マーガレットの火葬
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見ている。
ただ、ただ、見ている。
燃え尽きた命を、果てていく命を。
当たり前のように消費されていく今日を。
そして、当たり前のように、そこにある日々のことを。
"eye"
どれほどの間黙り込んでいただろう。
すっかり冷たくなったマグカップの底に残されたコーヒーを眺めて、手の中で弄んでいるとグラディオは席を立った。
「そろそろ俺は寝るが…シャンディはどうする?」
「…ん。私はもう少しだけ起きてる」
「朝起きれなくても起こしてやらねえからな」
「自力で起きます~」
そうかよ、グラディオは子供のような笑みを浮かべると、マグを水で軽く洗ってテントの中へ消えていった。
大きな背中を見送って、私は椅子にもたれた。
肺から押し出された空気が火の粉に混じって昇っていく。
今夜も満天の星空だ。
椅子のヘリに頭を乗せて空を眺めていると、不意にテントの中からナターリヤが出てきた。
ニマニマと不気味な笑みを浮かべている。
そしてさっきまでグラディオが座ってた椅子に腰掛けると、態とらしく口元に手を持っていって「フフフ」と笑った。
「……なにその顔」
「随分普通に話せるようになったじゃん」
「聞いてたの…?!」
「ばっちり」
「もー……」
抜け目ない友人だ、本当。
ニヤニヤと笑う顔に「根掘り葉掘り聞かせてもらうよ」と書いているのを見て、私は深くため息をついた。
テントの近くで話すの嫌なんだけど…そう言えばナターリヤは「じゃ、ちょっと付き合ってよ」と肩を竦めるのだった。
私とナターリヤはキャンプを張った標から降りて、すぐ裏手の林まできた。
林は表面ばかり月に照らされて青白く光っているが、もうすぐその奥には何もない暗闇が広がっていた。
キャンプと比べると随分闇が深い。
焚き火と標の光がないと、外の夜とはこんなにも漆黒なのか。
思わず光が恋しくなって顔を上げれば、神凪の作った標から青白い光がまるで星空に吸い込まれていくようだった。淡く光る粒子が狼煙のように立ち昇っていく。
私の不安を読み取ったのか、すぐ上はキャンプだし、ここなら大丈夫でしょ、とナターリヤは笑った。
「で、で?道中どんなこと話したの?」
「どんなこと……っていってもブラッドホーン倒すためのアドバイスもらったりしてたくらいだよ」
「うそぉ、それだけでそんな仲良くならないでしょ、何もしかしてキスとかした?」
「してない!!」
「じゃあ何したのよ~教えてよ」
そんなこと言われたって本当にそれ以外特に何もなかった……まぁちょっと……忘れたい事故はあったけど…。爛々と目を輝かせる友人から目をそらせば、彼女は不満そうな顔をした。
「ずっとグラディオがシャンディのこと見てたから何があったのかなって思ってたのに」
「え、嘘だぁ」
「ホントだよ。なんかキャンプ張ってる時も何か言いたげな感じでさ。
それでさっきなんか話ししてたから進展あったのかなーって楽しみにしてたのに」
「ええ…?グラディオが…?」
私はさっきの会話を思い返して首を傾げた。何か用事でもあったんだろうか?
あの時のグラディオの横顔を思い出す。焚火に照らされた琥珀の目がいつもに増して鮮やかな色をしていた。コーヒーの香りが鼻をついて、グラディオはそれを飲んでいて…真っ直ぐ私を見ていて。
『……後悔、してんのか?』
……ああ、もしかして、気にかけてくれてたんだろうか。
私たちのこと、…あるいは私のことを。
(あ、どうしよう嬉しい)
自然と頬が緩みそうになって笑みをかみ殺す。
私たちのこと、心配してくれたのか。
グラディオほどの人が、まだまだ歩みの遅い私達のことを振り返ってくれている。
グラディオはいつも、そう。
誰も置いていかない。どれだけ遠くても手を伸ばしてくれる。
武骨でリアリストだけど、酷く優しい。
私の顔を見てナターリヤは何かを言いかけて口を閉じた。
「はぁ、シャンディほんっと幸せそう」
「え、えへへ…」
「なんかさぁ、シャンディのそういう顔見てるとこっちまで幸せになるんだよねー。なんていうの、能天気?」
「褒めてないでしょそれ」
「褒めてる褒めてる。いい意味で、だよ」
本当に心底好きなんだなぁってコッチにも伝わってくるからさ、なんだか私まで嬉しくなっちゃうんだよね。
ナターリヤは笑う。
先月切ったばかりの髪が風を受けてふわりと揺れる。
次の光を浴びて、ナターリヤも青白く光っているようだ。
ふと、裏手の林が揺れた。
ガサリと葉が擦れて、私たちは林を振り返る。
そこにはさっきと変わらず暗い、暗い林が広がっているばかりだ。
夜の闇が大口を開けてそこに居座っていて、生き物の気配は、ない。
「……」
「…………」
静寂が張り詰める。
私もナターリヤもすぐに動けるよう腰を落として林の中を観察する。
そうやって数分。先ほどの葉擦れなどなかったかのように林の中はシン、と静まり返っている。
野生動物かな、少し肩の力を抜いて私は姿勢を元に戻し……
「シャンディっ!!」
「ッ」
突き飛ばされて後ろに蹌踉めくのと、赤い閃光が飛び込んでくるのはほぼ同時だった。
金属と金属がぶつかってガキリ、嫌な音がする。
何が起きたのか把握するのと同時に続け様にもう一撃飛んでくる。
私は頭が動くより早く体制を崩したまま横に飛ぶ。
足に鋭い痛みが走って、林の中に半ば不時着しながら私は飛び出してきたものを、見た。
「っ…魔導兵…!!」
ナターリヤが剣で押し返したのは鋼の塊だった。
帝国の魔導兵、オートマター。
距離を開けてナターリヤは戦闘姿勢をとった。
私も続いて迎撃するべくナターリヤの隣に立つ。
「なんで、こんな所に?!」
「いや、まって。なんか様子が……」
目の前の魔導兵はナターリヤに弾き飛ばされて、やたらぎこちない動きで体制を立て直した。新型の魔導兵だ。緑の顔の真ん中で赤色の目が煌々と光っている。
まるで車のバックライトのようだ。
どこかで野獣と戦ったか、あるいはハンターやルシスの兵と一戦交えたか。
左腕の関節が逆方向を向いているし、腹部は砕け散り、中の配線が丸見えになっているではないか。
「は、壊れかけじゃん……はぐれ、って事?」
「気をつけてナターリヤ、何してくるか……」
ジリ、ブーツの底で砂利を踏みつける。
壊れた魔導兵は暗い林の中に半ば溶けながら、赤い目だけを煌々と光らせて私たちを見ている。
ブラッドホーンなんかと違う、感情のないただのLEDライトなのに、そこに生気はないのに、見られているという感覚がある。
ギリギリと関節を鳴らし首を揺らすと、魔導兵は再び剣を構えて突撃してきた。
左右に散って私とナターリヤは攻撃を入れる。
再び金属同士がぶつかり合う嫌な音がする。
当たり前のことだが、とてつもなく固い。
ナターリヤは舌打ちをしながら剣を握り直して、突撃したままの魔導兵に背中から飛びかかる。
完全な死角、絶対に反撃できない素早いカウンターだった。
「あッ…!」
……はずなのに、人間じゃありえない方向に曲がった腕が、そのままナターリヤの顔を振り向きざまに殴りつけた。
金属が飛び出したままの肘が彼女の頬を強打する。
鈍い音を立てて地面に叩きつけられたナターリヤにポーションを投げて、ナターリヤへ追撃される前に私も飛び出す。
サーキュラーソウの胴で殴りつけて再び衝突、間近で魔導兵の顔を見る。
感情のカケラもない機械装置だ、薄緑の仮面の下にケーブルと電子版が組み込まれたロボットの振りかざした剣と相棒が鍔迫り合いになる。
(よし、これで時間稼ぎに………ッ?!)
突然押し込まれて私は力負けした。
そのまま斬り込まれそうになって慌てて屈んでブーツの踵で膝関節を蹴り飛ばす。
すぐ真上を空気が一閃して踵に重い衝撃。
やはり体制を崩すには至らず、私は更に降ってきた縦の追撃を後ろに飛んで避けた。
「ナターリヤ、無事?!」
「いった…大丈夫……ちょっと一瞬トんだけど…」
「こいつ制御装置も壊れてるみたい、とんでもない馬鹿力だよ」
「超迷惑…全部壊してってよ……」
立ち上がって頭を振るナターリヤを庇うようにポジションをとる。背後でポーションを割る音がした。
ドッドッ、ドッドッ
耳元に心臓でもあるのか、心臓の音がうるさい。
頭の中で「ヤバい」という言葉が過っては消えていく。
私とナターリヤはほぼ身一つ、ポーションだってあと5本も無いかもしれない。
加えて昼間の長期戦を終えた身体は疲労を訴えている。
サーキュラーソウを握る手も少しだけ震えているかもしれない。
対する魔導兵は壊れかけとはいえ制御装置が壊れて常にフルパワーで襲いかかってくる。
力比べをしたら私もナターリヤも負けるだろう。
魔導兵の弱点である頭部に攻撃を入れようにも、関節を作っているパーツすら壊れているのか奇怪な動きで反撃してくる。
やばい。やばい。このまま長期戦になんてなったら私たち2人では……
(だれか、呼ばなきゃ…)
私とナターリヤの背後は真っ暗な林が広がり、魔導兵の背には標がある。
そこまで辿り着ければ応援を呼べる。
でもその前に人ならざる動きで襲いかかってくるコイツをなんとかしなくては。
……こんなことなら、軽率に外に出なければよかった。
私は回復したナターリヤに声をかける。
「ナターリヤ、もう一度アイツの動き受けられそう?」
「ま、ぁ、なんとかいけると思う……」
「ナターリヤがアイツの剣受けたら私飛び出して救援呼んでくる。すぐに戻るから、それまで耐えて」
「わかった。……でも早く戻ってきてよ、私もだいぶキてるから」
「うん。タイミングはナターリヤに任せる。」
「オッケー。」
私たちは少し横に広がって魔導兵との距離を測る。
魔導兵は腕を振り下ろしたときにどこか壊れたのか右腕にも関節が一つ増えている。
ケーブルがふらふらと揺れて不気味な速度で蠢いている。
ギリギリ鳴っているのは、電力タービンだろうか。
「いくよ」
「了解」
言い終わるや否や、ナターリヤが跳躍して頭の上から魔導兵を壊しにかかった。ギュルリ、金属がひん曲がって魔導兵の顔がナターリヤをとらえる。
ガキン!!一際大きな音がして、ナターリヤの全体重が魔導兵へ乗せられた。
魔導兵の首がへし折れて、ケーブルが覗く。
「シャンディ!!!」
大きな声を聞くより早く飛び出す。
全身を使ってナターリヤの一撃を受け止める魔導兵の横をすり抜けるようにして駆け出す。
地面を蹴って魔導兵とナターリヤの横を抜け真っ直ぐに標へ、
…全ての動きが、やたら遅く感じた。
地面についた左足に鮮烈な痛みが走って、一瞬たたらを踏んだ。
視線を落とせば最初に切りつけられた足から大量の血が出ている。
さっきので、血管、切られたのか。
それを把握したその視線の先で、魔導兵の目の赤が私を捉えている。
折れた腕が足に絡みついて、私はバランスを崩す。
ジジジ、回路が摩耗しているのがわかる。
熱が集められているのか、剥き出しの胸部が溶け出すように光を放つ。
これは、
赤の目が、点滅、点滅、点滅
……自爆、する…?!
「ッ、」
一瞬でいろんなことを考えた。
このまま爆発したら私もナターリヤも無事では済まないだろうということ、
でももう振り解くことはできないだろうということ、
標を出たことを後悔して、
チームメイトの笑った顔を思い出した、
大通りのパフェのことを考えた、
家の冷蔵庫に入れてきた夕飯の残りを考えた、
ナターリヤの揺れる毛先を思い出した、
それからグラディオの子供じみた……大好きな笑顔が瞼のすぐ裏で瞬く。
それら全部が赤い点滅の中に消え去って、火花が散って
赤い…・・・
『だから、お互いさま、』
はたして、そういったのは、誰だった、か。
そして、魔導兵は自爆した。
…………。
…、……。
…最初に見たのは血まみれの腕だった。
地面に叩きつけられている私の、目の前にある。
次に見えたのは緑の仮面の破片だ。
粉々に砕け散って、部品もろとも散乱している。
(私、生きてる……)
地面に横たわりながら腕と、緑のカケラに徐々に焦点が合う。
時間感覚はよくわからないけど、気を失ったらしい。
(ナター、りや……は)
頭が痛む、耳が痛む、のは爆発のそばにいたから、か。
全身が悲鳴を上げているが、状況を確認するべく、ゆっくりと体を起こす。
乾いた地面についた手がべっとりと濡れている。
これ、はオイル、だろうか、頭がいたい、吐き気がする、焦げ臭い…酸いた臭いが、鼻をついた。
足からずるりと何かが落ちて、視線を向け、……
「――……」
ナターリヤはいた。
……自分の剣を、胸に突き刺して、いる。
彼女と目が、合う。
一点を見たまま、動かない。
「…………」
意味が、わからない。理由が、わからない。
何が起きたのか、わからない。
視線を落とす。
そこには、相変わらず手が…………
私のものじゃない、手が。
「…………、」
拾い上げて、ナターリヤの元に、寄る。
ナターリヤは動かない。
一点を見つめたまま、心臓に、剣を突き刺している。
断面が見えたまま、の、みぎて、に指を絡めて、投げ出された腕に、元あったように、
「…………な、た」
……ポーションを割る。
緑の光が霧散する。
霧散した光は、私の元に
(ちが、う。私じゃなく、て)
ポーションを割る。
緑の光が霧散する。
キラキラと輝いて標のように空へ、空へ
「なたー、りや、起きて」
ポーションを割る。
ポーションを割る。
ポーションを割る。
ナターリヤは、動かない。
ポーションを割る。
割る、割る、
ナターリヤは、ナターリヤは
砕く、砕く、砕く
複数の足音が聞こえた。
「ナターリヤ! シャンディ! 無事か!?」
「ひっ」
「ッ……?! こ、れは…」
「な、ナターリヤ…?!」
顔を上げると、そこにはチームメイト達がいる。
月光のせいなのか、疲れのせいか、青白い顔をしていて、みんなの、丸い目が6つ、私を見て、いる。
目を追いかけて、追いかけて、最後に琥珀色とぶつかる。
「あ…………」
「……シャンディ……」
吸い込まれる、吸い込まれる、きれいな琥珀色の目の中で、驚愕と、悲しさと嫌悪感と疑心と不快が揺れて、いる
ぐるぐる、綯い交ぜになった思考回路が、
(ぐら、でぃお…)
疑って、る
私が、ナターリヤ、を ころしたのか?と
問うて、いる。
目が、目が、目と目と目と目と目と目と目と目と
「ち、が……」
違う、違う、魔導兵が、いて
…信じて、信じて、信じて…私じゃ、な、
私は
私……が、とめなかっ、たから
ドジを踏んだか、ら?
視線を落とす。ナターリヤの目が、私を見て、いる。
私のどこか虚ろな部分を、みて、いる。
「あ…ちが、う、の……ちが…」
「…………シャンディなにが、あった」
「っ…」
強い言葉、強い口調、何も変わらないのに、
責めるような、強い強い、彼らしい声音、
疑ってる、わたし、を
しん、じて…おねが、い
「ち…………が………」
そんな目で、見ないで……
見ない、で……!
彼が一歩踏み出して、手を伸ばしてくる。
違う、違う。私は、わたし、はァ!
「あっ!」
「おい!」
私はポーションのカケラを踏み砕いて、踵を返して走り出す。
真っ暗な林の闇の中に、全てこのまま消し去って欲しくて、私は琥珀色をした目から逃げ出した。
ずっと、背中に視線が絡みついてくる。
追いかけてきていないはずなのに、すぐ後ろにいるかのようで
私はがむしゃらに、とにかく走り続けることしかできなかった。