マーガレットの火葬
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シャンディは彼のどこが好き?
旧い友人が季節限定のストロベリーパフェをつつきながら、やたら楽しそうに問いかけてきた。
新しい恋を見つけて髪を切った彼女の毛先がゆるりと揺れる。
私はその行方を追いかけて、彼の襟足を思い出した。
真剣な横顔、情に熱い性格、逞しい背中。
思い出されるのは彼を象徴するかのような印象ばかりだ。
……そういえば、私はどうして彼を好きになったのだろう。
ふと窓の外を見る。
行き交う人々は幸せそうに歩いていたり、仕事で疲れていたり、携帯を眺めて居たり。
各々様々な表情を浮かべて足を進めている。
…彼は歩幅も広い。彼が一歩すすむ距離を私は一歩と半分前に進まなければ追いかけられない。
そうやって私が必死に追いかけていると、彼は一度振り返って苦笑して、そして私に歩幅を合わせてくれるのだ。
そういう優しさも、彼は持ち合わせている。
「シャンディ」
「なに?」
「顔。ニヤニヤしてるよ。よっぽど好きなんだね」
「うっそ、ヤダ、ちょっと見ないで!」
意地悪く笑う友人を思わず小突いて、ついでに彼女のパフェを一口頂戴して私は笑った。
ああ、そうだった。私がどうして彼を好きになったのか。
もう居なくなってしまった友人とのそんな記憶を夢に見て、私は深いため息をついた。
カクテルシロップの陶酔
「…じゃあシャンディは王都出身なの?」
「そうなんです。まぁもう四年ほど戻ってないので、忘れてることも多いですけど」
からり、音を立ててグラスの中の氷が揺れる。
さっきまで飲んでいたアルコールが少しばかり残されたお洒落なグラス。
素敵なグラスですね、誰ともなく呟けば「それ私のマイグラスなのよ」なんて笑い声が降ってきた。
なるほど私物か…。
あの上司の言う『カクトーラはここのボスなんだよ』は間違いじゃないのかもしれない。そのままカクトーラのグラスに青い色をしたカクテルが注がれる。
「ここのオリジナルカクテルなの。考案は私。」
「へぇ!カクトーラさんなんでもやるんですね。メニューの開発とかもやってるって言ってましたよね?」
「ええ。まぁ半分は趣味みたいなものだけど…何度も通ってくれる人もいるから飽きさせないためには、ね。
よかったら記事にしてくれてもいいわよ」
「いいんですか?じゃあ写真撮らせてください!
……んもう、一週間って聞いてたから持ち込んだ仕事もほとんどないし、少し足を伸ばして離れようとするとセンパイが止めるしで本当身動き取れなくて!こうなったら自分でガーディナの隅々まで散策してガーディナのガイドブック作るつもりで取材するしかないんですよ」
「ふふふ、本当苦労してるわね」
ディーノへの愚痴や進みの悪い原稿の話、この近くの美味しいケーキ屋の話題…
カクトーラが聞き上手なのか話し上手なのか、話題は尽きない。
カクトーラは私と話しながら店のお皿を洗い終えて、備え付けの小さな冷蔵庫からお皿をいくつか取り出すと私の隣に腰掛けた。
彼女のマイグラスには赤みのかかった茶色のリキュールが注がれる。「ジンを使ったリキュールなの。仕事終わりに飲むのが日課でね」そう言いながらカクトーラの鮮やかな唇が弧を描く。
これは同性であってものぼせてしまいそうだ。
私は奪われた視線をなんとか逸らして話題を探す。
そんな私に気づいたのか、カクトーラは「そういえば」と口を開いた。
「シャンディ、どうしてディーノの所に? もともと記者を目指してた…とかかしら?」
「え、うーん……」
なんと説明したはいいものか。
私は自分の手元のグラスに視線を落として思考を巡らせる。
「今のこの仕事はたまたまっていうか、成り行きっていうか……
五年前の自分に記者やってるぞって言ったら信じないと思いますし」
そもそも。
あの日ディーノに出会わなければ私はどこぞで死んで居ただろう。
人の縁とは本当にどうなっているか分からない。
なにそれ、カクトーラが笑う。
私も思い返せば笑うしかないのだ。
……あれはもう四年前のこと。
誇りも希望もなにもかも喪った私は逃げるように王都を離れ、ほとんど身一つのまま荒野を彷徨っていた私を見つけてくれたのがディーノだった。
帝国兵の動きを調査して居たらしい彼が雨をしのぐために入り込んだ廃屋に私が倒れて居たのだという。
雨に体温を奪われ、地面に血は垂れてるわ手にしていた武器も欠けて使えなくなっているわで、「いやアレはマジで死んでるのかと思ってむしろオレの心臓が止まったっていう」とはのちのディーノがこぼした言葉だ。
私は飢えと虚脱感で当時のことはほとんど覚えていない。
ただ覚えているのはその時貸してくれたジャケットの暖かさと、世界中の音をかき消すような雨の音、それから緊張感のかけらもない、力の抜けるディーノの声だ。
「あのさここで軽く提案っていうか まあ勧誘的なハナシなんだけど
死ぬ前に一緒にセカイ? 見てみない?」
そうして雨が上がる頃にはすっかり言いくるめられて、私は記者として息を始めていたのだ。
「……まぁそんな訳で、本当に文字通りセンパイに拾われてるんですよね。
一命をとりとめたというか、……あんなチャランポラン上司ですけど感謝はしてるんです」
「……ディーノらしいといえばらしい、わね。あの人態度はあんなだけど根は真面目だから」
「ええ、そうなんですよ。だから私も文句を垂れ流しながらも四年も一緒に仕事をしてるんですよね……」
はぁ、どちらともなく深いため息をついて一気にアルコールを煽った。
同時に置かれたグラスの中で氷が跳ねる。
本当に、これで不真面目でどうしようもないような人なら私も転職していたのに、記者のノウハウもわかりやすく簡潔に、それでいて十分な成績を収められるほどのものを教わってしまったし、彼から紹介してもらったツテも膨大な数になる。
こうやって愚痴りながら話をしてくれるカクトーラだってその一人だ。
あの人と仕事を始めてから色々なことがあった。
どんなツテなのか、突然オルティシエの市長とお茶を飲みに行ったり、ViViのモデルさんとディナーをいただいたり、ビブさんを紹介されて写真撮影の修行をさせられたり(かくいうディーノは壊滅的に写真のセンスがないのだとビブさんから教えてもらった)、よくわからない石の博物館みたいな場所へ行ったことも、既に遺棄された鉱山へ行ったこともある。
午前中に一件こなし、すぐさま午後には他の街へ弾丸ツアーをしたことも、途中途中で野獣に襲われて撃退したことも、ハンター業で路銀を稼いだこともある。
安全も物量的な豊かさも何もない生活だけれど、あの人はなんでも楽しそうに仕事をしてみせる。
「なんでもさ、やりたいことをやったほうがいいってオレは思うわけ。だってその方が楽しくてイイじゃん。」
「シャンディちゃんもさ、もっと肩のチカラ抜いてやりなって。
女性は楽しそうにしてるほうがいいよ、うん 絶対そう」
照れ隠しのようにピアスを弄りながら目元をくしゃりと寄せて笑う彼に、私がどれほど支えられてきたか。
あの人は多分知らないだろう。
再びグラスに口をつければ甘い香りがする。
カクトーラ考案のカクテルはとても華やかな香りだ。
海のような鮮やかな青と溶け合った氷がまるで白波のように浮かんでいる。
きっとガーディナをイメージしたんだろう。
ディーノも太鼓判を押しているカクテルは目を閉じれば昼間の喧騒をすぐに思い出させてくれた。
今日も今日とてディーノは何かを調べていた。
何を盗聴してるのか、変な機械まで組み立ててダイヤルを回してみたりして。
盗聴は褒められたことではないが、私たちが生きて行くために必要なことでもあるから、……見て見ぬ振りだ。
それにあの人は情報を決して悪用するような人じゃない。
私はあの人の優しさを知っている、あの人の聡さを知っている。
あの人の下で働く楽しさを、生きることの楽しさを知ってしまったのだ。
悔しすぎるが認めなくてはいけない現実だ。
不意に「ふふ」と笑い声が聞こえていた。
我に返ってそちらを見ると頬を緩ませて私の顔を覗き込むカクトーラがいる。
「シャンディ、案外彼のこと好きなんじゃない?」
「え」
「顔、すごい緩んでるわよ」
「…………」
頬杖をついて、そうやって少しばかりイタズラっぽく笑うカクトーラと夢で見た友人の顔が重なる。
今目の前にあるのは甘ったるいストロベリーパフェでも、忙しなく歩いて行く人たちを切り取った窓枠でもないけれど、友人の息遣いまで確かにそこにあるような気がして思わず瞠目した。
彼女はもうどこにもいない。全てを私は捨て、諦め、王都へ置いてきてしまった。
そんなこと分かっている。
だけれど、カクトーラも彼女と同じように私にそれを核心とばかりに問うのだ。
だから私はあの時とは違う返事を返す。
「嫌いになれないのは、確かですよ」
目の前にいるのは友人ではなくカクトーラで、私はもう昔のような恋をできるほど無垢ではない。
だから、アルコールのせいにして少しだけ素直になってもいい、でしょう。
目を瞬かせたカクトーラから視線を外して私はカクテルの氷をひとつ、奥歯で噛み砕いた。
「やっほ、カクトーラ。うちのシャンディ回収に来た……ってうわ、でろんでろん」
「あらディーノこんばんは。……流石にちょっと飲ませ過ぎたかなって思ってたところ。」
「へぇー。シャンディ普段ちゃんとセーブして呑むんだけど。
よっぽどカクトーラと気が合ったんじゃない?そんなに何のハナシしてたの?」
「んー。そうね、これまでのことをザックリと、かしら。貴方ほんと変わったの拾って来るわね」
「なにそれ褒め言葉ってこと?」
「褒めてないわよ。はぁ、もう。シャンディのストレスの6割は貴方が原因じゃない?」
「あはは、まぁシャンディにはそのくらいが丁度いいっしょ。」
「…………ほんと食えない人」