私の神様(仮)
名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「 ひ 」
雨が降っていた。
しとしと、辺りを湿らせるような柔らかい優しい雨だ。
そこにぽつんと、たった一人で立っていた。
目の前には小さく盛られた崩れかけの土がひとつ。
―――久しぶり。
―――…ずいぶん、待たせちゃったね。
しとしとと雨が降る中で、ただ、小さな山の前に、傘も差さずに立っていた。
私の神様(仮)
瞬きをしてみた。
目の前には懐かしくも感じるコンクリートの道路、網みたいに張り巡らされた電線。
薄汚れた電灯に集る虫に、足並み早い人たち。
みんな一様に俯いて歩いていた。
(―――…これは)
一瞬なんだか分からなかった。物語の中の一場面を見ているような。
見たことがある映画の中の画面のような。あるいはドラマか、あるいはアニメか。
(ちがう、ここは)
私がもともと居た世界だ。
21世紀、めくるめくる近未来。近いうちにドラえもんだって出てくるはず。
電気があって、冷蔵庫も、電子レンジもテレビもパソコンもあって。
地球は丸いのが常識で、裏側にだってあっというまに行けちゃって。
人間が生まれてきた過程だって解明されて、物質の構造だって分かってて。
ゲームも漫画もアニメもあって、共有できる人たちが大勢いて。
…家族も、友達も、いた世界。
(…ちがう、ここは)
戦国BASARAっていうゲームの世界じゃない。
年号は婆沙羅暦、終わらない戦国時代。徳川家康が江戸幕府を開かない世界。
電気は無くて、太陽が昇ったらおきて、沈むと眠る生活がある。
世界の中心は日ノ本で、世界はまだまだ広かった。
おばけとか呪いとかが信じられていて、妖怪も身近な生き物で。
ゲームもパソコンも、アニメも漫画も二次元も無くて。
私を生んだ親と、一緒に腐った青春を送ってきた友達が居ない世界。
でも代わりに、与一がいて、政宗がいて、チカちゃんがいて、ナリちゃんがいる。
(……彼らは)
私にとって家族だ。
…大事な人たちだ。
――私にとってはゲームのキャラクター以上の存在だ。
確かにそこにいて、私がいない時間も泣いて、笑って生きている。
(じゃあ……私は?)
急に体が震えて、体が冷えていることに気がついた。
見上げてみれば雨が音もなく降っていた。
そりゃ体も冷えるよね。口の中が何故だか鉄臭いけど、なんでだろ。
(っていうか)
私なんでこんな所にいるんだろ。ここは学校から駅に向かう道だ。
私さっきまで、
(…あれ?)
どこに、居たんだっけ。
なんだかとても楽しい場所に居た気がする。なんだか温かくて、柔らかな、
(そう、まるで)
この雨みたいに。
「 」
(?)
じっと空を眺めていたら声をかけられた。
視線をそちらに向けるより早く、わたしは空へと吸い込まれた。
* * *
視線を感じて目を開けた。
目に入ったのは、あんまり見覚えのない木目の天井と、
『………』
じっとこっちを見つめる三つの影だった。
「…おはよう」
『!!』
とりあえず無言なのもアレなのであいさつしたら、覗き込んでいた3つの影はあっという間に視界から消えた。えっ!?幻?!なんか見ちゃいけないものでも見ちまったかな、アレもしかして憑依されるフラグ立てた?!
慌てて体を起こしたら、部屋の隅に3つの影が縮こまっていた。
これまた全く覚えのない布団が身体から落ちて、力のない音を立てる。私はそれを見て、もう一度顔を向けた。
3つの影は子供だ。女の子が一人と男の子が二人。
くりくりとした目とあどけない口元がかわいい~~!!!!
とりあえず挨拶代わりにぎゅってしていいかな?!ンンンンちびちゃんズの面倒を見てた時の血が騒ぐッ!!
…って思ったけど、男の子の一人がおもむろにクナイを構えたのでそっと前傾姿勢になりそうだった自分を抑えた。普段からしてる自重がこんなに役に立つ日が来るとは思わなかったね!ガハハ
私は部屋を見回した。
井草とほんのちょっと埃の匂いがする小さな部屋だ。小田原の家よりも手狭に感じるのは、物が多いからだろうか。使い込まれた茶色のタンスには傷が多い。
それに、部屋全体がなんとなく冷えている気がする。
どことなく落ち着く圧迫感もあって、私は小さく呼吸をした。
手狭な部屋に、ちびちゃんがいる。
私はそれになんとなく安心感を覚えて、3人をみた。
「…あ、私シズカ!こんにちは」
「…?」
「私の名前!仲良くなるにはまず名前からっていうじゃん?」
「――お前の名前なんて知りたくない」
クナイを構えたまま冷たい目をしたつり目の少年が言う。
それはそうかもしれないけど、もちもちぽっぺでそれを言われてもあんま怖くないんだよね!なんならしょーちゃんの方が迫力あったし!
ふふふ、一度どころか何度も踏んだ轍よ!
「ほらほら、君たちの名前を教えてって!私なーんも持ってない!アイアム無害!」
「……」
「…お、俺は大和!」
「おい!教えるなって!」
「だってこのお姉さん何も持ってなかったの、一緒に確認したじゃん」
「そうだけど…!!」
もう一人、隅で固まってた男の子が手を挙げて言う。
大和くんというらしい少年に、つり目の少年が声を荒らげるけど、大和くんは唇を尖らせて不満そうだ。言われたことに反論できなくてつり目の少年は苦虫を嚙み潰したような顔になった。
それを見ていた女の子がニコリとした笑みを向けてくる。
「私、かすが!はじめまして、お姉さん。今あそこで睨んでるのは佐助だよ」
「――………ん????!!!」
い、いまなんて言った?!
私の耳がバグってたりしてなければ今愛しのムチムチぼでーかすがたん&武田のオカンの名前が聞こえた気がするんですけど!?え?!!
どどど、どういう事?!私さっきまで…大人のシノビーズといたはずなんですけど!??もしや……スタンド攻撃かなにかを受けてるッ!?
目を何度も瞬かせてかすがたん(ちび)を見ていると、急にガラッと引き戸が揺れる音がした。
「目が覚めたか」
「ししょー!」
そちらを見ると、見知らぬ男の人が緩く結ばれた髪を揺らして立っていた。どこかくたびれたような雰囲気を纏う男の人だ。
知らない大人の人に一瞬ギョッとしたけど、その後ろにコタが相変わらず口を一つに結んで立っているのをみて安心する。
コタを呼べば、ゆるりと口角を持ち上げて小さく手を振った。ぐふっシズカに99999ダメージ!!
ししょーと元気よく大和くんに呼ばれた男性は、ぐるりと部屋を見回して笑顔をちらりと見たあと、私に視線を落とした。
「話は聞いた」
「ン?」
「俺は白雲斎。名前は聞いている。あんたがシズカで合っているな」
「う、うん」
あまりに淡々とした声が落ちてきて私は瞬きをした。なん…なんかこの感じ、絶妙に覚えがある。なんかこう、松永のところにいた時とか…豊臣軍とかにいた時みたいな。なんとなく、ピリピリとしていると言うか!
ただ今回違うのは私は何もしてないもんね!!
……この布団占領してる以外は…。
「……部屋が騒がしい。お前たちは外に出ろ」
「え、でも……」
「狭い」
そう言われた3人は顔を見合わせると、パタパタと足音を立てて部屋を出ていく。佐助(ちび)だけは結局名乗らないし、なんなら部屋を出る間際に私のことを睨んでいったけど(ひどい!!!!)
そして部屋はシン、と静まり返った。
清涼剤がいなくなった部屋の中はなんだか強い草の香りがするし、恐ろしく静かで微妙に居心地が悪い。
布団の裾を直すふりをして目を泳がせていると、白雲斎、さんが口を開く。
「ここまでどうやってきた」
「…!」
「この忍びは知らないと言う。なら当人から聞くべきだ。…知っていることを話せ」
淡々とした声音が落ちてくる。
私は今し方直したばかりの布団の裾を指先で摘んで、唇を薄く噛んだ。
この空気、この聞き方、…私は知ってる。
少しの言葉から10も100も情報を得る人の話し方だ。
半兵衛が、ナリちゃんが、それから佐助がするアレ。
私は首の後ろが痺れるような感覚を感じながら白雲斎を見上げた。
無造作に結ばれた髪も、傷んだ着物も、全体的にすり減ったような雰囲気がある。だというのに私を見ているその視線は鋭くて、この人を掴みづらくしている。
直感だった。この人に余計なことを言ってはいけない。
私の言葉と行動に、意味や答えをつける人。
半兵衛に、信之兄に言われたことを思い出す。
――この人は何を知りたい人だろうか。
『戦国BASARA』には居ないキャラだ。…雰囲気はちょっと怖い。
……ちび佐助とかすが(暫定)がいるってことは、ここは忍びの家的な場所だろうか。コタもなんか馴染んでるし…
(あ、いやまって、コタから事情を聞けるってことは、…この人も忍び?)
なんか確か唇の動きで言葉を読む的な奴があった気がする。もしかしてそれで会話したとか?
忍びじゃなくても…少なくとも近しい人なのかも。
――…コタは白雲斎になにを言ったんだろう。
コタをちらりと見る。コタは何も言わず、なにもせず…じっと私の方を見ていた。
コタにとって、私にとって、渡してはいけない情報はなんだろう。小田原にいたこと?戦国武将たちが戦うのをみていたこと?それとも、名前も?
そうやって考え込んでいたのをみた白雲斎が口を開いた。
「……高いところから落ちて、気絶したと聞いた。」
「……」
「どうなんだ」
「……たし、確かにそうかも…だけど。…あ!でも全然体は平気で!超ピンピンしてる感じ!」
「感想を聞いているわけではない事くらいわかってるだろう」
「ううう」
空気調整失敗!
うわーーん!ちのびーず帰ってきてくれ頼むから!!
私は内心半泣きになりながらちのびーずが出ていった方に視線を向けた。誰かが来てくれるなんてことはなく、しん、と変わらず静まり返っている。
そうやって目をそらして、白雲斎があきらめてくれるのを待っていたら、ふ、と息を吐く音が聞こえた。
「コイツの話には経過がなかった。あんたの沈黙も、同じだ」
「……」
「意図して黙っているのか。それとも——言えないのか」
「…少なくとも、わ、悪い人ではないよ!私も、コタも…!」
「……」
鋭い、呆れた視線が落ちてきたのを感じて私は目を泳がせた。
そんな視線向けられたって困るっていうか、まずはコタと話をさせてくれ!どうにか私たち不審者じゃないんです!ってことだけなんか良い感じに伝われ!!
そんなことを考えていたら、急に外からガラガラッ!と物が雪崩れるような音がした。
びっくりして咄嗟に音の方を見る。
あっちは…さっき、かすがたちが行った方じゃ…?!
私は慌てて立ち上がった。
振り返らずに戸口を開け放つと、びゅお、とひと際強い風が部屋の中に流れ込んでくる。
あまりの強さに私は一瞬目をつぶって、それから顔にまとわりついた髪を払った。
「わ…!!」
どうにか目を開けると、広がる光景に圧倒された。
目の前に広がるのは荒々しい岩肌だ。角が多い岸壁が対岸にそびえ立ち、この瞬間にも風で削り取られているのがわかるほどの風が唸っている。
対岸とこの場所の間には大きな口が開いており、ここが渓谷の間にあることが分かる。
吹き込む風は強くて荒々しいが、さらに近くで大量の水が流れる音が聞こえてくる。
どうやら山間の谷の中腹…にこの場所はあるらしかった。
水と風、山の木々が鳴る音があふれている。
その迫力に圧倒されていると、左の方からガラガラッと再び物が崩れる音が聞こえてきてそちらに目を向けた。
「って…」
「!佐助くん!」
積み上げられた薪の山の中から佐助くんが這い出てきて、体を払った。
私が思わず駆け寄ると、途端に嫌な顔になった。
「なんだよ」
「なんだよ…じゃなくて!どうしたの!」
「邪魔」
私の言葉を残して、佐助は私が伸ばした手を払うと目の前からいなくなった。
代わりに上の方から金属がぶつかる音が響く。
顔を向けると、そこには岩肌のわずかな突起に手をかけてこちらを見ている大和くんがいた。首が痛くなるほどの高さにいることに気付いて私の肝が冷える。
「あっ、危ないって!」
「?なにが?」
「そそそそそんな高いところ!おちたらどーすんの!!」
「落ちないって」
「そっ、そんなの!」
分かんないじゃん、と続けようとした言葉は再びの金属音にかき消される。
びくりと肩が跳ねて、地面に塊が落ちてくる。
黒く光る金属の塊…クナイだ。
そして壁伝いに、黒い影が凄い速さで移動する。なんとか目で追いかけるとそれは佐助だ。
佐助が素早くクナイを投げつけると、大和くんがそれを打ち返して、器用に移動する。
そして距離が詰められたところで、体を捻じって足を延ばす。
佐助はそれを腕で受け流して、クナイを振るう。
そんな肉弾戦が私の数倍は高い位置で行われているものだから、私は目を見開いて、胃がまた縮こまるのを感じた。
短く息を吐き出すのと同時に、となりにコタがやってきて同じように上を見上げる。
「こっ、コタ!あれ!止めないと!」
「……?」(こてん
「なーんで首を傾げるの!?」
そ、そりゃコタだって忍びで、もしかしたら見慣れてるのかもしれないけど、彼らは子供だ。もし足を滑らせたらどうするの!
ヒヤヒヤしながら目を離せないでいると、今しがた私が飛び出してきた戸口から、のろりと緩慢な動きで白雲斎が出てきた。
そして私の顔を見て、上空の大和くんと佐助を見る。
「……」
「あ、アレ!止めなくていいの!?」
「……」
私の声に白雲斎の視線がもう一度私を見る。
あまりに興味がない…というか温度のない視線に面食らってしまった。
コタも白雲斎も無反応ってどういうことなの!親ライオンは子供を谷に突き落とす…的なヤツだったとしてもそれは物の例えであって、本当に大怪我とかしちゃうような高さで修業させることではないでしょ!!
頼みの綱のかすがたんを見たけれど、かすがも真剣な顔で見上げるだけで、止めようとかそういうのは全くなくて、この場で私だけが狼狽えているようだった。
(……)
ゴッ!
「!」
鈍い音。
咄嗟に息をのむ。大和くんの蹴りが佐助の肩を打って、佐助は再び壁に叩きつけられる。
岩肌が崩れて、地面で跳ねる音、洞窟で響く二人の短い呼吸の音、金属音。
視線が揺れる。
(こ、れ)
武田道場での感覚が戻ってくるのを感じる。
心臓が痛くて、数回に分けて息を吸う、耳の奥で金属音が鳴り響く。
思わず顎を引いて肩を下ろした私をコタが見下ろすのを感じた。
「……どうした」
「あ…いや」
なんでもない…と言おうとして喉が鳴った。
言葉を出せるだけの空気が肺に残ってなくて、思わず吸い込むと笛みたいな音がする。
白雲斎は私をまっすぐに見下ろして、それから目を細めた。
「指が震えている。顔色も悪い。……大丈夫にはとても見えない」
「っ」
言われて慌てて視線を落とすと、言われた通り小さく指先が震えている。手を握り締めたけど、細かな震えが伝わってくるだけで、止まりそうにもない。
どうにか止めようとしていると再び殴打する音が風音を割って聞こえてくる。
その音に再び肩が震えた。
「……っ」
「これは鍛錬だ」
「……」
「怪我をするのは当たり前だ。恐れる理由はない」
「……で…でも、あの高さで……あんな勢いで」
「……」
す、と白雲斎が言葉を飲み込んだのが分かった。
私に向けられる空気が鋭くなる。
表情は変わらないけれど、少しだけ怒らせた、と思った。
「――物語の中、ではないからな」
「!!!!!」
ガツンと、頭を殴られたような気分だった。
言われた言葉がそのままの形で私の頭を揺さぶる。
私はその色も温度もない目を見返した。
「生きるために、力をつける。そんな当たり前のことに何を怯えている」
当たり前
…当たり前。
混乱する。人が人を本気で殴るのが、…怪我をさせても構わないのが、当たり前?
言葉の意味は、わかりそうで分からない。
だって、相手だって人間だ。殴られたら痛むし、刺されれば血が流れる。
それが当たり前…?
武田道場でみんなが『当たり前』のように他人に刃物を振るうのを見た。
『当たり前』のように人の顔を殴るのを見た。
――それが全部「当たり前」?
「そんなの、」
なんか違うよ
そう言いたかったのに、言いかけて淀む。
違うと思う、だけど、違わない、かもしれない。
「違うと思うなら、言え」
「……っ」
「言えないのなら…現実に存在しないのと同じだ」
胸の奥がきゅっと縮む。
違う。…違うと思う。
でも何がどう違うのか、説明できない。
ここは戦国BASARAの“はず”で……でも今目の前で殴り合っているのは“本物の子供”で…その暴力に私だけが震えている。隣にいるコタも、保護者のようにみえるこの人も、殴り合っている子供たちも、これが当たり前だという。
ここは創作物なのか、それとも現実なのか。
その境界がぐちゃぐちゃで、どっちも正しく見えて、どっちも間違って見える。
私は答えられないまま立ち尽くした。
白雲斎の声が、風の音に混じって落ちてくる。
「誰も代わりに言葉になどしてくれない」
「……お前の『違う』は、どこにある」
突きつけられた言葉に、息が詰まった。
違う、のに。
違う、はずなのに。
喉が震えるだけで、声にならない。
視界の端がじわりと滲んだ。
なんでこんな気持ちにならなきゃいけないんだろう
どうして私が責められてるみたいな言い方なんだろう
どうして誰もこれをおかしいと思わないんだろう
私は、なんでこれを怖いと思うんだろう
わかんない。
……なんも、わかんない。
目の奥がカッと熱くなって喉が詰まった。
吐き出す息は熱くて、心の奥にある色んな気持ちが頭をよぎっては消えて、言葉になる前に霧散する。
その形にならなかった言葉一つ一つが熱を持っていて、気づいたら
「っ…うッ……」
ぼとり、涙がこぼれた。
久しぶりに溢れた涙は頭を焼いて、何も考えられなくする。ただ言われた言葉が繰り返されて、悲しさと、怒りと、あとは失望感みたいな物が私の中でぐちゃぐちゃになった。
そしてまたひとつ、涙が溢れる。
「あーっ!!!師匠がお姉さん泣かせてる!!」
「悪いんだ!」
突然大きな声が響き渡った。
驚いて顔をあげると、かすがと大和君が声を上げて白雲斎に飛び掛ったところだった。
それをなんてこと無いように素早い動きでひょいひょいと避けた白雲斎。バランスを崩した大和くんの襟首をつかんで地面に下ろすと、頭を軽く撫でた。
「師匠に手を出すとはいい度胸だな」
「だって師匠おねえちゃん苛めてた!」
「違う」
「いざいざ覚悟!せーばい!」
白雲斎に飛び掛るちのびーずはキャッキャと楽しそうな笑い声を上げる。
それをいつもの事のように捌いている白雲斎は目尻を柔らかくしていて、私はなお混乱する。
佐助が体についた泥を払いながらやってきて、私を見上げて目を丸くした。
「……」
「……俺は、怪我とか…してない」
「!」
「――変なヤツ」
そう言い残して佐助も白雲斎の攻撃へと加わっていく。
彼らもまた『当たり前』のように腕を振るっている。
私は、その光景を混乱する頭でただ眺めている。
私の瞳からまたぼろりと涙がこぼれた。
「……」
コタはそんな白雲斎たちをみて、それから私の背中を一度するりと撫でて見せた。
@
「……行く当てがないのなら、しばらくここにいるといい」
「え」
何度かぶり返す涙をようやく抑えたころ、白雲斎が突然言い出した。私の背中をさすってくれていた大和くんがパアッと明るい顔を浮かべる。
「賛成!」
「お客さんだ!」
かすがが続いて頷いて飛び跳ねて…その隣の佐助は嫌そうな顔になった。私も思わず白雲斎の顔を見る。
「な、なんで急に?」
確かに、よく考えたら私もコタも(ここが何年前なのか知らないけど)アテはないわけで。
この時代のお館様、氏政おじいちゃん、謙信様を頼るっていう手もあるっちゃあるけど、私達の知っているお館様たちとは立場や性格が違うかもしれない。…それに私達が未来から来たといって信じてもらえる保証もないんだった。
「い、いいの?」
「ここから人里に降りるまで数日かかる。…お前たちに地の利があるとは到底思えない」
「うっ」
図星を突かれて私は頬をひきつらせた。
どうしようコタ、と思ってコタの方を見ると、コタは壁にもたれながらゆっくりと頷いた。そしてなぜか私の方をみて、少し顎を上げる。口をぱくぱくと数回動かしてくれたけど、残念ながら私にその言葉を読み取る力はない。
ごめんコタ!!
読み取れたっぽい白雲斎が、コタの方を見てゆるりと頷いた。その場がなんとなくまとまりかけたところで佐助が声を上げる。
「ッ俺は反対です!」
なんで?と目をぱちくりする2人を睨んで、佐助は自分よりだいぶ背の高い白雲斎を見上げる。
「理由は。」
「だって…明らかに怪しいじゃないですか」
「どこがだ」
「全部です!」
「ひでぇ…」
確かに怪しいだろうけど…即答かぁ……
若干へこんでいたら、また大和くんが背中を撫でてくれた。うううう、ありがとう…君も良いお嫁さんになるよ…!
「…つまり佐助は、この二人が認められないってことか?」
「はい」
「なら、勝負すればいいだろう」
「へ?」
白雲斎はほんのわずかに首を回して部屋の中を一瞥した。
「ここに置くなら、例外は作れん。こいつらと同じく食い扶持は自分で確保してもらう」
「…つまり?」
「日が暮れるまでに食材を確保してくる。こいつらが先に戻ってきたら、残ることを認める。これでどうだ」
「……」
「で、でもそれって佐助たちに不利じゃない…?」
あと、私多分行ったら帰ってこれないと思う…。さっき外に出たときの景色を思い出す。どう考えてもここは山の中で、一切整備されてなさそうなのは容易に想像できる。
そんなところに登山歴0秒の私が登ったところで何も見つけられないだろう。なんなら逆に私が山の幸の一部になる可能性の方が高い気すらするもんね!
おずおずと手を上げたら佐助が馬鹿にした顔で私を見てくる。佐助ってばこの歳からそんな顔で私を見るんだね!?将来安泰…じゃなくて、K安声がチラついておりますー!
「どう考えてもシズカにやらせるのは無謀だ。だからコタ…が2人分取ってくる。こいつらと違って、地の利もないし、量も多い。十分だと思うが」
「それなら…」
「勝負?!やるやる!」
渋々頷いた佐助に、大和くんが言葉を重ねて身を乗り出した。やる気満々な表情で立ち上がる。
かすがも「よーし!」なんてニンマリとした笑みを浮かべるし、コタもやる気満々と言った顔で壁から体を起こした。
白雲斎はそんなやる気満々なメンツを見回すと、おもむろに手を一つ打ち鳴らす。瞬間風が頬を撫でて、彼らの姿は跡形もなくなっていた。
おおお…いまのかっこいい…!
ご丁寧に落としていったコタの黒い羽を拾い上げて天井を見上げていると、背後でカタリと戸を動かす音が聞こえた。振り返ると、ちょうど白雲斎もこちらを振り返ったところだった。
瞬間あの冷たい目と目が合って、ほんの少しの苦手意識が浮かぶ。
「シズカ、料理はできるか」
「…人並みには」
「そうか」
白雲斎が戸を開けた先は小さな台所のようだった。
空間を分けてるのはなんか理由があるのか分からないけど、なんかトトロの家みたいだ。
へぇ、と思ってその後に続くと、白雲斎は体を滑らせて私に前を譲った。
忍者の家のキッチン、と言われるとだいぶドキドキする気がするけど案外普通だ。なんかこの辺の棚の突起を引くと天井から槍が落ちてくるとかそういうのは…なさそう。
だけど、私たちがいた小田原の家では絶対に見ないような怪しげな乾物や布があちこちにあってごちゃっとした雰囲気がある。
すごいたくさんの数の道具があるんだけど、これとか何に使うんだろう…
「……足を砕くぞ」
「???!!!!」
ギョッとして慌てて元の位置に戻して振り返る。
相変わらず淡々とした顔で恐ろしいことを言った白雲斎は、腕を組んでこちらを見下ろしていた。
そして音もなく私の隣まで並ぶと、鉄製のすりこぎみたいな謎の器具を奥へ無造作に押しやった。
「持ち方はこうだ。」
「……」
「間違えると手を滑らせる」
思わず顔を見上げる。
さっきまであんなにメンタルにブッ刺さる言葉を投げつけてきてたとは思えないほど涼しい顔がそこにある。
ちょっと怒らせたと思って(しかもその後号泣しちゃったし)距離空けてたのに、肩に服が擦れるくらい近いし…案外私の気のせいだったり…?
「なんだ」
「えっ、いや…」
まさか白雲斎が怒ってるのかどうか気にしてました!とはとても言えなくて、目を泳がせる。すると彼は少し顔を動かして、音がしそうなくらい長いまつ毛を瞬かせた。
「…火箸はそこ。火口はその上だ。火打石の使い方はわかるか」
「う、うん」
「そうか」
そういうと白雲斎はスッと身体を引いた。
そして、コタがよくやるみたいに、腕を組んで身体を壁に預ける。
「……」
「……」
静止。
私は動きを止めた白雲斎の顔を見るけど、彼もじっとこちらを見て身じろぎひとつしない。しばらくじっとお互いを観察していた私たちだけど、先に根負けしたのは私だった。
や…これは解らん…
怒ってるのか、私に不快感を感じてるのか、興味がないのかあるのか…本当に全然距離感がわからない。マジで全然読み取れない。
もしかしたら一般的な忍びって全員こういう感じなのかもしれないけど、私が知ってる代表格が佐助(オカン)かすが(きゃわたん)コタ(ジェスチャーで頑張ってくれる)こーちゃん(その笑顔、国宝)なせいで全く参考にならない!
もし4人が私に合わせてくれてたなら本当にありがとう!!普通の忍び(かもしれん人)怖すぎます!!
諦めて刃部分しかない包丁みたいなものとか、謎の調味料みたいなものの物色に戻る。あ、この壺漬物だ。
この黒い液体は………なに…?!これすごい匂いするんだけど!!
すると背後からポツンと声を向けられた。
「…さっきの事は気に病むな」
「え」
思わず振り返る。
振り返っても景色も白雲斎のポーズも変わってない。
「言葉は形を持たない。だからこそ厄介だ」
「……」
「シズカが混乱したとしても、間違いではない」
――………?????
え、…えぇ???
私の頭には疑問符ばかりが浮かんで消える。
どう…どういうこと?
「焦るな」
…ええええぇえええ????!!
数十分前に言葉の刃物で、人を滅多刺しにした人がどうして、なにを、いったいおっしゃっておられますの?!?!
流石の私でもちょっとドン引きですわよ?!??
衝撃的な言葉に頬が引き攣る。
こっ、この人、私に「言葉にできないなら喋るな」的な事言っておいて何?!???!!?!?!!?もしかしてちょいサイコパス寄りの人ですか?!!
あまりに意味が分からなすぎるから目をガン見したんだけど、白雲斎は少し目を揺らしただけでそれ以上何も言わなかった。
――…なん、なんか…
(つ、つかれた…)
どっと疲労感が出てきた。
「――…ねえ」
「なんだ」
「白ちゃんって呼んでいい?」
「……」
再び間。
「好きにしろ」
これはあれです、白雲斎……改め白ちゃんは天然サイコパスさんです。異論は認めん!!!
もうなんかつっこむのも深く考えるのも疲れて、私は再び台所……というか作業台みたいになってる方へ向かい直す。
明らかに柄の部分がない包丁の刃の部分だけみたいなやつとか、なんか動物の……なに?もののけ姫とかで見るようなやつとか、あとは謎の粉たちをひとつひとつ確認していく。
時たま背後から「それは触るな」とか「目を潰すぞ」とか恐ろしいヤジが飛んでくる。
そんな危険物を!!台所に置くんじゃありません!!
そう思いながら、半分ちょいくらい確認が終わったところで、視界の隅に黒い影が現れた。
「おかえりコタ!」
口をへの字にして手に魚と木の実となんかの草を持ったコタはゆっくり頷いてそれから背後を振り返る。
するとそれとほぼ同時にけたたましい音を立てて扉が開かれた。
「っだああああああ!!」
「あっ……足早すぎ…っ!!」
見れば何故だかびしょ濡れになった大和君と、傷だらけの佐助と、髪が乱れたかすががいた。散々なありさまの3人を見てコタの口端が若干持ち上がったのを私は見た。
肩で息をしている佐助は白ちゃんを見て「くそっ」と悪態をついた。
「残念だったな、お前たちの負けだ」
「く…後をつけてるなんて卑怯だ…!」
「河に突き落とされた!!」
「………」
睨みつけて苦々しく呟いた佐助に、コタはこてんと首を傾げた。それで、なんのことだか?と言わんばかりに口角を上げるもんだから佐助はますます目を鋭くさせた。
諦めろよ佐助、と大和君がびしょびしょの手で佐助の肩を叩いて、佐助はそっぽを向く。
んもぅ、ツンデレさんめー!
コタは白ちゃんに手に持ってる食材(ちょっとまって、それどうやって調理すんの?!)を手渡した。
それに続いてちのびーずも食材を台所に置きにくる。
「シズカお姉ちゃんがご飯作ってくれるの?」
「…まぁ、出来る範囲で、だけど」
「やったー!」
「美味しいご飯ー!」
「…どういう意味だ」
白ちゃんが問えば、かすがが顔を青くさせながら首を振った。こっそり耳元で大和君がささやく。
「…師匠ってば料理、あんまり上手じゃないんだよね」
まあ…
私もちらりと視線を向ける。
これで料理うまかったら逆にびっくりするよ、正直…。
「………大和、聞こえてるぞ」
「う、わわわわ!な、なんでもないです!」
――夜。
「久しぶりに美味しいご飯食べたーーっ!」なんて喜んだかすがに白ちゃんの冷たい目が突き刺さったのを横目に見ながら、私は皿を洗い終えた。さて一息、と思っていたらごちそうさまでした!そう言いながらちのびーずは食後の"ひと修行"に向かって行ってしまった。
コタもちのびーずの修行を眺めに行ったし、白ちゃんは気づいたらどっかに行ってしまって、今この家のなかには私が1人だ。
部屋の中にいると、外で唸る風の音ばかりがする。
私はそれを聞きながらため息をついた。
――暇だ。
いつもだったらすぐに外に出て、ちのびーずの練習風景を見たりしたと思うけど、今日はそんな気分になれなかった。
思い出すのは、信じられないほど重たい音。
生きてきて一度も感じたことのない、力のぶつかりあい。
骨と骨がぶつかって、痛みで呻いて、よろめく世界。
政宗も幸村も、…ナリちゃんチカちゃんだって、当たり前のようにそれを振るっていた。それがあまりにも……。……。
…前にも私は武田道場で見ているはずだし、奥州でいつきちゃんたちの一揆を止めに行った時だってそうだったはずで…。あのときはちっとも怖くなかった。
…はずなのに。
――『違うと思うなら、言え』
「…そんなこと言われたって」
わかんないのに、何を言えっていうんだろう。
違うって、思ったはずなのに。
何も言えなくて、わからなくて。
ただ悔しさと寂しさと、……。
「はあ」
――『生きるために、力をつける。そんな当たり前のことに何を怯えている』
…本当に、当たり前なんだろうか
私は、違うって、おもった。けど。
……みんなは違う、のかも
でも…だって…人は殴ってはいけない、はずで。……でも、”戦国BASARA”って、そういうもので。ここは、……、トリップ夢小説、みたいなもの、で…。
――『お前の『違う』は、どこにある』
答えを掴みかけては、指先をすり抜けていくような感覚だ。
ちょっと答えが浮かびそうになって、でもなにかがそれを否定して。もう一度戻って考え直して、言葉を思い出して、武田道場でのことを思い出す。
そのモヤモヤしたものを追いかけていると、やっぱり形のない「怖い」が出てくる。
誰かに聞いてほしいけど、こんな曖昧な言葉を聞いてくれる人はいなくて。
笑い飛ばしてくれる人も、親身になってくれる人も、いない。
いつもなら、アニメや漫画の言葉たちが私の気持ちを拾い上げてくれる。
なのに、
なのに……
随分と前からその言葉たちは私の中に転がったままだ。
今だって、モヤモヤとした塊を表すには至らない
私の言葉は、どこにあるんだろう
私は少しでも安心したくて膝を抱える。
行燈の中の炎がちろちろと揺れて、影を生き物みたいに見せている。
なんだかそれが居心地が悪い感じがして、もう少し膝を寄せた。
(さびしい)
私は膝に顔を埋める。
自分の膝は思っていたより冷たくて骨ばっている。
何かが欠けていて、何か落としてしまったみたいだ。
吐き出した息は少しだけ震える。
私はもう一度「なんで」と口に出して、ギュッと目をつぶった。夜は更けていくけれど、家の外は相変わらず風と水の音が騒がしい。
…早く朝がくればいいのに、な。
そう思って私は静かに自分の呼吸の音を聞いていた。
@
―――…目を覚ました。
朝はだいぶ肌寒くなってきた。ひんやりとした室内で、与一は静かに目蓋を持ち上げた。井草の香りが鼻を掠める。しばらくら世話になっている、小田原城の天井もだいぶ見慣れてきたな、なんて思う。
「…………」
与一はいつもの様に布団を丁寧にたたむと、手ぬぐいを持って顔を洗いに部屋を出た。
ひんやりとした廊下を渡って井戸の所まで歩いていく。
「…あ」
「……与一か。早いな」
「元就も。…おはよう」
「ああ。」
井戸の前で深い緑の着物に身を包んだ元就に出会った。
彼も起きたばかりなのか、髪から僅かに水が滴っている。
元就は与一の姿を見かけると口端をゆるやかに持ち上げて瞳を伏せた。
まつげが長く、幼少の頃からソレは変わらないなと与一は思う。
「今日も天気は良くなりそう?」
「…ああ。今日も快晴だろうな」
それからちょっと他愛のない話をして与一は元就と別れた。
冷たい水で顔を洗っていると井戸桶の中の水面に、陰が揺らぐ。
「…幸村の兄ちゃん」
「与一殿…」
―――…『…シズカ!』
数日前。
シズカが居なくなったあの日。
挑戦者を置いて探しに飛び出した幸村を。顔を歪めた兄弟たちを。
与一はどこか夢のような気分で見ていた。
気づけば部屋にいて、一枚だけ引かれた布団を前に立ち尽くしていた。外はすっかり暗くなっていて、ぼんやりと時間がたったことに気が付いた。
頭の真ん中の、芯の部分がどこか痺れていた様な感覚があった。どこか、霧がかかっていたような。
(…姉ちゃん)
隣には誰も居ない。布団だけが綺麗にたたまれて隅に置かれていて。
その布団を見たとたん、苦しくて息が詰まった。
そのままその苦しさは断続的になってきて。震えた声が口から漏れたとき、唐突に涙が溢れた。天井裏にいる忍に見られたくなくて布団を頭まで被って。
(ね、えちゃん)
声を押し殺して、泣いて、泣いて、
もう、会えないんじゃないか、もしかして元々居たところに帰っちゃったんじゃないかとか。
どんどん嫌なことばかり溢れてきて与一は布団の中で自分の肩を抱きしめる。
(ねえちゃ、ん…っ)
「う…っ」
声が漏れるのが怖くって、認めてしまったら人目も気にせずに声を上げてしまいそうで。
与一は口を押さえる。ぎゅっと目をつぶって体を丸めて。
…そうして気がついたら朝が来ていた。
いつの間にか隣には、政宗も、元親も、元就も寝ていて。
大の男が3人も居たら狭いだろう部屋で、各々が持ってきたのか乱雑におかれた布団で無理やり雑魚寝していて。
それが嬉しくて、でも現実だったことが悲しくて。
――自分でもよくわからなかったけれど、あの時確かに。
「……与一殿…」
「幸村の兄ちゃん。…笑ってよ」
「え?」
そう、あの時確かに自分は笑っていた。
きっと情けない笑いだったけど。声を上げて、肩を震わせて。
ちょびっと泣きながら、笑った。
「兄ちゃんは、笑ってた方が、兄ちゃんらしいよ。」
姉ちゃんだったら心配すると思う。
その言葉に幸村は一瞬ぽかんとして、それから泣きそうな顔になり、目蓋を閉じた。
「…そう、でござるな」
「うん。笑っててよ。兄ちゃんも、皆も。」
いつもみたいにいつもの日常を繰り返せば、きっと突然戻ってくるだろうから。
ニヤニヤしながら「なになに?寂しかった?」とか言って帰ってくるから。
幸村の向こうで立ち尽くしていた政宗と目が合った。
与一と目が合うとバツが悪そうに頭を掻いて、政宗は幸村の元までやってくる。
「おはよ、政宗」
「おう。…真田はひでぇ顔だな」
「うう…面目ない」
幸村が肩を落とすのを見て、政宗はしっかりしろよ、と言わんばかりに首を鳴らした。
そして疲労の浮かんだ目が合う。
「……なあ」
「なに?」
「…俺も、あいつらも、一度国に戻る」
「!!」
「……政宗殿」
「ああ。西がキナ臭ぇ」
「……」
暗に戦だ、といっているのはわかった。
自分の手前言葉を濁したつもりかもしれないが、与一にだってわかることはある。思わず幸村の顔を見たが、幸村もまた真剣な顔をしている。
その顔一つで、西がどれほどの緊張感なのか見て取れた。
――戦が始まる。
与一は手のひらを握り締めた。
政宗も、元親も、元就も帰ってしまうのだ。
きっと幸村だって上田の町へ帰るだろう。そして、戦に向かう。
……そうしたら、与一はまた小田原に一人だ。
(おいらは)
……。
(大丈夫)
政宗と幸村が真剣に話し込むのを眺めながら、与一は唇をほんの少し嚙み潰した。