私の神様(仮)
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「 み 」
小太郎は、ただ見ている。
シズカが奥州の竜たちと笑う姿を。
甲斐の若虎と語らう姿を。
そして、
「――おい、どうした猿飛」
かすがが枝の上から声をかけた。
佐助は立てた膝に片肘をついたまま、枝を小刻みに揺らしている。
「いやあ、思ってたより早かったなあって」
「何がだ」
「旦那が“面倒くさいこと”に巻き込まれるのが」
かすがの眉がわずかに動く。
「……べつに、素直に応援すればいいだろう」
「そう簡単にいきゃぁいいけど」
佐助は頭の後ろで手を組み、夜空を仰いだ。
ああいう厄介ごとに首突っ込むのは、あんまおススメしねぇんだけどなあ。
「人は…どっちにだって転んじまう」
「真っすぐすぎる、か」
「それをお前に言われちゃおしまいだな」
二人の軽口のあいだに、夜風が抜けていく。
城下町の灯が、遠くで瞬いた。
「……黙りこくってるけどさ。アンタはどう思う?」
佐助が視線を振る。
唇の形を、わずかに動かす。
「……」
佐助は短く笑った。
「わぁ、正論かよ」
あんたも意外と真面目さんって感じかねぇ?
風が一段冷たくなり、木々がざわりと鳴った。
木立の中の軽口はすでに影も形もない。
私の神様(仮)
~みやびで優雅なお買い物~
夢の中からゆっくり意識が浮上する。
身体に適度な重みと温かさがあって、ものすごく気持ちがいい。
そろそろ起きる時間だろうか、重たい瞼を少し開けるとニコニコと笑う与一がこちらを見ていた。
「…おはよ、姉ちゃん」
「……うん。おはよ」
「ねぇ、今日さ。住んでたあの家、行ってみようよ」
「……」
あの家に?
寝起きの頭で与一の言う事を考える。
確かに小田原城にくるまでの間に歩いては来たけどあの家には行ってない。
与一も楽しそうだし、これは行くっきゃないなと思って寝ぼけた頭で「いいね」と返事する。
「忙しくなさそうだったら、みんなも誘って行こうか」
「うん!」
よーし、そうと決まったら起きるかぁ
この温かい布団と柔らかさから離れるのは本当に、限りなく、惜しい気持ちしかないけどこれも与一のためだ!ぐぐぐぐっ!!
そう思いながら布団の温かさを味わっていると急に廊下が騒がしくなった。
バタバタバタッ
「good morning!シズカ!与一!!」
「ぐええっ!!」
ドドドド!と政宗がやってきて、バターーンッ!!と障子が開け放たれ、ドガッッッと布団に突っ込んできた。
与一は危機回避能力MAXなのでサッと避けたけど、布団の温もりを堪能していた私は見事に政宗のフルダイブを受け止める羽目になった。
「あ、朝から元気だね?!危うく布団の中で吐くところだったよ!!」
「おはよ政宗」
「あぁ!」
元気いっぱいな奥州筆頭独眼竜は、満面の笑みを浮かべると与一の頭を撫でる。そして私の顔を見て、すげぇ顔、と失礼な笑いを浮かべた。
「なぁシズカ、今日暇だろ。町に降りようぜ!」
「ん?」
「元親たちも今日は手を空けられるってよ!」
おー、やっとチカちゃんたちの庶務が片付いたんだ、よかったよかった…
そう思いながらもう一度布団の中に潜り込む。まってね、目が開かないのよ本当に…「起きろ!!」「うわぁぁぁぁぁ布団返してぇえ!!!!」
政宗に布団を剥ぎ取られてすっかり冷えた私は、美味しいご飯を頂いて元気いっぱいになった。今日の麦ご飯と根菜の汁物美味しかったなぁ。
それでようやく諸々の支度を終えて集合場所に向かうと、すっかり庶民の格好をしたナリちゃんがいた。
「遅いぞ姉上」
「うひゃぁああああ!!着流し私服差分ッッッ?!!?最高すぎではゲフッ!!!!!」
「声がでかい」
そう言って私の頭をしばいたナリちゃんだけど、私はそんな仕草すらガン見して目に焼き付けている。
だっだっだって着物!!ななななナリちゃんの私服?!???全国の戦国バサラーのみなさま!!ナリちゃんの私服は薄グレーの着物に緑の羽織ものです!!!!ご収差ください!!
「はぁぁぁマジでこんなの私だけが収めていい光景じゃないんですけど?!あ、ナリちゃん写真撮ろ!永久保存しとこ?!なんかしらかの文化財的なやつで未来永劫保護しよう!!」
「うっ、とおしいわ!!」
バシッ
「ヘヴッ」
今度は本気のチョップが落ちてきて、私の頭がかち割れかける。ヲヲヲヲマジで痛い!!
「ひぃん…容赦がなさすぎる……ッッ」
「当たり前だろう!」
「うううっっ!でもそんな辛辣なところも好きだよナリちゃん!」
「離れろ戯け!!」
携帯の連写モードで撮っているとチカちゃんと政宗が与一の手を引いてやってきた。
ひょええええ2人とも私服?!?チカちゃんあんまり変わってない!!
「姉ちゃんの声部屋まで響いてたよ」
「だだだだだだって与一、ホラみて!私服着流し差分だよ?!こんなのレア!全国の戦国バサラーが泣いて喜んじゃうじゃん!!もれなく私も泣いてるし!!」
「くっ、」
笑う政宗…は想像通りというかなんか二次創作で見すぎてもはや正史だった説まであるけど、白に紺色の袴だし、チカちゃんはほぼいつもの上着ヒラヒラの下に着物を着てるような感じだ。ほぼ変わらないっちゃ変わらないけどそこがアニキのいいとこよね!!
「はぁはぁナリちゃん絶対赤いフレームのメガネ似合うから絶対かけて欲しい…ッッそんでピンヒールとかで踏んでください!!!」
「気色悪い!政宗、姉上を剥がせ!」
「all right」
「ぎゃーーっ!悪魔!鬼!!ドラゴン!!!」
「おう、そうだな。Dragonだぜ」
むぎぎぎぎぎ政宗の馬鹿力め……ッッ!あとドラゴンと竜は別物だ!!!
ナリちゃんは私に心底ドン引いた顔をすると、与一を盾にするように立ち位置を変えて顔を逸らした。与一は「姉ちゃんってばもう…」と呆れた声を上げる。
それを見ていたチカちゃんが「あ」と思い出したように言った。
「そうだ与一。小遣いやるよ」
「え?何急に」
「いいから受け取れって」
チカちゃんがなんか重たそうな音を立てる小袋を与一に渡した。与一はそれを怪訝そうに受け取って、それから中を見て「えっ」と驚いた。
「こんなに要らないよ、何買うつもりなのさ」
「あって困るもんじゃないだろ」
「持ち歩くの怖いよ!」
「だーっ!俺がやるって言ってるんだから受け取れって!!」
返そうとする与一の胸元に押し付けて、チカちゃんはフン!と満足そうに鼻を鳴らした。そしてもう受け取らないぞと言わんばかりに腕を組んで手をしまい込んだ。
「えっと…ありがと」
「おう!」
「あらま、お揃いで」
飄々とした声が落ちてきた。振り返ると佐助がいつものヘラッとした笑みを浮かべてそこに立っている。
佐助はぐるっと辺りを見回して、それから私を見た。
「みんなで城下散策って感じ?」
「そうそう佐助も来る?」
このタイミングでわざわざ出てきたってことは一緒に行きたいのかな?と思って聞いたら佐助は目を丸くして、それから「いやいや、下々が一緒に歩くなんて烏滸がましいっしょ」と笑う。
「俺の代わりにさ、旦那誘ってやってよ」
「幸村を?」
「そそっ。あの人ここん所カビてるんだよねぇ。たまには外の風入れてやらないと」
カビ?思わず首を傾げる。するとチカちゃんが呆れたように声を上げた。
「ンなのテメェが一緒に行きゃいいだろ」
「冗談!俺が行ったらただの御守りだろ?息抜きになんねぇって」
幸村にカビが生えてる……??
頭の中には「かもすぞ〜」状態の幸村が浮かんでは消える。絶対そういう意味じゃないんだけどそうとしか聞こえん…!!
どういうこと?と連日幸村と鍛錬してる政宗の方を見ると、政宗はピクリと眉を動かした後、肩をすくめた。
「まァ…ありゃ確かに重症かもな」
うーん。毎日顔を合わせてる政宗がいうならそうなのかもしれない。言われてみれば何日か前の宴の時も様子がおかしかったし(いやでもあれが本当に勘助兄ちゃんのいう『ちしょう さなだゆきむら』なんだったらごめん)……確かに息抜きは必要だよね!!
「おっけーちょっと声かけてくる」
「おっ!さっすがシズカちゃん!頼りになるね!」
「へっへっへお任せあれ〜!」
そう言って胸をドン!と叩くと佐助はへらりと笑った。
私はデカちびちゃんズに「ごめんもう少し待ってて!」と声をかけると幸村の部屋目指して走り出した。
迷いかけてたところを通りがかりの謙信様に「わかとらのへやは、あちらですよ」と助けてもらって迎えに行くと、幸村は目玉がこぼれるんじゃないかってくらい見開いて「どどどどどうしたでごさるか?!?」と畳の上にひっくり返った。
会って数秒で幸村がまだおかしいのがわかる動きに、私は首を傾げる。佐助のいうカビのせいなのか、はたまた何か考え事をしていたのか知らないけど、ええい!換気だ換気ッ!!
デカちびちゃんズと一緒で良ければ城下に行かない?と聞けば、ものすごい間を開けてゆっくり頷く。
準備は特に要らないとの事だったので、私たちは待たせていたデカちびちゃんズの元へ向かった。
「幸村連れてきたよー」
「お頼み申す…!ほっ、本日はお日柄もよく……!!」
「――確かにカビが生しておるわ」
「え?どこに?」
「……」
「おい、何イライラしてんだよ政宗」
「No worries、……なんでもない。」
そんなわけで予定よりも少し遅れて出発!したわけ……だったんだけど。
「懐かしいなぁ!覚えてっか?政宗、ここよく帰り道に使ってた近道だぞ!」
チカちゃんがあっちへ行き
「ハッ、やっぱenergischな町だな!」
政宗が店へ吸い込まれ
「ふむ…この先はこうなっていたか…」
ナリちゃんの足が止まる。
そうして思い思いに皆が足を進めた結果…
「………」
「……みんなどっか行っちゃったね」
「う、うむ…」
折角みんなで出掛けたのに、気づけば私と与一と幸村だけになっていた。
道の真ん中で途方に暮れる私たち。
辺りを見回してみたけれど、そこには誰の姿もなくて私はため息をついた。んもー!懐かしいのはわかるけど自由すぎ!!
「道わかるかな?」
「まぁ流石にお城に向けて帰ってきてくれるでしょ」
いい…大人だと思うし……
私と与一は顔を見合わせて肩を落とした。
そして与一は困った顔をしている幸村に声をかける。
「…幸村の兄ちゃんは甘いもの好き?」
「あ、そうだよ幸村。甘味処行こうよ」
「甘味でござるか?」
「紅葉屋って所!」
「そうそう!美味しいお店があるんだよ!」
小田原といえば!と言っても過言ではないくらいの人気店、らしい。(これは布団屋の兄ちゃん談)まだ買えるか分からないけど、絶対幸村も気に入るとおもう!
「し、しかし…某は」
「はーいはいはい決定!名だたる甘味屋に囲まれて育った甘味王⭐︎幸村殿の舌に合うのか決めてもらうっきゃない!」
どっちが最高の甘味か、ね!
ぐぐっと幸村の背中を押したら、幸村はまだなにか言いたげだったので私は与一に視線を送った。与一は私のアイコンタクトを受け取るとコクリとひとつ頷く。
「お金のことなら大丈夫、さっき元親から貰いすぎちゃったから」
「ぐぅ」
「ね、おいらお腹すいちゃったし行こう!」
「ほらほら与一もこう言ってるし!ね?」
「ううう、で、であれば…!」
私と与一の圧に屈した幸村は渋々頷く。
もー!甘味だよ?幸村大好き甘いもの、だよ?!そう思って顔を覗き込もうとしたら、与一が「紅葉屋のおはぎ美味しいんだって、いつもすぐ無くなっちゃうんだ」とトドメを刺した。
「おはぎ?!」
「う、うん。あんこが甘くて美味しいって」
「それは…!まこと素晴らしき店でござるな…!!」
して、どちらでござろうか?!
カビカビしてた幸村から尻尾と耳が復活した幻覚を見て、私は頭を左右に振った。いかんいかん幻覚!
途端に元気が出た幸村。私は吹き飛んだカビを目で追って、それから与一と小さくハイタッチをした。
「案内はおいらに任せて!」
そう言うと胸を張って満面の笑みを浮かべる。
うむうむ、小田原は与一の庭だもんね!
与一は幸村の手を取ると大通りに向けて足を進める。
手を取られた幸村は一瞬ビクリとしたけど、ふっ、と小さく笑うとそのまま与一に手を引かれて歩き出した。
「幸村の兄ちゃん、あれ見て!」
「む?あれは?」
「あれは反物屋さん!最近新しくできたんだよ」
「ずいぶん華やかだと思ったら」
「与一、あのお店は?」
「あれはね、味噌屋さん。二本向こうの通りから移転したんだ」
「あー!あのお店か!確かにこっちの方が人通り多いもんね」
嬉しそうに幸村の手を引いて与一が道案内をする。
一度火の海になったとはいえ、大通りはやっぱりだいぶ復興が進んでいるようだった。この間みんなで歩いた道とは違う道だけど、見覚えがある暖簾も威勢のいい声も響いている。
何だかすごい懐かしさもあるし、変わってないような、変わってるような不思議な感じだ。
「前にも思ったが…活気のある良い町だな、ここは」
「!でしょ、おいらもそう思う!」
しげしげと見ていた幸村がポツリとこぼすと、与一が嬉しそうに振り返る。そして与一は少し考えて、幸村に尋ねる。
「幸村の兄ちゃん…は甲斐の方から来たんだっけ」
「あぁ。与一殿は甲斐に来たことはござろうか?」
「うーん記憶にはないかも。オトンが連れて行ってくれたことはあるかもしれないけど」
「そうか…上田は山間にあるゆえ、このように道幅も広なんだ。細く、長い。」
「へぇーそれで馬は通れるの?」
「無論!だが裏路地ともなると人がすれ違うにも一苦労だろうな。細い道に、多くの人々が行き交い、商いで賑わう快活な町だ。……しかし太郎山の影になると途端に夜の気配もする。山風が吹き下ろし、獣の鳴き声、水の跳ねる音…」
「獣?イノシシとか?」
「あとは鹿や猿だな。夜になると町影まで降りてくる。歩いていると、すぐ横の闇から声がすることもある」
「「えっ、怖」」
私と与一の声が重なる。
イノシシも鹿も猿も、私は中学の遠足行事で行った時に見たきりだ。目を丸くした私たちを見て幸村は「いや」と口角を持ち上げる。
「怖れるほどのものではない。夜は、確かに人の気配が薄くなるが、そのぶん音がよく通るのだ。だから近くにいると思っても存外遠かったりする。他にも…焚き火の爆ぜる音、川の流れ、家々の戸が閉まる微かな気配……そういった音が冷たい山風に乗ってくる。町の灯が揺れるたびに、冬が来たのかと思うほどだ。」
そう呟く幸村の声はとても柔らかく、その眼ははるか向こうの上田を見ている。優しい色をしている幸村の瞳にはきっと歩きなれた城下があるんだろう。
読み聞かせを聴いているかのような心地よさに、私は耳を傾ける。
「――…大人たちが凍え背を丸め、頬を赤らめた子供らが笑いながら家へ駆けていく。夕餉の香りが其処彼処から立ち昇る中を、よく帰ったものだ」
そして幸村の目が与一に落ちた。
優しい色をした、茶色がまつ毛の向こうに消えて、また現れる。
「……この町とは違うが、アレもまた良き町だ。小田原もきっと、この町だけの顔があるのだろうな。与一殿を見ていると分かる」
「…――」
与一が瞬きをする。
そしてゆっくり幸村の言葉を飲み込んで、それから「…うん」と小さくつぶやいた。
「戻る家があり、待つものがいる。そして、夜になると灯りが道を照らす。……そういう町はどこであれ良い町だ」
与一もただ幸村の言葉を聞いていたけど、徐々に耳まで赤くなっていくのが見えた。
そしてパッと顔を上げると、幸村の顔をみて目を輝かせる。
「おいら、いつか上田に行ってみたい!」
キラキラとした瞳でそう言う与一の頭を幸村はくしゃりと撫でると「もちろん」と言葉を続ける。
「いつでも歓迎するでござる。結局あまりシズカにも城下の案内はできておらぬしな」
「あ、そうだよ。幸村が前に食べちゃっためちゃくちゃいい匂いのする大福!あれ食べたいな」
「う、うぐっそれは…たしかに……」
「幸村の兄ちゃん勝手に食べちゃったの?」
与一の声がカラカラと跳ねて、幸村の柔らかい声が耳をくすぐる。
日差しも暖かいし、何だかすごい今日はいい日かも。
少し前を歩く与一と幸村の背中を見ながら思う。
幸村の長い襟足が歩く速度に合わせて左右に揺れる。
「シズカ」
「ん?」
「連れ出してくださり、感謝する」
そう言って幸村は笑った。
その顔はもうすっかり前の幸村で、私はほんの少し安心した。
「…ようやく元気出た?」
「む?」
「佐助が言ってたよ『旦那にカビが生えてる』って」
「…あいつめ」
憎まれ口を叩くけどその声音は変わらず柔らかい。
なんだか私まで嬉しくなって、へへへ、と笑うと幸村もくしゃりとした笑み浮かべた。
うんうん元気が出てよかった!佐助からのミッションクリア!ってね!
「あ、そうだここ抜けた方が近いよ」
与一はそう言って少し細い横道を指差す。
この辺りは焼け落ちなかったのか、古い建物が並んでいる。
与一が指差す道へ私と幸村は歩みを進める。
そうして少し歩いたところで前方に人だかりが見えた。
「お願いします…!今ここを持っていかれたら生きていけません…!」
「いいじゃねぇか!どうせ一回死んだも同然だろ!」
「そもそも期限はとっくに過ぎてるんだよ!」
「そんな!」
「!!」
びくっと反応があって思わず与一を見てみたら、怯えた様に円の真ん中を見ている。
見たことのない怯えように、どうしたの与一、と訊ねようとすると円が割れた。
円の中心にいるのは、金貸しっぽい台詞を吐いていた2人と、泣き崩れる夫婦の姿。
金貸しっぽい二人は手に真っ黒な重箱を抱えてガハハハハと笑っている。
その笑った姿のまま、二人の視線に与一が入った。
ニタリ、と笑む二人に与一が硬直する。
「…よぉ、誰かと思ったら――曲直瀬のガキじゃねぇか?」
「生きてたんだなぁ」
「っ………」
着物の袖を握ってもっと俯く与一。
さっきまでの笑顔は一瞬で引っ込んでしまって、むしろ青ざめてすらいる。
私は思わずその与一の顔見てそれから男二人を睨み付けた。
「…そういやぁ、あんたの父さん達からまだ金を返してもらってねえんだよなぁ」
「え…?!」
「…そういやぁそうでしたねぇ」
「嘘だ…!だっておいら達の家を持って行っただろ…っ!」
「家ぇ?そんなもん、どこに“残ってる”ってんだよ」
「!!」
目を丸くして見上げる与一に気分を良くしたのか男たちは笑い声を上げる。
今にも零れそうなぐらい目に涙をためて、手を握り締める与一。
あまりに痛々しい姿に私の中でなんか超えちゃいけない線を踏みちぎる音が聞こえた気がした。
ぷ…ぷっちーん☆
「……あのさぁ」
「あ?」
「……誰だよお前」
「与一の姉ですが何か?」
「ね、姉ちゃ…」
「いいから。」
血の気が引くほど握りしめられた手のひらを掬って私は与一の手を握る。
いつも太陽みたいな与一の手とは思えないほど冷えた指先に、私の喉がキュッと締まった。
いやぁ、ひっさしぶりにガチでぷつんと来たね!この私を怒らせるなんてマジで才能あると思う!!あのいつぞやの茶色のおっさん以来だよ!!
「こんな年端もいかない子供からこれ以上巻き上げようってのさ。あ、もしかして弱い犬ほどよく吠えるって言葉とか知らない感じ?あんた馬鹿ぁ?じゃん」
「は、何言ってんだこいつ」
「何言ってんだはこっちのセ リ フ!あまりにテンプレ悪役ムーブすぎてあくびが出るっつーの!このままいくと見下しすぎて見上げちゃいそうだわ!!」
与一が小さく「姉ちゃん」と呟く。
握り締めた拳が小さく震えるから、私はちょっと強めに手のひらに力を込めた。
嘘じゃないって知ってる。初めて会ったときに話してくれたじゃん。家が持ってかれたって。
もうだれも頼れる人がいないんだって。泣きそうな声で、でもしっかり立って言ってたじゃん。大丈夫、ちゃんと私は覚えてる。
鈍く熱を持つ頭の片隅で、あの夜の泣きそうな与一だけは守らなきゃっておもって、口が止まらない。
「痛い目見てェのか?」
「ハッ、はーいはいそれもテンプレってわけ!あんたらみたいな時代劇の使い捨てモブキャラ以下噛ませ犬乙wwが何吠えたって怖くないわ!テンプレ台詞以外喋れるようになってから出直してこい!ばーか!」
「――どうやら本気で口を閉じたくねえようだな」
男はそういうと、懐に手を突っ込むと小刀を出してきた。その切っ先は偽物なんじゃないかってくらい光っている。遠巻きに私たちを見ていた人たちがどよめいたのが分かる。
与一を背中に隠して、男たちを睨み付けた。
「図に乗ってんじゃねえよ」
「ハァ?!男のクセに女子供相手に刃物まで持ち出すような奴に言われたかないんですけどォ?!格下相手にしか強く出れないくせに調子こいてんのはどっちよ!どうせ借用書みたいなのだってどっかにあるんでしょーが!そいつ持ってきてから話し合えっつーの!」
「餓鬼がッ」
息をのむ。
男がぐっと距離を詰めてきて、銀色が躍る。私はそのまぶしい光が突っ込んでくるのを見た。
耳の奥がボワ、とかすむ。短く吐き出そうとした息は口の中で止まりそうになって。
その瞬間ぐっと腕を引かれた。
ギンッ!
「――刃を収めてくだされ」
力の入ってた体がバランスを崩して、視界が朱色になる。そしてほんのり甘い香り。長い襟足が視界の隅で揺れた。
「な、」
「次に彼女らへ触れようとするならば――…この幸村が、必ず止める。」
ゆ、ゆきむら。
私が呟いた言葉は、幸村の背中越しに伝わる空気に押し潰された。じっと顔を向けて男たちを見据えている。その威圧感はヒリヒリとするほどで、武将ってこういうことなのかも、と真っ白になった頭の片隅で思う。
沈黙。
それを破ったのは、何だか聞き覚えしかない声だった。
「hey…話は聞かせてもらったぜ」
「あン?!」
「この声…」
ぼそりと与一が声を上げる。
幸村のその向こうを覗き見てみれば、案の定想像通りのメンバーが立っていた。
「政宗にチカちゃん…ナリちゃんも…」
早々に散り散りに迷子になっていた3人が思い思いの立ち姿でそこにいた。3人とも無事に合流できたみたいでよかった!この時代携帯も時計もないから待ち合わせなんてまともにできないだろうしね!!
「餓鬼相手に刃物は関心しねぇな?」
「お、お前らもやろうってのか」
「non争い事は好まねぇ。なぁ?」
「おうよ」
嘘をつけ東西アニキズめ。
内心ツッコミを入れたくてウズウズしているが、雰囲気がそんな感じじゃないので黙っておく。
じ、自重しよう私は空気の読める日本人!
「…ところで貴様らこの紙切れが何か分かるか?」
ナリちゃんが取り出したのは一枚の紙切れ。なにやらミミズの運動会跡地みたいに書いてある。
顔色を変えたのは男二人。
「あ!」
「な、なんでそいつを…!」
「さてな、たまたま風で飛んで参ったのやも知れぬ」
「か、返せ!」
「…ん?おい、コイツ曲直瀬ってやつの土地がどうこう書いてある見てェだぜ?」
「おお、ではまさに今話の中心であった徴収証明書ではないか!なんたる偶然」
チカちゃんとナリちゃんの棒読みっぷりに政宗は少し笑ってからそのままニヒルに笑って見せた。
後ずさる二人に幸村が「どうなさるのか?」と呟いて二人の顔面は蒼白になる。
政宗が着流しの袖に手を突っ込んで腕を組んだ。
「とっとと失せな、loserに用はねぇ」
「ッ」
二人組みはテンプレのような捨て台詞を吐く事も無くナリちゃんから紙切れを奪って走っていってしまった。
…夫婦のものらしき重箱を置き去りにして。
完全に見えなくなってから幸村がふぅ、とため息をついた。
「御三方、助太刀感謝するでござる」
「ah?気にすんな」
「幸村もありがと。私も与一も助かったよ!」
「…怪我はないでござろうか、少し腕を強く引きすぎたやもしれぬ」
「うん、大丈夫」
幸村の視線が私の腕に落ちたから、大丈夫だってば!と思って力こぶを見せつける。
それを見たチカちゃんが「なんもねぇぞ」と私のぷにぷに腕を笑った。
「それにしてもあの紙、どうやって手に入れたの?」
「…………」
「………」
「……………」
「……えっ、なにその沈黙?!」
ど、どうみても誰かなんかやったでしょコレ?!
顔を逸らすチカちゃんを見て、それから肩をすくめる政宗を見て、最後にナリちゃんを見る。ナリちゃんはフン、と鼻を鳴らすと腕を組んだ。
「あの家が誰のものになっているのかを見に行ったのだ」
「ん?…うん?」
「この辺りの土地の情報が集まると言うからな」
「え??」
「訪れたのは良いが誰もおらぬ。奥には厳重そうな棚もあった」
「ま、……まさか」
「……。鍵もかけず無造作に管理しておるのが悪い」
な、ナリ様それ不法侵入です!!!!!!
嘘でしょとナリちゃんをガン見すると、ナリちゃんは反省の様子もなくフフンと勝ち誇った顔をした。
そそそそそんな顔してもお姉ちゃん許しませんよ?!
「きゃーーっっ弟が犯罪に手を染めた!!」
「犯罪ではない。今しがたきちんと返した」
「そっ、そう言う問題じゃないでしょ!??」
「いいか。そもそも”落ちて”いたのだ、姉上」
「……」
「風に飛ばされたのだ。我はそれを無くさぬよう捕らえた。」
だろう?
そういうナリちゃんの圧に、私は言い返しても丸め込まれることを察した。くそ…頭がいい人はこれだから!!
うぐぐぐと唸る私をせせら笑ったナリちゃん。
それを見てか否か、与一が私の掴んだ手の方に触れた。
「姉ちゃん」
「…あっごめん握りっぱなしだった」
「大丈夫、ありがとう」
与一ももう青ざめてないし、元気そうだ。
よかったよかったと思ってホッと息をつくと、与一は頭を深く下げてお辞儀をした。ギョッとする私たちを見ることもなく、そのままの姿で与一の言葉が地面に落ちる。
「幸村の兄ちゃんも、政宗も、元親も元就も…ありがとう。ほんとに」
「よせよ水臭い」
「ううん……本当にお礼を言いたくて」
だから、ありがとう。
与一はそう言って顔を上げた。
ヘラリと笑う姿に、私の心臓が少し痛くなる。
するとフワッとした風が横をすり抜けて、与一が浮き上がった。軽々とした動作でチカちゃんが与一を持ちあげて、与一は私よりも視線が高くなる。
「わわっ」
「どうよ、見慣れた町もこの高さだと新鮮だろ!」
「あぶ、危ないって!」
「お前より重てえ荷を毎日持ってんだぞ?四国の鬼を甘く見るなよ!」
「オラァ!行くぜ与一丸!!」そう言ってチカちゃんは小走りで路地を出ていく。
残った与一の声は明るく、チカちゃんの笑い声はなお響く。
それを「やれやれ」と肩をすくめたのはナリちゃん。
「真田たちはどこへ向かっていたのだ」
「む?与一殿の案内で甘味屋へ向かう途中でござった。なんでも小田原一有名であるとか」
「ああ、紅葉屋か藤乃庵だな。元親のやつ、道を知らぬだろうに」
「毛利殿はご存じなのか?」
「当たり前だ」
そんな会話をしながらナリちゃんも幸村も歩き出す。私も自然とその背中を追いかけようとして、ふと立ち止まった。
「政宗?」
「……」
鋭く目を細めて幸村の背中を睨んでいる政宗。
眉間に寄せられたシワも組まれた腕も、なんかを深く考えてます!って感じで、なんかやっと幸村のカビが取れたと思ったら今度は政宗に伝染でもしてしまったんだろうか。
そりゃまぁあんなに毎日一緒に朝鍛錬!!昼鍛錬!とかやってたら伝染らないわけないよね!
ダテサナなのかサナダテなのかだけはマジで頼むから教えてほしいし、あわよくば現物を拝みたいんだけどすごい怖い顔で「絶対来るな」って言われちゃったらいけないっつーかさ…?!でもだからこそ逆に行かなきゃって思う腐女子のサガって言うか!!
「えい」
「ッ」
政宗の脇腹を人差し指で突くと、政宗はギョッとした顔で後ろに飛び退いた。
そしてパチパチと瞬きをすると私を見てくる。
「…シズカ」
「え?うん。なに?」
「……」
あかん本当にカビかこれ?!
本当に様子がおかしい政宗。私をガン見してくるから「与一たち先行っちゃったよ?」と言えば「あぁ…」なんて生返事が返ってくる。
少し悩んで、私は政宗にくっついたかもしれないカビを取っ払うべく、政宗のちょい高い頭に手を伸ばした。そして渾身の速さでぐしゃぐしゃと撫で倒す!!飛んでけカビ菌!!
「ばっ、stop!!」
「止まりませーん!政宗にまで菌をつける訳にはいかん!!」
「な、何言ってんだ!!」
そう言いながら大きな抵抗をしない政宗の髪はすこしザラついていて、硬さもある。
むかしとはちょっと違う感触の跳ねた髪を思う存分めちゃくちゃにしてやると、政宗は私を見て、それからフ、と息を吐いて唇を尖らせた。
「…ガキ扱いすんじゃねえ」
「してないしてない」
どっちかというと心配しただけですゥ!
そう言うと政宗は苦笑して、ボサボサになった前髪をかきあげた。その動作はあまりにサマになっていてなんだかシャンプーとかの広告みたいだ。ひょえーイケメン!!こりゃ世の武将達も黙ってませんわ!!
その場から動かない私は政宗の手を取って腕を引く。
幸村が私の手を引いたみたいにバランスを崩す……なんてことはもちろんなくて、しっかりした体幹でそこに立ち、私を見下ろした。
「ンな顔すんなって、わかったから」
路地の向こうから幸村がこちらを振り返る。
幸村はおそらく前を走ってるだろうチカちゃん達の方を横目で見た。
「ほらほら、幸村待たせてるって」
「all right」
政宗はようやく歩き出す。
なんか言葉飲み込んだみたいな横顔に「髪の毛ぐちゃぐちゃだよ」と茶化せば「どの口がそれを言うんだ」といつもの調子で言葉が返ってくる。けれどそれ以上会話は続かなくて、私は掴んだ政宗の手首を少しだけ強く握った。
紅葉屋は相変わらず凄い人だった。
行列に並んだけど、幸村が楽しみにしていたおはぎはもう無くて、私たちは唯一残っていたお饅頭を頂いた。
幸村ガッカリしてるかなと思ってそちらを見たけど、目を輝かせて「これは!まこと美味!」と一瞬にして平らげていた。
もっと買えばよかったかなぁと思ったけど、幸村のお腹事情に合わせてたら紅葉屋の在庫を一瞬で枯らしてしまうのが目に見えたので、今回は諦めてもらうことにした。
で、お腹も満ちた私たちは今度こそゆっくりとした足取りであの家に向かった。
そろそろ日が傾いてきて、道に落ちる影は長くなる。
あの頃だったらちょうど夕飯の買い出しに行かなきゃな、とか思う時間帯だ。
歩きながら幸村の言っていた事を思い出す。
心地よい声と上田の空気。
小田原の夜はどうだったっけ。あちこちからお魚を焼くいい臭いがして、暗くなってもどこかで人の笑い声がしていたっけ。
そんな事を思いながら見慣れた角を曲がる。
ちびちゃんズで過ごしたことを思い出す。
すぐそこに、あの家がある。
はずだった。
「――……」
誰も言葉を発しなかった。
焦げて崩れ落ちた骨組みはもう柱を数本残すのみで、その柱も触れたら崩れ落ちてしまいそうなほど黒くなっている。
ただ黒ずんだ土間の線が、かつて台所だったことを、煤けた井戸が、ここが庭だった事を教えてくれる。
庭にあった桜の木も黒くひび割れていて、幹の片側は炭のようになっていて、……来年花をつけるとは到底思えない姿だ。
あの大火事から少し時間が経ったから、もう煙も火も残っていないけど、ここが例に漏れず燃えたのがわかった。
今はその輪郭があるだけで、全ては灰と土に。
「――」
「……無くなっちゃった」
ぽつりと誰が呟いた。
私がハッとして皆の顔を見たけど、皆思い思いに焼け跡を見ていた。
呼吸が浅い。胸が苦しい。
政宗は何かを言おうと口を薄く開いて、すぐに唇を噛んだ。チカちゃんの瞳が揺れている。ナリちゃんは長いまつ毛を一度落として、緩く首を振った。
「――…隣家は、再建を始めたか」
言われて視界を上げると、元気はつらつのおじさんとおばさんが住んでいた家は土壁を塗るための枠組みみたいなのが作られている途中だった。
2人の姿はない。もしかしたら違う人が住むのかもしれない。
コクリと喉の奥が震えて、私は思わず与一の手を取った。
与一も視界の隅で深い呼吸をする。
それで少し間を空けて、どちらともなく一歩を踏み出した。
ジャリ、
聞き慣れない音がして、私たちは敷地に入る。
足の裏で炭が砕けた。
一歩、二歩、瞼の裏の記憶では、もうそこは家の入り口だ。
「…た、だいま」
思わず口にする。
ちびちゃんズの笑い声と元気な「おかえり!!」が耳の奥でこだまする。柔らかい肌と暖かな体。いい匂いのする部屋。
目を開けた。
目の前には暖簾も、ちょっと低くて使いにくかった釜戸も、梵ちゃんがふざけて跡をつけた床板もない。
本当にもう何もない。
東風が頬を打つ。
ジャリ、と再び背後で音がして、ナリちゃんが畑のあった井戸のところへ、チカちゃんはお風呂場の方にある瓦礫の方へ、政宗は燃え尽きた桜の木の元へ。
みんな夢心地みたいな足取りで、何も言わない。
私は与一を見下ろした。そこには当たり前のように何度も見下ろしたつむじがある。
与一にゆるく腕を引かれた。
「……」
「……」
お互い何も言わずに家の縁をなぞるように歩き出す。
記憶の中でこれはここにあって、アレはあそこで、と懸命に思い出そうとする。だけど、目の前にあるのは焼け焦げた瓦礫と土と灰だ。
与一もゆっくり視線を向けながら、焼けた瓦礫を見て歩く。
呼吸が苦しい。もう火も煙もないのに、焦げた臭いがここにだけ残っているみたいだ。
深く呼吸をしようと思って顎を上げた。
(――――…あ)
この家、こんなに狭かったんだ。
思ったよりも近くにチカちゃんがいて、ナリちゃんがいる。政宗の顔もよく見える。
みんなが大きくなったからなのか、それとも壁がなくなったからなのか。私にはもう比較する術はないけど、ただ
(…かなし、い)
あばらの下がギュッと震えて、目の奥が熱くなった。
口を開けて空気を吸う、その身体が震える。
唾を飲み込もうとしたけれど上手くできなくて喉に引っかかった。
視界が滲む。
(みんな)
私はこんなに息をするのが下手だったろうか。
与一じゃなくて、私の手が震えていることに気がついてしまったら、このまま声を上げて泣いてしまいそうだった。
色んなものが溢れちゃいそうで、私と与一だけじゃ、こんなの耐えられないとおもって。
思わずデカちびちゃんズの方を見た。
「――…」
政宗と目が合う。
政宗も苦しそうで、悲しそうで、寂しいって全身で叫んでるようだった。あの日、自分のこと化け物だって言った梵ちゃんみたいな。熱を出してうなされていた小さな手を思い出す。
くしゃりと歪めた顔につられそうになって、思わず吐き出した息は信じられないほどの熱を持っている。
私はそれを堪えてギュッと強く、強く目を閉じた。
泣いちゃだめだ、止まらなくなってしまう。
「――も、もしかしてシズカかい?!」
背後から声をかけられて思わず肩を跳ね上げた。
勢いよく振り返るとそこには目を丸くさせたおじさんと、おばさんの姿が。
おばさんは手に持っていた包みを落として駆け寄ってきた。
「無事だったのかい!?あぁ、よかった…!長いこと姿を見てなかったから心配で心配で…!!」
「おばさんも!無事でよかったです…!」
「与一も!!…よく、よく逃げたなァ…!」
「おじさん…!」
おじさんとおばさんの手は相変わらずシワクチャで、とても指先が冷えている。だけどその奥に確かな温かさがあって、私は深く、深く息をする。
震えるおばさんの手を何度か摩ると、おばさんは強く私の手を握った。そして顔を上げて、周りを見渡す。
「……あんた達は…」
「……」
「あんた達、もしかしてあのちびすけ達か?」
「!!」
おじさんの言葉に政宗が目を丸くした。
思わず私がおじさんの方を見ると、おじさんはやっぱりそうか!!と歯を見せる。
「……なんでそう思った?」
チカちゃんが静かに問う。
「そりゃあ、…数が一緒だろ!」
「そうだよシズカと与一と一緒にいて、数も同じ、何より……あんた達の雰囲気が変わってないだろ」
流石にまだ朦朧としちゃいないからね!おばさんもおじさんもそう言って快活にわらった。
え、さすがに驚いて欲しいかも…
瞬きを数回して、私たちは顔を見合わせる。
「あー…えっと」
「まぁ世の中色んなことがあるだろ。天から魚が降ることも、この間までこんなチビだった奴らが急に大きくなることだってあらぁな」
「そうそう。シズカが急に住み着くことだってあるし」
「!」
そういえばこの家を無断占領していたことを思い出して頬が引き攣った。目を泳がせると、おじさんとおばさんは空気を割るほどに元気よくまた笑う。変わらない笑い声が響き渡った。
「とにかく!全員元気そうでよかった。……みんな、よく戻ったね」
誰かが息を呑む。
その音が風に乗って聞こえてきて、私の視線が揺れた。聞きたかった言葉だったのかも、ってその時思って。
「…ただいま」
「おかえり、姉ちゃん」
胸の奥が温かく、じわりと揺れる。
ふと顔を上げたら幸村と目が合った。幸村は小さく頷いて、目じりをきゅっと細める。
夕焼けの迫る通りに、どこからか夕飯の匂いがした。
また少し風が家の跡を削り取る。
……それでも、町の音は今日も変わっていない。