YGO
熱い汗が背筋を伝っていく。
窓からは海が見える。
小高い丘の上の、小さな家の窓辺にアキは居た。
澄んだ青空の下には、荒廃したかつての大都市が広がっている。
風も、日の光も、心地良い。
日常のはずなのに、何かが違うとアキは感じた。
一瞬だけ、厚い雲が太陽を覆う。
あの日から、彼の姿をアキは見ていない。
遊星はアーククレイドルから帰ってこなかった。
アキの目から水滴がぽたりぽたりとこぼれ落ちる。
カレンダーを見ると、あの日からもう10年。
彼に再会できる確率ははたしてどのくらいなのだろう。
「どこへ行ってしまったの……」
蚊のなくほどの声で、何度呟いたか分からない言葉を口にした。
熱涙を冷ますように風がどっと吹く。
ふいに戸の開く音がした。
「ただいま、アキ」
「おかえりなさい、――」
私は誰の名前を呼んだのだろう?
ただいまと言った主を見ようとするが、顔が分からない。
とっぷりと日が暮れて、豪華な夕食が目の前に並ぶ。
急に、目の前に座る彼が改まった口調で話し出す。
「もう同棲しているけれど、改めて言うよ」
「何?」
「結婚しよう」
(待って!)
アキの心が叫ぶ。一方で、そこにいる自分は「喜んで!」 と笑っている。
(私には大切な人がいるの! 私を大切に思ってくれる人。まだ想いを伝えてないけれど……!)
(だから私、どんなに確率が低くても遊星が帰ってくることを信じて……!!)
目の前にいる自分が、誰ともわからない人物と唇を重ねた。
アキの胸に、冷たい何かが突き刺さった。
(遊星、私は……、私はあなたの傍に居たいの)
(お願いだから、帰って来てよ、遊星、遊星……!)
目が開いた。自分の部屋じゃない、でも見覚えのある天井が見える。
遊星たちの住む家のソファベットの上にアキは居た。
背中は汗びっしょりだ。
――ああ、遊びに来て、そのまま疲れて寝てしまったのね。
窓からは僅かに残る夕日が見えた。
それにしても、最近よく見る夢だ。あの時、遊星が帰ってこないことを想像してしまったせいだろうか。
ふわりとほろ苦い香りが鼻を掠めた。
「起きたか、アキ」
思わず驚いて、振り返る。今、一番聞きたい声だった。
「遊星……!」
ほっとしたのか、アキは目頭が熱くなるのを感じた。落ちそうになる涙を何とか堪える。
一方、遊星は持っていた湯気の立つコーヒーを2杯、ソファの横のテーブルに置いてアキの横に腰を掛けた。
「どうした、そんなに驚いた顔をして」
ギクリとして、アキは思わず顔を背ける。しかしアキの目が潤んでいるのを遊星は見逃さなかった。
「ひどくうなされていたようだが、大丈夫か」
「別に」
アキは顔に毛布を引き寄せた。
「あれ、毛布?」
「疲れて眠っていたようだったからな。風邪でもひいたら困るだろう」
そんな言葉はアキの耳をすり抜けた。
優しさが、痛い。
「遊、星」
止めていた涙が、つつつつ、とアキの頬を流れる。
耐えられなくなって、隣に座る遊星の顔を見た。
「生きて帰ってきてくれて、ありがとう」
ついには堰をきったようにボロボロと涙が落ちた。
「生きていてくれて、ありがとう」
少しばかり驚いたが、すぐにふっと微笑んで、アキの両肩に手を置いた。
そして、アキを見据えた。
「ありがとう、アキ。俺も、今ここでアキと生きてることが嬉しいよ」
アキは遊星の胸元に額を寄せた。
声を上げて泣くアキを、遊星は抱き寄せた。
ただアキが落ち着くまで、アキを温かく包んだ。
(了)
2011.4.8 初稿
2013.12.30 加筆修正
2017.5.19 加筆修正
2022.2.19 加筆修正
ごっず最終回記念。
もし遊星が帰ってこなかったら、アキちゃんどうなってたかな…
Lemon Ruriboshi.
窓からは海が見える。
小高い丘の上の、小さな家の窓辺にアキは居た。
澄んだ青空の下には、荒廃したかつての大都市が広がっている。
風も、日の光も、心地良い。
日常のはずなのに、何かが違うとアキは感じた。
一瞬だけ、厚い雲が太陽を覆う。
あの日から、彼の姿をアキは見ていない。
遊星はアーククレイドルから帰ってこなかった。
アキの目から水滴がぽたりぽたりとこぼれ落ちる。
カレンダーを見ると、あの日からもう10年。
彼に再会できる確率ははたしてどのくらいなのだろう。
「どこへ行ってしまったの……」
蚊のなくほどの声で、何度呟いたか分からない言葉を口にした。
熱涙を冷ますように風がどっと吹く。
ふいに戸の開く音がした。
「ただいま、アキ」
「おかえりなさい、――」
私は誰の名前を呼んだのだろう?
ただいまと言った主を見ようとするが、顔が分からない。
とっぷりと日が暮れて、豪華な夕食が目の前に並ぶ。
急に、目の前に座る彼が改まった口調で話し出す。
「もう同棲しているけれど、改めて言うよ」
「何?」
「結婚しよう」
(待って!)
アキの心が叫ぶ。一方で、そこにいる自分は「喜んで!」 と笑っている。
(私には大切な人がいるの! 私を大切に思ってくれる人。まだ想いを伝えてないけれど……!)
(だから私、どんなに確率が低くても遊星が帰ってくることを信じて……!!)
目の前にいる自分が、誰ともわからない人物と唇を重ねた。
アキの胸に、冷たい何かが突き刺さった。
(遊星、私は……、私はあなたの傍に居たいの)
(お願いだから、帰って来てよ、遊星、遊星……!)
目が開いた。自分の部屋じゃない、でも見覚えのある天井が見える。
遊星たちの住む家のソファベットの上にアキは居た。
背中は汗びっしょりだ。
――ああ、遊びに来て、そのまま疲れて寝てしまったのね。
窓からは僅かに残る夕日が見えた。
それにしても、最近よく見る夢だ。あの時、遊星が帰ってこないことを想像してしまったせいだろうか。
ふわりとほろ苦い香りが鼻を掠めた。
「起きたか、アキ」
思わず驚いて、振り返る。今、一番聞きたい声だった。
「遊星……!」
ほっとしたのか、アキは目頭が熱くなるのを感じた。落ちそうになる涙を何とか堪える。
一方、遊星は持っていた湯気の立つコーヒーを2杯、ソファの横のテーブルに置いてアキの横に腰を掛けた。
「どうした、そんなに驚いた顔をして」
ギクリとして、アキは思わず顔を背ける。しかしアキの目が潤んでいるのを遊星は見逃さなかった。
「ひどくうなされていたようだが、大丈夫か」
「別に」
アキは顔に毛布を引き寄せた。
「あれ、毛布?」
「疲れて眠っていたようだったからな。風邪でもひいたら困るだろう」
そんな言葉はアキの耳をすり抜けた。
優しさが、痛い。
「遊、星」
止めていた涙が、つつつつ、とアキの頬を流れる。
耐えられなくなって、隣に座る遊星の顔を見た。
「生きて帰ってきてくれて、ありがとう」
ついには堰をきったようにボロボロと涙が落ちた。
「生きていてくれて、ありがとう」
少しばかり驚いたが、すぐにふっと微笑んで、アキの両肩に手を置いた。
そして、アキを見据えた。
「ありがとう、アキ。俺も、今ここでアキと生きてることが嬉しいよ」
アキは遊星の胸元に額を寄せた。
声を上げて泣くアキを、遊星は抱き寄せた。
ただアキが落ち着くまで、アキを温かく包んだ。
(了)
2011.4.8 初稿
2013.12.30 加筆修正
2017.5.19 加筆修正
2022.2.19 加筆修正
ごっず最終回記念。
もし遊星が帰ってこなかったら、アキちゃんどうなってたかな…
Lemon Ruriboshi.