私の神様(仮)
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「 も 」
「――何を考えている?」
「…」
「聞けばお前は赤の他人を匿っているらしいじゃないか」
「なんだと?!貴様、何をしているのか分かっているのか?!これは立派な裏切りだぞ!?」
「…」
「これまで大目に見てきたが…今回のことは流せぬぞ」
「……」
「ただでさえお前は立場が危ういんだ、危険な真似をするな」
「…決断の時は近いぞ」
ああ、うるさい。
わかっている。
そんなことはとっくに分かっている。
言われるまでもない。
……わかって、いる。
私の神様(仮)
ちのびーズの所にタイムスリップして数日が経った。
コタはあっという間にちのびーずに適応して、今や格好の獲物…、と思って油断してかかってくるチビたちをあしらう捕食者状態だ。私が台所に立つたびに「毒でも盛ってるんじゃないだろうな」と睨みを利かせてくる佐助も、日々コタに勝負を挑んでは打ち負かされている。
白ちゃんは時々フラッといなくなって、気づくと戻ってきている感じで、あとは部屋に篭ったりちのびーずの修行を見たりしている。
……そして私は、相変わらずモヤモヤとした日々を繰り返していた。
相変わらずちのびーずの修行は見てるとしんどくなるし、動悸がすごい。
本当にあまりに心臓負荷がすごいから、この数日はあまり見ないようにしてる。ゲームは1日1時間!かーい。なーんて。
しょーもないことを考えて、そうして今日もぼんやりとして1日が終わっていく……と思っていた。
「……」
「あれ、どうしたのコタ」
「……」(ぱくぱく
「んん…?」
口を動かしてぱくぱくと何か言いたげなコタ。
ジェスチャーもしてくれてるんだけど、なんかうまく理解できなくて、私はううんと首を傾げた。
単語とかなら分かるんだけど長めの言葉になると流石に難しい…
「……」(イラッ
「わ?!!」
急にコタに持ち上げられて、私のお尻が宙に浮いた。
バランスがおかしくなったから慌てて何かに掴まろうとしたけど、その瞬間にはもう景色が変わっていた。
「あ、お姉ちゃん」
「ほらやっぱり!」
「えー」
不満そうな声が聞こえてそちらに顔を向けると、ちのびーずが唇を尖らせて立っていた。
みんな微妙に落胆した顔なのはなんなの!!
「だから言ったろコイツ絶対わかってないって」
「嘘だぁ!お姉ちゃん、コタ兄ちゃんの言葉わかる?」
「ん??」
「……」(ぱくぱく
いやごめん、ほんとにわからん
コタの唇結構分厚くて可愛いなぁとかなんか、そんなくらいしか思えない。
……いやごめんて!そんな唇歪めないで!!
コタは「ふー」とため息を鼻から抜くと(!!)落ちていた枝を拾い上げて何か文字を地面に掘り出した。
それをみて子供たちは「あー」なんて気の抜けた声をあげる。
わ、わたし、ミミズの大運動会は読めません…!!
冷や汗ダラダラで子供達をチラチラみてると、大和くんがなんか、察した声をあげてくれた。
「口唇術の練習するかって」
「あー」
うお、同じ反応してしまった!
思わずコタの顔を見るとコクコクと頷きを返してきた。
今まではこんな感じのボディーランゲージで頑張ってたけどいい加減コタと会話したい…!!
そしてコタの…一人称を!知りたい!
「私も一緒に参加する…練習する!」
「おい遊びじゃないんだぞ!」
「知ってるよ!でも私もコタと会話できるようになりたいんだって!」
ムッとして言ってくる佐助にそう言えば「むしろなんでアンタ使えないんだよ…」と逆に呆れられた。
そ、そりゃあ私は一般的などこにでもいる戦国FUJOSHIですから?!
「一緒にやろうよお姉ちゃんも!」
「俺も賛成!別に居たっていいだろ?」
「……ふん」
「わーいありがと!じゃあ先生よろしくお願いします!」
「………」(こく
するとコタは頷きを一つ残して一瞬ドロンと消えて見せた。
そして驚く間もなく一瞬で戻ってくる。
その手には
「え。なんで私の鞄がここに?!!!」
「………」
小田原の城に置いてきたはずのスクールバッグを持ってきたコタは(ていうか持ってたなら教えてよ?!!)鞄の中から筆記用具を出して更にノートを出して、さも当然のように達筆な文字を書いた。
なんかデジャヴ……前にも一回こういうことがあったような気がする!
ていうかシャーペンカチカチしてるコタ…かぁいかった!ここが学園BASARAですか?!
「『正解をこれに書く』だって」
わざわざ大和君が音読してくれる。
それに4人で頷いて、コタの口元を見つめる。
「……」
…ぱくっ
「…むずかしいな…」
「うーん…母音はあう、あい?」
「口を閉じたのが一回だったよね…」
「マ行が入ってるか、ん、入ってるか?」
ぐぬぬと唸る私達を見回してコタがシャーペンを手に取る。
ノートの上を走る字は、予想どおりの達筆でまるでフォントだ。
大和くんが横で「わぁ……」って素直に感嘆してるし、ちのびーずも食い入るように見てる。
「『正解』って書いてある」
大和くんが読み上げると、コタはこくんと頷いた。
どうやら、私たちが読み取った“言葉”が合ってるときに、
ここへ◎を書くつもりらしい。
じゃあ今のは……?
「……『ま』?」
「『まい』じゃない?」
「いや、『ま』のあとちょっと閉じた……?」
「お椀、とか?」
うーん、と四人でうなりながらコタの口元を見る。
ぱくぱく。
一瞬だけ口角が動いたような気がする。
ん?笑った?いや…どっちだ今の?!
「……待って、って言ってたの??」
私が恐る恐る口にすると、大和くんがノートを覗き込み——
「『正』って書いてある!」
「おおおお!!」
ちのびーず三人はバッと飛び跳ねる。
私も思わず顔を見合わせて
「……(ぱく)」
あ、まただ。
「『もっとゆっくり言って』?」
「『ちがう』?」
「『もっ』?」
「"もう一回"じゃない?」
わちゃわちゃ言い合いながら、首を傾げるちのびーず。コタは私たちの顔を見回すと、くるりと慣れた手つきでシャーペンを動かした。シャ、っと短く音がする。
『△(惜しい)』
「惜しいって何!?」
「えぇー?!もう一回!」
ちのびーずが文句を言いながら楽しそうな声をあげる。コタは静かに、でもどこか満更でもない様子でノートを膝に置いている。
ほんのり暖かくて、ちょっとだけ息が軽くなる。
(……なんか、こういうの、久しぶりだな。)
肩のあたりがほわっとする感じ。
口元が自然と緩んで笑顔につられちゃうようなそういう気持ち。そんなことを考えてニマニマする。そして何問目かになった頃、コタがふと顔を上げた。
「……なにをしてる?」
「あ、師匠!」
「おかえりなさい師匠!」
「今コタ兄ちゃんと口唇術の練習してたんだよ!」
「…………」
白ちゃんの瞳が子供達に向いた。
そして緩慢な動きで瞬きをすると「……そうか」と掠れた声でつぶやく。その動きも声も、ひどく疲れているように見えて、私は瞬きをした。
思わずコタの顔を見ると、コタもなんか思ったことがあるようで小さく頷く。
そして、子供達の背を押して修行場の方へ向かっていった。
後に残されたのは、私と白ちゃん。
「……」
「…あー、ええっと」
お茶、いる?
そう聞いたら白ちゃんはゆるりと頷いて返した。
お湯が沸いた。
もくもくと真っ白い水蒸気が立ち上って天井にぶつかる。
私はお湯を煮る用の釜を眺めて、それから柄杓でお湯を掬った。
現代とは似ても似つかない道具たちだけど、与一たちに散々使い方がちがう!と怒られたりドン引きされたりしてきたおかげで、今やすっかり慣れたものだ。
普段よりほんの少し背中を丸めた白ちゃんが戸口に腰かけている。
疲労の滲む背中は普段より少し年老いて見える。
私はお湯を入れた器を持って隣に腰掛けた。
「…」
ちらりと横目で見ると、白ちゃんはぼんやりとした様子でちのびーずとコタの特訓を眺めている。
口唇術の練習に飽きたのか、3人は組み手の型の練習ようなものをやっていて、いつもよりうんと静かだった。
私はいつもの様子が違う(気がする)白ちゃんのことを少し気にして、それからお湯に目を向ける。
前に三河にいた時に三成に教えてもらったやり方を試してみる。あれからあまり淹れる機会がなかったから忘れたかも、と思ったけど案外どうにかなりそうだ。
三成の声を思い出す。
『いいか、お湯を淹れたらゆっくりと器を回すんだ!こう…渦を作るんじゃなくて』
「……借り物だな」
「ッ!」
突然冷たい声が落ちてきて、危うくお茶をこぼすところだった。
顔を上げると、いつのまにか白ちゃんがこちらを見ている。その瞳は普段よりも少し伏せられていて気怠さが滲んでいて、私は息を詰まらせる。
声の冷たさに私が手を狂わせたのを、めざとく見た白ちゃんは私の顔に視線を向けた。
「借り物は、形が先にくる」
「――…な、なに、が?」
視線が再び手元に落ちる。
私が淹れようとしていたお茶は水面が揺れたままで、…それに触れている私の指先が固く強張っている。小さく揺れる水面に白ちゃんのまつ毛が瞬くのが映った。
喉が鳴る。
血の気の引いた指先が、お湯の熱を奪っていく。私はその温度に慌てて手を引いた。顔をあげると、目が合う。
「――…あ、あはは。…ああ、なんだ、お茶の事かぁ!そうそう、これ前においしいお茶の淹れ方を教えてもらったんだよね、今日はちょっと…うまくいってないけど!」
「違う」
ぴしゃりと言い切られる。
「お前のことだ」
白ちゃんの目は澱みなく私を貫く。
咄嗟に何かを言おうとして、喉の奥で引っかかる。出せなかった言葉がずしんと肺の奥に落ちて、呼吸を奪う。
こめかみがカッと熱を持った。
「形を真似るだけなら、容易い。だが…容易いだけで、容易に止まる」
な、に
また……その話?
私は唇を噛んで、つばを飲み込んだ。
きゅうと喉がもう一度鳴る。私はその音を肩で感じて、それから無理矢理息を吸った。
「はは、は…ご、ごめん」
「……」
上手く笑えてただろうか。
私は何に謝ってるのか自分でもわからないけど、とにかく口を開く。
怒られているような気がした。
でもそれが何でなのか、理由も、意味も、何一つ思い当たらなくて、全て徒労に終わる。
なんで、怒られてるんだろう私。
心臓が痛い、また泣きそうになる。
伝えたいことがあるはずなのに言葉にならない。
「止まったら、…。その先は無い」
そう零すと、白ちゃんは黙りこくった私を冷めた目でみて、ゆっくりと瞬きをしながら視線を外した。
もう何も言ってくれないんだ、と思って、私はまたそれに視界が滲む。
どうにか、震える手でお茶を淹れて白ちゃんの方へ置いたけど、こちらに、ちらりとも意識を向けていないのが気配だけで分かった。
(なんで)
この間のと同じ、鋭利な言葉だ。
ナリちゃんみたいな手加減も、ノブさんみたいな笑顔もない。
じわりと視界がさらに滲む。また涙が零れそうになるのを感じて、私は慌てて目をぎゅっと閉じた。
――っ、この人…天然サイコパスだからって、何言ってもいいとか、おもってませんか…?!
頭の芯がジンと痺れていて思考が奪われる。
泣くのだけは本当に嫌で、どうにか止めたくて私は手のひらに爪を立てた。
と。
ガラガラガラッ!!
「!!」
崩れる音がして顔を上げると、修行場の岸壁が剥がれ落ちようとしているのが見えた。
巨大の岩の塊が、支えを失って重力に従って落ちていく。
……その間下にかすががいる。
「っ」
行かなきゃ
私はとっさに立ちあがって、かすがの方に駆け寄ろうとして
「――……!」
足が動かなかった。
驚いて足元を見たけど、縫い留められたように足はその場から動かない。
目の前でゆっくりと、岩がかすがに降り注ぐ。
かすがの目は見開かれていて、固まってしまっているのがわかる。
岩の影が顔に落ちていく。
行かなきゃ、潰される、死んでしまう――!!
得も言えぬ轟音。
ビリリと空気が痺れて岩穴に響く。
目を覆いたくなる土煙が上がって、ぱらぱらと衝撃で細かな石が落ちてくる。
衝撃に強く目を閉じて、それからかすがのいた場所を凝視する。
「――、」
「あっ…ありがとうコタお兄ちゃん」
「……」(ふるふる
かすがを俵担ぎで抱えたコタが見えた。
土煙の隙間からいつもの口を一直線に結んだ顔が覗いて、私は心底安心する。
子供たちが大丈夫か!と駆け寄る声を聞きながら、もう一度視線を足元に落とした。
(……わたし)
膝が、震えてる。
驚くくらい、力が入っている。
(うご、けなかった)
これまでだって、…梵ちゃんのときも、やよっちゃんのときも、与一のときも、動けてた。
何も考えなくたって、身体は動いていたのに。
子供を、助けることすら、できなくなってしまった
歯がカチカチと音を立てている。
私、本当にどうしちゃったんだ
何もわからない、なんでこんなに悲しくて苦しくて、腹正しいのかも、わからない、ただショックで、信じられなくて。
手のひらに立てていた爪が、欠けた感覚があった。
「……動けなかったな」
冷たい声。
私はもう怖くてその顔を見ることができない。
少しの間を置いて、白ちゃんはぽつりと言葉を続ける。
「――…だが、その腕を伸ばそうとした」
「……今はそれでいい」
肯定。
でも、私はそれを受け取れない。
膝が震えていて、手のひらも痛い。
耳の奥で熱だけがぐわんぐわん唸っていて、私の言葉も心も綯い交ぜにする。
動かせないままの足を見下ろして、私はただ「なんで」を繰り返す。
白ちゃんの静かな足音が子供たちの方へ行く音を聞きながら、私はまた喉の奥で何かが引っかかるのを感じた。
@
私は一人戸口に座ったままだ。
動く気にもなれず、白ちゃんと子供たちはどこかへ行ってしまった。
ひゅうひゅうと風が頬を打つ。
私の視線は膝の上に置いた手に向けられていた。
ずっとあれから震えが止まらない。
油断するとまた歯が音を立てそうで、どうしたら止まるのか、わからない。
動けなかった。
なんで。
ずっと形の見えない感覚と、震えと疑問が繰り返される。
喉の奥がザラザラとしていて、頭は痺れすぎてぼんやりとすらしている。他のことが頭に入ってこない。
そうしてじっとしていたら、隣に影が下りてきた。
「……」
コタだ。
コタは私の顔を見下ろすと、そのまま静かに隣に腰かけた。
何も言わずに、さっきの白ちゃんみたいに外の景色の方を見る。
私は、その横顔を見て、もう一度視線を落とした。
「……あ、あの、…さ」
「……」
零した言葉はガサガサで、かすれた音をしている。
どうにか唾を飲み込んで喉に流し込んだけど、あんまり効果は無い。
喉のところで、また言葉が引っかかる。
「……まもり、たかったんだよ」
「……」
「でも…足が、動かなくて」
岩が落ちる轟音、恐怖で固まるかすがの顔。
いつもなら、動けてた。なのに。
何度も頭の中であの瞬間が繰り返される。そのたびに苦しさが胸に刺さるようで、私は目を強く閉じる。
どうして。なんで。――……。
「――…私、どうしちゃったんだろう…」
どうして。
それを吐き出したら、また視界が滲んだ。
言葉の終わりは震えてしまって、みっともない。
顔を見られないように深く背を丸めると、コタの手が背を滑った。
服のざらりとした感覚が背中を行き来する。その度に手のひらの温かさがじんわり滲んで、それから消えていく。
ありがと。なんとか声を絞り出すと、肩をつつかれた。
視線だけそちらを見るとコタは自分の口元を指さす。
「……」(はく、はく、はく
口が動く。首が横に倒れる。すこし間を開けて、もう一度繰り返す。
――…
「…(こ、わ、い、?)」
「!!」
コタが言おうとしている言葉を理解した瞬間、私の胸がぶるりと震えた。
そう、だ。
モヤモヤとした塊の中から、ひとつ間違いのない感覚の名前を思い出す。
「…うん、…こわい」
「……」
「…かすがが、死んじゃうかも、って思ったら…」
死んじゃう。
その言葉と怖い、が結びつく。
そして、その感覚がふと、最近もあったことを思い出した
「あ」
――ゴッ!
――ガッ!!
殴る音、木の床がギッギッと短く鳴って、歓声。
力の塊が人の肌を殴る音。骨がきしむ音、風を切る音。
――『くっ…!』
苦しそうな幸村の、声。
…そうだ、武田道場だ。
私、あの時も怖かった。武蔵が、幸村を殴り殺してしまうんじゃないかと思って。
当たり前のように人を壊せる力がぶつかり合っていることが。
「そう…だよ、私…みんなが、死んじゃうかもって……。…だから、佐助たちの修行も、こ、わくて…」
――『物語の中、ではないからな』
私の中の言葉を追い越して、声を思い出す。
思わずコタの顔をみた。
こちらを見ている顔はいつもの兜に隠れて鼻から下だけが見えている。だけど、コタの肌が荒れているのも、少し見えている唇に切れた痕があるのも、見える。
…そうだ。
(私、…政宗にも、同じこと思った)
(…与一も、チカちゃんも、ナリちゃんも…)
(これ…ゲームじゃないんだ、って……気づいてた)
皆、私がいないところでも時間を過ごしていて、泣いたり、笑ったり、考えたり――…そういうことをしている人間なんだって。
――…なのに、私、どっかで平気だって、思ってた?
知ってるフリだけ、してた?
ここは『そういう場所』なんだって…
そう思い込んでおきたかったんだ、私が…。
視線を落とす。私の手のひらは、爪を立てすぎて薄く血が滲んでいる。
ヒリヒリとした痛みがあって、私の人差し指の爪は欠けている。
ここには、ちゃんと痛みがあるのに
幸村の顔を思い出す。
痛いから、ゆがんだ顔。
生きていくのに真剣だから、まっすぐな目を。
「――…」
――『某は――貴女をお慕い申し上げている』
私は、そのまっすぐさを…
……私は、逃げたんだ、幸村の真剣さから…、幸村からも。
自己嫌悪が一瞬にして胸を埋め尽くして血の気が引いた。
ゲームのキャラクターじゃない。
真剣な、幸村の思いを……。
それを受け取れなかったんだ、私。
ごめん、…ごめん幸村、
自分がやったことへの嫌悪感で吐き気がした。
体の内側が大きく震えて、吐き出した息がちぎれる。
背中を撫でていたコタの手が止まった。
でも、じゃあ、私はどうしたらいいんだ
なにが正解?
とにかく苦しくて、自分のことがものすごく醜く思えて、悲しくて、
形は無いのに、自分への嫌悪感だけが積み重なっていく。
理由はわからない。けれど、とにかく嫌で、つらくて、苦しい。
「、ッ、ハ…ハッ」
ヒュ、と喉が鳴る。
呼吸の仕方を忘れてしまった。…ちがう、呼吸するのさえ嫌だ
喉の奥が張り付いて、むせ返りそうになる。
口を大きく開ける。息をしないと苦しい、してなくても苦しい。でも空気を吸わないと、なんでこんなに苦しいのか、…もうわからなくて。
息を吸うために開けた口は何も吐き出さないし飲み込まない。
「……」
コタが私の肩を引いた。視界が一気に開けて、強い風が鼻先をかすめる。
その鼻先にお椀が差し出された。
飲め、と言われた気がして私はその液体を口に入れた。
冷たい。
さっき白ちゃんのために淹れたお茶の残りだった。
美味しくない。
現代のお茶と違って香りもないし、草の匂いしかしない。
ちょっと苦いだけのただの水だ。
再びコタが背中をさすってくれる。
狭い視界の中で、苦みとコタの手の温かさだけが私を繋ぎ止めてくれているみたいだ。
きっとコタにも全部はわかってない。
でも、この手は、確かに温かくて、私をここに置いてくれている。
ちょっと零しながら喉の奥にお茶を流し込む。
すこしだけマシになったけど…マシになってしまったことがまた罪悪感を生んだ。
喉が裏返る。
嗚咽が喉を揺らして、呼吸を忘れるたびにコタの手が背を滑る。
涙が零れそうになるのだけは堪えていた。
ここで泣いたら、私はもっと私が嫌になるって思ったから。
だから、とにかく、これを全部止めたくて…私はただ嗚咽をこぼす。
ビュオオ…
風が強くうねりを上げて渓谷を駆け抜ける。
その音が私の嗚咽をかき消していく。
悪魔のように唸る風がこの家全部を覆いつくしていた。
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「…見送りもなしとはな」
「…分かっておるであろう」
「あぁ分かるけどな…けど、なんつーかよぉ」
「ふん…くだらん」
そんな声を与一は聞いていた。
遠くから波の音が聞こえる。
ゴォゴォと風が強く帆に打ち付ける音、それから波を打ち砕くたびに揺れる船、そしてそのどちらにも負けない男達の声。
与一はその声を聞いて少し身じろぎをした。
その拍子に、中に入っていた積み荷を蹴ってしまい「ゴンっ」なんて小さな音がする。
バレたか、と息を詰めたが外には聞こえてないらしく、特段何も起こりはしなかった。それに安堵して胸をなでおろす。
「おい野郎ども!久しぶりの海だ!声上げていけよ!!」
『了解っすアニキー!!!』
(――元親、海でもこんな感じなんだ)
時折指示を飛ばす声は力強い。国主だから当たり前なのだが、指示を出す声に迷いがない、と思う。
なんだかそんなことにすら感傷を覚える。
自分の知らないところで物事が動いている。
自分が知らないうちに皆大人になっていた。
そして、姉も、帰ってくる気配がない。
与一はもう散々だった。
(おいらだって、皆の兄ちゃんなんだ)
そんな事を言ったら事情を知らない人たちからは「強がっている」ようにしか見えないだろう。
実際何人かは子供の戯言だと笑い飛ばした。
(もう、いやなんだ)
自分ばかりが置いていかれるのが。
自分だけが幼いまま、安全なところにいるのが。
姉の背中を、幸村の背中を。それから「手のかかる弟達」の姿を思い出す。
あの時、自分だけが守られた。
ただただ不甲斐なくて、情けなくて。
いつも、いつだって自分は姉に頼りっきりだった。
出会ったあの時だってそうだ。
(ずっと、姉ちゃんに頼ってた)
だからもう、頼りたくない。
もう、いやだ。
おいらだって、皆を守れるようになりたい。
みんなの手の暖かさも、全部全部。
与一は唇を噛み締める。
だから、置いてなんていかないで。
「アニキーここの荷物も運んじまっていいっすか?」
「おう!頼むわ」
瞬間差し込んできた光に目を硬く閉じる。
目から溢れそうだったそれは「…は!?」なんて、随分間抜けな声で引っ込んでしまった。