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神様なんていない
※過去捏造
「すまないが、私の代わりに息子を見てくれないか?」
「……はい?」
「しばらくこの研究から手が離せなくなりそうなんだ。君なら若いし、あの子と話が通じることもあるだろう」
つまり暗に私が手掛けていた研究を打ち切られたのだと思い、私は隠すことなく表情で「嫌な顔」をした。
オーリム博士はそんな私を一瞥して、興味なさそうに資料に視線を落とす。そしてぶつぶつと独り言を言い始めてしまう。こうなったらもうオーリム博士を邪魔することはできない。
私はじっと嫌な顔をそのままに、省エネだとかで電気もまともにつけてない暗い部屋を出た。
パルデア地方、その中心部に大きく口を開く、通称パルデアの大穴。
その最深部には天国があるだとか、別の世界に繋がっているだとか、別の生物が住んでいるのだとか、その底には何があるのか、パルデアに住む者ならば誰もが一度は空想をしたことがあるだろう。
前人未到の秘境。どんな人間も寄せ付けない地上の深海。その底に辿り着き、人間の居住空間を創り上げた。それが彼女オーリム博士である。
彼女は文字通り天才だった。
そして、生粋の空想家でもあった。
彼女の理想は、空想は、ひらめきは、多くの研究者に笑われ、呆れられた。
けれど彼女は今もこうしてパルデアの大穴の最深部……エリアゼロと名付けられたその場所にしがみついていた。
そんな彼女を慕って私が何年もの月日を費やして続けていた研究は、その稀代の天才博士のお心のままに終了せざるを得なかったのだった。
「やぁ、君がナナシだね?」
「こんにちはフトゥー博士。」
「噂はかねがねオーリムから聞いているよ。辛抱強くて優秀な科学者だとか。」
(それは社交辞令?)
「ほら、ペパー、挨拶なさい」
フトゥー博士との握手もそこそこに、彼の影にいる小さな男の子に視線を向ける。
彼はフトゥー博士の足にしがみついたままこちらの様子を伺っていて、前に出てくる様子はない。
じっとこちらに向けられた顔は確かに2人の息子のようだ。
目元と口元がそっくりだ。
はは、とフトゥー博士が笑う。息子はどうやら人見知りらしい!なるほど、ならばこちらから挨拶を。
「こんにちはペパー…くん。私はナナシ、これからよろしくね」
そして差し出した手は一瞥の後無視された。
あの親にして、この子ありである。
私はこの胸に渦巻くモヤモヤがまた少し大きくなるのを感じた。
そしてそれから数ヶ月。私がこのオーリム博士の一人息子、ペパー少年の世話をするようになってから、分かったことがある。
それはあまり私が子供好きではないということだ。
気分で泣き、気分だけで怒り、さっきまでそこにいたのに数秒目を話した隙にどこかへ行ってしまう。それがとにかく気に食わない。
分別ある大人ではないのだから、と頭では分かっていてもココロはそうもいかない。もっと論理的で理性的に生きることはできないのだろうか。
オーリム博士は私をこのペパーと年が一番近いからという理由で選抜したようだったが、逆にこの少年の理不尽さを許せないのだ。
もっと大人だったら彼のこの非倫理的な行動も笑って許せたのだろうか。
博士がゲットすることに成功したコライドンというポケモンと共に昼寝をするペパーを見る。
ほんの5分前までキャーキャーと遊んでいたのにもう寝ている。どうせ起きたらコライドンやオラチフとおもちゃを取り合って怒っていたことなんで忘れているのだろう。
私はベランダに出てタバコに火をつける。
私がもともと研究室をおいていたエリアゼロではなくさらにその表層に当たる観測拠点に紫煙が揺れた。
「……どうだい、最近の調子は」
「まぁ、……ボチボチですね」
「そうか。君がペパーの様子を見てくれて僕もオーリムも助かっているよ」
「そうですか」
隣でフトゥー博士が私の顔を見てハハハと笑った。私は隠しもせずに嫌な顔をしているから、きっとフトゥー博士も私が嫌々この仕事をしていると分かっているのだろう。それでいて笑ってこうやって流してしまうのが、大人の余裕…いや、親の余裕というものだろうか。
私には一生わからないだろうが。
フトゥー博士の横顔を見る。私たちと同じ研究者で、何度か会話したことがある程度の人だが、こんなに疲れた横顔をしていただろうか。
「……フトゥー博士は」
「ん?」
「どうしてオーリム博士と結婚して子供を作ったんですか?」
気づけば問い掛けていた。
そもそも、オーリム博士は研究に命を捧げているような人だ。子育てなんて想像するだけで仕事を邪魔しそうなものなのに、どうして子供を作ろうと思ったのだろうか。
もしかしてフトゥー博士が子供好きとかで仕方なく作ったとかだろうか。
私の質問に目を丸くしたフトゥー博士は逡巡し、それからもう一度笑みを深くした。
「人を好きになると、その人の全てが欲しくなるものなんだよ」
「……」
「そして、全てを愛おしく感じるし、……ありきりたりで平凡な『幸せ』というものを想像してしまうものさ」
「……非論理的ですね、他人、しかも研究第一のあの人に真っ当な子育てができるはずがないってマンキーでもわかるのに?」
仮にも博士であるのに、なんて非科学的なのだろうか。他人が関わる以上絶対なんて存在し得ないのに。
私は咥えたタバコを口で弄ぶ。ゆらゆらと線を描く煙の行き先を目で追って、はぁ、とため息をついた。非論理的だ、非科学的だ。
フトゥー博士は私の回答に小さく笑うと視線を自分の手に落とした。その何か胸のうちに言葉があるような顔を、私は横目で見ている。
彼もまたやはりこの現状に思うことがあるのかもしれない。だからといってかける言葉ないけれど。
「子供というのはいつも私の想像を超えてくるよ」
「はぁ」
「もしかしたら僕もオーリムも、そんな子どもに惹かれていたのかもしれないね」
そんな、夢みたいなこと。
ぼんやりと遠目に徘徊するピジョットを眺める。
ここはパルデアの大穴の表層だとはいえ、生息しているポケモンはどれも強い。
そんなことを考えていると、不意にタバコが口からすり抜けた。
「子供と小さなポケモンには害だから、タバコは禁止ね」
「…………」
外は日差しが強いのか、滝から滑り落ちた水滴の反射がいつもに増してキラキラと眩しい。
私はタバコの代わりにして早何ヶ月目かのガムを噛んで外を見る。こうして数年、ペパーはいつのまにか言葉をたどたどしくも話すようになり、オラチフはマフィティフに進化した。コライドンはオーリム博士の元に戻り…フトゥー博士は住まいをさらに上……観測ユニットの一番表層に移した。
あれから数年、数える程度しか会いにこないオーリム博士との心の距離はますます開いているように見えた。まるでこの物理的な距離がそのまま心の距離を表しているようだ。
このままでは仲違いするのも時間の問題のように思う。
そうなったら、彼らはどうするんだろうか。
オーリム博士は考えるまでも無い。引き続き何ら変わらず研究をこなす日々だろう。
だがフトゥー博士やペパーはどうなるのだろうか。
2人で暮らすのだろうか、それとも別れてなお普通の顔をして研究を続けるのだろうか。
その方がペパーにとってはいいのだろうか。
フトゥー博士も無言で考え込む時間がとても増えた。それは決して研究が原因では無いのは、私にも、そして幼いペパーも何となく感じ取っているようだった。
「ナナシーっ!お母さん、まだかなぁ」
「ペパー、落ち着いて。そんなに窓を開け閉めしたら壊れるよ」
「だって、だってお母さんおそいんだもん!」
ねぇ、マフィティフ、とペパーは足元で我関せずな態度で眠っているマフィティフに話かける。
彼はペパーに呼びかけられたことで片目を開けたが、すぐに閉じた。オラチフの頃から使っている彼用の寝床は体重でペタンコだが、まだ使いたいらしい。前に掃除ついでに捨てようとしたら吠えられた。
そんなマフィティフにしがみつき、そしてまた窓の外を見る、と落ち着きない様子を見せていたペパーは、ふと「あ!」と声を上げた。
「お母さん!」
その言葉に顔をあげたフトゥー博士の表情はとても険しい。
それから数時間。
彼らは外に出てピクニックをしていた。
両親が揃って嬉しいのかいつもの何十倍も多言で動き回るペパーを、マフィティフが追いかける。そしてその様子を見て苦笑しているフトゥー博士。
オーリム博士は何を家族に話しているのだろうか、彼女の手の動き、口の動きを眺める。
もしかしたら、研究について話しているのかもしれない。もっと話すことは他にあるだろうに。
例えばペパー少年が作った花冠とか、彼がお母さんに食べさせてあげたいと作ったサンドイッチのこととか。フトゥー博士のこととか。
私は窓の外、一枚の絵の様な光景を見てため息をつく。私はあそこには入れない。オーリム博士よりも長く彼らと共に時間を過ごしていても。
彼らとは家族でもなんでもないのだ。
だから……
だから。
「っ、いい加減にしないか!」
「!」
怒号が響く。
わたしはそれで思考の海に沈んでいた意識を浮上させた。
さらに時が経ち、夜。
未だ興奮冷めやらぬペパーを寝かしつけていた。それもようやく落ち着きを見せ、彼がようやくすぴすぴと鼻を鳴らし始めた矢先のことだった。
始まってしまったな、とおもう。
どう転んでももう戻れない。フトゥー博士が抱えていた不満や不安が爆発した。
「少しは家族のことも考えてくれよ、確かに研究して楽園を作るのが君の夢だって僕も分かってる。だが、だからってこんなに家を空けて、蔑ろにしてまで叶えなきゃいけない夢なのか?!」
「っ私は、夢を追いかけたいって……もちろんアンタのこともペパーのことも大事に思ってる!けれど支援して貰っている研究費にだって限りがある!底をつく前になんとか形にしないと……」
「その事情も知ってる、けど、君はあの子が初めて言葉を話した時も、料理をした時も、寂しくて君を呼んでいることがあるのも知らないじゃないか!それで果たして僕たちは家族といえるのか?」
どっちもどっちだ。
喧嘩の声がここまで響いてくる。
私は何も言わずにそっとペパーの耳を塞いだ。
昼間の彼の楽しそうな顔を思い出す。帰ってくると聞いた日の夜に、お母さんとやりたいことをたくさん話していた彼。
できれば、起きないでいてほしいなとおもう。
わたしはこの子の家族ではないけれど、幸せを願うくらいは許されていいはずだ。
「結局誰も彼も自分のことばかり」
その論点はペパーの幸せではなく、世間体、自分の気持ち、これまでの不満や怒り。
自分たちで成した子のことを盾にして彼らは感情をぶつけ合う。
ああ。本当に馬鹿馬鹿しい。
怒号が続く。
わたしは彼の寝顔を眺める。
今更かもしれないけれど、ペパーには幸せになってほしい。
それでできれば研究者なんてクソみたいな仕事にだけはつかないでほしい。研究者なんてみんな自分のことしか考えてないんだから。
やがて怒号は扉を強く開け放つ音で終わりを迎えた。さっきまでの喧騒が嘘のように鎮まりかえる。
私は少し悩んで、ペパーに布団をかけ直すと、そっと部屋を離れた。
2人がさっきまで喧嘩していた部屋に入ると、そこには頭を抱えているフトゥー博士がいた。
さっきまで興奮していたからか、肌はわずかに赤みを帯びている。肩で息をつくと、フトゥー博士は疲れた顔をしていた。
「やぁ、……見苦しいところを見せてしまったね」
「……」
「ナナシ、タバコを持っていないかい?」
「…ありますよ」
フトゥー博士にタバコを手渡す。彼は慣れた手つきで火をつけると深いため息をついた。久しぶりに香る煙の匂いに、私はこんなにキツいものだったろうか、と思いを馳せる。
「僕たちは……もう終わりなんだろうか」
「さぁ」
「……相変わらず君は素っ気ないね」
「そうですかね」
どうだっていい。
だって私はあなた達とは家族じゃないし他人だ。
その言葉を飲み込んで私はフトゥー博士の吐き出した紫煙を目で追う。このままでは壁にヤニがついてしまう。マフィティフはすごいタバコを嫌がるから開けておかないと、
そう思って窓を開ける。と、視界の隅で小さな影が揺れた。咄嗟に視線を向けると、一瞬だがペパーらしき後ろ姿を捉えた。
「えっ」
すぐに木陰に消えてしまったが、あの後ろ姿は確かに。
わたしは寝室まで走る。扉を開けてベッドを見ると、掛けたはずの布団は剥がされ、もぬけの殻だ。窓が開けられ、薄手のカーテンが揺れている。
まさかこんな夜に1人で?
「あぁ、もう」
「どうした」
「ペパーがいません」
「何?!」
「探さないと!」
わたしは上着とボールベルトを引っ掴むとすぐに外に飛び出した。辺りを見回すが、もうペパーの姿はなく、辺りには静寂とポケモンの鳴き声が響いてくるばかりだ。
「さっきペパーらしい人影がエリアゼロ方向に向かうのを見ました。」
「……もしかして…オーリムを追いかけて……」
「その可能性は高いと思います、急いで追いかけましょう」
あのケンカ、ペパーは聞いていたんだ。寝たふりをして聞いていた。
どれほど傷ついただろう、あれほど危険だと教え込んだ外に1人で飛び出すくらいだ。きっと私じゃ想像もつかないくらい悲しかったはずだ。
エリアゼロへ向かう傾斜を下る。ペパー、どこだ!フトゥー博士の声が深淵の大穴へ吸い込まれていく。
私たちは一心不乱に駆け降りる。
どこか物陰に小さな背中が震えていないか、辺りを見回しながら最速で降りていく。こんなに走っても追いつけないなんてもしかしてマフィティフの背中にでも乗ったのだろうか。不安がよぎる。
そして第二観測ユニットが見えてきた辺りで、アーマーガアの威嚇の時に出す声が聞こえてきた。ビリビリと反響して、他のポケモンたちも目を覚ましてしまうだろう。
「っファイアロー!」
ボールから相棒を出す。私の焦った声音をきちんと聞き取ったファイアローはすぐにアーマーガアの方へ飛び出した。
「フレアドライブ!」
赤い炎を纏ってアーマーガアへ突っ込んでいくファイアロー。しかしアーマーガアはこちらを見て、それから体で受けてみせた。
弱点をついたというのに、アーマーガアは至って余裕そうなそぶりで再び威嚇の声を上げる。この分じゃレベル差がかなりありそうだ。
「ペパー!」
フトゥー博士が声を上げる。
アーマーガアの足元にはぐったりと倒れ込むマフィティフと、その下敷きになって放心しているペパーの姿がある。
「ペパー…!っもう一度フレアドライブ!」
とにかく早くペパーの側からあのアーマーガアを退かさなくては。私は焦る気持ちを隠せない。声がうわずる。
「ペパー!ペパー!大丈夫か?!マフィティフも….あ、ぁあ…」
フトゥー博士が駆け寄る。私もなんとかアーマーガアとペパーの間に割って入る。彼は放心状態なのか、返事を寄越さない。
アーマーガアはこちらを見てもう一度強く鳴いた。
時間が今は惜しい。とにかく2人を、マフィティフとペパーを安全なところで治療しなくては。
「モトトカゲ!」
ボールからもう1匹ポケモンを出す。
「フトゥー博士、2人を連れて早く病院へ!」
「あ、あぁだが、きみは」
「ッ私のことより子供のことを優先してくださいよ!!親なんでしょ!!」
「!!」
その言葉に弾かれたようにフトゥー博士はペパーをモトトカゲに乗せ、マフィティフをボールに戻す。
「モトトカゲ、2人を病院へ!全力で急いで!!」
「びゃう!」
「ファイアローはほのおのうず!アーマーガアを足止めして!」
モトトカゲの聞き慣れた足音が遠ざかる。爪が大地を削る音、フトゥー博士のすまない、という今更すぎる謝罪、全てがこの最果ての地に溶けて消える。
私の人生、この自己中夫婦に引っ掻き回されたんだ。せめて生きててもらわなきゃ意味がないじゃないか。
せめて私がなれなかった親であれ。
せめてペパーだけは、生きて。
どうか、どうか。
信じてもいない神様に祈る。
これも神の領域であるエリアゼロを不躾に暴いた罰なのか?
それならどうか私たち科学者に罰を。
そしてただ、あの子が幸せになって欲しい。
私がこのエリアゼロの血肉となったとしても。
自己中な大人達に振り回されてしまったあの子をどうか。
ほのおの渦をアーマーガアの羽がかき消す。
風圧が体を冷やして、ファイアローの身体を吹き飛ばさんとする。ファイアローは地面に降りて岩にしがみつき、私は身を小さくして風圧に耐える。
風がおさまったと思い目を開ける、眼前にアーマーガアの姿があった。
ああ、負ける。
ファイアローが吹き飛ぶ、私の腹に表現し難い鋭利な痛みが走る。
衝撃、明滅、心配そうなファイアローの顔。
どうか、どうか逃げて、生きて。
ファイアローの身体を一つ撫でて、私の意識は吹き飛ぶ。ファイアローは賢い子だ、どうか逃げてほしい。
身体が冷える。
滝からこぼれた水滴がキラキラと光って身体を濡らす。
あぁ、私の人生ほんとクソだった。
そんな言葉を吐き捨てて私の意識は大地に飲まれた。
私が次に見た光景は、病院の天井だった。
何本もの機械と点滴がつながり、無機質な天井に向かって何本もニョキニョキと伸びている。
「傷だらけのファイアローが貴方を引きずって来たんです。こんな大怪我、何をしたんですか?」
ファイアローはその大怪我で、もう飛ぶことはできないらしかった。
きっと私を連れて逃げ出す際になりふり構わなかったのだろう、と思う。ごめんね、と謝ったら私の頬に身体を擦り寄せてくるる、と鳴いた。
そして、私はその後ペパーたちのことを知らない。
無事に生き延びたのか、それともダメだったのか。フトゥー博士はとオーリム博士は仲をとり持つことができたのだろうか。
そしてペパーはちゃんと幸せに生きているだろうか。
(私だって)
本当はあの子たちと家族になりたかったんだ。
けれど1人病院で見舞う人もなく、私の人生は孤独だった。
さすがに辛抱強いと評価された私だってこんな終わりには泣いてしまった。
私がもう少し素直だったら、不真面目だったら、親子ごっこが許されたのかもなぁ。
そんなこと、神様だってしりゃしないだろうけれども。