私の神様(仮)
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「 後日談2 」
与一は籠を背負い直す。
額に汗が滲んだ。
季節が変わり、また夏が来るのだと思い知らされる。
遠くの山間に白い雲が立ち上り、眩しいほどだ。
「――こんなものかな」
誰とも無く呟く。
小さく折った和紙に書かれた文字を目で追い、頷く。
乾いた土を踏み締めてゆっくりと山を下る。
あれから数年が経っていた。
私の神様 後日談2
ごり、薬研が音を立てる。
すり鉢の中には乾燥させた芋の粉末が入っている。部屋にはたくさんの紙が散らばり、足の置き場に一瞬困るほどだ。
一時の仮宿として使っているこの部屋は……すでに与一のものだと言わんばかりに生活の跡があった。
スッと静かに障子が滑る。
「おい、与一頼まれてたもの持ってきた………ってなんだこりゃ」
「元親!おかえり待ってたよ!」
挨拶もそこそこに、与一は元親の手から目当てのものをひったくる。その勢いで和紙が踏まれて折り目がついたが、与一は気にした様子もなく、そのまま部屋の隅に置かれた薬箱へ駆けた。
彼――…長曾我部元親は、その様子を見て頭をボリボリと掻いた。
「ったく、俺は人足かよ」
「違うって。おいらが欲しいもの1番よくわかってるのが元親だから頼んでるだけだってば」
「……」
一つに結ばれた髪が揺れながら返事をする。目もくれないでやんの。と元親は思って、与一の木机に目を落とした。
そこにはよくわからない物が細々と並び、くしゃみひとつで吹き飛びそうな粉末が小さく分けられて包まれていた。
「これは?」
「あ、それは軟膏」
「軟膏ぅ?」
どう見ても粉だが?
怪訝に思ってその怪しい色の粉を眺めていると、ギッギッ、と床を踏む音が聞こえてきた。
そちらを見ると、今日も今日とて眉間に皺を寄せた元就が着物の袖に手を突っ込んで歩いてくる。
「なんだ、戻ったのか」
「俺の城だぞ」
「?だからなんだ」
そうぶっきらぼうに返して元就は迷うことなく部屋に入った。そして床に散らばる紙たちを、当たり前のように足で蹴り避けるとそのまま自分のためだけに座布団を引く。
「マジか」
「……お前の部屋が、見た目の割に綺麗すぎる」
普通部屋は物が散るだろう、と当たり前のように言う元就に元親は深々とため息をついた。
まさか元就にあてがっている部屋もこの有様なのではないかと少し不安に思って元親は元就の部屋の方へ視線を投げる。
そんな会話をしている中でも与一の手は忙しなく動き、何かを記してはまた別の何かを手に載せている。
「――それは、水より油の方がよく溶ける」
「ん」
元就が静かに口すると、与一は迷わずそれを記して小瓶に分けた。
その様子に元親は再びため息をつくと、自身は丁寧に紙をまとめて横へと束ねる。そのままドッカリと腰を落として、口を開く。
「酒は試したか?」
「――…」
くるりとようやく与一が振り返った。
目を丸くして元親を見返して、それから「確かに!」と嬉々とした声をあげる。
「まだ試してないや、ありがとう元親」
「いや、いいけどよ……」
元親はあまり薬に詳しくない。
野朗共の面倒を見るにあたっては多少の知識はあるものの、元就のような指摘も、与一のように細かな作業も得意分野ではない。だから…正直2人が何をこんなに真剣にやっているのかピンときていなかった。
「お前らは何をそんなに急いでんだ?」
部屋の隅で炭が跳ねる音がして、与一はそちらに足を向ける。そして火にかけていた湯を取り、怪訝な顔をした。
「……船の上でさ、血が止まらなくなる病気あるでしょ」
「……」
「あれ、治したいなって思ってて」
匙で掬ったとろみのある液体を舐めながら与一は言う。元就はその言葉を聞きながら近くに落ちていた紙切れを拾い上げて視線を落とした。
もちろん、与一の言う病には覚えがある。
皮膚が黒ずみ、歯が抜けて血が止まらなくなる病だ。
それを与一が?
「なんでだよ」
「なんで、って?」
キョトンとした表情。
与一は小瓶の中にゆっくりと湯を流し込んでいる。首を傾げて元親をみて、それから瓶へと視線を一度流した。
「だって、元親が困るでしょ?」
「……は?」
「え?」
何を言ってるんだ、と元親が首を傾げると与一もまた首を傾げる。
それを聞いていた元就がはぁ、とため息をついた。
「元親が海に出るときに、使うだろう、と言うておる」
「……おー…なる…ほど?」
「え、あれ?おいら言ってなかったっけ?」
ゴリゴリ、薬鉢が音を立てて木の根を削る。
与一は袖口を肩にかけながら、作業する手を止めない。再びぐつぐつと重みのある湯の音がして、元就が薄い鍋へ手を伸ばして焦げ付かないようにゆるりと混ぜる。
「ここにくる途中でさ、僧に会って。大地のものを食べると治るって言ってたんだ」
まぁ、ちょっと今回は失敗かもしれないけど
ぼんやりと言葉を宙に放り投げながら言葉を続ける。そして、紙を手繰り寄せて横に一本の線を入れる。元親はもう一度目を瞬かせて、元就の顔を見遣った。
「…元就」
「なんだ」
「……俺ァよ…」
「…?!泣くな気色悪い!」
べしり。元就から平手が飛んで元親の頭を揺らした。
普段なら叩くな!と声を張っていたところだが、今の元親はそれどころではない。
与一は昔からそうだった、と思う。
そして、それが今も変わらず…自分たちのためを思って手を動かしているのだと思ったら胸が詰まった。
喉が詰まって鼻を啜ると与一は「風邪?」と、聞いてるんだか聞いていないんだか分からない声をあげて、ついと木の棚を指差した。
「そこの3段目の右から2つ目のやつ、風邪に効くよ」
「………おう」
「有難く受け取っておけ。」
「……あ、すごいそれ苦いから気をつけて」
おいらしばらくご飯の味がわからなかったから。与一はそう言って苦笑する。
「どう頑張っても苦いんだよねそれ」
小瓶を少し開けて匂いを嗅ぐと何とも言い難い…独特の…薬の匂いが鼻をついて元親は顔を歪めた。
「柚子とかで鼻を洗いたくなる匂いだな…」
「柚子かぁ」
「…たしかに、海上に持ち出すなら日持ちせねばならぬな」
「うーん、水飴で練るのは前やったんだけど」
元就がひらりと紙を揺らす。
そこにはいろんな配合を試した痕跡があり、斜線が引かれているものも、丸がついているものもある。
走り書きは粗雑だが、丁寧にまとめているのは見てとれた。
心地の良い静寂が落ちる。
コトコトと湯が煮える音、薬研を挽く音。
「――…」
こうして変わらない日々が続き、与一の残す紙は増えて積み重なっていく。そしていつか……与一の薬を携えて海を渡る日も来るのかもしれない。
連綿と日々は続き、やがてはるか先の未来へ繋がっていくのだろう。
元親はいつかに聞いた未来のことを思って息を吐いた。
コトコト、ゴリゴリ、と音が続く。
やがて、粉末を小皿に移して蓋をすると、ようやく与一は手を止めて元親を見た。
「そういえばさ――」