少年はひとり
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目を閉じる。
「―――」
目が覚めた。
ぱちり。
そんな効果音が合うぐらいに気持ちの良い目覚めだった。
身体を起こす。
ここに至るまでの状況を思い出して、そしていつの間にかしっかり布団に潜り込んでいたことに気づく。
その上に見たことのない毛布が掛けられていて、タオルもない。
ナナシが、持っていってくれたのか。
ぼさぼさの髪でぼんやりしてる自分の姿が化粧台の鏡に映っている。
ふと、窓の外に目を向けた。
さっきほどではないがまだ雨は降り続いているのがみえた。
大地がぬれた匂いが窓を通して流れてくる。
化粧台の上に置いてあった櫛で軽く髪を整えるとレーゼは部屋をでた。
廊下に出てみれば、良い匂いが廊下に溢れている。
部屋に満ちていた大地の匂いはない。
なんの、匂いだろうか。
ふらふらと匂いを頼りに歩いていると、リビングまで辿り着いた。
そこにはエプロンをつけたナナシが居て、キッチンからはじりじりとオーブンが何かを焼いている音がしている。
瞬きをしたまま立っていると、ナナシは「おはよう、適当に座っていいよ」と声を挙げてまたキッチンへ引っ込んでいった。
とりあえず手近なイスを引いて座る。木製のイスだ。
くるりとリビングを見回すと、暖炉があって、古ぼけた振り子式の大きな置時計があって、よくわからない観葉植物があった。
大きな白いソファはそのまま眠れそうな大きなものが一つと向かいの腰掛ける用のものが2組。
そして大きな窓。外はそのまま庭になっている。いまは、雨が降ってるけれど。
本が何冊かあるのと、古いレコード。
風呂のように絵に描いたようなレトロさと妙に真新しい家電がミスマッチだった。
(でも生活するうえでレトロだと不便なものは新しくなってるみたいではあった)(暖炉以外は)
「はい、おまたせ」
「…」
目の前に突然ナナシが現れて息を飲み込んだ。どうしたの?と首をかしげる彼女。
いきなり現れて驚いたなんて口が裂けても言わない。
「…なんでも、ない」
「…ごはん、食べれそう?」
頷きを返すとそっか!とナナシは再びキッチンへ。
いつのまにかテーブルにはサラダが二人分。あと空のコップと鍋敷き。
キッチンから「熱いの行くからねー」と妙に間延びした声が聞こえて、ナナシが両手に皿を持って出てきた。
湯気が立っている。
「グラタンなんだけど、食べられそう?」
「大丈夫だ」
「無理して全部食べなくていいからね」
廊下に立ち込めていた良いにおいはグラタンか。
納得するレーゼをよそにナナシはコップにオレンジジュースを注いでイスを引いた。
「さ、温かいうちにお食べ。…いただきます」
手を合わせるナナシにつられてレーゼも手を合わせた。
いただきます。
スプーンで掬って食べる。
口の中に温かいグラタンが入ってくる。ちょっと熱い。
「―――…」
「どう?」
「…おいしい…!」
「そう!だったら良かった!」
嘘も偽りも無くすごく、美味しかった。
とろとろと煮込まれた優しい味のクリームと甘い人参にタマネギ。
ご飯とは、こんなに美味しいものだったか?
スプーンを動かす手が止まらなかった。レーゼが覚えていたその味なんかより遙かに美味しかった。
がっつくレーゼをみて嬉しそうにナナシは笑う。
あっという間に完食し終えて、レーゼはわれに返ってナナシを見た。
くすくすと笑う姿に顔が熱を帯びる。
「いいんだよ、恥ずかしがる必要なんて無いもの」
「…しかし」
「今の君は、ただのレーゼくん、なんだから」
「…」
にこにこと言うナナシに妙な気恥ずかしさを感じて、ごまかすようにオレンジジュースを飲み干した。
なんだ、これ。
なんか、へんだ。
でもなんか……そう、嬉しい。
とても落ち着く。ナナシの声も、ご飯も、家の雰囲気も、すべてが。
いままで積み上げてきたものがぐらぐら揺れているような気がしなくもないが、それですら嬉しく感じた。
「よかった。全部食べてもらえて。ありがとう」
ナナシのその声が、じんわりと温かさを持ってレーゼに溶け込んだ。