私の神様(仮)
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「と」
「与一!梵ちゃん!着物とか食器とか……あとその他諸々買いに行くぞ!!」
「え?」
洗濯物を洗い、私はニヤニヤとした顔で庭にいた与一と梵ちゃんに話しかけた。畑の世話をしていた2人は「え」と声をあげて私を見てくる。
「……シズカ、そんな金あんのか?」
「んっふっふ、ノーーープロブレム!!私を侮るでないわ!ちゃーーんとしっかり稼いだんだから!!」
そう言って私は右手を天に突き出す。
そこには腐女子丸出し、恥もへったくれもないオンチを晒して稼いだお金が詰まったアルマジロのポーチがある。見よ、この膨らみを、感じよ、この重みを!!
ふははは、と笑っていると梵ちゃんが目を見開いた。
「ッおいシズカ!!」
「なぁに?あっ、大丈夫!ちゃんと梵ちゃんの分も買えるだけあるから!!」
「そうじゃない!!」
「姉ちゃん右手!右手!!」
右手?言われるがまま自分の右手に視線を移す。そこには当然お金でパンパンのアルマジロポーチが……
「えっ?!ない!!!」
「バカ!!盗られたんだよ!!」
「なんやて?!」
慌てて左右を見ると、走っていく後ろ姿が目に映った。アイツか!
「なにしやがるんでい!どこのドイツ人でぃ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!!」
「追うぞ!」
「よっしゃ、まかせ……って」
2人とも爆裂足速いんですけど!!!!!
ポーチ泥棒を追いかけること数分。
まだ元気が有り余ってるちびちゃんコンビに必死に追いついていた私だったが、流石に膝がガクガクし始めた。
いやあのマジで文化部ナメないでほしい!!
なんでこの2人はこんな元気なの!!
「姉ちゃん頑張って!!」
「が、がんばってます……!!」
ひゅー、と喉が鳴っているのを感じながら、私はかなり遠くを走るポーチ泥棒とそこそこ距離がある与一たちの背中を睨みつけた。
あのオッサンはともかく、人を避けながら走るってめちゃくちゃ疲れる!!与一は体のサイズを生かしてヒョイヒョイ足の隙間を抜けて行ってるし、梵ちゃんに至っては一度も人とぶつかってないんじゃやいか?!
ッハーー!!これが戦国武将(予定)ですか!!
一方、ただの一般腐女子の私は人にぶつかる→謝る→またぶつかるを無限に繰り返していて、そろそろ腰が90度に折れ曲がりそうだ。
いやもういっそ90度に曲がってくれたらそのまま走れるから楽なのでは?!
ぜーぜーと息を切らして小さい背中を追いかけていると、不意に与一がこちらを振り返った。
「姉ちゃん!そのままアイツを追って!!」
「えっ与一は?!」
「任せて!」
そう言うや否や与一は曲がり角を右折して行ってしまった。何かを打ち合わせていたのか梵ちゃんはそのままオッサンの背中を追いかけて直進する。
まだトリップしてきて数日の私はわからないが、与一にとってここは生まれ育った町だ。きっとショートカットとかそう言うのがあるんだろう。
っていうか……そう言うのを気にしている余裕がだんだんなくなってきた。酸欠なのか、なんとなく耳鳴りもする気がするし、思考がぼやぼやとしてきた……。
「シズカ!」
梵ちゃんが速度を落とさずこちらを振り返る。
私は返事の代わりに顔をあげて梵ちゃんを見た。
「俺に追いついたら『姉さん』って呼んでやるから頑張れ!」
「!!!!!」
ね、姉さん?!
来て早々に呼び捨てで確定した梵ちゃんが『お姉ちゃん』?!
これは名実ともに梵ちゃんの『おねぇちゃん』になる絶好のチャンスなのでは?!!!!
「うおおおおおおおおお頑張れ私ぃぃぃぃい!!」
絶対に!
おいついて!
梵ちゃんに!!
ねーねーって!!!
呼ばせるんだからな!!!!
脳内で猫耳上目遣いできゅるんきゅるん可愛い梵ちゃんに「ねーねー」と呼ばれる妄想を繰り広げたらなんかめちゃくちゃ元気出てきた!!!
急にパワーを得た私はバッファローも真っ青な速度で足を動かして、梵ちゃんの背中に無事に追いついた。
「ぜぇ……はぁ……っ梵ちゃ、ん、」
「うわ、本当に追いついた」
「……ぜぇ…っ、はぁ…おい、ついたから…約束通り『ねーねー』って、っはぁ、……呼んでもらう…からね……っ!」
鬼気迫る顔にやや引いた表情を浮かべながら梵ちゃんは感心したような声で言う。
そりゃ!だって!貴方が言ったこと、ですからね!?
「ふ、ふふ…はぁ…っ、ぜぇ、猫耳メイド梵ちゃん……へへ……ぜぇ…」
何度でも妄想してエネルギーを生み出すことができる…はっ!これがまさか永久機関ってこと?!
汗だくでへらへら笑いながら息を切らしている私は間違いなく不審者だろう、行く先々でビビった顔をした人々が道を開けてくれるおかげでだいぶ走りやすくなった。
そして少し行ったところで再び分かれ道に差し掛かりそうだ。ポーチ泥棒のオッサンは迷うことなく右へ曲がり……すぐに引き返してきた。
ん?と思うと同時に右側から爆走するマスタード色が飛び出してきて、オッサンの真後ろについた。
バッファローを跳ね飛ばす勢いの与一のおかげでオッサンにタイムロスが出たおかげで、私たちはかなり距離を詰めることができた。
すごい、与一この町で知らないことないんじゃやい?!よっ、天才少年!!美少年!!
距離を詰められ与一に追われたオッサンは難なく袋小路へと追い詰められた。
行き止まりに追いやられたオッサンは足を止めて逃げ道がないことを悟るとクソ、と悪態をついてこちらを向いた。
日に焼けた肌に、こけた頬、よくそんなガリガリでこの距離と時間爆走できたなと思わず感心してしまう。どう見ても私の方が若いが、私は今にでも地面に大の字になって水を浴びたいくらいなのに!
「もう逃げられねぇぜ」
「くそっ…」
肩で呼吸をするポーチ泥棒に、梵ちゃんが政宗を彷彿とさせる言葉を吐き捨てる。
ひぃん893モード入ってる!!もしかして奥州ってすでにヤンキーと893みたいな人たちばかりなんですか?!
「おっちゃん、その袋返してよ。じゃないとおいらたちご飯食べれないよ」
「うるせぇ!俺だって同じだ!お前らだけが特別だと思うなよ!!」
「っせぇな、優しく言ってやってるうちにとっとと返せ」
息も絶え絶えで喋れない私の代わりにちびちゃんコンビがオッサンを追い詰める。オッサンは、こちらを睨みつけると、懐に手を差し込んだ。アルマジロポーチを出すのかなと思ったが出てきたのはやや長めの木の棒だ。なんだ?と思うまもなく、その棒から銀色が覗く。
おい!それはルール違反でしょ!?
「ちょっと!かけっこで負けたからって刃物取り出すなんて卑怯だよ!」
「そこをどけ!じゃねぇと……怪我じゃすまねぇぞ!」
オッサンが怒鳴って刃物をこちらに向ける。正真正銘本物の凶器だ。
私は与一と梵ちゃんを背中に、じり、と後ずさる。足が震えているのは走ったからだけじゃない。
「……お金は…諦めた方がいいかも…」
「姉ちゃん?」
私は戦えるわけじゃない。
漫画のキャラクターみたいに特別な力があるわけでも、護身術をやっていたわけでも、ましてやまともなケンカすら何年もやっていない。
それに私だけじゃなくてここには私よりも幼い与一や梵ちゃんがいる。間違いが起きることだけは避けたい。
私は大丈夫、お金さえ渡せばこの場は収まる、と自分に言い聞かせた。
「ごめんね2人とも…!私目からビームとか出せればよかったんだけど…」
「……シズカ、与一、下がってろ」
「ぼ、梵ちゃん」
私が庇っていた背中をすり抜けて茶色の髪が前に出た。梵ちゃんは腕を組んで私たちの前に立つ。
あ、危ないよ梵ちゃん!
「ァア?!なんだ、餓鬼やんのか?!」
ヤんのかだと?!ヤらせねぇよ!
梵ちゃんは幸村とヤるんだからな!!!!
ギッ、とオッサンを睨みつけて威嚇しながらなんとか梵ちゃんを後ろに下げようと手を伸ばすが、梵ちゃんはフルフルと首を振った。
「大丈夫だ、任せろって。……オッサン、相手してやる。どっからでもかかってこいよ」
梵ちゃんは鼻を鳴らしながら顎でしゃくってオッサンを挑発する。
全く怯むことなく寧ろ子供に挑発までされたオッサンはカッ、と目を見開くとそのまま突っ込んできた。
「梵ちゃん!!」
「うおおおぉおお!!死ねガキィ!!」
私が梵ちゃんの体を引き寄せるより先に、梵ちゃんの身体が小さく揺れると、そのまま消えたように見えた。
え、と思わず声をあげるのとほぼ同時に視界の隅で蒼の着物が飜る。オッサンの間合いに入りながら半身をずらした梵ちゃん。そのまま組んでた腕を解きながら彼は腕を振った。
瞬間着物が宙を舞う。
「梵ちゃ、」
「―――景綱直伝の型…ナメんなよ?」
そう聞こえるや否や、オッサンはぐぅ、と声を漏らして地面に転がった。
ひらり、とオッサンの着物の切れ端も落ちる。どうやら切れたのはオッサンの着物の方だったらしい。
ニヤリ、と笑みを浮かべて地に伏せたオッサンを見遣る梵ちゃんの手には、黒く鈍い光を放つ懐刀が握られている。
素人が見てもオッサンが持っていたものとは質が違うって分かるような代物だ。
す、すげぇ斬鉄剣だ!!
「ってそれどころじゃない…!ぼぼぼぼ、梵ちゃん!」
「ん?あぁ、ほらちゃんと取り返したぜ」
そう言う梵ちゃんの手元にはいつのまにかアルマジロポーチが握られている。梵ちゃんあの一瞬でオッサン刻んでポーチを取り返したの?!これが武将(予定)の幼少期なのか?!
……じゃなくて!
「違う違う!梵ちゃん怪我してない?!どっか玉のお肌にキズでもついてたら……!」
「は?」
「傷!傷だよ!あのオッサンに切られたりとか…」
ぺたぺたと身体を触って(邪な気持ちはないよ!本当だよ!!)確認していると梵ちゃんはポカンとした表情でこちらを見ている。
いやなにその顔!激マブ!
「あんな奴に遅れをとるような腕じゃない」
「いや、だとしても!だとしてもだよ!危ないでしょ!!」
「……」
「んもーー!強いのはわかったけど!梵ちゃん強くても子供なんだから!無茶しないの!!本当に!!マジで!!」
梵ちゃんの国宝のお肌に傷でもついてしまった日には…!!!なにを言ってるんだ、と言わんばかりの表情を浮かべている梵ちゃんをチェックしていると、与一が「あ!」と声をあげた。
「姉ちゃん!あのおっちゃん逃げちゃったよ!」
「エッ」
言われてみると、オッサンはなんと塀をよじ登って壁向こうに消える間際だった。なんてこった!
「くそー!次会ったらケツの穴に桜の木を差して軒下に吊るすからなァァァ!!!」
「怖いよ!」
その夜。
「……で、梵ちゃん!」
「あ?」
「私の事をねーねー、と呼んでくれるんでしょ?!」
「なに、梵いつの間に?おいらは姉ちゃんって呼んだら喜ぶよ、って言ったんだけど…へぇ、そんな趣味が。」
「知らねぇよ!シズカが勝手に決めたんだよ!俺は確かに姉ちゃんって言ったんだ!」
「シズカじゃなくて、ねーねー!ほら、さん、はいっ!!」
「ぜってーヤダね!」
「呼べっ!てか呼んでくれなきゃ泣きわめくぞ!!」
「あんた何歳だよ!」
「そうだよ、姉ちゃんって何歳なの?」
「そういう君達は何歳?予測的には与一が10歳、梵ちゃん12歳なんだけど」
「ちょっと!おいらは12だよっ!!」
「…俺は9だな」
「げっ!一桁!?見えない!つか一桁梵ちゃん激カワ!!」
「で、姉ちゃんは?」
「私は花も凍る17歳!」
「「…………嘘だぁ……」」
「あ、なんだよその目はっ!私は正真正銘17歳だぁっ!」