少年はひとり
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ひとりでどこまでも行けそうだ
緑川リュウジは、玄関に立っていた。
手にはサッカーボールを持って。紫のヘアゴムで結ばれた髪が風で揺れる。
ナナシは笑っていた。黒い髪が風に流れている。
きらきらと色を変える髪がきれいだと思う。
リュウジは笑った。
ナナシの手を取った。温かくて、やわらかい。
きゅっと握られる。強くて優しい。
「リュウジ、」
「ナナシ」
「ここに、きてくれてありがとう」
「…ううん、ナナシがここに居てくれたから。オレを迎えに来てくれたから、オレ、ここにいるんだよ」
風がまた吹いてナナシの香りを運んできた。
胸いっぱいに吸い込む。
大好きなナナシの香りと、ナナシの住んでるこの場所の、若草の香り。
泣きそうになるぐらい愛おしくて大切なもの。
どのくらいそうしていたのか分からないが、どちらともなく手を離す。
「ありがとう、ナナシ」
「私の方こそ、ありがとうリュウジ君」
「……」
「……また、さ」
「え?」
「また、来てもいい?…いつになるか分からないけれど」
「…うん、言ったじゃない、ここは君の家だよって。いつでも帰っておいで。」
「そっか。…うん、そうだったね」
「そうだよ」
手を握る。ナナシの温かさがまだ残っている。
「ね、ナナシ」
「…なぁに?」
オレ、そろそろ行くね
ナナシは笑う。
一歩下がればポニーテールが揺れる。
「…いままで、本当にありがとう」
ナナシが小さく手を振る。
リュウジも手を振って、踵を返した。
門へ続く一本道。
さわさわと風が吹いてリュウジの髪を浚う。
片手に持ったサッカーボールを抱えなおす。
白と黒のボールを見て、リュウジは歩いていく。
門へ手をかけて一度振り返る。
快晴のなか、空を背景に立つ家はとてもきれいだった。
青い空と緑の木々、白いパラソルのある庭。
絵に描いたように美しくて、幻のように温かい。
玄関では小さくなったナナシがこっちを見て笑っている。
リュウジは大きく息を吸い込んだ。
「ナナシ!!!」
届いてるかな、聞こえてるかな
「行ってきますっ!!」
ナナシの笑みが深くなったような気がしてリュウジは満面の笑みを浮かべた。
そして今度は振り返ることなく門を開けて、この場所から出て行った。
その揺れるポニーテールが見えなくなるのを見届けてナナシは小さく息を吐き出した。
いつの間にかその隣には抹茶色の髪をした男が立っている。
「…行ったな」
「そうだね。…私たちも戻ろう?そろそろおやつの時間だよ」
「ああ。」
抹茶色の髪をした男が家の中に入っていく。
その男を追うように一歩を踏み出して、ナナシはもう一度門を振り返った。
快晴の中、門は静かに閉じている。
ナナシは笑う。
「…行ってらっしゃい、リュウジ」
何にも変えがたい柔らかさを含んだ声音は風に溶けていく。
風に混じってお菓子の焼ける良い香りと蒸した紅茶の香りが漂ってくる。
ああ、そろそろ焼きあがる時間だ。
「ナナシ?」
玄関にいた男が不思議そうに声を上げた。
名前が家に上がって来ないことが不思議そうな顔をしている。
「ごめんごめん、今入るよ、レーゼ。」
扉を開ければ良い香りのするエントランスが広がっている。ナナシは振り返ることなく、家の中へ入っていった。
ぱたんと音を立てて扉がしまる。
太陽が輝く中に立つ家からは、思わずほころんでしまうような香ばしい香りがしていた。