Phototaxis
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「宮坂くん」
「…凪木先輩」
伊賀島戦の帰り道。私は宮坂を見つけた。
声をかけると弱弱しく笑みを浮かべて振り返る。
以前見かけたときとは雰囲気がまるで違った。
…風丸のことだろうな、陸上止めてサッカーやるっていう話。
時間ある?と聞けば頷いたので近くの喫茶店に入ることにした。
あたりも暗くなった喫茶店には私たち以外にはいなくて、カチカチと時計の音だけが響いている。
正面に座った宮坂は俯いていて、元気が無い。
何飲む?と聞けば少し顔を動かして、オレンジジュース、と答えたので、私のコーヒーと一緒に注文する。
かち、かち、かち
不意に宮坂が口を開いた。
「…風丸さんが」
「うん」
「陸上部辞めるって」
「…うん」
「伊賀島戦の風丸さん…すごくかっこよかった、すごく、楽しそうだった」
「…うん」
「初めて僕が見たときの風丸さんが、いました」
「……うん」
「トラックの決められたコースじゃなくて、フィールドを自由に駆け回る風丸さん、本当の風みたいでした」
「………」
「…僕、風丸さんの駆ける場所はフィールドなんだって、広い、広いあのフィールドなんだって思いました」
「…………」
「…僕はもう…風丸さんの背中を見て…走ることは無いんだなって…勝利が決まった時、思ったんです」
「……そっか」
「でも、…また、風丸さん、一緒に走ってくれるって…また、トラックを一緒に、…もう僕はおいつけないけど、風丸さん、走ってくれるって、いって…くれ、て」
「…」
「ぼくは、風丸さんのとなり、もう、はしれないまま、なんだなって……」
「…」
「……僕がもっと早ければ、…もっともっとはやくなれれば、かぜまるさんの、み、てたけしき、みれるって…おもっ、て」
「…うん。」
「だから…っぜんぜん、さび、しくない、んで、すよ。速くな、って…!もう、かぜまるさんがっ前を走ってくれなくて、も…っ!」
「…宮坂君」
「うっ、うあぁああぁあぁ……っ!」
ぼろぼろと涙を零した宮坂。
泣き出した宮坂に、私は何も言ってあげられなくて、ただ宮坂の頭に手を伸ばした。
不意に目標がなくなってしまった宮坂はどんな気持ちなんだろう。
大好きで憧れだった人が居なくなってしまった宮坂は、どんな気持ちでトラックを走るんだろう。
わんわんと声を上げて泣く宮坂の頭を撫でて、私はハンカチを差し出す。
思い切り泣くことしか、多分また前を見て走るためにはできないから。
(仕方ないこと、なんだよね、私にはこれしかできない)
風丸がフィールドを選ぶことも、宮坂の目標が無くなってしまうことも。
誰の都合でもなく、ただそうあるべきだったから、そうなっただけ。
でも、宮坂はまた顔を上げて走らないといけない。
きっとこのあとも陸上を続けるって思うから。
早く前を向けるように、前を見て、風を感じて走るだろうから。
(…いっぱい泣いて、明日には笑えるといいね)
かち、かち、かち
時計は動いている。