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お昼休み。
お弁当箱を片付けていたら染岡が来て「凪木、客来てるぞ」とぶっきらぼうに親指で指した。
染岡の向こう側を見れば「凪木先輩…」と不安そうな顔で教室を覗き込む春奈ちゃんがいる。
ん?なんで私なんだろう。
マックスに仲良かったっけ?と聞かれながら私は立ち上がって春奈ちゃんの元へ。
「私…でいいんだよね、どうしたの?」
「あの、実はお願いしたいことがあって…えっと、ここじゃちょっと」
「ん、いいよ移動しよ」
気まずい話をするんだろう春奈ちゃんのあとをついて階段の影に移動した。
お昼の喧騒がちょっと遠くなり、春奈ちゃんは階段の踊り場の陰に身を滑り込ませた。
そしてあたりに人が居ないかを確認して、それから私の顔を見る。
「先輩は帝国学園と面識ありますか?」
「え?」
春奈ちゃんに聞かれて考えてみる。
野生戦のとき、凶暴女なんて不名誉な名前付けられた。
あとは御影の時鬼道とちょっと話した。そのくらいだろうか。
「面識…ってほどではないけど。ちょっとだけ知ってる。」
「じゃああの、鬼道有人ってわかりますか?帝国サッカー部のキャプテン」
「ああうん、わかるよ」
「…あの人のことどう思いますか?」
「えぇ…?」
どう、って言われても。
鬼道といえば、帝国学園のキャプテンで、天才ゲームメイカー。それから影山チルドレンの一員だ。
春奈ちゃんのお兄さんで、今は春奈ちゃんと暮らす為に奮闘中。…このあと雷門イレブンになって、いろいろ乗り越えて、世界に向かう。
頭が良すぎるからあれこれ心を削ることが多い良い子。
あとは見た目の話だとドレッドゴーグルマント。
そのくらい。
…で、春奈ちゃんは何を聞きたいんだろう。
春奈ちゃんの真剣な目を見てみる。不安そうに揺れていて、なにか気になることがあるみたいな。そんな顔。
(私に何を聞きたいんだろう。)
曖昧に笑って首を傾げてみれば、春奈ちゃんはええと、と一度目を伏せた。
「…先輩の直感でいいです、どう思うか。どんな人に見えてるか。それが聞きたいです」
「本当に感じてることでいいの?」
「はい。」
それで何が知りたいのかなんて私には分からないけど。
素直に思ってることを言えばいいみたいだった。
「悪い子ではないと思うけど。」
「…と、いうと?」
「ううん…あの子自体は良い子だと思うよ、なんとなく。だけど、なんか…ううん…」
「…悪い人じゃないってどうして思うんですか?」
「なんとなく。そりゃ雷門との試合を見る限りは嫌いだよ。すっっっごい」
「…」
「でも、…何回か試合の時会ってるけど、そこまで嫌な雰囲気じゃなかった。だからあんまり悪い印象はない、かな。」
「……待ってください、試合の時会ってるんですか?」
「あ。」
しまった。そういえば偵察とかに来てることが春奈ちゃん嫌なんだっけ。ごめん鬼道。口が滑った。
春奈ちゃんは眉間に皺を寄せて怒っていた。
手を振るわせて「そうやっていつもコソコソと」と声にも怒りを滲ませている。
「…春奈ちゃん」
思わず、春奈ちゃんの手を取る。
春奈ちゃんはぽかんと私を見てきた。
「そういうところそっくり。」
「え…?」
「正義感っていうのかな。ずるい手が許せないところとか、その雰囲気がね、鬼道くんと似てるよ」
「…………先輩は何を知ってるんですか」
「いろんなこと。でも殆ど知らない」
「…意味が分からないです」
笑う。私はこの兄妹に何があったのか知ってる。
今どんなすれ違いが起きてるのか知ってる。このあと、どうなるかも知ってる。
けれど、どんな思いでいるのかとか、ここにくるまで何があったのかは知らない。
だから私は知ってるようで知らない。
春奈ちゃんは訝しげな顔をして私を見ている。
なんで私に兄のことを聞いたのか分からないけれど。
でもコレだけはいえる。
「兄妹はいつまでも兄妹なんだよ」
「!」
私にも弟が居る。
もし、春奈ちゃんたちみたいになったらどうするだろう。
私は鬼道ではないし、弟は春奈ちゃんじゃないけど、きっと私は弟のことをずっと弟として思うだろうし、他人になんて思えないと思う。
家族だから。
親を亡くして二人きりだったらなおさら。私が助けてあげなければと思うかもしれない。
弟はそんなに弱くないけれど。でも、頑張らないとって思うと思う。
少なくとも、私はそうだろう。
豪炎寺が夕香ちゃんを想うように。
鬼道が春奈ちゃんを大切にしているように。きっと私も。
春奈ちゃんは少し黙って、それからあまり上手くない笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、あの、…ちょっと考えてみます」
「…うん、」
「それで…あの。」
「うん?」
「今度の帝国戦、またベンチに来てもらいたいんですけど…」
「え?」
私、考えてみます、けど、怖いんです。
春奈ちゃんはそう言って俯いた。
ベンチには他にも秋ちゃんだって夏美ちゃんだって、それから響木さんだって(今頃探しに行ってるのかもしれない)
私は本当に部外者。
サッカーをみて、プレーの良し悪しぐらいはわかる。戦術もそこそこ分かる。
けれど、本当に専門的なことは何一つ知らない。
心理的にも、知識的にも部外者なのだ。
なんで私なんだろう。
「…先輩が、私たちに必要以上に関わらないようにしてるのは、わかってます」
「…っ」
うそ、マックスに続いて春奈ちゃんも。
なんで気づかれたんだろう、不自然じゃない程度の距離を保ってるつもりだったのに。
「でも、その、…先輩がいると落ち着くっていうか、皆なんかいい感じで。」
「…」
「この間の秋葉名戸のとき、すごい安心したんです。先輩が居たことに。」
「……」
「…わがままだって分かってます、でも、…お願いします」
頭を下げる春奈ちゃん。
私はその頭を見つめる。私なんかで、私で本当にいいの。
サッカーするわけでも、指示をするわけでも、全体の流れを読んでいるわけでもないのに。
ただ、見てるだけ、なのに。
「…わかった…私でよければ行くよ」
「あ、ありがとうございます!」
「いいってば。…でもね春奈ちゃん」
「?」
「関係のない一般人があそこにいるのはあんまりよくないって思うから…今回だけね」
「…わかりました」
春奈ちゃんと別れて教室に戻る。ちょっと冷たかったかもしれない。
でも、ずるずるとするのはイヤだったから。しかたない、よね。
教室に戻ると珍しく半田も私の机の近くに居た。
「おかえり」
「ただいま」
「音無なんだって?」
染岡の問い。
今度の帝国戦もベンチに来てくれってことだった。と返す。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって…」
「てっきり音無が凪木を監督に誘ったのかと思ってさ」
「へ?」
生徒がなれるわけ無いって分かってるんだけどねーとマックスが後ろ手に言う。
そしてガタンとイスを傾けてさかさまに見てくる。どうてもいいけど頭に血が上りそう。
引っくり返るぞ、と染岡に言われて「ダイジョーブ僕器用だからさ」と笑うマックス。
「…監督まだ見つかってないんだ」
「そーそ、ラーメン屋の親父に断られてさー」
半田が口を尖らせる。
もしかしたら今日辺り円堂と3本勝負があるのかも知れない。
「で、凪木どうすんの?」
「ん?」
「や、だから帝国戦。ベンチくんの?」
「うん。行くことにした」
「へぇ」
へぇって。興味なさそうな顔をするマックスにじと目を返した。
もしかして春奈ちゃん嗾けたのマックスじゃないだろうな。
染岡が「凪木がベンチってのもなかなか良いもんだぜ?」と言ってきたのでそのまま視線を染岡に向ける。
「でもベンチからだと染岡あんまり見えないよ」
「客席よりは近いだろ」
「そうだけどさ」
そういう問題じゃないんだけどな、と言おうとしたらチャイムが鳴って先生が入ってきてしまった。
私たちは慌てて席に戻って教科書を取り出す。
(…ベンチかー…)
地区予選が終わったら、次は全国。
鬼道も一之瀬もやってくる。
(もうすぐ…もうすぐなんだな)
午後の日差しの中、私はゆっくり目を閉じた。