少年はひとり
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深く呼吸をする。
あれからというもの、まるで憑き物が落ちたかのようにさっぱりとしたオレは、ぐっすり眠れるようになったし、本だって前以上にどんどん読み進められるようになった。
ナナシはオレのこと、リュウジくん、って読んでくれるようになったし、何をしていたのか知っても態度は何も変わらなくて。
ただ、たまにオレの手を握って、へにゃりと笑うようにはなったけど。
オレ自身それが嫌いじゃないから、されるがまま、なんだけどさ。
そんな日々を過ごして数日。
今日は太陽が出てるから、外でテーブルとイスを出しておやつ。
パラソルを立ててその下で出来たてのパイを食べる。紅茶はさっぱりとしたペパーミント。
オレは部屋にあった本(誰かの手記みたいな内容の本なんだけど、結構楽しい)を読み進める。
――その物語の主人公の男の子は、気がつくと一人で、両親を探しに旅に出る。
沢山の人と出逢って色々な物を見て、楽しいことも辛いことも乗り越えていく話。
フィクション半分、手記半分で、とても楽しい話。
昨晩から読み続けて、あっという間に終章に入った。
最後の章を読み始める前に一回顔を上げる。
正面に座っているナナシもまた、本を読んでいた。
ナナシの本は深い緑の背表紙の本。
結構分厚いけどナナシももうそろそろ読み終わりそう。
ふと、ナナシが顔を上げた。
「なに?」
「ううん、ナナシ、何読んでるのかなって思っただけ」
「ああ…これ?」
「そう」
ナナシはオレの問いにほんの少し悲しそうに笑った。
読んでいたページに栞を挟んで閉じると、その本を優しくテーブルの上に置く。
「…これはね、一番好きな本なの」
「ナナシが?」
「うん。」
本をそっと撫でるナナシの目はオレに向けてくれる優しい暖かさをもっていた。
ナナシは紅茶を一口飲んで言う。
「主人公の子はね、寂しがり屋で、甘えん坊なんだけど、素直になれないような子なの。…そのせいで時々人を傷つけちゃうんだけれど、」
でもね、とっても優しくて、強い子なの。
風がふわりと抜けていく。ペパーミントの香りとパイのおいしそうな匂い、それから若草の匂い。
そして、ナナシの香り。
「その主人公が頑張って頑張って、本当にやりたいことを見つけていくお話だよ」
「へぇ」
「まだまだ物語りは書き続けられててね。コレでもまだまだ始まったばっかりなんだよ」
ゆっくり表紙を開いてぱらぱらと文字を眺めるナナシは本当に嬉しそうで。
表紙の文字は金字で、筆記体の英語がつづられていて読めない。
けれどかなり読み込まれたんだろう古さと質感が、本当にナナシが好きなことを表していて。
「それ、オレも読んでみたい」
するりと言葉が出てくる。本心だった。
ナナシがそんな顔をして読み返す本。内容だけ聞くとあまり興味は無いけれど。
読んでみたい。ナナシがどんな本を好きなのか。
どんな内容に、どんなところに魅力を感じてるのか、知りたい。
「リュウジ君も読みたいの?」
「うん、ちょっと気になる」
「…そっか、気になってくれるんだね。」
そして再び栞を入れたページを開きながらナナシは俺に笑顔を向ける。
「きっとリュウジ君も気に入ってくれるよ。」
オレはその本をナナシが読み終わったら読ませてもらう約束をした。
再び本に視線を落とすと、主人公が再び旅立ちの町へ戻ってくるところから最終章が始まった。