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YGO

2月13日。
生徒が使える学園内のキッチンがことごとく満室になる。
そして、女子だけ欠席が増える。
言うまでもない。
全部バレンタインのせいだ。

「馬鹿馬鹿しい」

食堂へ向かいながら、明日香は独り呟いた。
きゃいきゃいと騒ぐ生徒たちには少々うんざりだ。

大体、バレンタインデーというのは女子がチョコレートを渡す日ではない。
女子も男子も恋人や親しい人に手紙や贈り物をする日だ。(少なくとも外国は。)
お菓子会社の商業戦略に乗る気など明日香には更々無い。

「明日香さん!」
「お昼ご一緒しませんか?」

朝、寮で別れたジュンコとモモエだった。





「順調に進んでる?」

今朝、彼女たちにバレンタインのチョコレート作りに誘われたが、明日香は間を置くことなく断っていた。

「はい! お陰様で!」
「もうすぐ完成なんです!」

2人は嬉しそうに答えた。

「お料理お上手なんですから、明日香さんも作ればいいのに」
「私が作ったって誰に渡すの?」

正直な気持ちだ。
今まで父親と兄の吹雪にしか渡したことがない。
それも中学くらいまでの話で、今では日頃の感謝をカードに綴ることにしている。

「吹雪さんには贈らないんですか?」
「なんだって明日香!?」

タイミングがいいのか、悪いのか。

「明日香、今年も僕はお預けかい!?」
「去年は行方不明だったじゃない!」

噂をすれば、兄の吹雪である。

「明日香! まだまだ若いのに、この青春の大イベントであるバレンタインデーを楽しまずしてどうする!」

兄の悪い癖がまた始まってしまった。こうなっては明日香でも手がつけられない。頭を抱えるばかりだ。

「兄さんもまだ若いでしょ」

明日、吹雪にどっさりとお菓子が届けられることは分かっている。本人が楽しむだろうことは十分に想像出来る。

「それとも明日香!」
「何よ」
「兄さんに嫉妬……」
「してないわよ!」

適当に理由をつけてここを離れよう。明日香は食べるペースを上げた。すると急に吹雪は黙ってしまった。
都合がいい、と思った時。

「てっきり、十代君に渡すものだと思っていたが」

むせそうになったのを何とか堪えた。

「何で私が十代に!」

急いで飲み込んで、吹雪に向かって叫んでいた。

「呼んだか?」

少し離れたところから、今一番遭遇したくない人物、十代が手を振った。

「呼んでないわよっ!」

明日香はテキパキとその場を片付けて、

「もう行くわ兄さん! また寮でね、ジュンコ、モモエ!」

と立ち上がった。

「どこ行くんだい? 明日香!」
「自習よ、放っておいて!」

明日香が居なくなった席に、ヤレヤレと吹雪は座った。

「あの、吹雪さん」
「吹雪さんはどんなお菓子がお好きですか?」
「ああ、僕はね……」

ジュンコとモモエにいつもの笑顔で応える。
状況が飲み込めない十代は首を傾げるばかりだった。





午後になっても相変わらず女子の姿はまばらだ。
男子は男子で、時間が経つにつれて、落ち着きがなくなってきている。

十代も前に座っている男子生徒たちのように浮かれているのだろうか。
ふと明日香にそんな考えが過ぎった。それは何だか腹立たしいと思い、確かめてみるかと十代の方に目を向けた。
幸い、なのか、いつも通りの爆睡である。
私と同じく無関心なのか、それとも余裕なのか。恐らく前者だろう、その筈だ、と言い聞かすように明日香は心の中で呟いた。
――もしその十代に私が何か渡したら。
喜んで受け取ってくれるのだろうか。
いやそもそも何故私が十代に? 日頃の感謝? 日頃の感謝ならもっと渡すべき人がいるわ、兄さんや父さん……。でもどうして十代にならあげたいだなんて

「天上院明日香君!」

我に返った。

「は、はい!」
「具合でも悪いのですか」
「いえ、大丈夫です……。すみませんでした」

静まり返った教室に、教師の声が再び響く。が、さっきと変わらないざわめきもすぐに戻った。

「ふあぁ……、翔、何があったんだ? 明日香が怒られてたみたいだけど」

さっきの教師の大声で目が覚めたらしい。十代は寝ぼけ眼をこする。

「明日香さん、ボーっとしてたみたいで質問に答えられなかったんッス。具合悪いですかね?」

十代は、ふーん、と1つ答えると、再び突っ伏して寝始めたのだった。





なんてことなの!
明日香は足早に寮へ向かっていた。
授業中にあんなにも考え込むなんて疲れているに違いない、と今日の図書館での自習はやめた。

(第一、私は十代のことなんか……!)

ことなんか、何だ?
続く言葉が分からない。
好きじゃない、は嘘になる。
確かにあの明るさは好きだし、デュエルだって尊敬出来る。友達としての好きは確かにある。大切な人でもある。
けど、何かが違う。
さっきと同じ言葉で万丈目君を表現出来るけれど、十代の場合は決定的に何かが違う。
明日香の思考は同じところをグルグルと回って止まらない。
まるで暗い森をさ迷っているようだ。

ドン。

誰かに思い切りぶつかった。

「イテテテ、って、明日香?」

目を開けると、十代の顔が目の前にあった。
意識がはっきりすると、明日香は自分が十代の上に乗っていることが分かった。

「ごごごごめんなさい!」

慌てて明日香が退くと、十代は起き上がった。
怪我はないか? と心配して聞く十代に、明日香はええまあと顔も見ずに答えた。
改めて十代を正面から見る。
――ダメだ、直視出来ない。

「本当に大丈夫かよ、風邪でも引いてるのか?」
「いえ、別に」
「今日の明日香、何か変だぜ?」

その言葉は明日香の胸にグサリと刺さった。
ごめん、と一言だけ聞こえるように呟いて、明日香は十代の横をすり抜けた。





2月14日。
朝から甘ったるい匂いが学園を満たしていた。

「何よ、朝からイチャイチャしちゃって」

明日香は小さく息を吐く。カツカツという足音もいつもより断然早い。
昨日はよく眠れなかった、心配してくれた十代にあんな振る舞いをして申し訳ないのと、素直になれない自分が悔しくて腹立たしくて。
目が腫れなかっただけ幸いだったと明日香は朝、鏡を見て思った。

浮かれた空気が辺りを漂っている。明日香は1人だけ別の空間に取り残されたようだった。
その空間に閉じこもるように、授業も場所も関係なく悶々としていた。
十代に謝りたい、いつも助けてくれるお礼をしたい、好きかは分からない。
でも、自分にとって大切な人なんだと、伝えたい。

「へっくしょい!」

誰かのくしゃみで我に返った。
気がつくと外にいた。そうだ寮に帰ろうとしていたんだっけ。
冷たい風が頭をはっきりとさせてくれる。

「アニキ、風邪っすか? 今日から寒くなるらしいッスよ」
「うーん」

明日香から少し離れたところで十代と翔が話している。
さっきのくしゃみは十代のものだったらしい。
そういえば、いつも薄着だと明日香は十代を見て思い出した。寒くないのだろうか。
明日香は帰ろうとしていた足を購買へ向けた。





2月15日。
少々の余韻はあるものの、もういつも通りの雰囲気に戻っていた。
その中で、始終眠そうな表情をしているのが1人。

「天上院君、起きているね?」
「はい」
「それでは、この問題の……」

なんとか授業は起きているようだが、授業で教師に指摘されるくらいだ。相当のようである。

「大丈夫ですの?」
「寮までご一緒しますわ」

やっと迎えた放課後に、ジュンコとモモエが明日香に声を掛けたが、

「ごめんなさい、ちょっと用事があるの」

と先に帰るよう勧めた。
そして明日香はレッド寮の方へと赴いた。



手紙を手に、海の方を向いている人物が1人。
差出人には“天上院明日香”の文字。指定された場所には来た。間もなく手紙に書かれた時間になる。明日香も来るはずだ。
ふと見ると、見慣れたブルーの制服の女子生徒がこっちへ走って来るのが見えた。

「何だよ明日香、こんな所に呼び出して。デュエルなら受けて立つぜ」
「違うわ。昨日はごめんなさい。ぶっきらぼうになってしまって」
「昨日? ああ、別に気にしてな」

十代が言い終わらない内に、明日香はずいっと紙袋を差し出した。

「これ、お詫びというか、いつも助けてくれるお礼というか、その……」

きょとんとしながらも、十代はヒョイと紙袋を受け取った。包みが入っているのを見るなり、開けていいかと明日香に尋ねた。明日香は小さく頷く。これ以上ない程に明日香は縮こまっていた。
音を立てて包みが開かれる。



あの後。
購買部に向かった明日香だったが、バレンタインの嵐の後だ、チョコレートどころかお菓子類が残っている訳がない。
どうしようかと落胆の溜め息を明日香がついた時、レジの奥から小さな悲鳴と何かが沢山落ちる音がした。

「大丈夫ですか?」

アイテテテ、とトメさんがダンボールの山から顔を出した。

「ああ、明日香ちゃん! あの場所にこの箱を置きたいんだけど、届かなくてねぇ」

失敗して一杯落ちてきちゃったよ、と苦笑いを見せた。
手伝いますと申し出ると、すまないねぇ助かるよ、とトメさんは倉庫の中に迎えてくれた。
手伝っている途中。奥にある箱に目が付いた。毛糸、と書かれている。

「トメさん、ここにあるものも買えるの?」
「ええ、まあねぇ」
「それじゃ、後でこれを」

寮に帰るなり、買ってきたものの袋を開けた。
バレンタインに間に合わなかったけど、今ならまだ……!
食事も睡眠も惜しく、気が付いた時には東の空が赤に染まっていた。
真っ白のそれも、明日香の手の中で赤く染まっているようだった。

赤を支える、白。
白に映える、赤。

「……出来た」

朝、明日香の手にあった白のマフラーは今、十代の手の中にある。

「ありがとう明日香!」

十代の満面の笑みが、眩しかった。とてつもない満足感が心に染みる。
果たして、相手が十代で無かったらこれ程に頑張れただろうか。これ程に満たされただろうか。
明日香は考え込んでいたせいか、俯いていたらしい。

「明日香」

顔をあげると、そのマフラーを巻いた十代が微笑んでいた。

「べ、別に、バレンタインだったからじゃないからね!」
「わかったよ」

十代は明日香の肩をポンと叩いた。
凪いでいた海風がまた、吹き始めた。明日香は思わずくしゃみをする。

「お前の方が寒そうだぜ」

真っ赤のその上着を、十代は明日香に着せる。ぬくもりが残っていた。

「……ありがと」

白いマフラーはまた太陽の赤に染まっていた。

 (了)




2011.2.15 初稿
2019.11.27 加筆修正(本文・あとがき)
2021.2.11 加筆修正
2022.2.19 加筆修正

十代はある程度確信犯。某キャラ程天然じゃないなと。
アカデミアのある島が雪も降らなさそうな太平洋にあることを思い出して、マフラーにするか迷った思い出。
友人に「マフラーがいい」と即答されたのでマフラーに。

Special Thanks:狼澱氏

Lemon Ruriboshi.
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