私の神様(仮)
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「 て 」
朝。
まだ日も上り切らない時間だというのに、多くの人が目の前を行き交っている。
誰もが慌ただしく、甲冑を手に取り、馬を引いて、大きな荷物の箱を背負う。鉄が擦れて時たま怒声が響く。
「徳川に遅れを取るな!」
「兵糧の数はどうだ?!」
これから、彼らは戦に向かう。
そのために準備をしているところだ。
三成も半兵衛も秀吉も朝から姿を見ていない。
(――……私も)
行かなくちゃ。
心臓の奥に熱が残っている。
私の神様(仮)
~空中散歩☆スカイフォール~
夜。
ルンルンで部屋に戻った私だったけど、特にやることもなく、1人で寂しくご飯を食べた。誰か来てくれるかなと思ったけどそんなことはない。
ツーン!山菜の天ぷら美味しかったからいいんだもん!!久しぶりの油モノ最高だった!もん!!
そんなわけで食べ終わった食器を廊下に置いてあったんだけど、一向に誰も取りに来る気配がない。
もしかして、どっかにフードコート的な食器返却口があって、そこに持ってかないとダメだったかな?!
そっとしょうじを開けて辺りを見てみるけど、やっぱり誰も来る気配がない…どころか、人の気配もない。
どーしよ。
食器に視線を落とす。麦ご飯は乾いてカピカピしてきちゃってるし、汁物のお椀にもうっすら跡がついている。食器ってすぐ洗わないとなかなか落ちないんだよね…これ洗うの大変だよな…そう思って私はそろりと廊下に出た。
「……」
やっぱり人の気配はない。
思わず天井を見たけど忍が降りてきて咎める気配もない。誰かいる気配もないし、これ…
「もしかして、ザル?」
これだったらいつどこにいても呼べば出てくる佐助がいた武田の方がよっぽど監視されてましたやん?!
一応私厳重監視対象的なやつなんじゃないのか??
わ、わからん…っ!実は泳がされてるだけだったりする?くそっこれが豊臣の軍師竹中半兵衛の策ってわけですか?!
「まぁ……そうだったとしても私は分からないんですけど」
豊臣に来て分かったんだけど、本当に頭いい人たちが考えてることってマジで分からん(むしろお館様とか松永とかこじゅとか、私に合わせてくれていてくれたまであるかもしれない)(だとしたらマジで申し訳ねぇ……)
「返却口探そうっと」
もうこの、これ見よがしにギィギィ鳴る床も気にならないね!
私はとりあえず、昼間に吉継たちとお茶をした辺りまで出て辺りを見回した。ええっと…ここ右に行くと秀吉がいる方の部屋だし…こっちは三成たちが来た方…ってことは!!
「こっち行けばお湯を沸かせる場所があるってことだ!!」
井戸とかがあるかもしれないし、ってことは近くに台所的な場所もあるかも!私ってば天才!!伊達に戦国時代で暮らしてないね!!
私は三成たちが来た方へ歩き出す。
夜とはいえそんなに遅い時間じゃないはずなのにお城の中はシン…と静かで、本当に人がいるのか怪しいレベルだ。マジで甲斐にいたときは誰かしらかの声がしてたもんなぁ。静まり返った廊下に、私の足音と食器が揺れるカタカタという音が響いている。
甲斐だと台所って扉のない風通しのいい場所にあったから、前通ればわかると思うんだけどなぁ。
あちこちキョロキョロしながら数回廊下を曲がったところで、一瞬視界の隅で何かが動いた。見間違いかと思ったけど、二度見したらやっぱりそこに人がいる。
「え、はっ、半兵衛…!?」
廊下の奥、影になった場所にいたのはどう見てもうずくまった半兵衛だ。声を上げて駆け寄ると、半兵衛は荒い息で眉を寄せて顔を上げた。そして私の顔を見るなり君か、と言いたげな苦い顔になった。
「……ほんと、運がいいんだか、悪いんだか、」
「いやそれどころじゃないでしょ!部屋……半兵衛の部屋どこ?!」
「いい、……このくらい1人で行ける」
「病人はだまらっしゃい!!」
血が出たのか、半兵衛の唇はやたらと赤い。それが土気色の肌とドン引くほどのコントラストになっていて思わず背筋が冷えた。
どっど、どうしよう…!こう言う時、与一だったらもっと的確にぱぱっと指示を出してくれるのに……っ!
「とにかく、落ち着ける場所に行こう…!ここじゃ人目もあるかもしれないし…!!」
「……」
半兵衛の目が丸くなる。
私は半兵衛の返事を待たずに食器を置いて、自分の肩に腕を回した。半兵衛の腕は本当に申し訳ないけど戦国時代の男性とは思えないくらい細くて本当に心臓が跳ねる。おおおおお前の腕、我がクラスのNo1美女暗い細いんですけど?!
力を込めたら関節とか外れちゃいそうで、私はできるだけ慎重に、だけどできるだけしっかり体を支えた。
「私の部屋の方が近いかな?!」
「……いや、僕の……部屋の方が、近い」
「案内して」
「…」
手なんか借りなくても1人で歩けるとか言われるかなと思ったけど、半兵衛は思ったよりもしっかりと私に体重を預けてきた。背中も丸めているし、本当に余裕はないのかもしれない。
重たい足取りからは、ここにくるまでのドS仮面は想像もつかない。私は土気色の半兵衛の顔を見て、ふらつく足元を見て、それから指示された部屋を見て、出来る限り揺らさないように慎重に足を進めた。
そしてたどり着いた部屋は、私の部屋ほどじゃないけどやや奥まった位置にある、庭に面した部屋だった。
そこをゆっくりあけて、私は半兵衛を座布団の上に座らせた。
顔色は外の月の色も相まって相変わらず酷い有様だ。とにかく体を横にした方がいいんじゃないかと思って布団を探してキョロキョロしていると、半兵衛が「そこまでは要らない」と言った。
「…横になる必要はない」
「私が布団を探してるってわかったの?」
「…この数日で君のことはだいぶわかったよ……」
フーー、半兵衛は細く、深く息をつくと肘置きを寄せてそこに体を預けた。その口の端に赤い跡がついている。私は
机の横に置いてあった水差しっぽいものと、セットみたいに置いてある器を手渡した。グッタリとしたままそれを受け取った半兵衛は、その水で口を濯ぐ。
ペッと吐き出された水は暗い中でも赤く染まっている。
思わずちびちゃんズにやってたみたいに半兵衛の背中を撫でると、冷たい視線が突き刺さった。
「……君、お節介、とか言われないかい?」
「え?うーんあんまり……??あ、でも小さい子の面倒見てたからそれかなぁ」
「…確か与一と言ったっけ」
「うん。」
「彼も君に似て強情張なお節介だ」
そんなことないと思うけど、と眉を寄せた私に半兵衛はフフ、と嫌味のない笑顔を浮かべた。
「町が燃やされてるのに、燃やすよう指示した相手の身体の心配をする人の、どこが意固地じゃないと言うんだか」
「いや、それはだって……。半兵衛は一回自分の顔色見た方がいいよマジで」
流石に出会って数秒の人間に体調不良を悟られる顔色なのは分かった方がいいとおもうんだ。その仮面と薄い化粧で隠れてると思ったらマジで大間違いだかんね?!
半兵衛ってばまじで月下美人ってかんじだけど、それが体調不良から来てるなら話は別っつーか。
そんなことを思ったけど、軽口を言う余裕はあるってことだからひとまずは大丈夫そうなのかも。そう思って私も身体の力を抜いた。
シン、と部屋が静まり返る。
ここに来てから何度も静寂や会話が止まることはあったけど、なんだかこの静けさは嫌いじゃない。
りりり、と名前も知らない虫が鳴いていて、障子からは薄明かりが差し込んできて……半兵衛の手元の水が揺らめいている。半兵衛は指先に視線を落としていて、私もその視線を思わず追いかけた。
「――……」
「……」
す、と風が抜ける。
夜の風はとても冷えるなぁと思った。
「――…400年後は、どうだい」
「!……」
「…そんなに身構えなくてもいいじゃないか。とって食うわけじゃあるまいし」
そう言う半兵衛の声はとても優しい。
い、いや、だってここまで散々口を割らせようとしてきたじゃないですか!とって食われてきたから警戒しちゃうってば!どの口でソレを言うんだ!と文句を言おうとしたけど、口の端を上げて何も言わない半兵衛に思わず口を閉じた。
白いまつ毛がキラキラと外の光を跳ね返して光っているようだ。私はその独特の空気に言葉をなくす。
「君の様子を見てると、随分と平和なんだろうとは思うよ」
「ふーんだ。どうせ平和ボケしてますよーだ」
「あぁ。その辺の野良犬の方がまだ警戒心がある」
あんまり否定できないなそれ…と思って口をモゴモゴしてると、半兵衛は流れるような所作で自分の前髪を払って私を見た。
秀吉もだけど、半兵衛もまたなんでこんなに逸らしにくい目をしているんだろう。私はそらすタイミングを逃して、半兵衛の顔を見つめ返すしかできない。
「……だが、秀吉が作る秩序の向こうが平和だという証拠でもある」
「……」
「きっと弱い人たちが踏み潰されるだけの世界ではないんだろう。でなければ君がいるのがおかしいもの」
「酷すぎる!!」
わた、私だって懸命に日々萌えて生きてるんですゥ!!
オタクだって大変なんだよ急に公式から爆弾みたいなの落とされてなんかちょっとエッこれ公式やってんなぁ!いやつかこれ確信犯だろみたいなさ!授業中に見てしまった日には授業なんて右から左だし、マジでそっこー隣のクラスの友人と語り合いたくて仕方ないっつーかさ!
「現代だってそれなりにサバイバルだよ!」
「ふぅん」
「思ってた通りのものお出しされてるならいいけど、解釈違いのものなんて出された日には画面そっ閉じだし、まずなんでこの解釈でお出しされたのかを30秒くらい考えるよマジで」
「…画面っていうのは?」
「あー、えっと絵を映す板みたいな感じ?」
「屏風ということかい?」
「そうそう。ソレのもっと小さくて、手のひらに収まって…小さい雷みたいなやつで絵が変わるの」
「雷で…」
「うん」
「想像もできないな。…察するに、それは情報をあつかうようだけど」
「あ」
やっべまた喋ってしまった!!
思わず口を押さえる。おおおおお喋りな口め!!
慌てて緩んでた口の紐をキュッと閉めたら半兵衛は」ハハ、」と笑い声を上げた。ソレがまたあんまり見たことない様子だから私は半兵衛をガン見してしまう。
美人さんの笑顔ってマジで美人なんだ…こりゃ天下も傾きますよ……
「そんなの聞いたところで、実現できるわけないから安心するといい。…これはただの世間話だよ」
「ほん…ほんとに?ちなみにだいぶ疑ってるよ今」
「当たり前じゃないか。どうせ見れない未来なんだ、空想について話すことと変わらないさ」
「……えっと…」
「あぁ、でも…秀吉のことは別だ。秀吉の掴む未来は…見ることができる。」
でももう君はその話をしないというし。
半兵衛は独り言のように顔を逸らして障子の先を見ながらため息をつく。だいぶ顔色は良くなったとはいえ、さっきまで血を吐いていたから未来を語る唇は不気味なほど赤いし、頬杖をついたその指先には血の跡がついている。
今こうして話している相手はそう遠くないうちに死んでしまうのだと。
私はなんだかソレが急に怖くなった。
だから、咄嗟に口が動いてしまった。
「はん、半兵衛は…もう少し、自分のために生きてみたいとか…思わないの?」
口をついて出てしまった言葉に、半兵衛は驚いた顔をした。そして何か腑に落ちたような顔をして、大きく瞬きをする。
「……未来を知ってる君が、ソレを聞くのかい?」
「あ……」
頭が真っ白になってしまった。
私は半兵衛の命が短いことを知っている。
半兵衛自身もそれをわかってる。
私は、今もしかして物凄く残酷なことを言ってしまったのではないかと。よりにもよって未来人の私が、彼に残りの命のことを。
血の気が引いたって多分こう言うことなんだろう。耳の奥がぎゅっとなるような感覚があって、だけど頭はくるくると回っている。
深い意味はなくて、って言おうかと思ったけどでもそれが逆に怪しいんじゃないかとか、ごめん今のなしとかそういう言葉も不釣り合いな気がして、だけど何か言わなきゃって気持ちだけが前に来る。
半兵衛はそんな私をじっくりみて、それから苦笑いをした。
「…秀吉が見ている世界は、この先にあるんだ。僕はそれを見届けるためにある…それでいい」
半兵衛は死を受け入れているんだ、と思うような物言いに、私は何かを言わなくちゃと思った。
…諦めないで欲しいって、もしかしから秀吉が作った世界を、もしくは別の形の世界を、……半兵衛は生きるのを諦めないで欲しいって、もしかしからなんか奇跡みたいなことが起きて治るかもしれないし、……だから、だから。
回らない頭で必死に思った。
だから、私は。
「――…諦めたら、そこで…試合終了、だよ」
できるだけ、明るく、冗談を込めたくて、いつもみたいに口を開く。
半兵衛の目が少しの鋭さを持って私を見た。
「……それは、誰かの言葉だろう?」
「っ!」
「誰かの言葉でしか語れないなら何も話すべきじゃない。…少なくともここではね」
息を呑む。
なんでか分からないけれど。
頭の中が熱くて、耳の奥はツンと痛い。
視界が滲んで、心がぐちゃぐちゃになった気がして。吐いた息は熱くて。
涙が滲んだのがわかって思わず目を逸らして、さっきの水差しを見る。怒らせただろうか、傷つけてしまっただろうか。謝らなくては、謝ったら余計怒らせないだろうか。
ぐるぐる
ぐるぐる
半兵衛に言われた言葉だけが繰り返す。
喉の奥の息が震えた。
「――…まったく。」
半兵衛の呆れた声が聞こえる。
その声音から思わず肩が震えてしまった。
「…秀吉に口を噤むと決めた君の方がよっぽど君らしかった」
優しい声に思わず顔をあげる。
半兵衛は変わらず私を見ている。その目は声と同じくらい優しい。ぶどうのような色をした艶々とした瞳がフ、と細められた。
「――ま、せいぜい"虫ケラよりマシ"って程度だけど」
ふふん、と私を小馬鹿にするように笑う姿は、私が知っているいつもの竹中半兵衛だ。
《よっぽど君らしかった》
ぐるぐるとさっきみたいに言葉が頭の中で回っている。
だけど、その感覚は嫌じゃない。
不思議な心地よさすらあるかもしれない。
繰り返して思い出すたびに、少しずつ飲みこめていく感覚がある。
…いつもなら反論したくなる言葉だったけど、私は何も言わなかった。…言おうとすら思わなかった。
ただ、思考の中にゆっくり沈んでいくような感覚。
それか、水の底からゆっくり浮かび上がってる時みたいな不思議な気持ちだ。
息をするたびに胸の奥に何かが溜まって、それは心地のいい熱を帯びていく。
「………」
「……」
沈黙。
何度目かもわからないけど、半兵衛と私はお互いにもう何も言わない。
障子の外で鳴いていた虫も鳴くのをやめていて、庭の木々が風で揺れる音だけがかすかに聞こえている。
そこに、熱に浮かされた私と、静かな半兵衛の呼吸だけが響いている。
さっきまでぐちゃぐちゃになってた心臓に、《私らしさ》という言葉と、半兵衛の眼差しが、暖かさになって入ってくる。目眩がしてしまうけれど、その中に、大事な灯火が確かにあるように思う。
(あぁ、そうか)
これを、この感情を何と呼ぶのか、私はまだ知らないけど……秀吉や半兵衛、三成たちは、みんなこの熱に突き動かされてるのかも。
気づけば半兵衛の顔を見返していた。
半兵衛は「ふ、」と息を吐き出すと、漸く理解したか、と言わんばかりの顔で私を笑うだけだった。
そして翌日。
部屋から出てても何も言われなかったのをいいことに私は三成と私で茶をしばいてた。
「今日も緑茶が美味しいねぇ」
「だな!」
今日のおやつは佃煮?みたいなやつでお茶請けとしても最高の組み合わせを見つけてしまったのではと言うレベルでお茶が美味しく感じる。
聞けば、三成は秀吉にお茶を振る舞って、それで豊臣軍に入ることになったらしい。私のウデは一流なんだぞ!と胸を張って言うくらいだから相当いいんだろう。確かに三成の淹れたお茶、なんか香りも良いしすごくホッとするんだよなぁ。…決して淹れてる三成の可愛さ付加価値があるとかそう言うのではないですぞ!!
そんなわけで三成に教えてもらいながらお茶を楽しんでいた昼下がり。
「お嬢」
「左近どうした」
ポカポカと体を温めていたら、廊下の向こうから左近が険しい顔でやってきた。例の如く、私には一瞥もくれずに一直線に三成に話しかける。くそういつか絶対私にも声かけてくれるくらい親密度あげてやるからな!
ぐぬぬと思って左近を見ていたけど、何だか普段より小難しい顔をしているものだから三成も途端に真剣な顔になった。
「秀吉公が呼んでる」
「すぐ行く」
秀吉、と聞いて三成は立ち上がった。
そして私に声をかけてくる。
「シズカ、ごめんちょっと行ってくる」
「あ、うん。どうぞどうぞ」
そう言って三成は駆け足で左近と一緒に行ってしまった。
私はその嬉しそうな背中を見送って、それから一人でふう、と息を吐いた。
色んなことがありすぎて頭の奥がぼんやりしている感じがある。緑茶の苦みで少しはしゃっきりしてきた気がするけど、それでもなんだかいまいちうだつが上がらないというか。
ぼんやり三成の置いていった湯飲みをみていたら、床を踏みしめる音が聞こえてきた。
ここよく人が通るなあと思いながらそちらに顔を向ける…より先にカタカタカタ…とアルミっぽいものが揺れる音が聞こえてきた。
これはぜったい吉継だと思ってそちらをみると、やっぱりそこにいたのはウルトラ〇ンの目がついたバケツ。それから、隣にスラっと佇む…
「あ、信之兄」
「こんにちはシズカちゃん」
「なんだ信之、お主『兄』と呼ばれているのか」
「ええまあ。羨ましいでしょう」
ふふ、と嬉しそうに今日もイケメンオーラ全開な信之兄ちゃんがバケツマンの隣を歩いてくる。ここまで談笑しながら歩いてきたのか、二人の間の空気は穏やかだ。
「誰かいたのか?」
「今の今まで三成がいたけど、秀吉…さんに呼ばれていっちゃった所」
「ほう」
「信之兄たちは?」
「散歩中」
じゃあシズカちゃんも時間を持て余してそうですし、俺たちも少し休憩しましょうか、と言って腰を落とす。
吉継がすっごいこっちを見ながら信之兄の隣に腰かけてくるので私はサッと目をそらした。すっっごいこっち見てくる…!!
「……いいのう」
「え」
「儂にもあだ名が必要ではないか?こんなに愛くるしい見た目よう」
のう、信之、と吉継は言う。信之兄は「そうですねえ」とふわふわ返事をして髪を揺らした。
「嬢ちゃんなら何てつける?」
「んー」
なんだろうなあ。ヨッシー…よっつん…
あんまり動いてない頭でくるくると考える。その視界の隅でバケツの底に着いたモーグリのポンポン的な奴がぽよんと跳ねる。……というかコレ本人的には可愛いんだ?!まあ確かに強面ではないんだろうけど、初見はなかなかの衝撃だからね!!?
「可愛い系…だったらよしりんじゃない?」
「…よしりん?」
「うん!」
どこぞのバカップルの片割れみたいでめっちゃ可愛いと思う!よくよくみたらモーグリのポンポンも鈴みたいだし!!吉継…もといよしりんはあだ名を反芻して、こてんと首を傾げた。その勢いでバケツが傾いてカタンと音を立てる。
「ほっほっほ、良いなあ!信之、儂は『よしりん』と言うそうだぞ、これからはよしりん、と呼んでくれ」
「うーん…善処します」
気にいったのかほっほっほ、と笑って肩を揺らして笑うよしりんだけど、そのたびにポンポンみたいなやつが跳ねる。私と信之兄でそれを目で追いかけて、満足そうなよしりんを眺めた。そして残り僅かになったお茶を飲んで、ふう、と息をつく。
「シズカちゃん…手持ち無沙汰、って感じだね」
「んーまあ暇だよね」
「いいことじゃないか」
「……」
本当は……こっそり抜け出すチャンスを伺ってるとか言ったら信之兄はどんな顔をするだろうか。しぶい顔をするかもしれないし、怪訝な顔をするかもしれない。
『――織田が、瀬戸内へ向かっている』
けど、私は…与一にもちびちゃんズにも約束したんだ。絶対見つけに行くって。本当に北条と武田の同盟が成立したことで瀬戸内に織田が勢力を伸ばすなら、……行ったところで何もできないけど。会えなくなる前に、行かなくちゃ。
(どうやったらここを出れるかは……わかんないけど)
なんかどっかの隅とかに穴が開いてたり、たまたま見張りの人がいない時間があったりすればいいんだけど…
「……」
「……シズカ、お主…慣れないことを考えておるな」
「え?」
「顔に出てるよ、嬢ちゃん」
「え”ッ、そ…そんなこと、ないよ!!」
「ホホホゥ、…ここにいるのが我らでよかったの」
「ほんと。あーんまり嘘が得意じゃないのが分かったよ」
苦笑する信之兄とよしりんだけど、そこから先は特に何も言わない。
二人が何を言ってくるのか身構えたけど笑いながらそれ以上は特に何も突っ込んでこないから、私は居心地が悪くなって視線をさまよわせた。う、うぐ…べ、別に、脱走しようとかそんなこと考えてないし!!
彷徨った視線で信之兄のほっそい腰を見ると、帯の所に装飾のついた綺麗な扇子が指してあるのが目についた。
「の、信之兄のその扇子、素敵デスネ!!!!」
「話を逸らしたな」
よしりんが余計なことを言うのを華麗にスルーする。信之兄が「ああこれね」と開いてくれた扇子には、綺麗な尾の長い鳥が一羽大きく描かれている。金箔みたいなキラキラとした塗料が使われていて、ものすごい豪華な印象を受けた。私がこんなの持ってたら「どっかのおみやげ?」って言われて終わっちゃうね!
「すっご!!めっちゃ高そうなんだけど普段からこんなの使ってるのマジで?!おしゃれどころじゃないんですけど」
「いや、これは舞用だよ」
「まい?」
「そ」
まい…my…米…舞!?舞ってあの!?
「も。もしかしてあの扇ッパァン!ってやったりしゃなりしゃなりしたりバフがつきそうなアレのこと?!」
「……あれ、興味ある感じ?」
「うん!!教えてほしいくらい!」
そういうと、信之兄の目がキランと輝いた。
「暇を持て余した嬢ちゃんが、どこに出しても恥ずかしくないぐらい舞えるように指導してあげるよ」
……あ、あれ
なんか温度感…間違えたかコレ!!
* * *
「もーやだ!飽きた!秋田県!」
「どうした?突然。」
「うわぁん!よしりーん!私にはできないよー!」
縁側に腰掛けて私達を見ていた吉継に私は助けを求めた。カラカラ音をたててバケツを揺すっていた吉継はこてん、とバケツを傾げる。
「ちょっと、やりたいっていったのは嬢ちゃんでしょうが」
「だって信之兄厳しいんだもん!」
私はただちょびっとできれば与一とか政宗、ひいては武田のメンツに自慢できると思っただけなんですぅぅうう!
「上手く舞えてたではないか」
「信之兄が鬼コーチ過ぎる!私がついていけないの!」
バレエのダンスレッスンのようなんだもん!アンドゥトロワ!信之兄、目がマジだったし!
「俺は優しく教えてたんだけどなぁ」
「あーあー目がマジだった人の言葉はきーこーえーなーいー!」
「ははは、三成も前に一度同じ事をやってな」
「え、三成も?」
三成が舞?なんでまた……。…ああ…秀吉か…。『秀吉様が舞をみたいって言ったからアタシが舞えるようになるんだぞ!』とかいうパターンなんだろう。
「どうやら秀吉様が舞がみたいとおっしゃったそうでな」
「だろうと思ったよ…」
「三成は1刻も出来なんだ、シズカはよくやったほうよ」
まぁ三成らしいっちゃらしいけどね!
なんてぼんやり想像していたらまたドタバタと走る足音が聞こえてきた。マジでこの廊下人通り多いな!
「こらっ!廊下は静かに走りなさい!」
「え!あ、悪い…」
「廊下は走らないの間違いではないか?」
間違いじゃないよ!私廊下は静かに走ればいいって小学校の担任に聞いたもん!でもしゅんと凹んじゃった三成には謝っておこう。自分で言っといて記憶の捏造してる気がするしね!
「で、なんか急いでたみたいだけどなんかあったの?お嬢。」
「そうだった!!」
三成は心底うれしそうな笑顔を浮かべてこぶしを突き上げた。
「戦をするぞ!!」
* * *
――しばらく前に毛利と長曾我部は戦を終えたばかりで、消耗している。そこを織田が狙ったようだった。主戦力が注がれているとの情報が入ったから、豊臣・徳川はその隙に織田の本城を狙うらしい。
豊臣も徳川も、小田原急襲はちょっとしたジャブだったようで、まだ荷解きも終わっていないのか、あっという間に戦の準備が進んでいく。
そして今日。もう少ししたら出立になるのか、人々は怒号を交わして最終確認をしているようだった。
忙しすぎて誰も私に注目していない。
…いくなら今だ、とおもった。
私は縁側にお茶を置いて立ち上がる。
三成に教えてもらったけど、やっぱりまだまだ三成ほど美味しくは淹れられなかったな、と思う。
今日は一人分のお茶セットを少し見て、私は音を立てないようにこっそりその場を後にした。
「……」
廊下を曲がって少し進む。
そして突き当たったところを左に曲がると、先日と同じ場所に忠勝はいた。
近くには多くの人影がある。誰も彼もやはり声を荒らげて荷造りをしたり馬の最終チェックをしているようだった。私は廊下の陰に隠れて少しその様子を伺う。
「主戦力が出払っているとはいえ相手はあの信長公だ!準備をおろそかにするな!」
「足りなければ後発隊に運ばせる!今は最小限で準備せよ!」
忠勝の陰に隠れているけど、この声は家康と信之兄だ。どうしよう、二人にバレないようにしなきゃ…。
ここの廊下にもいつ人が来るかわからないし、私はそっと忠勝で二人を遮りながらこっそりしゃがんで忠勝に近寄った。
「……忠勝…!」(コソコソ)
「……」(キュイイイン
「うん、あのさ…ちょっとお願いなんだけど…私を逃がしてくれたり…しない……?」
「………」(ギュルルルル
どうして、と忠勝に聞かれて、私は一瞬目をさ迷わせた。
ここからじゃ家康も信之兄も見えない。他の人たちも自分の仕事でいっぱいいっぱいで忠勝の足元でしゃがんでる私のことなんて目についてなさそうだ。
「私、行かなきゃ…あ、いや別に瀬戸内CPハァハァしようなんて…いや思ってるけどそれがメインじゃないから!」
くそ、つい本音が…!私ってば正直者!でも本当にメインはしょーちゃんの確保だから!あわよくばチカナリもゲッツしたいけどね!
忠勝のモーター音が一段と強くなった。
「…家族がいるの、誰より現実が見えてるくせになんでも一人でやろうとしちゃう子が。…手遅れになる前に会いに行かなきゃ」
「…………」(ガショプシュー!
「いいの!?ありがとう!!」
私は忠勝の快い返事を受けて、急いでこの間登ったばかりの場所に足をかけた。この間は肩まで登ったけど、そこまでいくとバレちゃうから、肩の裏当たりのとっかかりにあしを入れて上手い具合にバランスをとる。
よし、これで大丈夫!マッハとかで飛ばれなければ落ちないはず!忠勝、いつでもいけるよ!と言おうとして、視線を感じた。
「……」
「あ」
家康だ。
少しだけこちらに顔を向けて私を見上げている。
ヤバい!バレた!!ごめん家康!ちょっとだけ!悪いことしないからちょっとだけ忠勝貸して!そう思ってギュッと唇を噛んだら、家康はぷっくりとした頬を持ち上げて笑みを浮かべた。
「…行くんだな」
「!」
「信之の言うとおりだ。」
まっすぐな声音。曇天を貫く光の線みたいな、迷いのない清々しい笑顔だ。
私が逃げようとしてるの…分かってたんだ、思わず信之兄の方を見ようとしたけど、いい感じに隠れてしまってその顔までは見えなかった。
だけど気配がこちらを気にしているような気がする。私は聞こえてるかわからないくらいの声量に絞って「ありがとう」と呟いた。
「貴公の熱い光、見失うなよ」
「…うん」
忠勝のモーター音が一層強くなる。
ゴッと風が吹き出して、忠勝が少し体を小さくした。
「よしッ、任せたぞ!忠勝ッ!!」
家康はわざと大きな声を上げる。
まるで家康が指示を出して、それに従っているかのような。違和感が無いように、不思議に思う人がいないように配慮迄してくれている。本当に不思議なくらいにすべてがとんとん拍子に進む。
忠勝の吹き出す風が一層強くなったと思った瞬間、身体が思い切り浮き上がった。頭のてっぺんに強く風が吹きつけて、思わず首を引っ込める。
ものすごい上に上がっている浮遊感を感じていたけど、急に向きが変わった感じがあって私は下を見る。そこには小さくなった家康と、信之兄がこちらを見上げているのがわずかに見えた。
(家康、信之兄)
あと、秀吉に半兵衛。
これが、天下人になるはずの人たちだ。
《乱世の嵐で国を焼き尽くす火炎の渦となるやもしれん。――…ならば燃やしてみせろ、そして示しに来い》
小さくなっていくお城を見ながら、私は秀吉に言われた言葉をもう一度思い返す。まだその言葉の重みも、答えも見つかっていないけど、いつかその答えを示しに行く時が来るんだろうか。
私はその問いかけの意味に少し思いをはせて、それから忠勝に強くしがみついた。
「……」ブィイイイン!
「え!瀬戸内まで連れていってくれるの!!やったああ!ありがとう忠勝!アイラビューフォーエバー!!」
シュゴゴゴゴ
歯を食いしばってないと舌噛む、って……
「もうかみまみま!」
ベロがじんじんしてる!鉄の味もするよぉぉ…!
「ごぶはぁ!口に虫入った!ペッぺッ!」
忠勝と空を飛び続けてだいたい2時間と半分くらいになって山ばかりだった景色に海が映り始めた。
相変わらず耳元でごうごう音を立てて過ぎていく風がうるさくてそろそろ耳が痛くなってきたんだけど、それよりこの高さ破壊的に怖い!
「ひ、人がチリのようだ!」
だって人が黒いぽつぽつにしか見えないんだもん!しかもここめっちゃ寒い!
「あ、なんだか高所恐怖症になりそう」
「……」ドゥルルルルル!!
「もう着くの!?早っ!」
流石忠勝!そこにシビれる憧れるゥ!!
忠勝に言われて下を見てみれば確かに海だった。そこに浮かぶたくさんの…
「黒船!ペリー?!」
なんでペリー?!来る時代間違ってねぇ?!今はまだ戦国時代だよ!?
…残念ながらツッコミ組がいないので全てオールマイティ、セルフなのが寂しい。
ゆっくり忠勝が良く見えるようにと高度を下げる。えっと対峙している船が沢山なあの黒い船が織田?互いに甲板に人がみっちり詰まっていて、なんだか今すぐにでも戦が始まりそうだ。
「………ん?」
なんか黒船の方に某ベア●リーチェみたいなのが舞ってる…あの麗しい空気…も、もしや…!
「うほー!のーひめ様ぁあー!!」
わ、うわ、うわぁぁぁ!なっ、生足!元祖生足!やっべぇ濃姫様だあひょひょひょひょ!
もしかしてここからいま飛び降りたらあの麗しき生足にスリスリするチャンスがあったりするかな!?
そんなことを想像してよだれを垂らしていたら、忠勝が手の平を下に向けた。
「ん?どったの忠勝……――」
ドガァァン!!
突然、忠勝の手からビームが出た。
眩しい閃光と熱風が一瞬で私の顔に叩きつけられて、髪の毛が吹っ飛ぶんじゃないかってくらいダメージを受けた。
そのビームは、まっすぐに濃姫様たちの乗った船の真ん中のマストをへし折…っ…た
「ええええええええ!!!?」
「………」
ゴゴゴゴゴ
いやまあそりゃあ確かに船を再起不能にしたら逃げるしかないだろうけど!
有無を言わさず破壊光線するのはどーなのよ!!
いきなり一番でかいマストをぶち抜かれた船の上では混乱しまくる人たちがワァァァと悲鳴を上げたりしているのが見える。わ、私じゃないです!やったのは忠勝です!!俺は悪くねェ!!
忠勝は動くのをやめてその場にとどまってしばらくその船を見つめる。
濃姫たま達は忠勝に気付いて、矢と銃を撃ってきているような気配がするけど、風と忠勝の熱風にからめとられてここまで届かない。ひいいい死ぬ!!
しばらくその場で右往左往していたけど、濃姫たまたちを乗せた船は残った帆を反転させると、ゆっくり向きを変え始めた。撤退するんだろうか、残された小さなマストの上に小さな影が跳ねて怒鳴っているように見える。だいぶ豆粒だけどあれたぶん蘭丸だよね…いやマジでごめん!!そりゃ怒るよね!だってこんなん忠勝無双だもん!!
忠勝は引き上げていく黒船軍団に満足したのか織田の船と逆方向にゆっくりと動き始めた。
私の位置じゃあまりよく見えないから、忠勝がどこに向かっているのかよくわからない。
「で、忠勝どこいくの!」
ぎゅぅいん
「え!船!?」
忠勝はそういって飛ぶ向きを少し変えてくれた。
私の目の前にあるのは、今の今まで織田軍の船が対峙していた沢山の船…の先頭。
その船の甲板に居る二つの影に自然と顔がにやける。
「ナリたぁぁぁぁあん!」
あれはぜttttttttttttたいチカナリだ!!!!!!!
ふふふ二人で甲板にいるなんて仲良しさんだネ!!!
「……」グィィィィン
「だいじょーぶだいじょーぶ!落ちないって!!がはは」