少年はひとり
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俺自身だった。
ここに来てから、本を何冊も読んだ。(この家にはテレビが無かったから他にやることがなかったともいう)何冊も読んで、ようやくリビングにある本棚の一列を読み終えそうだった。
初日に思わずうたた寝してしまったあの部屋がレーゼの部屋に宛がわれたが、そこの本棚に入っている本も読みたいのがいくつかある。
この本を読み終えたらあの本が読んでみたい、と考えながら文字を追う。
ふいにキッチンからいい匂いがしてきた。
…これは、紅茶の匂いと、焼き菓子の匂いだ。
ナナシはお菓子を作るのが好きで、毎日手作りのお菓子を焼いては振舞ってくれる。
昨日はホットケーキ、おとといはチョコのパウンドケーキ。
今日はクッキーかななんて考えつつ本から顔を上げた。
「ナナシ、今日のおやつは?」
「問題っ!今日は何でしょう?」
「クッキー」
「えええぴんぽーん…!何で分かったの?!」
「なんとなく、だよ」
紅茶を蒸らしているのか、磁器がこすれる音がする。
こぽぽぽ
紅茶を入れる音と、クッキーが焼きあがる音。
レーゼは本に栞を挟むとソファから立ち上がった。
小さなテーブルの上に本を置くと、食事をするテーブルへ移動する。
丁度そこにナナシが紅茶の入ったティーカップと、ティーポットを持ってきた。
「はい、」
「ありがとう」
渡されたティーカップに顔を近づける。
いつものとは少し違う香りがする。
なんだろう。もっとこう、華やかな香り。
揺れる水面を見ていたら、ナナシが焼きたてのクッキーを乗せた皿を持ってきて、レーゼの目の前に置いた。
「うんうん。今日は一段と上手く焼けたね!」
「ナナシ、この紅茶は?いつもと違うけれど」
「あ、わかった?今日はねぇ、ローズヒップなんだー」
「へぇ…美味しい」
「クッキーも食べてね」
「あぁ」
クッキーに手を伸ばすまだ温かいそれを口に入れる。
サクッ香ばしい香りとさくさくとした触感。ほんのりと甘さのあるクッキー。
美味しい、と思わずこぼして顔を上げた。
目の前にはにこにこと笑うナナシがいて、嬉しそうに「ありがとうレーゼ君」…レーゼくん。
(レーゼ、くん)
(そうだ、我は)
(………オレ、は。)
「ナナシ。」
「ん?」
「………聞いてほしいことが、あるんだ」
「きいて、ほしいこと…?」
ナナシになら。ナナシだからこそ。
聞いてほしいと思った。
聞いてくれると思った。
ナナシだから知っておいてほしいと、思った。
自分のこと。レーゼのこと。緑川リュウジのこと。お日さま園の話。エイリア学園の話。
今まで自分がなにをしていたのか。
ナナシなら。全部受け止めてくれるって。そう思ったから。
「…うん。私でよかったら。…いくらでも聞くよ」
「――ありがとう」
思った通り。願った通り。ナナシは頷いてくれた。
自分は目を伏せる。なにから、話せばいいんだろう。どこから話せば分かってくれるんだろう。
ふと、手を握られた。
再び顔を上げれば真剣に、でもやさしく笑うナナシがいて。
「ゆっくりでいいよ。ぐちゃぐちゃになっても構わない。君自身の言葉で、言いたいことを…聞かせて頂戴」
その言葉に酷く安心して、再び目を閉じる。
そうだ、ナナシなら受け止めてくれる。ちゃんと言いたいこと、伝えたいことを拾ってくれる。
だから。
「―――あのひ、オレたちは普通にいつもと同じ朝を迎えたんだ。」
すんなり出てきた第一声。
そう。ここから。
オレたちの日常が変わったんだ。