少年はひとり
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冷たい身体で
繋がれた手もそのままに、ふと視界をあげると小さな丘の上に西洋風の家が見えた。
大きな家だ、と思いながら歩を進めるにつれ、二階建てであること、手入れされた庭があること、郵便受けの上に小鳥の置物が乗っていること、そして玄関に続く門が開いていることがわかる。
玄関のポーチで、カサについた水滴を払うナナシを横目に、庭に視線をむける。
相変わらず雨がザァザァバチバチ五月蝿く、庭を薄暗い雰囲気に仕立てている。きっと、この雨が上がったら美しいのだろうことは想像にたやすい。
「ただいま」
ナナシがそういいながら扉を開けた。
「さ、入ってレーゼくん。」
「……」
言われるがままに、中に入る。
背後で扉が閉まって一気に雨の音が消えた。
代わりに自分の顎や腕を伝って垂れる水滴が、玄関の床を叩く音が響き渡る。
家の中はゆったりとした空気に満ちていて、外の五月蝿さが嘘のようだ。
ぼんやりと天井から釣り下がるライトを見ていたら、いつの間にかナナシがバスタオルを持っていた。
「そのままだと風邪引いちゃうから、これで身体拭いて、それからお風呂入って」
「………風呂」
「そう。お風呂。使い方は…さすがに分かるよね」
「…わかる。」
「お風呂はこの廊下を真っ直ぐ言った先。すぐ分かると思う。着替えは持っていくから。」
「…ああ」
そう言って背中を向けた彼女の背を少しばかり見送ってからレーゼは言われたとおり廊下を真っ直ぐ進んだ。
いくつか扉を通り過ぎたところで、湯気が頬をくすぐる。
覗き込むとそこは浴室だった。
別に広くもないし狭くも無い。
脱衣所には洗濯機が置いてあった。斜めドラム式のもの。古ぼけた外装のこの家全体からするとすごく浮いて見える。
少し考えてレーゼは脱衣所に入って扉を閉めた。
浴槽にはお湯が張ってあったから、湯気が立ち込めているのだとぼんやり納得する。
急に身体が震えた。
あの土砂降りで身体はぬれていたし、風も吹いたことも相まって冷え切っていたらしい。
脱ぎ捨てた服は氷のように冷たい。
「…」
* * *
風呂から上がってレーゼは動きを止めた。
言われるがままに風呂に入ったは良いもののどこにナナシが居るのか。ふらふらとした足取りで廊下を進む。
やけに瞼が重たい。
頭全体が大きな重りの様に沈んでいる。
髪の毛からぽたぽたと零れ落ちてきて肩を濡らす。
ナナシが置いていった服はやけにレーゼにぴったり(服の好みは…ナナシの趣味であったが)で違和感がある。
首から掛けたタオルはふわふわでとても甘い良い匂いがした。
ふと足を止める。
(…ここはどこだ)
この家に来る前とは違った重みを感じる頭で考える。
まさか家の中で迷子になるなんて。このレーゼが。
ナナシの名前を呼ぼうかとも思ったが声を挙げることも酷く億劫でやめた。
「……」
たまたま目に付いた扉を開けてみる。
そこはこげ茶色を基調とした寝室のようだった。
クローゼットと大き目の本棚とベッドランプ、そして化粧台。カーテンの色は薄い黄色。
窓の外から雨の音が小さく入り込んできている。
真っ白いシーツの引かれたベッドに腰掛けてみる。思ったよりも体が沈んだ。
何回か座ったままベッドで跳ねてみて、それから力なく横に倒れこむ。
丁度枕が納まった。
「―――…」
完全にベッドに乗って大の字になる。ふわふわとした感覚。まるで首に巻いたタオルのようで。
くぁ
不意にあくびを洩らして、レーゼはようやく強い眠気に襲われているということに気がついた。
瞬きが多くなる。枕がぬれる。外では雨が降り続く。
…ふぁ
今度こそ大きなあくび。
そして抵抗空しく瞼が開かなくなった。
これは…そう、お風呂がとても暖かくて、タオルと服がふわふわで良い香りで、ベッドがこんなに弾むからだ…
そんな言い訳を考えながらレーゼはもう一度あくびを漏らした。
眠りに落ちるその瞬間何故だかレーゼはとても、安心した気持ちだった。
窓の外では相変わらず強い雨が降り続いている。