私の神様(仮)
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「 ゑ 」
ドダダダダダダッッ
ッスパーーーンッ!!
「シズカ姉ちゃん!与一!!朝だぜ!!」
「ううううううるさーーいッッ!!」
どうして誰も彼も障子を壊す勢いで起こしにくるんですか?!氏政おじいちゃんが泣いちゃう…いや魂抜けちゃうでしょ!!
私の神様(仮)
~ハンズユアアップ!~
…なぁんて騒がしいけど懐かしい、懐かしいけどやや迷惑な朝を迎えた今日。今日も美味しい朝ごはんを食べて、まったり過ごす朝の9時前。本日もまったりと一日が始まる……予定だった。
「…………誰か説明プリーヅ!」
「見ての通りですよシズカ殿」
目の前にそびえ立つ、雄々しくて豪勢な建築物を見た私の反応に返してくれた人は、残念ながらノブさんだけであった。
そう、目の前にはBASARA~英雄外伝~で赤い純情わんわん、真田幸村のストーリーモードで出てくるあれ……いわゆる武田道場が建築されていた。
朝っぱらから轟くお館様の雄叫びに、共鳴する幸村の遠吠え、渦巻く風に乗って聞こえてきた佐助の悲鳴。慌てて与一と部屋の外に飛び出せば、昨晩にはなかったはずの物体がさも当然の顔で人様の城の庭に建っていた。
「…まぁ建っちゃった物に関しては何も言わないよ。」
「……ずいぶん慣れたなシズカ」
「おおおっ、おは、おはようございます!」
「あ、勘助兄ちゃんにマー君おはよー」
「昨日はどうだった?」
「あっあの、みなさん、手伝ってくれてありがとう、ございました!」
ゆるゆると笑う勘助兄ちゃんの前に立って、与一が頭を下げた。この間のお花見の話だと気づいて、私も頭を下げる。
そうしたらノブさんが「いえいえ、楽しめたなら何よりです」と珍しくトゲもなく言うもんだから私は目を剥いた。
「えっ、珍しい」
「子供は宝ですよシズカ殿」
「あっ、ああああ!それに、あのっっあのあと我々も…楽しませていたっ、いただき、ましたからっっ」
そう言うわけだから気にするな坊主、と勘助兄ちゃんがゼムスマイルを浮かべると、与一はやんわりとした笑みで「えへへ」と笑顔になった。
うーーんきゅーと!!
そしてノブさんの視線が武田道場に向く。
「今まで自重して鍛練してたんですけどね……何かあったんでしょうか」
「佐助の監視の目が緩んだのかな…」
「さぁ?」
肩を竦めるノブさん。5人で呆然としていたら、向こうから大所帯がぞろぞろとやってきた。お館様・謙信様・氏政おじいちゃんを筆頭に、筆頭と日輪と海賊と虎若子と風来坊と……茶色いけどなんだアレ。
じぃっとやって来るその集団を見ていたら、急になんだか聞いたことがある声がした。
「おぉ?!でっけー!」
「ん…?この馬鹿っぽい声は……む、武蔵?!!」
あのひらがなだらけの喋り方、バカっぽい動き、間違いなく宮本武蔵だ。両手にオールを持ってる彼ですね分かります!
道場破りが目的だから、ここに来るのはまぁ有り得無くはないとして。朝からずいぶんお忙しいことだな武蔵!
と、突然目の前にムチムチボディが現れたので、思わず反射的に抱き着いたら舌打ちされた。
「かすがたん酷いですのー!」
「いきなり前置きも無く抱き着くからだ馬鹿!」
「うわぁぁ馬鹿って貶された!でも大好きだー!!」
「は!な!れ!ろ!」
ぐぐ、と引きはがされそうになって思わず腕の力を強くしたら、パーで背中をベチィンッ!と良い音で叩かれた。ひぃぃぃい!いてぇぇぇぇ!でも離したくねぇ!
頬擦りしながら背中を堪能していると、耳が背中にくっついた。
――トットットッ
(え)
一瞬なんだかよくわからなかった。
この音に聞き覚えがあって、それから気づく。
……心臓だ。
かすがの、心臓。
「!」
ギョッとしてかすがから離れると、かすがは振り返って「まったく!!」と鼻を鳴らす。
頬にかすがの体温が残っている。
「……」
思わず自分の顔を触った。
いつもの温度、いつもの肌。
何も変わったことはないはずだ。なのに、今の感覚はなんだろう。
「どうかしたか?」
「あ、いや、ごめんなんでもない」
い、いやいやいや、そりゃかすがたんだって心臓くらいありますよ!!だってこのハートがドキドキでプリキュアでマックスハートだから謙信さまぁぁああなわけで?!!
いかんいかんしっかりしろ!とおもって自分の頬をぺちぺちと叩く。
ぐっと目を閉じて大きく息を吸った。乾いた風の匂いがして、それからふと目を開けると、目の前に茶色があって、更に茶色があって、茶色があって、最後にぐりぐり丸い目があった。
「………は…」
「…ふーん。なんかおめーバカそうだな!」
「武蔵きたぁぁぁうっせぇよぉぉぉ!」
「ぐぁっ」
失礼過ぎる上に息が掛かるくらい顔が近くて、思わずアッパーを食らわすと武蔵は鈍い声を上げてしゃがみ込んだ。
……はっ!つい防衛反応で拳が!ていうか顎堅っ!
殴った拳が尋常じゃないぐらい痛い!ナリちゃんのチョップ程じゃないけど!
「…シズカちゃん、大丈夫かい?」
「うわーん慶次ぃぃぃ!顔近かったぁぁぁ!可憐にオ・ト・メなシズカちゃんてば、びっくりして思わず拳が出ちゃった!てへっ」
「いきなりなにすんだこの馬鹿!」
「誰が馬鹿だよ!バーカ!バーカ!」
「ばかって言った方がばかなんだぞ、ばーか!」
「バーカバーカ!バーカバーカ!バカって言う方がバカなのよ!」
てれってれってってれてって♪てってててって~FU!?
知ってるよシズカ!あんたのほうが馬鹿だってこと!シズカ知ってるんだから!伊達にバサラやってないんだから!
ギギギギと睨み合う私達。勘助兄ちゃん達からの呆れた視線を受けつつ、武蔵を威嚇していると、いつのまにか隣にコタがいた。ありがとう!コタだけは味方だよ!
「…もううちとけあってしまいましたね」
「ほっほっほ、仲良き事は美しきかな…じゃのう」
「あんたらアレが仲良く見えんのか……?」
「stop、言うな小十郎」
そんな呆れた会話が聞こえてきて、聞き捨てならん!とそちらを見る。
すると、肩をわざとらしくすくめる政宗と目が合って、それから苦笑するこじゅと目が合った。私からしたら2人の方が随分仲がよろしくみえますけどね!?
「挑戦者よ!!」
お館様がムン!と唸って声を張った。
ビリリと鼓膜を揺らしたお館様は私と睨みあっていた武蔵を指差した。
「儂らと相まみえたくば、この武田道場を進んで見せよ!!」
「武田道場?」
きたああああああ!!!!武田家の日常ver.小田原!!
拳を握る私をよそに首を傾げた数多のメンバーにノブさんが「見ればわかりますよ」と曖昧過ぎる説明をしている。まあ確かにあれは形容しがたい光景よね!
「……ところで、猿飛の姿が見えないんだが」
アレと聞いて一瞬嬉しそうにした勘助兄ちゃんだったけれど、そのあと当たりを見回して首を傾げた。するとナリちゃんが呆れたようにため息をつく。
「やつは壊れた門を片しておるわ」
「こっここここ壊れた?」
まさか…と顔を引き攣らせた私達を見て、ナリちゃんは「すげー!」とキョロキョロしている武蔵に目をやった。そして顎で指す。
「…あいつらは慣れてるだろう。だから押し付けてきた」
「なんだ…てっきり幸村辺りがブッ壊したのかと…」
「むっ、某とてそこまで無謀ではござらん!!」
唇を尖らせて幸村が抗議する。
いやいやいや、どの口がそれを…そう言おうと思って幸村の顔を見た。
ら。
あ。心臓が痛い。
胸の奥がきゅっと掴まれるみたいにして、急に呼吸が浅くなる。
なんか……なんか変だ。
「シズカ?」
幸村はいつもの、全力120%のわんこ幸村スマイルで私に向き直る。
いつもみたいに耳もしっぽの幻覚も見えているのに、なんだかその笑顔の目じりの柔らかさに目が行ってしまう。
その瞼の奥で瞳が私を映しているのに気付いて肩が飛び上がった。
「いっ……いやいやいや、なんでもないよ!!!?幸村随分自信満々に否定するから、ちょっと…ほら……高血圧的なね?!あ、…あはは!」
自分でも何言ってんのかわからない。
喉が言葉の前に変なとこで引っかかって、笑い声がひっくり返った。
「そうでござるか?ならば良いのだが……」
少し心配した顔を浮かべた後、私と目があっていることに気付いた幸村は小さく頬笑みを浮かべた。
たぶん何気ない表情なんだけど。
いつもなら私も「これが佐助を射止めたアルカイックスマイルですか!!!??」とか叫んでたんだけど。
なのに、今日は違う。
視線が、あまりにもまっすぐ刺さった。
「…………っ」
その眼に耐えきれず、私は呻いて視線を逸らした。
なん…なんだこれ!なんか…こんな距離感だったっけ私たち!?
それ、それに私幸村の、こッ…告白返事してないわけで!!!なのになんで普通に話しかけてこれるわけ!?私だけが気まずい感じですかこれ?!!
アハハハ、ハハハ…と引き攣る頬を感じながらコタの後ろに隠れる。
コタは首だけで私を追いかけると、少し横にずれて幸村から私を隠した。
うぉおおおありがとうコタ!!!よっ!さすが伝説!!
ドッドッドッと痛くなる心臓を静まらせようと必死にコタの背中をガン見している横を、武蔵が駆け抜けていき、それをお館様や氏政おじいちゃんたちがついていく。
そして横をすれ違った慶次にニヤニヤとした視線を注がれた。
くっっっ後で覚えてろ素敵ポニテめ!!!
「……ふむ」
「!!!」
ぞろぞろと残りのみんなが後に続く中、反対側からナリちゃんが私を見る。
う、と思ってそちらを見ると呆れたように眉尻を下げたナリちゃんがいて、私はびくりと震えた。恐る恐る目を合わせた私を見て、それから肩をすくめた。
「先に行っているぞ姉上」
「あ、う、うん…」
「はあ」
今日一日分のため息をまとめたのかってくらいデカイため息ををついたナリちゃんは、首を振るとすたすたと武田道場の方へ向かっていった。
「ううううう」
「……?」
「コタぁあああ…私なんか変なのかも…ッ!」
「……」
そんないつもの事じゃない?みたいな動きしないでよ!!!
間違ってないけどさ!!
例の如く、斧の一振りで作り上げられた武田道場の観客席?みたいな場所に収まる私とお館様と謙信様、氏政おじいちゃん、幸村、あとデカちびちゃんズ。
何人か行方不明なのは多分、出番が近いからなんじゃないかと疑っている。
「こうしてであえたのもなにかのえんですから。みなにたのしんでいただこうということです。」
「これなら城の庭が壊れることは無いしのぅ」
「あっはっは、ですよねー」
じゃなきゃ勝手に建築物作られて、おじいちゃんが卒倒しないはずがないもんね!
そんなことを思って遠い目をしていたら、武田道場の門がけたたましく開かれた。
「おっしゃぁー!いっくぞー!」
「最初の相手は…この者達じゃぁあ!!」
お館様(今は隣で火男仮面になってるけど)(マジ可愛い)が吠えると、武蔵の向かい側の扉がギギギ……と音を立ててゆっくり開いた。その先にいたのは。
「んっふっふ!いきなり俺となんて、あんたも運が無いねぇ!」
「…まぁ、言われたらからには全力で行かせてもらうか…」
「どうして俺まで…」
「うッぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああ」
「姉ちゃんうるさっ」
「だってだってふぅぅぅうい!!」
そこに立っていたのはナルちゃんと勘助兄ちゃんと小十郎のTHE☆人相悪い組だった。ここであえて勘助兄ちゃんを選択したお館様 マ ジ G J ! !
「勇武無双の成実とは俺のこと!尋常にいざしょーぶ!」
「へっ!かかってこーい!」
「hey!小十郎に成実!手ェ抜いたりすんなよ!」
「おっけー!」
「承知!」
「勘助兄ちゃん頑張ってね!」
「シズカ、ありがとな」
曲刀を両手に持ってナルちゃんが突撃する。
その後ろに隠れるようにこじゅも駆け抜けていく。武蔵は「へへん!」と鼻で笑って背中に括り付けてあった二本の鈍器…つーか凶器を構えて、一度ぶぉん!と振り回した。
ナルちゃんが二本の曲刀で押し返しながら勢い良く切りかかっる。
しかしそれは武蔵の武器に阻まれた。
ニヤリ、と笑ったナルちゃんの後ろからこじゅが更に切りかかる。
「よえーんだよ!」
それも阻まれ、力任せに振り払われた。
後ろに下がった二人の隙間から勘助兄ちゃんが飛び出す!
「うぉっ!?…なーんてな!」
勘助兄ちゃんの投げた千本をしゃがんでかわすと、そのまま武蔵は前転する。
踏みとどまった勘助兄ちゃんの足元まで一気に転がると、武蔵は八重歯を見せながら…
「!!」
ガッ!
頭と頭がぶつかり合った。
(…………え?)
一瞬だけ、世界の音が全部止まった。
燃えるような歓声だけが遠ざかる。
ガン、ッ……
頭がぶつかった音だけが、耳の奥で繰り返されてぞわわわ、と背筋が震えた。
骨と骨が、皮膚と皮膚が、人間の頭がぶつかり合う音。
ここに来てから幸村とぶつかったりなんだりで、何度も聞いた音だったけど、なんだか今日は、それだけじゃない。
(こんな……胃がキュってなる音だっけ……!?)
固い音を思い出して胸の奥がすぼむ。
勘助兄ちゃんの灰色の脳細胞が死滅の危機だというのに、私の身体は勝手に半歩引く。手が勝手に震える。目が泳いで、勘助兄ちゃんたちの顔をまともに見れない。
武蔵の頭突きを受けて右手で額を押さえ、よろめく勘助兄ちゃん。勘助兄ちゃんと武蔵の間に滑り込むようにしてこじゅが一閃。
後方に跳んで避けた武蔵の元に、ナルちゃんからの一閃が休むことなく入れられた。
それも避けた武蔵に更に身体を翻した斬撃が走る。
鋭い一撃と、躊躇のない身のこなしに、周りは興奮して叫んでいる。
誰もこの違和感を共有していない。
だから余計に自分だけ異物みたいで、焦る。
なんで……今、こんなに怖い?
知らずに腕を抱え込んでいた。
指先が冷たい。気づけば腕に鳥肌が立っている。
そのざらりとした感覚がよけいに神経を尖らせて私はもう一度身震いした。
へへっ!笑って武蔵が切り上げできたナルちゃんの曲刀をはじき返した。
一瞬それを目で追って、ナルちゃんが舌打ちする。
「俺を忘れてくれちゃ困るぜ」
「わ!」
ラッシュを決め込もうとした武蔵にこじゅからの鋭い一突きが襲い掛かる。
体をひねって避けた武蔵だけど、腕を掠めたらしく刀に赤い筋がついた。
それでもひるむことなく武蔵は手にした凶器(という名のオール)を大きく振り回す。
「「!!」」
無抵抗で風圧を受けたナルちゃん達に武蔵のとび蹴りと、オールがそれぞれのお腹にダイレクトに入った。
「小十郎!成実!!」
叫ぶ政宗を見上げて笑うと、腹を抱えて悶絶する二人にオールを持って近づく武蔵。
え!ちょ、待っ…
何を、そう言おうした矢先に、武蔵の足元に千本とクナイが4本突き刺さった。
「そこまでだ」
「次は俺様たちが相手だよ」
「………」
「無念晴らさせて頂きます」
そこに立っていたのはかすが、佐助、コタ…そしてこーちゃんのシノビーズだった。
ケッ、と唾を吐き出して、武蔵はシノビーズから離れて再び臨戦態勢をとった。その後ろで北条家の人に肩を支えられてダメージを受けた勘助兄ちゃんたちは退場する。
私はホッ、と息を吐き出してから改めて自分の手のひらに視線を落とした。冷え切った指先が震えているし、まだうっすらと鳥肌も残っている。
本当にどうしちゃったんだ、私。
なんかの病気だろうか、…いよいよ萌えすぎて心臓が過労死寸前とか??
そう思って手すりに手をついていると、カツカツとヒールの音がした。
顔を向けるとナリちゃんが口をへの字に曲げてやってくる。さっきよりも顔からもう不機嫌が滲み出ていて、私の頬が引き攣る。
「な、ナリちゃん」
「姉上、何かあったか?先ほどから様子がおかしいが。」
ナリちゃんの視線が私の指先にわざとらしく落ちてきた。慌てて引っ込めると、ますます不機嫌な顔になった。
う、心配させてるなこれ?!
私は慌てて首を振って、乾いた笑いを捻り出す。
「ア、アハハ……い、いや、なんか体調悪い感じはないんだけど…なんか今日センチメンタル?モヤり中?なんかナイーブっぽいっていうか!」
「……」
「わ、私にもよくわかんないん、だけどね!!」
そういうと、ナリちゃんは顎を引いて私を見た。
ゲーム画面で何百と見た無表情がそこにあって、私は引き攣った笑いを引っ込めざるを得ない。ため息をつき、呆れた、といわんばかりにわざとらしく視線を上げた。
そして顎で奥の方を示す。
見れば、政宗とチカちゃんが、なんかチラチラこっちを見ている。
目が合った瞬間、揃ってスッと目を逸らされた。
私たちの様子を見たナリちゃんは「くだらぬ」とぼやくと踵を返した。
フン、といつもみたいに鼻を鳴らして髪が揺れる。
「まあ、何事もないのなら良いが……」
歩きながら、首だけ振り返った。
「真田のことなどいくらでも待たせればよいだろう」
「!!!」
「””待て””もできぬなら、ただの駄犬よ」
顔に一気に熱が集まるのを感じる。
目を見開いた私をナリちゃんはせせら笑うと、そのままデカちびちゃんズの方へ向かって歩いていってしまった。
あ、アカン完全にバレとる…!!これが本当の知将ってやつ…!?
置いていかれた言葉をもう一度反復して、それからちょっとの違和感を感じる。
(――あれ、)
多分それだけじゃない。
もちろん、幸村への…返事を先延ばしにしてて、すごい不誠実なのは…わかってる。
だけど、…なんかそれだけじゃないって感じがする。
ナリちゃんの言葉を反芻して、もう一度手のひらを見る。
なんか世界がそこにあるというか、いつもより音が近いというか。
いつもより音が生々しく聞こえる気がする。
鼓動が嫌な感じで跳ねるのを感じた。
(……やっぱり、普通じゃない。これ。)
ナリちゃんの後頭部が群衆に紛れて消えていく。
なんか怖い、と思ったけど…私が言葉にできないのにどうやって伝えればいいんだろうか。
結局何も言えなくて、私はナリちゃんの後頭部が人の向こうに消えるのを見送った。
どどん!
「!」
私の背丈よりも大きな太鼓が鳴って、空気がびりびりと震える。
慌てて視線を向けると第二試合が開始した。緊迫した空気を放っているのはシノビーズだ。
私はブルブルと顔を左右に振って違和感を吹き飛ばす。いかんいかん、気にし始めるとなお気になる!今はめくるめく武田道場に集中ッ!!
「さてと。ここを通りたきゃ、俺たちを倒してからいきな」
「貴様のような野蛮人…謙信様に会わせてたまるか!」
「まけるでない佐助ぇええええええ!」
「分かってますよ大将!」
「わたくしのうつくしきつるぎ…けしてむりをしてはなりませんよ」
「はいっ、謙信様っ!」
虎と龍から声をかけられて、かすがと佐助が分身を作り出す。
「風魔よ!いつものように頼んだぞ!」
「………」
「hey!coolに決めちまいな!」
「心得ました」
二人の忍びもまた分身を作り出す。
その場に居るのは8人のシノビーズ……
「これ、さすがにこんな鬼門トライアルステージは…」
確実にコンボ組まれまくってガードブレイクするパターンだよこれ。
打たれ弱いナリちゃんとかでプレイするとね…私なんか即K.O.だね!
そんなことを考えていたら、佐助(の、本体か分身かどっちか)が高く飛躍してクナイを投げつけた。
続いてこーちゃんも飛び出し、追うようにかすがも走る。
で、さらに残った一体がそれぞれ後ろに回りこむように間合いを取りながら駆けた。
…コタはいつの間にか一体だけになっていた。あ、あれ?いつの間に?
「だぁもー!ちょこまかとうっぜー!」
ドゴォン!
「ぐ…!」
「!」
「う、うそだろ?!」
一瞬にして空中に吹き飛ばされるかすが達。
飛び散る木片は、武蔵が地面をオールで殴ったときに壊れた床の残骸だ。
武蔵はそのまま左手のオールを下から跳ね上げて「うりゃぁ!」更に右手、左手…
こーちゃんがクナイを投げつけるが、オールの風に押し負けて地面に転がる。
あれ…なんか武蔵のこの動き、すっげー見たことあるんだけど…
「…あ、これ必殺袋叩きだ!」
「おりゃあ!」
「ッ!」
地面に叩きつけ、オールを振り下ろす、振り下ろす!
ぐおんぐおんと唸る風に巻き込まれる佐助にかすが、こーちゃん。
風の大きな唸りが道場の中に風を巻き起こして私たちの前髪を揺らす。埃っぽいにおいが鼻を突いて私はむせ返った。
かすがの蹴りがわき腹に入っても、一瞬もひるまないラッシュの嵐。抉れる床。
風と木片が吹き飛ぶ音がびゅうびゅう鳴っている。
「うわ、俺様もう…ッ」
佐助の分身が一体消えて、佐助がラッシュから逃れる。
「く…耐え切れない!」
「っ…!」
いまだ続くラッシュに、佐助が影縫いで武蔵の足元を払った。
バランスを崩してできた隙に抜け出したかすがとこーちゃんだったけど、耐え切れなかったのかこーちゃんの分身が消えた。
かすがが腕をかばって後ろに飛び退く。
こーちゃんは短く息を吐いて武蔵をにらみなおし、佐助は鋭い視線を向けた。
「なんだこの馬鹿力…!」
「うわぁぁぁぁシノビーズ気をつけて!武蔵の馬鹿力は忠勝並だよ!」
「はぁ?!なにそれ!馬鹿じゃないの!?」
「そういうのは早く言え馬鹿!」
「私今日みんなから馬鹿って言われすぎじゃない?!」
そんなに馬鹿かな私!?
「にしてもこの武蔵何レベよ…」
かすがたちを固有技だけで分身ひっこめさせるぐらい弱らせるなんて。
…まさかMAXとか言わないよな…よなぁ!?MAXとかありえないよね!?だとしら相当火力あるけど!
ボロボロの3人を眺めていると、開始位置からまったく動かない伝説の忍びが目についた。
コタがさぼってる…だと!
「ねぇ、コタ動いてなくない?」
「…もしかして『攻撃してきたら反撃する』ってことなのかな…」
「やさしーね、コタ。」
「小太郎兄ちゃん、めんどくさそうだね」
「そう思う?」
「うん」
与一の言葉に頷くと、突然隣の幸村がほえた。
「佐助!無理をするな!引くことも忘れてはならぬぞぉぉぉおおお!」
「だ、だんな…でも、まだ」
「佐助はまだまだ俺に仕えねばならぬであろう!それを忘れるな!」
「……りょ、かい」
幸村の遠吠えに、謙信様も微笑を浮かべて腕を押さえて見上げてくるかすがを見た。
「…つるぎよ、あなたもですよ。」
「謙信様…」
「!そうか風魔よ!お主これからもワシを守るために力を使わぬのじゃな?!」
「………(まぁそれでも良いか的な間)」(こくん
政宗とこちゃーんは言葉を交わさずにアイコンタクトで会話をするとお互い静かに頷いて見せた。
どどどん!!再び太鼓が鳴って試合終了を告げる。
その音の大きさにまた勝手に身体がぴくりと震えた。
「まさか彼等まで負けてしまうとは思いませんでした」
「あっ、あああああの者…つよっ、強いな…」
ノブマサコンビの言葉に、戻ってきた勘助兄ちゃんは肩をすくめる。額に巻かれた布にはうっすら血が滲んでいて私は唇を噛んだ。
ううう痛そう…
勘助兄ちゃんは私を見て片眉をあげると、まぁこんなのすぐ治る、といって笑いながら視線を落とした。
次の相手は、慶次と瀬戸内コンビだ。こんなの夕飯の唐揚げくらい鉄板の組み合わせで、私の心だってルンルンに踊るはず、なのに、なんか勘助兄ちゃんの怪我が気になって仕方がない。
(血の、においがする)
バレないようにチラチラと隣の3人組を見ていたら、視界の隅で朱が揺れた。
「――…」
幸村が真剣な顔で私の隣に並ぶ。
そのまま音もなく、吸い込まれるように柵に手をかけた。
一瞬ドキッとしたけど、幸村の視線は会場に注がれていて隣に私がいることに気づいてもいないっぽかった。
遅れて幸村の、…なんか、甘い匂いと汗の匂いがほんのりとする。
だけどその甘いにおいとは裏腹にその横顔は鋭い。
眉間には深いしわが刻まれているし、胸は浅く早い呼吸を繰り返している。
真剣な目の奥に淡い興奮が見て取れて、私は息をのんだ。
(……あ。なんか、幸村、…真剣なんだ)
またそれで心臓がギュッと痛む。
「……佐助は、強いが」
幸村は視線を会場に向けたまま、小さく呟いた。
私に言ったのか、独り言なのか判断がつかない。
「まさか手足も出ぬとは」
幸村の喉の奥で小さく唾を呑む音がした。
そして口角が持ち上がって背筋が小さく震える。
楽しんでるんだ、
私は、こんなに怖いのに。
――……こわい、のに?
(――……)
あんまり幸村の顔を見てられなくて視線を落とす。
ふと柵に乗った手が目についた。
幸村の手の甲は荒れていた。
爪は短いし割れている。ささくれもあって、不均一だ。
指の節は乾燥しているし、…武骨という言葉がそのまま当てはまるような、そういう手。
「…っ!」
なんかわからないけど、見てはいけないものを見たような気がした。
覗き込んではいけないものを、覗き込んでしまった。
――これは、人の手、だ。
キャラクターのポリゴンでも、イラストの滑らかな肌でもない。
こんなに生活の跡がある。
槍を握って割れた爪も、冷水で傷んだ肌も、細かなシワも、呼吸で揺れる身体も。
心臓が早鐘を打って、吐き出した息が不恰好に揺れた。
ドッ、と自分でもわかるほどにうなじの上に汗が滲む。
居心地が悪くて足の指を動かした。
いつもと同じ感覚、何も変わってない。
けど、……けど。
混乱する。
見えているもの、聞こえているもの、鼻に届く匂いも、いつもと同じはずなのに。
私は慌てて視線を幸村と同じ方に向けた。
眼下には、いつものBASARA服を着た慶次と、チカちゃんナリちゃんが涼しい顔をして立っている。
「我まで参加せねばならなぬのか…面倒だ」
「そんなこと言うなって元就!せっかくなんだから楽しもうぜ!」
「そーそー!恋もケンカも楽しんだもの勝ちッ!ってね!!」
「………心底不愉快だ」
わっはっは!!とチカちゃんと慶次が笑う。
その快活な笑い声が、ゲームの中で散々聞いた声で安心する。
大丈夫だ。
私は彼らの『声優』さんもわかるし、固有技の動きも、クセのある馬の乗り方だって覚えてる。
知ってる。覚えてる。
――大丈夫。
「さぁて!かかってきな!」
「へへーん!揃いも揃って雑魚ばっか!やっぱり俺様日本一!!」
「吠えてな!!」
チカちゃんがそういうと、力強く地面を打ち鳴らして巨大な錨をぶん回した。錨の先に纏った炎が線を描いて、眩しいくらいの熱風が頬を打つ。
武蔵はそれを前に転んで距離を詰めながら回避する。
「邪魔ぞ」
そこを読んでいたらしいナリちゃんが軽い動きで飛び込んで、輪刀で武蔵を横に払う。まだ立ち上がっていない武蔵は全身を使って飛び上がってナリちゃんの軌道を避ける。
「恋の花を、咲かせましょうっ!てな!」
空中に飛んだのをみた慶次が肩に担いでいた大太刀をぶん回す。
びゅお、と音が鳴って武蔵はそれを咄嗟にオールで受け止めた。けれどバキッと嫌な音がして、武蔵はそのまま壁に吹き飛ばされた。
大きな音がして、壁が崩れて、武蔵は瓦礫の中に埋もれる。
もうもうと土煙が上がって、武蔵の姿が見えなくなる。
思わず目を凝らすと、土煙の中から何かが飛び出した。まっすぐに狙ったように飛んできた塊をナリちゃんが受け流すのと同時に、弾丸のように武蔵が飛び出してきた。
「いってぇな!」
「っ」
バックステップで距離をとりながらナリちゃんが身をかわす。
武蔵は身体をひねって、遠心力をつけると、ナリちゃんが取った間をバネみたいな動きで無理矢理潰しにかかる。
「どきなァ!!」
「チッ!」
それを横からチカちゃんの錨が無理矢理割り込んでいく。オールをはじかれた武蔵は舌打ちをして間合いを取るために後ろへ飛び退いた。そこへ慶次が刀を振りつける。
オールを使って慶次の刀の軌道をずらした武蔵はそのまま慶次へ向かう。
「おいおい浮気は良くねえよな!」
チカちゃんがを武蔵と慶次の間に錨を勢い良くたたきつけた。
メキメキッ!と木が裂ける音が響いて床が抉れる。
咄嗟に懐に潜り込んだ武蔵に向けて、慶次はそのまま体をひねり大太刀を突き出す!続けざまにオールではじいた武蔵のわき腹へチカちゃんは錨を勢い良く振り払った。
もろに受けた武蔵は、呻き声をもらして更に距離を開けた。そこへ
「よくやった。…たまには使えるではないか」
ナリちゃんが呟いて、二人が更に間合いを空けた。ぶぉんと音を立てて光の輪が飛んでいく。
見覚えがある。ナリちゃんの固有技禁じ手・縛だ。
視界の隅で、幸村が前傾する。
ナリちゃんの固有技にフッと短く息が途切れる音が聞こえて、長い襟足が揺れる。
私はそれにまた少し息がつまる感覚があって、私は無理矢理息を吸った。
「ぐ、ッあああああっ」
武蔵の絞り出すような呻き声が響く。武蔵を取り囲んだ光の輪はそのまま武蔵を縛り付け、そして弾けた。
膝をつく武蔵。
なんとか一本のオールで体を支えている。
怒涛の攻撃に息が上がっているのがわかった。対するナリちゃんたちは余裕綽々と言った表情だ。
これはさすがに、そう思ってふと武蔵のオールが足りないことに気付く。
「ッ慶次!上!!」
「?!」
慶次の頭上に武蔵のオールが一本吹っ飛んでいた。
私の言葉に、慶次は大太刀をかまえて受け止めようと体を沈める。
しかし、皆がオールに目を向けている隙に武蔵は勢い良く間合いをつめていた。
「!」
「へへっ!」
武蔵は両手でオールを持つと勢い良く凪ぐ!
慶次はとっさに防御したけど、よほど強い力だったのか隣に居たチカちゃんも巻き込んで吹っ飛び、勢い良く壁に衝突した。
聞いたこともないような爆音がして、再び砂煙があがる。
二人の様子は分からない。
「チカちゃん!慶次!」
「いっちょあがりぃ!」
さっきの苦しそうな姿は演技だ。
ニヤリと笑った武蔵は更に休むことなく、姿勢を低くしてオールを拾い上げてナリちゃんめがけて駆け抜けた。
ナリちゃんは眉間にしわを寄せて振り払われるオールを輪刀で受け流し、そのまま分離させて斬りつける。
無理やり体との隙間にオールを突っ込み防御した武蔵はナリちゃんに足払いをかけた。
目を見開いて、ナリちゃんは後ろに大きくバックステップを取る。
「もらった!」
「元就ッ!」
空中を狙って武蔵のオールが吹っ飛ぶ。
なんとか空中で身をひねって避けたものの、背中から勢い良く地面に叩きつけられるナリちゃん。
肺が詰まったのか激しくむせ返るナリちゃんに、武蔵は一切の躊躇もなくオールを振りかぶって…
「ナリちゃ…!」
ガアンッッ!
耳をつんざく様な金属音がして、ナリちゃんと武蔵の間に蒼色が割り込んだ。
「…おっと邪魔したか?」
聞きなれた声がする。余裕をにじませた、けど嬉々とした声。
その声を聴いた瞬間、となりの朱色がさらに身を乗り出した。
え、と思う間もなく、そのまま幸村は柵に足をかけて、迷わず飛び降りていく。
「えええええ?!!!!」
慌てて下を覗き込むと襟足をなびかせた幸村は、そのまま蒼の隣へと並び立った。
それをみて、蒼……政宗は「Ha!」と鼻で笑う。
「なんだ奇遇じゃねえか」
「無論!」
2人の目はここからでもわかるほどに爛々と輝いている。
まるで目の前におもちゃを前にした子供みたいで。
もしくは、格好の獲物を見つけた…――
「ぜひともお相手願う!!」
「…ってなわけで。今度は俺らの相手をしてくれよ、Are you OK?」
幸村と政宗が肩を並べる。私はハッ、と息をのんだ。
こんなに離れているのに空気がヒリついているのが分かる。
お館様が一つ頷いて幸村に槍を投げ渡した。
受け取った幸村は感触を確かめるように一度槍を大きく振る。ビュオッと風が割ける音がして、幸村は一度首を鳴らした。
政宗が腰を沈め、六爪がかすかに震える。
準備万端と視線で語る二人をみて武蔵は嬉しそうに、だが獣のように目を細めると地面を蹴りつけた。
ドッッッ!!!
大きなものを落としたみたいな音が響く。
衝撃で私の足元まで石畳が微かに揺れた気がする。
「来るぞッ!!」
政宗が叫ぶと同時、武蔵の身体が消えた。
一瞬遅れて――
ガギィィン!!
金属が悲鳴を上げ、続いて骨か何かがきしむような音がして、私は思わず肩を跳ねさせた。
武蔵のオールが鋭い音を立てて政宗に襲い掛かり、火花が飛び散った。
「ほぉ……!」
政宗が笑う声は、妙に明るい。そして政宗は武蔵の馬鹿力を流すように体をひねると器用に刀を納めて片腕を空ける。そのまま武蔵の頬に向けて肘を叩きこんだ。
バキッとすごく嫌な音が聞こえてきたけど、武蔵はひるむことなくそのまま足を踏ん張って政宗の肩ごと力任せに押し返す。
続くように幸村が横から回り込み、斜め下から武蔵を突き上げる。
槍の穂先が空気を裂き、聞いたことのない鋭い音がする。
だが武蔵はその穂先をオールの持ち手で受け止めた。
メリメリッ……!
槍の柄がわずかに歪むほどの膂力で押し返される。
幸村の両腕が震えるのが見えた。
「政宗殿ッ!!」
幸村が叫ぶと同時、蒼い残光が横から割り込む。
六爪の一撃が武蔵の肩口をなぎ払う――はずだった。
ガアン!!!!!!
片方が木製とは思えないほどの低い衝撃音。
オールの木片と、政宗の六爪が欠けて飛び上がる。
「Ha-ha! こいつァタフだな!」
政宗は笑って言うけど、それはもう興奮そのものだ。
目の前の3人は笑っている。
楽しそうに、嬉しそうに。
けどその一撃一撃が、人の身体を確実に壊せる重みでぶつかっている。
「……」
声にならない息が漏れる。
音が硬い。
重い。
……本当に取り返しのつかない大怪我をしてしまいそうな。
…本当に人が人を殴って、いる。
「うっ…」
胃がむかむかする。
息が荒い、呼吸がうまく出来ない。
目の前で起きていることが信じられない。
歯の奥がかちりと音を立てている。
今すぐにでも目をそらしてしゃがみ込みたいのに、目が言うことを聞かない。
体が思うように動かない。
政宗の脇腹に、武蔵の蹴りが入る。
ヒュと何の音かもわからないけど、風が動く音がする。
浮かせられるのをこらえた政宗だったけど、武蔵のオールが下から迫る方が早かった。
遠心力で加速したオールが政宗を横向きに捕らえる。
――…私は目を開いて膝から崩れる政宗から目をそらせない。
こわ、い。
「――はッ!」
幸村が槍の石突きを地面すれすれで滑らせ、瞬時に穂先を跳ね上げる。武蔵の左手のオールが、槍の穂ですくわれるように絡め取られた。
柄と柄が噛み合い、梃子の要領で武蔵の腕が引き寄せられる。
「お?」
武蔵の目が、ほんの一瞬だけ丸くなる。
完全に意表を突かれた顔だ。
続けざま、幸村はさらに槍をひねって押し込む。
武蔵の左のオールが大きく軌道を外され、地面をえぐって転がる。
「フッ」
幸村の声が弾む。
胸の奥で燃えるみたいな、純粋な喜びの色。
だが――
「……へぇ」
武蔵が短くつぶやいた瞬間、顔つきが変わった。
野獣のそれだ。
武器を失った不利を、一切不利と思っていない目。
まっすぐに武蔵が踏み込む。
距離を一瞬で潰す動き。
とっさに幸村は槍でその距離を稼ごうとした。
けれど、
ガッ!!
「……っ!」
腹に、鈍い、骨ごと震えるような衝撃。
武蔵の頭突きだ。
武器を失った側の腕を囮にしながら、体ごと幸村にぶつかりにいっていた。
幸村の身体が大きくのけぞる。
槍の柄がギシリと鳴り、指の関節が白くなるほど握り込まれている。
「ッ…真田ッ!!」
政宗が割って入ろうとするが――
武蔵は離れず、そのまま組み合うように幸村を押し込む。
そして武蔵は拳を握り締めた。
ゴッ!!
濡れたような、重たい打撃音。
生身の肉が殴られる音。
骨か武器か、甲冑か、なんの音か区別がつかない。
ただどれもが聞いたことのないような音を立てている。
ゴッ!
ガッ!!
息が苦しくて、私は手すりを握りしめた。
汗がにじむ。胸が上下して、呼吸が追いつかない。
くらくらと視界がゆがむ。
(…っや、めて、…こんなの、……うっ)
武蔵が鋭く殴る音が何度も何度も聞こえてくる。
幸村の口から、短い息が漏れる。
「く……っ」
それでも槍は離さず、崩されないよう必死に耐えている。
だけど、武蔵が何度目かに幸村の胸を打った瞬間――
幸村の足が一瞬だけ泳いだ。
その瞬間、武蔵の目が笑った。
私はその眼光をみた。
喉がつまる。
声が出ない。
呼吸も忘れた。
殺される。
「ゆ――」
声にならない悲鳴が喉の奥でもつれる。
手すりをつかんだまま、私は必死に身を乗り出した。
止めなきゃ。
これ以上は、だって。本当に、大けがをしてしまう。
おぼつかない視線で幸村の方に手を伸ばす。
柵を掴んでいた手が、汗で滑った。
ガクンとゆれて、私の足が浮く。
支えを失った上半身がそのまま空中へ。
(え――――)
視界が反転する。
世界がぐにゃりと傾いて、私の体は宙に投げ出された。
(あ)
声にならない声が喉の裏に張り付く。
「シズカ……!?」
幸村の目が、鋭い戦闘の焦点から外れて、
一瞬だけ――本当に一瞬だけこっちを向いた。
その瞳が驚愕で揺れたのが、歪んで狭い視界の中に映りこむ。
聞こえていたはずの金属音も歓声も、遠くに吸い込まれていくように薄れた。
叫びたいのに、身体が言うことを聞かない。
空気が胸に入らない。
風が巻き上がり、髪が逆立つ。
黒い影が一瞬過ぎって、背中に強い衝撃があった。
あとは意識が途切れて覚えていない。