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ここまできた。
きて、しまったのだ。
風が強い。
当たり前だ。ここは空中。世宇子スタジアム。
趣味が悪すぎる装飾で飾られた戦いの舞台なのだから。
私は入場前のフィールドに来た。
今頃はみんなユニフォームに着替えている頃だ。このあと入場が始まって、ウォーミングアップがあって、そして試合が始まる。
しん、と静まり返ったスタジアムはいつだかの試合を思い出す。
静かなフィールドに響く抉る音、ひしゃげる音、それから「…君が凪木かい?」「!」
突然の声に振り向くけれどそこには誰もいない。
けれど、今の声は。私が眉間に皺を寄せるのとほぼ同時に視界が遮られる。
「?!…っ!!」
温もりを持ったそれが手であると理解して振り解こうとした途端、今度は口を押さえられる。くぐもった声を上げるとふふ、なんて笑い声が耳元で。
「こんにちは」
軽やかに、歌うように言葉を口にする。
この声は。忘れようも無いこの声は。
(…アフロディ)
間違いなく、アフロディだった。
あの時の静寂を思い出す声。ぞくりと肩が震えた。
なんとかその手を振りほどこうと身じろいでみたけれど、彼の華奢な体躯からは想像もできないくらいの力で押さえつけられる。
けれど、その力にはまだ余力があることもわかって、本能的に、恐怖を覚えた。
この人は本気を出せば今ここで私を殺すことだってできるんだ。
「…僕が怖い?」
何も返さない。塞がれた口から言葉にならない音だけが漏れる。
そんな私をアフロディはまた、ふふ、と笑った。
「怖がらなくていい、僕は神だよ」
耳元で囁かれる。吐息が耳にかかってぞくぞくと悪寒が駆け上がってくる。
体が震えそうになるのを何とかこらえる。けれどそんな私の努力も見透かしたようにアフロディは手の力を強くした。
「君はどうやら他の人間とは違うらしいね」
「?!」
「…図星かな?…総帥が目にかけるのも当然、か」
な、んのこと
言葉にならない問いかけ。
影山が私を?
私が何をしたというのか。なにを、なんで、どうして
真っ暗な視界の中で、言葉だけが頭の中でぐるぐる回る。
「…総帥がね、言っていたんだ。…君は、何を知っている?」
「っ」
「帝国戦のとき、…地区予選のときさ。君は帝国のキャプテンに言ったそうじゃないか」
「…」
「『探し物は夕立のように突然に現れる』…だっけ?」
「!」
まさか、あのときの
鬼道が影山の罠を探していた時に私が言った助言だった。
あれを、聞かれていた?けれどそれだけで、
「まるで、未来が見えているようじゃないか」
「…っ」
「もしかしたら君は“こちら側”だったりして」
「…」
「ふふっ、どうしたの?震えているようだけど」
だ、めだ。
私は視線を動かす。光も何も見えない。
怖い。
怖い怖い怖い怖い
「ッ凪木!!!」
目の覚めるような大きな声が響く。アフロディの手が少しだけ揺れた。
隙間から光が差し込んでくる。目が焼けるような緑のフィールド。
そこに映える黄色と青のユニフォーム。
ぴょこんと揺れる茶色の双葉が見えた、気がした。
(………は、んだ、?)
「なんだ、人間か」
「凪木から離れろアフロディ!」
半田の強い声。こんなに怒った半田の声を聞くのは初めてかもしれない。
声を荒らげる半田にアフロディは興味ない声音で反応する。そして「離れる…ねぇ。」と呆れきった呟きを零す。
「彼女は君達とは違う。…僕らと同じ特別な存在なんだ。君達こそ彼女から離れるべきだ」
ちがう、ちがう。
私は、そんな偉い人じゃない。今だって何も出来ないでいる。
ずっと変わらない、変わってない。
何も出来ない小さな生き物だって所も、皆と同じサッカーが大好きなところも、何も変わってない。
この世界に置いていかれたあの時からずっと、そう、ずっと何も変わらない。
だからこそ、
「凪木は君達と違うんだよ」
「…っ違わない!!」
「!」
「私は、雷門イレブンの、仲間…なの!!」
ぼろり、光が滲む。
さっきとは違う気持ちで胸が苦しい。温かい思いで満ちる。
いつぞやの時みたいにどろりとした感情が渦巻くけれど、あの時みたいな気持ち悪さも、脳が焼け焦げるような焦燥感もない。
今私にあるのは負けたくない、という気持ち。
「一緒に、皆と戦うって……決めたんだから…!」
「君は彼らと違うだろう?姿かたちが似ているだけの別物じゃないか。それでも君は、君達はお互いを仲間と呼ぶのか?」
「…何を言ってるかぜんぜんわかんないけど、凪木は俺たちの仲間だし、…それに俺は、凪木のダチだ!」
私はアフロディの方を振り返る。
力を弱めたアフロディの手はそのままするりと私を手放して、私を見下ろす。
興味がないような、どこか冷めたような冷たい目だ。
私は一人じゃフィールドにも立てない。
今こうやってここに居ることすら出来なかった。
けど、私はサッカーが好きだから。雷門イレブンが好きだから。
私は私の意思でここに居て、ここに立っている。
それは誰でもない、私自身が決めたこと。戦うこと。皆と一緒に戦うこと。
そして彼らが輝くその一分一秒を一緒に目に焼き付けたいって思ったから。
「…」
香りが掻き消えた。
身体にまとわりついてた甘さと温もりが離れて私の身体は投げ出される。凪木!半田の声。
緊張が解けてフィールドの上に転がる私の鼻腔を草の香りがくすぐる。
まるで天国のような綺麗な緑をしていた。そして私の涙を受け止めてキラキラと光っている。
とても、とても美しい景色が広がっている。
「…君は愚かな選択をするんだね」
「…そんなこと、ない」
残された涙が地面にしみこんでいく。黄色と青のユニフォームが私の元に駆け寄ってきた。
滲んでよく見えない視界のなか、アフロディの金色を捉える。
「私は、これ以上ない、最高の選択だと思ってる」
「…君の未来がそう言ってるのかい?」
「ううん、…私の心が」
私の言葉にアフロディは何も返さないで空気の中に消えた。
随分とつまらないものを見る目が残像として焼きつく。
けれど、私は何も間違ってない。
ここに居て、こうして仲間を誇れる。これ以上のものがどこにあるというのか。
「おい、凪木、大丈夫か?!」
「…はんだ」
「お、おぅ」
声を詰まらせる半田が可笑しくって笑う。そうだよ、半田。私はもう怖がる必要なんて無いんだ。
半田は言ってくれた。友達だって。仲間だって。
涙が止まらない。
どうしようもない権力と力の前に声を震わせて怒りをにじませたあの時とは、もうすべてが違う。
なんだかすごく嬉しくて、ドキドキして、それは怖かったからなのか、はたまた別の理由か。
緑色の草と心配そうな半田の顔が視界いっぱいに広がっている。
「…来てくれた」
「そうだ、お前何もされてないか?本当に大丈夫か?」
「…ちょっとだけ」
「は!?何された?!…っあ、言える事、だよな?!」
「…なにそれ」
な、なんでもない!そう言って顔を背けた半田。
思春期、なんてちょっと思ってまた笑う。
変なことじゃないよ、ちょっとだけ脅されたってくらい。って言えば脅されたぁ!?なんて声をひっくり返す。
「…来てくれてありがとう、ちょっと…怖かった」
「そ、っか…なんとなく顔出したら凪木が見えたからさ」
顔出してよかったよ、ったく相変わらずヒヤヒヤさせんだもんな、って半田も笑う。
私はもう何も怖くないんだ。何も怖がらなくていいんだ。
ね、起こしてもらえる?
そう言って伸ばした手はもう震えていないのだから。