少年はひとり
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体は温かく
ナナシは、とても変わっていると思う。
今更何を言ってるのかって話だけど、今更だから思うわけで。
見ず知らずのオレを、家に招いて衣食住を無償で与えて(しかも無期限ときた)
あったかいごはんと温かい部屋、きれいな服。
いつもニコニコ笑ってて、ふわふわ柔らかくて温かくていい匂いがする。
ナナシは、ひとりでこの家に暮らしてた。
なんで一人なのかとか、家族は、とか色々思うところはあるけれど、ナナシの笑顔を見るとまぁいいかって。
そんな事を思いながら掃除道具を片付ける。
窓の外はすっかり快晴で、太陽もさんさんと輝いてる。
(おひさま…)
お日さま園の皆は、元気にしているだろうか。
エイリア学園はどうなったんだろうか。
今、みんななにしてるのかな
思い出すのはお日さま園で仲の良かった皆、ジェミニストームの皆、それから他のチームの皆
(…無事だといいけど)
「いでっ!」
なんて物思いに耽っていたからか、思いっきり顔からぶつかった。
ぶつけた鼻を押さえながらぶつかったものを確認してみれば、
「…扉?」
明らかに他の部屋と装飾の違う扉。取っ手が回しで扉全体が白っぽい。
この家の扉は茶色が基調のものしかないから、ここだけ別のものみたいな。
「…ここにこんなドアあったっけ?」
こんなに景観から浮いてれば気づくはずなんだけど。ここも何回も通ってるし。
首をかしげる。少し記憶を遡ってみても記憶にない。
そして次に浮かんできたのは好奇心。ここ、何の部屋だろう。
手に持っていた掃除道具を下ろして、取っ手に手を伸ばして
「―…開けるの?」
「!!!!」
急に声がして振り返ると悲しそうな顔をしたナナシがいた。
思わず手を引っ込めるけれど、ナナシはもう一度言う「開けちゃうの?」表情は相変わらず悲しそうで。
「…ご、ごめん、ここ開けちゃいけなかった?」
「……」
「この部屋だけ扉がぜんぜん違ったからさ…」
「……」
「……。ここ、なんの部屋なの?」
黙りこくるナナシに恐る恐る訊ねる。
ナナシはじっとオレの眼を見てゆっくり首を左右に振った。
自分で開けて確かめろってことか
ドアノブに手をかける。
ひんやりと冷たいドアノブが妙にリアルで手に汗をかく。
「リュウジ君」
「!」
背後からナナシの声。
「その扉の向こうにあるものを見たら、きっと分かるけど」
ナナシの声が震えている。泣きそうな声。
なんで、泣きそうなんだよ
振り返って聞こうとした。
その行動を制するようにナナシが続ける。
「君がキミであることをわすれないで。」
なに、それ。
妙な居心地の悪さを感じる。
目の前の白い扉がなんだかとても重たいものに感じる。
「…何度でもいうよ…ここは、君の家だって思ってくれていいんだからね…」
…ゆっくり扉を押す。
ギギギギ、なんて金具が錆び付いた音を立てながら扉が開く。
隙間から覗き込むようにして部屋の中を覗いて―――
「…あ………」
思わず声を漏らした。だって、部屋の中は
「…オレの、部屋…?」
正しく言えば、オレがお日さま園に入る前、オレの本当の両親と暮らしてたときの、オレの部屋。
小さな机とイス、カーテンはお気に入りの模様つき、ベッドはあるけれどその上はおもちゃが転がってる(当時オレは両親と寝てたから、ベッドは基本的に遊び場だった)
机の横の本棚にはオレの好きな絵本と母さんが誕生日に買ってくれた絵本と。
床に転がった箱にはおもちゃがぐっちゃぐちゃに入れられてる。
昔やってた戦隊ヒーローのおもちゃが出しっぱなし。
壁にはオレが母の日に書いた家族の絵が貼ってあって。
近所の子達と競うようにして買い集めたカードゲームも広がっている。
これ、は。
想像できなかった光景にぼうぜんとする。
部屋の中に踏み込んで見渡す。
家具も、おもちゃも、壁も、空気も。記憶の奥底にあったオレの部屋とおんなじで。
ふと、本棚の上にある写真立てが目に付いた。
あれは、オレが両親と旅行に行ったときの…
フラフラとした足取りで吸い寄せられるように近づく。
手にとって写真を覗き込んで…
「――…」
ぽたり、涙が溢れてきた。
ぱたぱたと写真立ての上に水滴が落ちていく。
そして、全てを思い出した。
ナナシは、なんでここにいるのか。
ナナシは、誰に似ているのか。
ナナシが、誰なのか。
ずっと忘れてた。ずっと思い出そうとしなかった。
どうしてとか、なんでとか、そんなことよりもただ感謝しかなくて。
心の中が温かくて、とても幸せな気持ちになる。
ああ、ここにいてくれたんだ。
ぽたぽたと止まらなくなった涙で視界が滲む。
手に取った幸せな家族写真もぼやけて見えない。
「リュウジ、」
うしろから声がする
だいすきな、ナナシの声
「もう、歩けるよね」
ただ一言、ナナシはそういった。
オレは涙を止めようともしないで大きく頷いていた。
だいじょうぶ、オレはもう大丈夫なんだ
ごめん、ごめんなナナシ。
止め処なく溢れてくる涙をそのままに振り返れば、ナナシもぼろぼろと泣いていた。
泣いていたけど、笑ってた。
すごく、うれしそうだった。
「ここをみつけてくれて、ありがとう」