人の間を駆け抜けた。

「それはハルカも同じだよね?」

震える口をハルカはゆっくりと動かす。

「私も、シュウが好き……!」

シュウは幸せそうな顔を浮かべた。見たことの無い表情にハルカも胸がいっぱいになる。
突然、シュウは真剣な瞳でハルカを見つめた。

「僕がハルカに伝えたかったのは……」

シュウはハルカの耳元で囁いた。
その瞬間に風が止んだ、音も時も空間も止まった、そう思える程の、静寂。
ハルカは笑顔と同時に涙を浮かべる。
シュウがは人差し指でそれを掬うと、どちらからともなく口を重ねた――。





翌朝。

「昨日は失礼致しました」
「いいのよ。勝手に勘違いして、はしゃいでいた私たちが悪いの。だから気にしないでね」

ミツコも申し訳なさそうな顔をした。
立ち話もなんだから、とシュウを家に上がるよう促す。

「ところでパパは? シュウがパパに話があるんだって」
「パパなら……」

リビングで新聞を広げていた。
突然の訪問者に気付くと、昨日の厳しい表情を感じさせない優しい笑みで迎える。

「ああ、シュウ君か。おはよう」
「おはようございます。昨日は失礼しました。……あの、実は、今日はお話があって伺いました」

シュウは口の中が苦くなるのを感じた。
そして、センリとミツコが聞いたのは、昨日の今日だけに予想していなかった言葉。

「ハルカを、僕にください……!」

新しい時が動き出した。

 (了)




2008.9 初稿(アンソロ発行)
2021.2.19 加筆修正
2022.2.2 加筆修正

ミツコはきっと、娘の恋沙汰に興味津々。
ギャグ中心でラブラブで甘いのを目指した作品。
続きはご想像にお任せします。

Lemon Ruriboshi.
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