Phototaxis
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私は時間と戦っていた。
世宇子戦の朝を迎えて、私は慌しく家を飛び出した。
姉ちゃん何?寝坊したの?あれ、今日決勝とか言ってなかった?
まったくもう、凪木夜更かししてたんじゃないの?
こら!食べながら着替えるんじゃない!
そんな家族の声を振り切って町を駆け抜ける。
ここから決勝を行なうスタジアム(まあ、実際はそこじゃないんだけど)までは片道40分。
試合まではあと四時間ちょっと。
集合まであと1時間。
集合場所まではここから15分くらい。
普通に行けばぜんぜん間に合う距離だったが、私は雷門イレブンに合流する前にやることがあった。
自転車をこいで目指すは稲妻病院。
* * *
「さ、くま君、げんだく、っん」
「…?凪木さん…?」
「おまえなんでここにいるんだよ、今日は決勝だろ!?」
自転車をかっ飛ばしてたどり着いた2人の病室。
駆け込めば2人とも目を大きくして私を凝視している。
ぜーぜーと肩で息をしながらよろめくと、源田が咄嗟に支えてくれた。ありがとう、と息も絶え絶えに言えば、まったくもう、なんて苦笑する源田。
「決勝前に、どうしても、ふたり、に…あいたくて」
「…俺達に?」
「なんでまた…」
大きく息を整えて私は2人を見る。
入院してすぐに比べたら大分点滴の数も、動ける範囲も変わった二人。
沢山悔しい思いをしたと思う。沢山悲しい思いを味わったと思う。
決勝にいけなかった。なす術もなかった。
それはどれだけ辛いことだろう。
自分達の代で伝統だった勝利を手に入れられなかった。
影山から抜け出してようやく手に入れた自由だったのに、その自由では勝てなかった。
相手が、その影山だったから。
この2人は世宇子が影山の駒だと知らない。
だから尚のこと、悔しいはずだった。
私はこの2人に沢山のものをもらった。
逆に、私が出来ることなんて、このくらいしかないのだろう
「2人とも、手を出して」
「…?」
首をかしげながら差し出された2人の手を取る。
そのまま私は少し力をこめて握った。
「鬼道に二人の思いも、ちからも、全部持ってくから」
「「…!!」」
「だから、…2人の思いもちゃんと…届けて見せるから。」
「…凪木」
佐久間の空いた手が私の髪を滑った。
顔を上げればなんだか泣きそうな笑顔を浮かべた佐久間がいる。
「お前、やっぱ馬鹿だよな」
…こんなの気休めにしかならないだろうけど。2人だってちゃんとあの場所で戦えるように。
だから、どうか。…2人がこの先憎しみに飲み込まれないように。
未来は変わらないだろうと思う。
けれど、その未来が絶望しかないのではなく、その闇が、少しでも軽くなればいい。
身体を省みることの無い闇に飲まれてしまうとしても、すこしでも声が、鬼道の声が届くように。
そして鬼道が、佐久間が、源田が。また笑ってサッカーをやれる日が来るように。
するりと髪を滑る手が止まって、佐久間は私の手を握り返す。
ありがとう、そういった声がなんだか震えている気がした。
「凪木さん、」
「…?」
「鬼道に『報告待ってる』と伝えてくれ」
「俺からもだ。」
力強く頷く。ぎゅっと握られた手を握り返して私は2人の思いを出来るだけ全部持って行こうと、もう一度目を閉じる。
どうか。どうか。
この世界に来てから…いや、この世界に来る前から何度思っただろう。
どうか、無事で。
* * *
「おっそーい!何してたの凪木!!」
「ご、ごめん…マックス…!」
「うわ、凪木すげー汗」
「ちょっと半田先輩女の子にそれは失礼ですよ」
「凪木ちゃんすごい急いで来てくれたんだね」
「まったく寝坊かよ、緊張感無さすぎだろ」
「まぁまぁ、染岡いいじゃん。変に緊張してるよりよっぽどいいよ」
「そういう一之瀬はいつも通りすぎるぜ」
「ははっ」
そんな会話の中に飛び込めば秋ちゃんがハンカチで仰いでくれた。
ありがとう、と言えばおはよう、お疲れ様、なんて笑顔が帰ってくる。天使だ。
んもー決勝なのに!そう唇を尖らせるマックスにごめんてば、と謝って私は鬼道を見る。
「鬼道」
「なんだ」
「手、だして」
「?」
「…佐久間君と源田君から、いっぱいパワー貰ってきた」
「!」
「『報告待ってる』って。」
「っ、ああ…!」
試合開始まであと3時間を切った。
私は鬼道にどれだけのものを渡せたんだろうか。