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いつもより早い学校は、しんとしていて、遠くから陸上部の朝練の声が聞こえてくる程度だった。
私は、サッカー部の部室を見上げる。
(そういえば、ここにくるの初めてだ)
遠目には何度も見たけれど、こうしてここまで近くに来るのは初めて。
見上げれば思っていた以上にくすんだ色をしていて、年季が入ってるなぁと笑いが漏れた。
部室の中は静かで、きっとまだ誰もいない。
朝練をやってるワケではなさそうだから、ここはしばらく誰も来ない。
私はこの場所に言わないといけないことがある。
私は早朝の空気を吸い込んだ。
「――――ごめんなさい。私は、怖いです。皆と関わるのが。とても、怖い。」
「初めての試合の時、皆が倒れるのを見ていて、とても怖かった。…そしてまた、世宇子中のときみたいに、同じ光景を見るのが、怖い。」
「関われば関わるほど、みんなの近くに行くほど、それが怖くて仕方なくて、…必要以上にかかわりたくない。」
そう。私は怖かった。
知り合いが、大好きな人たちが傷つくことが。
夢を壊されて悲しむ姿も、ぶつかって怪我をすることも、それから圧倒的な力で叩きのめされてしまうのも。私はすべて、すべてが怖かった。
「だから、みんなから逃げた。関わらなければ、怖くないって…そう思ったから。」
理不尽な目にあうことも、良く知らない大人の都合に振り回されてしまうのも、そうやって夢をあきらめてしまうことも。
……目を輝かせていたあの日をあきらめた私の苦しみを、彼らも味わうことになってしまうんじゃないかって。
そう思ってしまった。
そして、そんな目にあってほしくないくらい大好きな人たちなのに、私は何もできないことが悔しくて、理由をつけて逃げてしまう自分が大嫌いで。
ふゆかい先生のことを言えた義理じゃないのが自分で分かっているから。
自分のことが大嫌いな自分を、変えたかったはずなのに。
「…私、本当に馬鹿だ。みんなのこと、こんなに大好きなのに。見てたいって毎日思ってたはずなのに。都合が悪くなると目をそらしてさ…ただキラキラしたものだけがあるわけじゃない、って知ってるはずなのに。しらないふりをしてた。本当に……馬鹿だった」
「みんなに、謝りたい。…ごめんって。これも…わがままかもしれないけど。皆が、…雷門イレブンのサッカーが、大好きだから……フィールドの上で、楽しそうにサッカーしてる、みんなを見ていたいから。」
これが私の本心。今までずっとこれだけだった。
色々理由をつけた、いろんなことを考えた。
けれどどれも根底にはこれがあった。
私は、雷門イレブンがすき。
サッカーが大好き。
これだけは何度考えても出てくることだった。
皆のことが大好きで、サッカーも、雷門イレブンも大好きだ。
答えなんてすぐそこにあったのに、何度も目を背けていた。
一緒に、私はキラキラしたかったんだ。夢をかなえる皆を見て、そのキラキラとした夢を浴びて、ちょっとでも一緒に夢を見させてほしかったんだ。
もう私は見れないから。もう私はそのキラキラを手に入れられないって思うから。
「―――っだったら!」
「っ!?」
急に声がした。
ギョッとして辺りを見回す。けれど姿は見えない。
絶対私以外いないって思ったのに、誰が
姿は見えないまま、声の主は続ける。
「そんなところにいないで、一緒にやればいいだろ!そんな所で見てるから怖いんだよ!馬鹿じゃないの!」
(あ…この声、マックスだ…。)
声は多分部室の中からしてる。
こんな朝早くから、ただの助っ人だったマックスが部室にいる。
それだけマックスは本気でサッカーに向かっていた。
「凪木はそうやっていつも考え込んで、それで何も出来ないって!そっち側にいようとするから何も出来ないんだろ!!」
私は部室に近づいく。冷たい扉に触れた。
中の声が響いて扉は少し震えていた。
マックスは今の私をどんな目で見るだろう。
「…ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初から、吹っ切っちゃえば良かったんだよ!なのに!…なのにっ…」
「ごめんね、…マックス」
「っ……」
私は、マックスのことを傷つけた。
思えば最初からずっとマックスは私のことを気にしてくれていたのに。
僕と凪木は似てるからって言ってた。
だから気にしてくれてた。
無理やり試合に誘ったりして、私が皆とかかわれるようにしてくれてた。
なのに、私はそれを無視した。迷惑だって、払いのけてしまった。
マックスの気持ちも考えないで。
「…馬鹿凪木…」
「…うん」
「ずっと僕、メール送ってたのに」
「うん…」
「……もっとやるなら上手いことやれよ…突然すぎるよ…へたくそ」
「……ごめん…」
マックスの声が震えている。
ああ、私は本当にひどいことをした。
「……凪木は、僕たちのこと、ずっと応援してくれてた」
「…」
「…だったら、最後まで、応援し続けろよ…ちゅーとはんぱなんだよ…」
「……うん」
「半端なのは半田だけで十分だっての…」
「……ごめん…ありがとう、マックス。気にかけてくれて、メールくれて、それから、いつも試合に誘ってくれて、ありがとう…」
本当は、嬉しかった。
怖かったけど、楽しかった。
いままでずっと画面の向こう側にしかなかった試合がすぐ目の前であって。
大好きなサッカーをやる、大好きな皆がそこにいて。
サッカーをやらない私だけど、一緒に戦っている気分になれて。
触れれば温かくて、柔らかくて。
強くて、優しくて。
そんな皆がそこにいることがとても嬉しかった。
一瞬たりとも目が離せなくて、みんなこと、もっと見ていたくて。
楽しそうな皆が、好きだから。
だからこそ、目を逸らしちゃいけなかったんだと思う。
サッカー部の部室の中から、マックスが言った。
「僕、絶対凪木のこと許さない」
「……うん…」
「次の準決勝も、決勝戦も、それからあとにある試合も、絶対観に来ないと許さない」
「………うん」
「…最初にファンを名乗ったんだから最後まで応援しなよ」
「…うん」
「それで、最後の試合まで、ずっと応援してないと許さないから…」
「…わかった」
マックスは凄く優しい。
それがすごくありがたくて、嬉しくて、部室の扉に手をつけたまま少し泣いた。