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犬も喰わない
「…………」「…………」
「……すごい、ウィットが5分以上黙ってるの初めて見たよ」
「これは…助け舟を出してあげたほうがいいかしら」
「いやいやいや、そーんな野暮なことしなくていいんだよ、こう言うのは当事者に任せるものさ」
ここはミラージュの運営するパラダイスラウンジ。本日は試合があるため定休日……だが、本日はまばらにテーブルが埋まっていた。
座っているのは全員がAPEXゲームに参加するレジェンドたちだ。天井からいくつも吊り下げられたモニターからは今日の試合の映像が再生されており、それを眺めているものもあれば……端っこのボックス席をニヤニヤと眺めているものもいる。
端っこのボックス席には向かい合う男女が1組。彼らのテーブルの上に置かれたグラスはすっかり汗をかいていて、氷も飲み物を冷やし続けるには心許ないほど小さくなってしまっている。
レイスはそんな様子を眺めて、それから自身のテーブルの上に置かれたミックスナッツを口に運んだ。
ほんのりトマト&ガーリックの味付けがされたパウダーが美味しい。
さて、どうなるかねぇ。ニコニコと楽しそうな表情でホライゾンが言う。それに応えるのは反対に興味なさそうな顔のランパートで、彼女は犬も食わないね、と舌を出した。
「でも、ナナシは急にどうしちゃったのかしらね?今までそんなの一回も教えてくれなかったのに!」
「なにかきっかけでもあったのかしら」
「気づいてなかったのはお前たちくらいなものだ」
「まぁ、そうなの?」
斜め向かいの席からクリプトの声が飛んでくる。
驚いたわ、とワットソンが目を丸くする。知らなかったわね、と同意を求めてくるワットソンにレイスは肩をすくめた。
「まぁ…でも思い返してみれば確かにナナシはよくミラージュのこと見ていたような気がするわ」
「それだけじゃないが……観察していなくてもわかるさ」
「だとしても、まさかあんな告白の仕方をするなんてねぇ!」
そう、あの席はつまるところ「告白の返答待ち」の席だ。耳まで真っ赤にさせて、きっと頭の中をぐるぐるさせているナナシと、そんなナナシをみて口を開いては閉じ、を繰り返すミラージュ。
最初はそんな様子を見ているだけで楽しかったが、こうも動きがないと見ている方にも飽きがくる。
そろそろただ見てるだけに飽きてきたレイスは、メニューをチラリと横目に見た。
声だけが耳に入ってくる。
「あ、あの……この度は大変な…ことを……」
「い、いや、俺は大丈夫だぜ!別にビックリして足を滑らしたわけでもないし、なんならこうしてピンピンしてる!まぁ…それに……それに……」
「いやあのでもね、冗談ではない…んだ」
「えっ」
「私、あの……本当にミラージュのこと…好きなんだ」
「えぇ…あぁ……いや、そうだよな!冗談!なわけないよな、わかるぜ、うんうん…」
再びの沈黙。全くもってさっきからずっとこの調子なのである。
気まずい空気がここまで流れてくるような気がしてレイスは小さくため息をついた。
パスタでも頼もうか、と思いキッチンに目をやる。パスファインダーが楽しそうに料理をしているのが見える。簡単な料理ならレシピがあるから大丈夫!と豪語した通り、簡単なものなら作れるらしい。
これも長年ミラージュが世話を焼いたおかげなのか、トンデモ料理が出てくることはなさそうだ。
「料理頼んでくるけど、なにか頼む?」
「あぁじゃあ飲み物のお代わりを頼もうかねぇ」
「肉が食いたいけど……パスファインダーに任せたら変なの出てきそうだなぁ」
「あら、じゃあ私が作りましょうか?」
「冗談!ワットソンに作らせても似たようなもんだろ」
「スナックとかなら大丈夫なんじゃないか?」
「しゃーねぇなぁ」
なんせ人に出せる食事を作れるのがミラージュしかいないし、そもそも今キッチンに立っているパスファインダーだって、一応パラダイスラウンジのスタッフだったこともある、という理由であそこに立っているだけで料理ができるとはいってない。そしてそれはレイスも同様だった。
さて、と椅子を引いて立ち上がると、カウンターのパスファインダーの元へ向かう。パスは、近づいてきたレイスに気がつくと、グラスを拭いていた手を止めて、実に機械的な動作で片手を上げた。
「やぁレイス!ご注文はいかがかな?」
「ありがとうパス。ビールとモヒート、赤ワインと…それからフライパスタをもらえるかしら?」
「合点承知!できたらテーブルまで持って行くよ」
パスファインダーのモニターに笑顔が表示されたのを見て、レイスはよろしくね、と声をかけて席に戻る。進展はあったか、とホライゾンの顔を見ながら視線で問えば、彼女は人差し指を立ててシィ、とジェスチャーをした。
どうやら、ナナシはもういっそ攻めて攻めてしまえ作戦に切り替えたらしく、真剣な顔でミラージュのことを見ている。
一方のミラージュは顔を押さえて、必死にナナシの視線から隠れようとしているようだった。
「私はミラージュの、全部がめちゃくちゃ好きなの。髪型も声も性格もご飯が美味しいところもぜーんぶ」
「俺は〜、その、なんだ。……そりゃあ確かに魅力的でイケメンで、気立てもいいし料理も上手い!今日だって無事にチャンピオンをとったし?ナナシは目の付け所がいいと言わざるを得ない!あー、つまり、……あまり……あまり…得意じゃないんだ、こう言うの……」
「……」
どんどん語尾が震え、そして消え入りそうな音量になっていく。あまりにドストレートな物言いに逃げ場がなくなって行くのがわかる。
「ほんとに…なんて言ったらいいのか、……いや、……ありがとうっていえば、いいんだよ、な?」
「……ミラージュ」
顔を真っ赤にしているミラージュを、ナナシは目を見開いて見つめている。もはやガン見である。
ナントカは盲目だと言うが、……まぁ、ミラージュ自身悪いやつではないし彼自身にも悪意があるわけではないのだが、なんていうか……何がそこまで彼女を惹きつけるのだろうか、と思う。
そんな、……顔を真っ赤にした齢30を超えたおっさんの。
ナナシはミラージュのことを目を見開いて見たのち、手首を引き寄せて手を握りしめた。途端にミラージュの真っ赤な顔が露見して、ナナシはキュッと唇を噛んだ。
「貴方を、幸せにしたい」
「お、あ」
「ミラージュがおじいちゃんになっても、笑顔の溢れる家庭にしてみせるから、……結婚してください……」
「あっ……はい…」
「えっっっっ」
ぽろ、とミラージュがこぼした返事にナナシもレイスも、そのほかそこにいた者たち全員がフリーズした。目を瞬かせてミラージュをガン見している。
しん…と静まり返った店内に陽気なBGMとAPEXゲームの銃声が鳴り響く。誰もが2人の動向に耳をそばだてていた。
「えっ……あの…ほんとに?」
「えっ……いや、ほんとに……」
こくり、と顔の赤いままのミラージュが頷き、釣られてナナシの顔も赤くなる。
はれて、ここに1組のカップルが成立したことになる。誰もがこっそりおめでとう、と仲間の幸福を喜んでいた。
そんな最中、カシャンカシャン音を立ててあたたかい湯気がやってきて、口火を切る。
「やぁレイス、頼まれていたワインと、ビールと、モヒート、あとパスタだよ!」
「あり…ありがとうパス」
「っナナシおめでとう!!祝福するわ!」
ワットソンは弾かれたようにナナシに飛びついてハグを送る。すっかり周りのことを忘れていたらしい2人はハッとした顔で周辺を見た。
「わ、ワットソン…!」
「あなたの勇気と愛、とってもシビれたわ!」
「えっ、なになに?ナナシは今日が誕生日なの?」
「違うわパス。えぇっと…」
「要はセックスするってことだよ」
「こら!ラムヤ!」
「ふぅん。なんかよくわかんないけどオメデトウ!」
「若いっていいねぇ!ニュート!」
「お、おいクリプト見るな、見るんじゃねぇ!恥ずかしいじゃねぇか!」
「いいだろ、オッサン。おめでたいことじゃないか」
ワットソンにもみくちゃにされながら、ナナシはミラージュを見遣る。
「あの…急には難しいと思うので、まずは恋人候補……からでお願いします!」
「お、おう!」
あ、それを気にする余裕はあるんだ、と遠くから眺めていたアッシュは思った。