マーガレットの火葬
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それは恐ろしい夢だった。
親友も仲間たちも、好きだった人もみんなが私を指差して「人殺し」と罵ってくる夢。
たくさんの眼球が私を見ていて、全部が私を疎んでいる。
ひとごろし、ひとごろし。声がする。
「ちがう…ちがうの、あれは、事故で」
「うそつき」
親友の声に振り返る。
焦点の定まらない濁った目が私を見ている。
「シャンディがあの時魔導兵がいるのに気がついていたら、足を怪我しなければ、もっと早く動けていたら、爆発する魔導兵を吹きとばせていたら私は死なずに済んだのに。いいえ、貴女があの時攻撃を受け止める役を担っていたら、私は生きていられたのに。あなたが、シャンディが私を殺したの。事故じゃない、殺人よ。私は死んだ。シャンディが鈍臭いから私は私は私は私は」
息を飲む。間違ってなどいなかった。
私は、私がナターリヤを殺した。
「シャンディが殺したの。殺されなければ、私は今だって生きてたのに。どうして?どうして殺したの?」
「…ごめんなさい」
私は、友達を殺しました。
私は、罪を認められずに逃げました。
私は、いま、何もなかったかのように笑って生きています。
ごめんなさい。ごめんなさい。
夢だというのはわかっていた。今ここで私を罵っているナターリヤもたくさんの目玉も、全部全部夢。……夢だってわかっているのに、伏せた顔はあげられない。眼を覚ますこともできない。
暗転する。
「シャンディ」
低くて、心臓に響く声。
安心する声にゆっくり顔を向ける。琥珀色が私を射抜く。
逞しい身体に、癖毛混じりの黒い髪、それでいて目だけは優しい茶色で輝いていた。
私はこの全てに惹かれて、生き方に惹かれて、そして尊敬していた。
彼の抱えるもの、それの少しでいいから背負わせてほしかったの。いつかそうやって私に背中を預けてくれたなら、私に重荷を分かち合ってくれたらって、願っていたの。
「グラディオ」
名前を呼んだ。
大好きで大好きで仕方ない人の名前を。
私の生きる糧で、目標のひと。
「お前が、殺したのか」
琥珀は冷たい色を放っていた。他の目と同じ、冷たくて冷たくて凍りついてしまいそうな視線。
ああ…失望、された。
わたしの心臓は凍りつく。
背中を預けてもらえるなんて甘くて甘くて吐きそうな夢が身体を突き刺していく。
誰が、誰が、こんな私を必要としてくれるのだろう。
誰が、いったい誰が私に背を任せてくれるというのだろう、
誰が誰が誰が、
誰が、誰か。
………ごめんなさい、私は何千回目かの許されない謝罪を繰り返す。
悪夢はまだ、終わらない。
… … … …
むかし、俺のことを好きだった人がいた。
教室の喧騒の中に紛れてしまいそうな、何処にでもいるようなヤツだ。あまり接点はなかったが、それでも時たま視線を感じていたし、ちょっとでも会話を振ろうものなら挙動不審になってしまうような、絵に描いたような「オンナノコ」だった。
しかし、そのオンナノコは突然変わった。
男の方が圧倒的に多くてむさ苦しい詰所に「新人のシャンディ」としてやってきたんだ。
そういうタイプには見えなかったし、こういう場所が似合う風でもないから、俺の中でものすごいインパクトのある出来事だったんだ。そりゃあ、誰だってそうだろう。
それから時々一緒に任務に出かけたり、稽古をつけたりして、少しずつだが彼女が成長していくのを見ていた。
些細なことだが、彼女が強くなっていく様を見るのが…相変わらず挙動不審になりながらも懸命に話してくる姿が楽しみになっていたんだ。
けれどそれも突然に終わりを告げた。
外の任務について行った日の夜、眠りに就こうとしていたら突然近くで爆発音が響き渡って俺は飛び起きた。
テントから出れば仲間たちが顔を出して状況を確認しようとしている。
……が、2人足りない。
さっきまで一緒に起きて話をしていた相手がいない。
とっさにあたりを見回せば、すぐ裏手の林のそばでもうもうと黒煙が上がってやがる。
嫌な予感が胸をよぎって、そこへ向けて走り出した。
「……っ」
そこはある種の地獄だった。
オイルの臭いと…焦げ臭さが満ちている。
飛び散ったなにかの破片と、焦げ付いた地面、その真ん中で彼女は座り込んでいた。
目の前には剣を突き刺して貫かれた彼女の親友が横たわっていた。
爆発があったのか、あまり、……綺麗な状態ではない。
彼女は何度もポーションを割ったのか、周囲に散らばった破片が月光を浴びて光っていて、そのせいでさらにその異質さが目に付いた。
「ぁ…………」
混乱しきった彼女の頬に、髪に、血が飛んでいる。
チームメイトたちも、俺も、その光景を飲み込むのにあまりに時間がかかった。
…たすけて、
目が訴えてくる。
「シャンディ」
「っ」
上手く頭が回らなくて、自分の声すらどこか遠くて、怯える彼女の名を呼んだ。
びくりと肩を震わせて目を見開くシャンディ。
「なにが、あった」
鈍った頭で冷静になれと叱咤する。
こういう時に冷静さを欠くのがどれだけ危険か散々教え込まれてきたというのに、麻痺した脳は上手く働かない。
いま、どんな声で、話しかけた?
いま、どんな顔をしている?
いま、シャンディを、?
シャンディは小刻みに左右に首を振って、はくはくと空気を吸っていた。「ちが、うの、ちが…わたし、…」
パニックを起こしているのはすぐにわかった。落ち着かせなくては。麻痺しきった脳でそれを思って手を伸ばす。
「シャンディ……!」
「っあ…!」
彼女はビクリと飛び上がって、暗い林の中へと駆け出していった。
追いかけるより先に闇の中に背中が溶けて消えていく。
追いかけろ、こんな時間に標の外に出るなんて、見殺しにするようなものだ!
追いかけようとした足が、一歩進んで立ち止まる。
怯えきった顔が脳裏に焼き付いていた。
助けて、と叫んでいたのに、俺は。
なにをした。
頭が痛む。
強いオイルと、人肉の焦げる匂いでさっきより思考が鈍くなっている。
吐きそうだ。
どこかで、彼女を責めていなかったか。
どこかで、不審に思わなかったか。
シャンディを、信じてやれなかったんじゃないか?
一途に想い続けてくれていた人を、信じてやれなかった。
だから、あんな顔をさせたんじゃないか。
そう思ったら足は動こうとしなかった。
ただ彼女が泣きながら消えていった林の闇を見つめ返すしかできず、立ち尽くす。
いつも真っ赤になりながら、一生懸命に話しかけてはにかんでいたシャンディの顔は、あっという間に消えていく。
今はもう、怯えきった顔しか 思い出せない。
… … … …
「先輩、ガーディナに何しに行くんですか?」
「あれ 特ダネ掴んだかも 言わなかった?」
「聞いてないですよ」
ガーディナ行きの船の上で、潮風を全身に浴びながら後輩のシャンディが頬を膨らませた。
オレはそんな彼女にごめんごめん、と謝って船の柵に体を預ける。
シャンディは全くもう、とため息をついて、少しだけ口角を持ち上げた。
その横顔に満足して、オレは水平線に目を向ける。
シャンディと仕事をするようになって四年が経つ。
初めは今にも死んでしまいそうなほど心身ともに衰弱しきっていたが、これでもかと言うくらいあちこち連れ回した結果、シャンディはよく笑ってよく怒るようになったと思う。
これがオレと会う前のシャンディと同じ性格なのか知る術はないけれど、まぁこれで良かったんじゃないかと思う、なんて。
(シャンディ、あのままじゃホントに死んでたろーし。)
ディーノは、自分と会う前のシャンディのことをよく知らない。
王都警護隊の服を着ていたことから、インソムニアから来たことは分かったが、どうして1人なのかとか何があったのかとか、……あとはどうしてそこまで死にたがっているのか、とか。詳しくはなにも知らない。
何も知らない、が。今目の前にいる彼女をこのままにしておいてはいけないと言うことだけは分かっていた。
だから、ディーノはシャンディを拾った。
シャンディを拾ってから部署の連中には散々「ディーノが女拐かしてきた!」「公私混同!」「なにか弱みでも握ったのか!?」とか騒がれたが、それも全部無視していたらそのうち誰も何も言わなくなった。
拐かしてきたとかすげー失礼。
まぁ間違ってはないけど。
インソムニアにいる別部署の同僚から『王都警護隊の新人が1人死んで、1人行方不明になったらしい。殺人の可能性もあるってウワサだぞ』なんて話を聞いたのは更に3週間ほどしてからだ。
オレの部署にはカンのいい奴も多いから、シャンディの事情を察してしまった奴もいたかもしれない。
かくいうオレも、その行方不明者がシャンディだということはすぐに分かった。
「……それ、遺族とかの取材になってくるだろうし、キナ臭いのはやめとかない?」
『は?……まぁ、それもそうか』
「そーそー。誰も喜ばないっしょ、そんな記事。それより 今度インソムニアでモーグリのイベントやるって聞いたけど」
『おー流石ディーノ。話が行くの早いな。……』
シャンディが、人殺しか。
レスタルムの露店で買ったサンドイッチを食べながらボンヤリそんなことを考えていたらシャンディがやってきた。
キョロキョロと辺りを見回して探している様子だったから片手を上げてやれば、少し嬉しそうにして駆け寄ってくる。
まだレスタルムにも慣れてないだろうし、ここは強気な人も多いから威圧感があるのかもしれない。
オレも最初来た時ちょっとビビったし。
「やっほ、どしたよ」
「……ディーノ、さん、部長さんが呼んでます…ダメですよサボっちゃ。」
「サボりじゃないって 休憩。てか シャンディその『ディーノさん』って止めてって言ったじゃん。ディーノでいいって。」
「……でも」
「オレとしても気持ち悪いから ほら 上手く呼べたらこのデザートあげる」
「…………子供扱いしないでください」
「交換条件。さん付けナシ」
「……。……。
……ディーノ、先輩」
「えー」
「これで勘弁してください…あとデザートください…」
「現金だなぁ。ま、俺としてはその方がいいけど」
運ばれてきたケーキを美味しそうに食べるシャンディ、そこでようやくシャンディが笑う顔を見たような気がする。
ホロリと笑みを浮かべるシャンディに思わず「その方が絶対いいって」と声をかけて睨まれてしまったのも昨日のことのように覚えている。
そうやって四年が経ち、相変わらずオレはシャンディをあちこちに連れ回して約束通り「世界中」を見せて回っている。
ついでに色々やってたらシャンディから「ちょっと!先輩!」なんて怒られることも最早日常茶飯事になっていた。
気兼ねなく話せる心地よい関係。
だけど、互いに聞かなくてはいけないことを聞かずにここまでやってきた。
そうやって甘やかして甘えさせて、四年。
(でもさ、オレ的には それもアリでしょって思うっつーか)
なにがあったとか、なにをしてきたとか。
そういうのより今シャンディが笑っていることの方がよっぽど大切なように思えるのだ。
過去がシャンディを苦しめるなら、過去なんてなくたっていい、なんて。
お腹すいてきましたね、そんなことをボヤくシャンディの横顔に笑って、じゃあなんか食べに行く?と声をかけた。
途端に「はい!」なんて嬉しそうに言うシャンディ。
「この船の食事、すっごい美味しいらしいですよ。オルティシエの三ツ星シェフが監修したとか。実は1番楽しみにしてました」
「へぇ」
相変わらずゲンキンだなぁ、オレは予想していた通りの反応が返ってきたことに満足して、シャンディと2人船内へ向けて歩き出す。
ガーディナまではあと1時間ほど。
最新鋭の大型客船は大海原を真っ直ぐに進んでゆく。
どうかこの風が、海が、日々が、彼女の過去を置き去りにしますように。