YGO
疲れた。ただただ、”疲れた”。
それはもう二度と目覚めたくないような。あるいは深い深い海底に沈んでいくような。
かつては、帰宅すれば彼らの”声”が出迎えてくれたが、今はただ静寂に包まれるのみで。
忘れてしまった「寂しい」という感情が遊作の疲労を増幅させて心を埋め尽くし、その疲労感が何であるのかさえ、遊作にはわからなくなっていた。
賑やかだったあの日々をなんだかんだで気に入っていたらしい自分に小さく笑う。
夕陽が照らす帰り道。
いつもなら草薙の店に尊と寄って帰るところだが、生憎、草薙は弟の病院へ、尊は実家に戻ってしまったので2人共居ない。
家路の足取りは鉛のついた枷でもつけられたように重たい。
「今日は独りなのね?」
「財前……」
「その”財前”って呼ぶの、やめてくれないかしら? あなた、お兄様のことも財前って呼ぶし。それに一緒に闘ってきた仲間なんだから」
「……すまない」
彼がクールな性格とはいえ、その沈んだ様子は葵でさえ見兼ねるものだった。
「よかったらうちに来ない? 夕食、ごちそうするから」
帰宅すると、葵は家庭用ロボに紅茶と夕食を用意するよう指示した。
が、いるはずの兄の姿がない。
「お兄様は?」
『急な呼び出しのため、外出されました』
「そう……ありがと」
葵は、遊作から上着を受け取り、玄関に自分のと一緒にかけると、まあ適当に座って?とリビングに案内しようとしたのだが。
「財前」
急に呼び止められた。何? という問いかけは、遊作のすまない、という言葉に遮られた。
背中越しに感じられるぬくもりと、少しの窮屈さで、ようやく自分が遊作に後ろから抱きしめられているのだと葵は気付く。
「藤木君……!?」
「少しだけ、こうさせてくれないか」
嫌だったら振り払ってくれ、と言う遊作の声は呻きのようでもある。
「……わかったわ」
胸の高鳴りが聞こえやしないかと緊張する。そんな葵をよそに遊作はポツリポツリと話し出す。
「疲れた」
「色々なことがあったんだもの、あなたが疲れるのも無理もない」
「俺は、ロスト事件で色々なものを失った」
「……そうね」
「でも、色々な出会いがあって、俺を助けてくれた」
絞り出すような遊作の言葉に、葵はいつの間にか聞き入り、緊張感など忘れていた。
「だが、家族の温もりも、人の温もりも、未だに俺は思い出せないんだ」
「そう……」
「財前」
「葵でいいわよ」
「葵、」
遊作の腕に力がこもる。
「人ってこんなに温かいんだな……」
(了)
2019.6 初稿
2023.5.23 加筆修正
Lemon Ruriboshi.
それはもう二度と目覚めたくないような。あるいは深い深い海底に沈んでいくような。
かつては、帰宅すれば彼らの”声”が出迎えてくれたが、今はただ静寂に包まれるのみで。
忘れてしまった「寂しい」という感情が遊作の疲労を増幅させて心を埋め尽くし、その疲労感が何であるのかさえ、遊作にはわからなくなっていた。
賑やかだったあの日々をなんだかんだで気に入っていたらしい自分に小さく笑う。
夕陽が照らす帰り道。
いつもなら草薙の店に尊と寄って帰るところだが、生憎、草薙は弟の病院へ、尊は実家に戻ってしまったので2人共居ない。
家路の足取りは鉛のついた枷でもつけられたように重たい。
「今日は独りなのね?」
「財前……」
「その”財前”って呼ぶの、やめてくれないかしら? あなた、お兄様のことも財前って呼ぶし。それに一緒に闘ってきた仲間なんだから」
「……すまない」
彼がクールな性格とはいえ、その沈んだ様子は葵でさえ見兼ねるものだった。
「よかったらうちに来ない? 夕食、ごちそうするから」
帰宅すると、葵は家庭用ロボに紅茶と夕食を用意するよう指示した。
が、いるはずの兄の姿がない。
「お兄様は?」
『急な呼び出しのため、外出されました』
「そう……ありがと」
葵は、遊作から上着を受け取り、玄関に自分のと一緒にかけると、まあ適当に座って?とリビングに案内しようとしたのだが。
「財前」
急に呼び止められた。何? という問いかけは、遊作のすまない、という言葉に遮られた。
背中越しに感じられるぬくもりと、少しの窮屈さで、ようやく自分が遊作に後ろから抱きしめられているのだと葵は気付く。
「藤木君……!?」
「少しだけ、こうさせてくれないか」
嫌だったら振り払ってくれ、と言う遊作の声は呻きのようでもある。
「……わかったわ」
胸の高鳴りが聞こえやしないかと緊張する。そんな葵をよそに遊作はポツリポツリと話し出す。
「疲れた」
「色々なことがあったんだもの、あなたが疲れるのも無理もない」
「俺は、ロスト事件で色々なものを失った」
「……そうね」
「でも、色々な出会いがあって、俺を助けてくれた」
絞り出すような遊作の言葉に、葵はいつの間にか聞き入り、緊張感など忘れていた。
「だが、家族の温もりも、人の温もりも、未だに俺は思い出せないんだ」
「そう……」
「財前」
「葵でいいわよ」
「葵、」
遊作の腕に力がこもる。
「人ってこんなに温かいんだな……」
(了)
2019.6 初稿
2023.5.23 加筆修正
Lemon Ruriboshi.
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