私の神様(仮)
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「ち」
「なぁ与一」
「なに?」
春の終わりも見えてきたある日の夕方、ぐんぐん増える雑草を抜いていた与一に、梵天丸が声をかけた。
「シズカってたまに変な言葉使うよな」
「あー……そうだね」
「アイツ南蛮の出とかだったりするのか?」
「んー…多分違うんじゃないかなぁ……。気になるなら本人に直接聞いてみたら?」
「……だな」
そんな会話が行われているとはつゆ知らず、私は呑気に夕飯の支度をしていた。
今日の夕飯はお豆腐とおひたしと、それからキジのお肉……!現代日本に生きる私としてはキジ……キジ?!?!ジビエに片足突っ込んでない?!みたいな感覚だけど、この時代では当たり前に食べられてる鳥肉らしい。
や、まぁ、確かにキジは鳥だけど……どんな味がするんだろ…
そんなわけで興味が勝ったのであとはお肉を焼くだけで完成……
「シズカ」
「ん?なに梵ちゃん」
「……らぶゆー?」
ガシャーーーンッ!!
手からまな板とお椀が滑り落ちた。
な、な、な、な、な、なんだって…?
「シズカ、落ちたぞ」
「ぼっ、ぼぼぼぼ、ボボボーボ・ボーボボぼ梵ちゃん!?!!!どっっ、どこでそんな、そんな……!!!ふしだらな言葉をををををを!??」
えっなんで今急に頭に爆弾が落とされたの?!
しっしかもラブユーなんてそんな私だって梵ちゃんのことラブ&ユー!!だよ!!
梵ちゃんの肩を掴んで問うと、梵ちゃんの細くて綺麗な指が私を指した。
「シズカから」
「はうあ!私だった!!」
「なぁどう言う意味なんだ?」
こて、と首を傾げて問うてくる梵ちゃん。
…純粋むっくな梵ちゃんにこんな言葉教えていいのか…?!
はっ、いやもしかしてこれ「let's party!!」な筆頭が出来上がるフラグが立ってるんじゃ…?!政宗のアイデンティティのひとつを守るためにもここはちゃんと教えてあげるべきでは…!!
せーの
一万年と二千年前から
「愛してるううううううううう!って意味だよ」
「あっ?!」
途端に顔を真っ赤にさせて梵ちゃんは半歩のけ反った。ふふふ私の手厚い弾幕が効いたようだね…
「あっ、っ愛してるなんて簡単に使う言葉じゃないだろ!」
「梵ちゃんが先に私に言ったんです〜!私もラブユーだよ〜!!」
「や、やめろってば!!」
「ちぇっ」
舌打ちをして唇を尖らせると、梵ちゃんは顔を真っ赤にしたままこちらをチラッとみて距離をあけた。
えっ!!なんで離れるのひどい!!
「その…ラブユー、みたいな、やつって南蛮の言葉か…?」
「ん?んー…もっと海の向こうの…米国の言葉だよ!」
この時代ってもうアメリカ大陸って見つかってるんだっけ?そもそも英語自体がイギリスの言語から来てるからどっちかって言うと西欧って言った方が正しかったかもしれない。まぁ、今この瞬間のイギリスアメリカたんがどうなってるか全く分からんけどね!!HAHAHA!
「……つまりシズカはその…もっと海の向こうの国から来たってことなのか?」
「……ひ・み・つ⭐︎」
「…………」
「ギャア!その視線やめてぇ!!」
クソつまらんものを見るような視線を向けられて私の心はぐちゃぐちゃだよ!!梵ちゃんはしばらく悶え苦しむ私を眺めたのち「まぁいいか、」と溢したかとおもうと「なぁその米国の言葉ってやつ教えてくれよ」と屈託のない笑みを浮かべた。
「暗号みたいで面白そうだろ!」
「いいよ!……って言いたいところなんだけど」
実は私めちゃくちゃ苦手なんだよな英語……
文法とか言われてもよく分からないし(そもそも日本語だってまともに使えてないのにな!!)スペルとか発音とか言われた日にはもう……むりむりむりむりかたつむりって感じだ。
だからそんなとても人に教えられるなんてレベルじゃ……
「あ」
「ん?」
「いいものがあるわ」
ふと初日以来部屋の片隅に放置されているスクールバッグが目に入り、思い出した。
そうだ、たしか…!
カバンに手を伸ばして中を漁ると、目的のものはすぐに出てきた。
「てってれてってってーーん!電子辞書〜」
どうだ梵ちゃん!これが未来の道具だよ!
ドヤ顔で梵ちゃんに差し出したが梵ちゃんは頭にハテナを浮かべて様子を伺っている。
私は蓋を開いて電源がつくのを確認して無理矢理梵ちゃんに握らせた。
「これなんだ?」
「これは…米国の言葉がたくさん載ってる…あー、カラクリみたいなものだよ!ほら、ここを押すと言葉を入れられるんだけど…」
まさか学校で言われて買ったはいいものの全く使うことのなかった辞書がこんなところで役に立つとは!しかもこれ英語と中国語だけのやつだから国語辞典で『伊達政宗』とか調べられなくて済むやつ!
電子辞書…まさかこの時のために買われたと言っても過言じゃないね…うんうん。
梵ちゃんは電子辞書の文字を恐る恐る押しては「わ…」と目をキラキラさせている。はーーーっめちゃくちゃかわゆい!!!ほっぺプニプニしたい!いやそれは流石に怒られるか?!
「まぁプニプニしちゃうんですけど!!!!」
「うわっ!!なんだよ急に!」
「んふーーー梵ちゃんのほっぺプニプニ!きゃゎゎ!!!」
「んもー、姉ちゃんやめなってば」
「あっ!与一おかえり!」
「ただいま」
梵ちゃんのほっぺをぷにぷにしていると、与一が呆れた顔で戻ってきた。
あっ!!そういえば夕飯作ってる途中だった!!
「うぐぐぐもうちょい梵ちゃんのほっぺを堪能していたかったけど…!夕飯の支度に戻るね…名残惜しいけど……名残惜しいけど!」
「なぁ与一見てみろよこれ!なんかシズカスゲェカラクリ持ってた!」
「わ、なにこれ?」
「教えてやるよ、ここを押すと…」
私に教わったことを早速与一に教えている姿にニマニマニチャァしていると、視線に気づいた与一が「姉ちゃん焦げるよ」と教えてくれた。
あぶねぇ!危うく夕飯が焦げになるところだった!
そして夜
無事に焦げ飯を回避したちょい焦げご飯を食べ終えて(キジ肉は……まぁちょっと固かったけどササミみたいで美味しかった)食器を片付けていると、いつのまにか背後に与一が立っていた。
「姉ちゃん」
「ん?」
「梵が一緒にお風呂入りたいって」
「エ"ッ」
「おい与一!!」
与一の爆弾発言に、電子辞書と戯れていた梵ちゃんが大きな声を出す。しかし与一は素知らぬ顔で梵ちゃんを華麗に無視すると、私の服の裾を引っ張る。
「ほら、それはおいらがやっておくからさ」
「ぼ、梵ちゃんついに一緒にお風呂に入ってくれるんだね…!シズカうれしいっ」
そう、梵ちゃんがきて約半月。
我が家では節約も兼ねて2人でお風呂に入っているのだけど、未だに梵ちゃんは私と一緒に入ってくれないのだ。
与一とは一緒に入ってくれてるんだけど!!私が誘うとめちゃくちゃ嫌そうな顔をするんだよ!その梵ちゃんが!ついに私と?!
「俺はそんなこと言って…!」
「フヒヒヒ!そうと決まれば善は急げ据え膳はカッ喰らえ!!行こう梵ちゃん!!」
「わっ!!?」
「ごめん後はよろしくね与一!!」
梵ちゃんが何か言ってたけど聞こえなかったふりをして、私は梵ちゃんを引っ掴んでお風呂場へと向かった。
脱衣所にしているエリアに梵ちゃんを下ろして、お代官様よろしく着物を剥ぐと(よいではないか、よいではないか!)梵ちゃんを先に風呂場へ押し込んだ。
「おい!」
「諦めて梵ちゃん!逃げ場はないぞ!」
「覚えてろよ与一!」
捨て台詞を吐いて脱衣所に消えていく梵ちゃん。
居間の方から「ふーんだ、勝ったのはおいらだもんね!」と勝ち誇る与一の声が聞こえてくる。
なんだなんだ、賭けでもしてたのか?
その辺は後で聞こうと思いながら、私も服を脱ぐ。
「梵ちゃーんはいるよぉー!」
「わゎっ!ちょっと待てって!」
返事も聞かずに中に入ると、梵ちゃんは湯船に入ってこちらに背を向けていた。
ざぶざぶと私も小さな背中の横に並ぶ。
「なんで背中向けてんの?」
「なん……お、女が簡単にはっ……裸を見せんなよ!」
「えーいいぢゃん、梵ちゃん一桁歳なんだし」
「そういう問題じゃねぇ!」
「そういう問題だよー」
「っこ、の、破廉恥女!!」
「ひど!」
どこぞの鼓膜破壊声量の朱い槍使いを思い出す言葉を吐き捨てた梵ちゃんに運命のようなものを感じながら私は梵ちゃんに近寄った。
背中越しでもわかるほど梵ちゃんはガチガチに緊張しているのがわかる。
「そんな緊張せんでも」
「してない!」
「してますー!だぁいじょうぶだって!家族なんだから安心してよ!」
別にとって食うわけじゃないんだから!いやまぁ梵ちゃんは確かにめちゃくちゃ美味しそうだしほっぺお餅みたいにプニプニですけどね!!流石に家族に手を出すなんてそんなことしませんよ……多分!!
梵ちゃんはチラリと私をみて、それから再び背中を向ける。その拍子に目を隠す包帯の端が揺れて私はふと思い至る。
「もしかして…その目?」
「っ…………、……シズカだって…この目見たら…俺のこと嫌いになるだろ」
そう諦めたように呟く梵ちゃんの肩は小さく震えている。私はちょっと考えて、梵ちゃんの肩にお湯を優しくかけた。
「前にも言ったけど、梵ちゃんはバケモノなんかじゃないって私も、与一も思ってるよ」
「……」
「慰めるわけじゃないんだけどさ、私のいた場所には色んな人がいてね。寝たまま動けない人も、言葉を話せない人も、耳が聞こえなかったり、目が見えなかったり……事故で手足がない人とかもいてさ。それ以外にも目に見えた違いがなくても、生きていくことにちょっと工夫が要る人達だって……でもそれは異常だとか不幸だとかじゃなくて、そういう人がいても当たり前だよねって教わってきたよ」
私だって後何十年としたら身体を壊すかもしれないし、何年後にまだ両足があるとも限らない。
私が知っている世界はうんと広く、そしてとても多くの人たちが息をしている。私はそういう世界で、社会で生きてきた。
でもそれを、今この時代に生きている梵ちゃんに押し付けたいわけじゃない。
「梵ちゃんは多分……私が思うよりもずっと苦しんで辛くて悲しい思いをしてるんだと思うんだ……だけど、それと同じ悲しいって気持ちを、……なんていうか、少なくともここでは感じなくて済むかなって」
「……当たり前…」
梵ちゃんがポツリと言葉を反芻する。
「ほら私わりと色々規格外だしさ!」と努めて明るく言う。
梵ちゃんのことは梵ちゃんにしかわからない。だから、少なくとも私は大丈夫だよ、って伝わって欲しくて声をかける。
しばらく何かを考え込んでいた梵ちゃんはチラリとこちらを見た。
「本当か?」
「うん!絶対神様と日輪と毘沙門天と第六天魔王に誓って!」
「………」
静かに水面を揺らして梵ちゃんがこちらを向いた。
そしておもむろに包帯をゆっくりと解いていく。格子の向こうから月が覗いていて、なんだかそれはすごく神聖なものに見えた。そうじゃなくても、梵ちゃんにとってはすごく覚悟がいることだと思う。
私はじっと梵ちゃんを待つ。
やがて、音もなく解かれた包帯の下から、傷痕が現れた。紫だったり、白かったり、赤みがあったり。闘病の痕なんだなと一目で分かるそれは、幼さの残る顔になんだか痛々しく映えている。
……ただ、なんていうか恐ろしさとか不気味さとかそういうのよりも先に私の心に浮かんだのは。
「梵ちゃん、病気大変だったでしょ」
「……………あぁ」
「すごいね、頑張ったんだね……」
この時代の医療はいかほどのものだろうか。点滴も注射もなくて、多分西洋医学も入ってきてないから、漢方とかだろうか。病気の仕組みも、熱を下げる方法も、全てがおばあちゃんの知恵袋、にかかっていたんじゃないだろうか。
そんな時代で、これほどの痕が残る病気になるのはどれほどに恐ろしいだろう。現代では御用達の冷えピタもポカリもない。熱を測る体温計すらない。そんな環境の中で生き延びたのが、梵ちゃんで、のちの伊達政宗になる人だ。
だから、素直にすごいな、と思うし、偉いな、とも思う。私じゃとても耐えられない。
「……シズカ」
「ん?」
「嫌じゃないのか?」
「全然。……あ、いやむしろどっちかっていうと、痒かったり痛かったりしてない?!なんかできることあったら言ってね?!!?マジで!!って感じなんだけど」
「…………」
梵ちゃんはポカンと私を見たあと、すぐに弾かれたように俯いた。
「……ほんと変なヤツ…」
「え、えへへよく言われる」
「褒めてねぇ」
「ひん」
「褒めてねぇけど……でも、ありがとう…」
ぽた、と水滴が落ちたのを見て、私は梵ちゃんの頭を撫でる。俯いたまま何も言わなくなった梵ちゃんが次にまた顔を上げるまで、私は静かに小さな頭を撫でていた。
「くかーーっ、すぴーーーっ」
「……与一、起きてるか?」
「…うん」
「……お前の言った通りだった」
「……」
少し明るい月が部屋の中を照らしている。
夜の静けさに溶けてしまいそうな、小さな独り言が浮かぶ。
「よかったね」
「あぁ」
「……梵が来てくれてよかったって思うよ」
「……俺も。ここにこれて…なんか、よかったって、思う」
ふふ、と声が少し弾む。
そして「おやすみ、また明日」とどちらともつかない声が浮かんで消える。
ちりりり、と虫が鳴いて、夜は更けていく。