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YGO

刻々と迫る時間に、明日香のお腹がキリキリと痛む。

(トランクは預けたし、後はセキュリティーチェックとか出国審査とか……)

それに加え、一つの期待と不安が脳内で渦巻くせいか少し吐き気を覚えた。

「大丈夫かい、天上院くん」
「ええ、大丈夫よ」

見送りを提案した張本人、万丈目がそっと明日香に尋ねる。
浮かべた笑みが不自然だということは明日香にも分かっていた。

「そういえば」と言いかけて、ゴクリと先に唾を飲み込む。
こんなことを聞くのは申し訳ないが、このままでは気分が晴れない。

「十代は来ないのかしら?」
「一応は連絡したが、“行けたら行く”と言っていた」
「……そう」

万丈目は寂しそうな明日香の目を見逃さなかった。

(ったく、十代のヤツ)

天気は快晴。
空港の窓から見える滑走路では飛行機が離着陸を繰り返している。

「なんでも、怪事件が起きててそれを調べにアチコチ行ってるらしい」
「十代らしいわね」

一方で、キャッキャとまるで子どものようにはしゃぐ声も一行の中にあった。

「すごい、すごいよ! ジェット・ロイドそっくりだよ!」
「いや、ジェット・ロイドが飛行機そっくりなんだドン……」

次々と飛び立って行く飛行機にワイワイと騒ぐ翔たちを見て明日香はフッと笑う。

「楽しそうね、あの子たち」
「全く大人げないな、翔は」

少しばかり困ったような翔の兄、亮に「あの元気が彼らしいじゃないか」と吹雪が宥める。それよりも自分が元気を取り戻すことを考えなよ、と吹雪は亮の車椅子を押しながら言った。
あまりにも和やかな雰囲気に、明日香はアカデミアに居た頃の日常に戻ったような気分になる。だが、いくら懐かしくても戻ることは出来ない。しかも明日香自身で決めたアメリカ行きだ。
やっぱり行かないという選択肢もあるが、それではあのデュエルで、十代との最後のデュエルで決意した自分にも申し訳がない。
そう言い聞かせて、明日香は何とか気持ちを強く持とうとするのだった。

「そろそろ手続きが始まるんじゃないか?」
「……そうね」

出発の時間は近い。

「もう行っちゃうんッスね」
「日本から応援してるドン」
「俺はいつでも連絡待っているからな、天上院くん!」

目頭が熱くなる。何とか涙はこらえて、みんなありがとう、と明日香は笑った。

「明日香ぁ! 毎日連絡くれよぉ!」

そう言って今にも泣き出しそうな兄には、私が戻るまでにシスコンは卒業してて頂戴、と付け足しておいた。
そんなぁと嘆く吹雪に、妹きっての頼みだぞと今度は亮が宥める。
親友同士の漫才が始まるのをよそに、明日香は万丈目たちに声をかけた。

「あの」
「どうしたんだい?」
「最後に1つ頼みを聞いてくれないかしら。……もし、十だ」

明日香はそこまで口にして、言葉に詰まる。
あまりにも衝動的に言おうとしていたと気がついた。
私は彼らに何を頼みたいんだろう。
私が彼を好きだったと伝えて欲しい?
彼の居場所が分かったら教えて欲しい?
彼に連絡を頂戴、と言伝を?
どれも正しいようで、どれも正しいとは思わなかった。

「もし十代に会ったら、宜しく伝えておいて?」

結局、苦笑いと共に無難な社交辞令しか口に出来なかった。なんだそんなことか、お安い御用だ、と返ってくるだろう。
そう苦笑いをしていたのは、終始明日香だけで。

「明日香さんは今日、アニキに会いたかったんスね」
「え?」

差し出された言葉は明日香の胸を貫いた。

「明日香先輩、分かりやすいドン」
「全く、アニキは薄情なんだから」

そして、最後に万丈目が口を開く。

「伝言があれば、十代にはちゃんと伝えておく。だから遠慮なく言ってくれ」
「あなたの嫌いな十代宛よ?」

君のためなら相手が誰だろうと関係ない、と万丈目は鼻を鳴らした。
万丈目君らしいわ、と明日香は呟く。

「ありがとう、万丈目君、翔君、剣山君」

堰をきったように涙が幾筋も明日香の頬を伝う。

「私、今日は十代にも会いたかった。そう思うのは欲張りよね」

ボタボタと落ちる水滴を手で拭う。

「でもこんなにも良い仲間に出会えて、そのみんなが見送りに来てくれて。私は幸せ者ね」

本当にありがとう、と明日香は微笑んだ。今日とびっきりの笑顔だったかもしれない。

「それで、ヤツには何を伝えたら良い?」

好き、会いに来て、また会いましょう――。
色んな言葉が過ぎって、遂に1つになる。

「“またデュエルしましょう、絶対に”」





別れの直前、明日香は1人ずつ握手を求めた。そして一言ずつ交わし合う。

「万丈目君」

明日香は最後の1人の名前を呼んだ。

「色々と助けてもらうことが多かったわね、ありがとう。でも、ごめんなさい」

あなたの気持ちに応えられなくて、と彼だけに聞こえるように明日香は言った。
万丈目は酷く驚いた様子だったが、すぐに照れたように笑うと、明日香の手をとり、跪いて手の甲に優しく口づけた。

「万丈目君!?」
「君が幸せなら、俺はそれで充分だ」

こちらこそありがとう、と万丈目は手を離す。それは、館内放送が出発の時を告げる直前のことだった。
トランクのグリップを握りしめ、改めて見送りに来た一同を見る。
そして、いつもの凛々しい顔に戻った明日香は、行ってきますと告げて、人混みに消えていった。頬の涙はもう乾いていた。

「……行っちゃったな」

吹雪は寂しそうに呟く。
皆しばらく、明日香の消えた方を静かに見つめていた。

「今度は展望デッキで見送ろうよ!」
「そうだな、翔」

全会一致で回れ右をした時。
バタバタと誰かがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。トレードマークの赤のジャケット。誰が見間違えるだろうか。

「アニキ!?」
「いやー、遅れちまったぜ……!」

紛れもなく十代だった。

「ついデュエルに夢中になって」

ドコォッ、という音がして、十代は吹っ飛んだ。

「万丈目お前、何すん……!」
「おい!」

万丈目は十代の胸ぐらを掴む。

「どんな思いで天上院くんが出発したか分かるか?」
「え?」
「お前に会いたくて仕方なかった天上院くんの気持ちが、お前には分かるか!?」

万丈目君、と吹雪が窘めると、万丈目は十代を離した。

「お前は天上院くんを傷つけた、悲しませた! 彼女がお前を傷つけないなら、代わりに俺が殴る!」

ただそれだけだ、と吐き捨てると後ろ手に手を振り、人の波に紛れた。
そしてフラフラと歩いて人気の少ないところへ出ると、万丈目はそこにあった柱を一発殴った。

「なんであんな奴が……!」

悔しさ、虚しさ、妬ましさ。
本当に拳を向けたかったのは柱じゃなく、“彼”だ。
だが、こんな自分勝手な気持ちで殴ったらあまりにも幼稚だ。
――いや、さっき彼に向けた拳の本当の理由はそれかもしれない。
歯を食いしばって抑えようとするが、涙はゆっくりと、頬に筋を作った。





「Please! Please have a lunch with me!」
(ね?お願いランチだけでも!)
「No! I PROMISED you, I would go with you, if you could WIN the duel. But I won.」
(だめよ、あなたが私にデュエルで勝ったら行く約束よ?)

デュエルを勝利で終えた明日香が踵を返すと、この地で出来た友人が拍手をしながら明日香を迎えた。

「I'm sorry for kepping you waiting...」
(待たせてごめんなさい…)
「No problem! By the way, YOU are strong, Asuka!」
(大丈夫よ、それより強いわね、明日香!)
「I'm not. I know some duelists who are stronger than me.」
(そんなことないわ。私より強いデュエリストは沢山いるわ)

連絡は、両親としか取っていない。

(みんな、元気かな)

空港で見送ってくれた仲間のことを思い出す。もしかすると所謂ホームシックなのかもしれないと少し不安になった。
俯き気味に、キャンパスを歩く。

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

突然の、聞き覚えのある言語、そして聞き覚えのある声、
声の方を見ると、見覚えのある赤ジャケットの青年がそこにいた。

「十代……!!」

明日香は手荷物なんかそこそこに、十代の方へ走り出した。

 (了)




2012.8.24 初稿
2013.12.30 加筆修正
2019.11.26 加筆修正
2022.2.2 加筆修正
Special THANKS:英語ができる友人

書くのに1年かけた、かなり思い入れがある話。
とりあえず、十代を万丈目が殴るのが書きたかった。
ただ殴らせるのではなく、明日香絡み、かつ嫉妬onlyじゃない方向で。

万丈目の中では、明日香は永遠の憧れの人で、ずっと幸せを祈ってる、そんなイメージ。
大人になったら素直に明日香と十代の背中を押してそう。

見送りのメンバーは結構迷った。でもこの人数が限界orz
ジュンコとモモエは仕事か勉強、来る前にお別れ会という名のお茶会をしてる、きっと。
レイちゃんは学校、剣山は翔との掛け合いを書きたかった。
亮と万丈目がいるだけで動いてくれる吹雪兄さんありがたい。
三沢君はいたかもしれない。(純粋に忘れてた)

Lemon Ruriboshi.
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