マーガレットの火葬
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今日もガーディナの波止場には船が停泊している。
今は亡きルシス王家の紋章が彫られたクルーザーは、凪の海に静かに浮かんでいた。
……ノクティス王子が姿を消してからもう、3年の月日が経つ。
ディーノ・グランスはバインダーをパシリと叩くと肩をすくめてため息をついた。
今日も今日とて成果なし。
王子は行方知れず、船の中には痕跡なし。
新たな避難船も点検を終え、あとは乗っていた避難民を安全な場所まで送るだけだ。
レスタルムから避難民の送迎に当たるハンターたちが来るまであと1時間ほどあるし、それまで休むか、とディーノは積荷のリストの束を木箱の上に放り投げると階段をゆったりと上っていった。
……世界が夜の闇に包まれてから3年が経つ。
突如として日が昇らなくなり、世界中のあちこちでシガイの数は増え、大量の死者が出た。
不死将軍として名高いコル・リニオスの先導で各地の拠点はシガイ避けのために一日中光を灯し、人々は拠点へと移住を迫られた。
今も、解決策は見いだせていない。
大きな変化といえば、ルシスの他にもニフルハイム帝国の崩壊、アコルドの主要都市オルティシエの壊滅と、世界の国々が崩壊し、この世界から国という概念が消え失せた。
シガイの活発化などの被害もあって、帝国領やアコルドの人々は"元ルシス"への避難を余儀なくされた。
ガーディナには多くの避難船が停泊するようになり、ハンターや王の剣の人々が頻繁に訪れる、……ある意味で以前より活気付いた土地となった。
ディーノは以前とは全く異なる客層で賑わうレストランの中を進み、中央カウンターまでやってきた。
そこには数年前から驚くほど見た目の変わらないカクトーラが避難民のための食事を作っているところだった。
カクトーラは相変わらず綺麗に引かれた赤のグロスに笑みを浮かべて、小首を傾げる。
「あらディーノ、点検は終わったのかしら」
「おつかれカクトーラ。点検も回収も終わり。あとはレスタルムからのハンターを待つだけ。」
「さすがね。……ランチはいつものでいいかしら?」
「うん、それで」
貴方もこれ好きね、とカクトーラは笑うと手慣れた手つきでサンドイッチを作り始めた。
最近は日照不足で作物も減ってきていて、近いうちにサンドイッチは食べれなくなるだろうとディーノは予想している。
だから今のうちに食べておくんだよ、そう言えばカクトーラは「それもそうね」と曖昧に笑ってみせた。
世界が夜に包まれても、カクトーラはこの厨房から動くつもりはないようだった。
レスタルムや他の拠点と違って、ガーディナはハンターたちが傷を癒す程度の設備しかない。一般人の居住区だった場所や商店街は無くなり、ハンターたちのための施設に変わった。
それでも、カクトーラはそんな人たちのためにココで料理の腕を振い続けるというのだ。
『私は誰かの笑顔のためにキッチンに立っているから。たとえ世界が終わるんだとしても、その瞬間まで私はここに立っていたいわ』
コル将軍率いる王の剣の人々が避難指示を出したというのに、毅然とそこに立ち続けるカクトーラに「逃げないの?」と聞いた時に返された言葉を思い出す。
強い人だ、とディーノは思う。そしてカクトーラらしいな、と思わず笑ってしまったのだ。
『そういうディーノは逃げないの?』
『ん、まぁ。』
『……理由は、…聞かないでおくわ』
『……ありがと』
(……まだここに残る理由か。)
ディーノはぼんやりと小さな背中を思い出して目を細める。
視線の先で今では希少となってしまった純正のワインが揺れている。疲れ切った人に振る舞う、特別なワインらしい。
半分くらいに減ったワインボトルのガラスにカクトーラの顔が映りこんで、ディーノは我に返った。
「はい、お待ちどうさま。いつものサンドイッチよ」
「ありがと。んー。相変わらず美味しそう」
「当たり前でしょ」
それもそうか、ディーノは肩を竦めて料金をカウンターに置くとヒラリと手を振って踵を返した。
「じゃ、またあとで。」
「ええ」
カクトーラの作る避難民用の軽食を運ぶ作業が残っている。彼女が食事を作り終えたらまた顔を合わせることになるだろう。
ディーノは再び踵を鳴らして波止場へ向かう。
いつものサンドイッチをいつもの場所で食べる。
それがここ一年くらい続く、ディーノの「いつもの日常」になっていた。
今日の海は、凪だ。
月が浮かんでいて、それが水鏡のように海に映し出されている。
本当なら星々が瞬いて、美しい水鏡になってただろうと思う。すっかり夜に飲み込まれた夜空には暗闇と、それから神鳴島の上空を奇妙なシガイが蠢いているばかりだ。
ディーノは慣れ親しんだベンチに腰掛けて、煌々と光を放つ街灯を眺めながら、カクトーラのお手製サンドイッチを頬張る。
レスタルムのメテオの光で培養されて作られているらしい野菜は小ぶりだが甘くて美味しい。
本来なら世界はとっくに食料難となっているはずだったが、レスタルムといくつかの拠点、それから拠点ないの自家生産だけで事足りてしまうのは、ひとえに人口の激減も関係している。
皮肉だよな、と思いながらシャキシャキとしたレタスを咀嚼した。
『あれシャンディなんか美味しそうなの食べてる』
『うわ先輩目敏い』
『うわって。それどこの?』
『これカクトーラのお手製です。メニューにはないんですけど頼んだら作ってくれて』
『へぇ、じゃあオレも昼ごはんそれにしよっかな』
「……」
口の中でトマトが潰れて独特の香りが鼻をつく。チラリと視線をベンチの隣に移して、そしてサンドイッチを飲み込む。
後輩がやたら美味しそうに食べていたから、試しに食べて以来、ディーノはほぼ毎日サンドイッチを食べている。
(別に、思い出に浸っているから、とか。そんなんじゃ、ないはずだし。カクトーラのサンドイッチ すごい美味しいから。うん。)
そういう理由だから。
ディーノは誰ともなくそんな言い訳をしてため息をついた。
今日はなんだか気が重い。凪のせいで世界が静まり返っているせいだろうか、どうにも頭をよぎる背中がある。
今もどこかで頑張っているだろうディーノの後輩。
ずっと一緒にいた背中だった。
「………」
ディーノは。あれから記者を一度辞めた。
彼の後輩が退社して半月後のことだ。
同僚たちには「シャンディのこと追いかけるのか?」とか「未練がましい男は嫌われるぞ」とか本当に好き勝手言われ続けたが、ディーノにはやりたいことがあった。
『先輩なら、こっちの道もアリじゃないですか?』
後輩の耳元で光るアクセサリー。
ディーノが自身の手で彫金したアクセサリーだった。
すでに失われてしまったが、ルシス王家に伝わる光耀の指輪を、彼は作りたかったし、彼にはそれが出来た。
自分の元を去ると決めたあの夜に送ったピアスはその足がかりとなるような効果がついたのだ。それを元にすればきっといつか指輪に匹敵するだけの障壁を張れるとディーノは思った。
しかし、そのさらに半年後、世界は闇に覆われてしまった。
シガイの増加に伴い原石採掘が以前に比べて格段に難しくなったこともあり、ディーノはビブの伝手で再び記者としての活動を再開した。
今は各地の情報屋と連絡を取り合って強力なシガイの情報をハンター協会に提供したり、物資のやりとりの手配などを中心に活動している。
もう今は、指輪を作れるような環境ではなくなってしまったのだから、仕方ない。
ディーノはそんな言い訳をして再び記者として活動をしていた。
ふと。神鳴島の上空に視線が止まった。
さっきまでフヨフヨと不気味に浮かんでいたシガイがいなくなっている。
とある王剣の生き残りがあの場所に行ってからずっといるシガイだ。平たい体とトンボのような多数の羽、ムカデを思い出させる甲殻が連なって、なんとも不気味な印象のシガイ。
それが、島の上にいない。
「……は」
嫌な予感がした。
ゆっくりと、顔を上げて空を見上げる。
月がぽっかりと浮かんだ空に……シガイはいた。
シガイまで50mほどしかないだろう。
月の光を浴びて、妙に光沢を帯びた甲殻が目に焼きついた。
「う、そだろ」
こんなに光を灯しているのに、どうしてこんなところまで。
音もなく羽が羽ばたいてゆっくりとガーディナ上空を滑空している。
その滑らかに動く身体を呆然と見上げていた。
不意に、目が合った、と感じた。
そのシガイのどこが目なのかわからない。こちらを認識できるのかもわからない。だけれど、ディーノはその瞬間たしかに「目が合った」と感じた。
ぞわり、全身が逃げろと警報を鳴らす。
(……声を上げないと)
ここまでシガイが来てるということは。
これだけの数が滑空しているということは。
ガーディナが今まさにシガイに襲われようとしているという事だ。
(逃げ、なくちゃ)
何をしなきゃいけないのか、わかっているのにディーノの体は動かない。
喉の奥が乾いたように張り付いて、声が出ない。
まるで動くことのできない人形にでもなったような気分だ。
視線が釘付けになって、目を反らせない。
ギュルルル!
シガイは不愉快な音を立てて一度大きく身を起こすと、一気にディーノへ向けて突進して来た!
がっぽりと開けられた口のなかは夜より暗い闇が広がっている。月の光を遮るかのような暗い、暗い、黒そのものが広がって、ディーノを飲み込もうとしている。
(……)
一瞬いろんなものが頭をよぎって、でもそれがなんなのか理解するより早くシガイの大きく開けられた闇が目前まで来て、
『先輩』
「っづ!!」
ガッ!
咄嗟に身体が動いた。
ベンチから転がり落ちるように身体をひねるとほぼ同時に左肩から胸に鋭い痛みが走る。
耳元で、ごう、と風が唸りを上げて切り裂かれて行く。衝撃に身体を持っていかれて、不恰好に地面に転がり落ちた。その衝撃で、さらに鈍い痛みが続いて足に走る。
「は………ッいった…」
肩が熱を持ち、心臓が早鐘を打つ。
ドッドッドッとまるで耳元に心臓があるかのようにうるさい音を立てている。
バキバキバキ!と音を立ててシガイが波止場の床板と、さっきまでディーノが座っていたベンチの一部を破壊していく。
その木片が散らばっていくのを見て、浅い息をついた。
…肩から胸にかけて、ざっくりと切られた。
スーツとシャツが途端に血を吸い上げて変色していく。
シガイが再び旋回して突撃して来ようとするのがわかって、ディーノは立ち上がろうと力を込めて、地面に転がった。
(やっば…足、折れた……)
転がり落ちた瞬間足まで衝突したのかわからないが、利き足をやられた。全身にズキズキと鈍い痛みが走って、吐き気がする。
ガーディナに駐在していたハンターたちが声を上げているのが聞こえるが、間に合わない、とディーノは直感的に思った。
また上空に甲殻が擦れ合う音を立ててシガイが体勢を直しているのが見える。
……もう一度突っ込んで来る。
今度はもう、逃げられない。
「…………約束したから…死ね、なかったんだけどな……」
凄い勢いで出血しているのがわかる。転がった地面の上が変色し、強い鉄の匂いが鼻をつく。
また、ガーディナで逢おうって約束、してたのに。
あーあ。
勢いよく広がっていく暗闇を、ディーノは見ていた。
全部が闇に飲まれようとしている。
来るかもしれない痛みと、失われていく血液の暖かさを感じて、ディーノはゆっくり目を閉じ。
「ッたぁああっ!!」
バァンッ!!
炸裂音とほぼ同時に目の前で閃光が破裂した。
火花を散らしてシガイは大きく横に吹き飛んで悲鳴をあげる。
その光景を飲み込むより早く、視界に影が落ちた。
「っ先輩!!大丈夫ですか?!」
「……シャンディ…?」
そんな声を身体を抱き起こしてくるのは、ディーノの後輩。
ずっと、ディーノがここで待っていた人だ。
泣きそうな、混乱した顔をしてディーノの顔を覗き込んで来る。
久しぶりに会えたのにその顔酷くない?
そんなことを言おうとして寒気で身体が震えた。
…あ、あー。そうだった。俺いま、死にかけてるんだ。親友を目の前で亡くした彼女の前で、俺。
「…ご、めん。」
「なんで謝るんですか!ッ…ロジェ!ケアルラ貸して!」
「おう!」
声が続いて、魔法を込めた瓶がシャンディの手に収まる。
パキッ、細かい音を立てて緑の淡い光が暗い夜の空に昇っていく。そのゆっくりと立ち昇る光を目で追いかけて、先程のシガイが尾を揺らしたのが見えた。
「っシャンディ、シガイ、が」
「!させるかよ!!」
聞き覚えのある声が鼓膜を揺らして、盾がシガイの顔を殴打する。再び奇声をあげたシガイにもう一撃くわえながら、階段を全て飛ばして飛び降りて来た大男。
背中に描かれた大きな鷲のタトゥーが目につく。
「グラディオ!」
「シャンディはそっちに集中してろ!シガイは俺たちが!」
奇声をあげてそれまで上空で旋回していたシガイたちが一斉に突っ込んでくる。
シャンディの仲間と思しき人物の魔法が展開して、雷がシガイの体をつらぬき、閃光を放つ。
音を立てて、美しかった町並みが壊れていく、崩れて行く。
もう、鮮やかなコバルトブルーの面影は、どこにもない。
「せんぱ、ッ…絶対、たすけますから…っ!」
「シャンディ…」
ケアルラの光が傷を癒していくのがわかる。
それでも血液を失ったせいでひどく寒い。
「……」
彼女の肩にフリーハンターのライセンスのバッチが光っているのが見えた。月の光を浴びて光るそれは、なんだかこちらまで誇らしい気持ちにさせてくる。
シャンディ、ちゃんと立派にハンター、やれてるじゃん。
ちゃんとやりたかった事…やれてるんだ。
あの夜ディーノに宣言した夢を、今度はちゃんと叶えることができているんだと思ったら、ディーノは酷く満足してしまった。
そっか。シャンディはちゃんと、独り立ちできたんだ。
「……シャンディ」
「なんですか、…なんで、笑ってるんですか…」
「いや なーんかさ。 嬉しくて」
「や、めてください、そんな顔しないで…」
イヤイヤと首を振りながら涙を浮かべるシャンディ。
その背後でバリバリとウッドデッキが破壊されていく、シャンディの仲間たちが放つ武器が、溢れ出て来たシガイたちが、美しかったガーディナを破壊していく。
それでも、目の前にいるシャンディは、前よりずっと綺麗に見えるのは。ずっと、ずっと強く見えるのは。
「やっぱり、シャンディ、…そうやって生きてる方が 似合ってるよ」
「やめてください先輩、お願い、やめて、そんな顔して言わないで…!」
「……そんな、こと。言われても……」
フツ、フツ、と意識が途切れていくような感覚がある。
まるでうたた寝をするときのような、穏やかな心地。
体の一番深いところから、眠りについていくような、そんな感覚だ。
霞む視界に、ディーノが送ったタンザナイトのピアスが光っている。まだ、ちゃんとつけてくれてるんだ、と思ったら嬉しくて、また会えたことが、幸せで。
「シャンディ、来てくれて、…ありがと、」
「っディーノ…!!」
フツ。とまるで電源が切れるように意識が飛ぶ。
最後に見た顔が泣き顔なのはちょっと嫌だなぁ、なんて思いながら、ディーノはゆっくりと眠りについた。
『私、人を助ける仕事がしたいです。……あの夜殺してしまったナターリヤのためにも。…救えなかった王都の人たちのためにも。それから…私を救ってくれたディーノ先輩のために』
彼女はグラディオの背中も、ディーノの背中も追いかけるのもやめた。
『先輩からもらった命と、外の世界で生きていく術があれば、きっと大丈夫。……ですよね」
不安な顔をしていたんだと思う。
涙でボロボロになっていて分かり難かったけれど、シャンディはそう言って一つ頷く。
ディーノはその答えに、満足した。
『…子離れってこんな気持ちなのかな』
『だれが子供ですか……って、まぁ…間違っても、ないかも』
『ん?』
素直な返答に首をかしげる。
『ディーノ先輩。今まで、本当に、本当にありがとうございました。』
『……』
『一人前になったら。必ずガーディナに戻って来ます。それで、胸張って先輩とまた仕事が出来るようになってみせますから。……だから。……っ、先輩も、無茶して、居なくなったり…しないでください…』
……目を、さます。
全身が酷く怠い。
鉛が乗っているかのようだ、息をするのすら倦怠感を感じる。
目を覚ますと、見覚えのある天井が広がっていた。
色褪せたクリーム色は、外からの光を浴びてなおのこと薄暗い色に見える。
(………ここ、って)
「ッ先輩!」
「ゔっ」
どこだったっけ、と記憶を辿ろうとするのとほぼ同時に腹部に衝撃を受けた。息が詰まってむせ返りそうになりながら突っ込んできたものを確認すると、ディーノの腹に頭をぶつけているのはシャンディだった。
さいごに見た泣きそうな顔が脳裏をよぎって、ディーノは思わずその頭に手を伸ばす。
「シャンディ、げんき?」
「……な、訳ないでしょう?!
ほん、……ほんっと変わりませんね先輩……」
今朝まで死にかけてたのに!と半ば呆れ半分の悲鳴じみた声を上げながらシャンディは顔を上げる。
少しだけ記憶の中にあるより大人びた顔がそこにあって、ディーノは一つ瞬いた。
「シャンディ大人になったなぁ」
「先輩が変わらないだけです、……もーほんとうに私心臓止まると思ったんですから!覚えてますか、ガーディナのシガイ襲撃のこと」
「……」
暗い、暗い、闇のことを思い出した。
気味の悪いシガイの口の中は真っ暗で、その闇がディーノを飲み込もうと広がっていたことを。
バリバリと音を立てて壊されたウッドデッキ、展開する魔法、闇を切り裂いた盾と閃光、………ああ、そうだった。
「………他の人は どーなった?」
「半数は、死んだ。」
第三者の声が割り込んで来て視線を投げると、ドアのすぐ横の壁にもたれている男が目についた。琥珀色の目が真っ直ぐにディーノとシャンディを貫いている。タンクトップから覗く肉体は鍛え上げられていて、そこに描かれた大鷲のタトゥーが目を惹く。
……グラディオラス=アミティシア。
王の盾、アミティシア家の長男で、シャンディの想い人だ。あの時、ディーノとシャンディを庇った背中。
「死んだ、」
「……はい。あのシガイ…最後に捨て身で突っ込んで来て。避難が遅れた人たちが…」
死んだ、
…………そうか。死んだ、のか。
真っ赤なグロスを思い出す。
鮮烈で目を惹く赤が、誰より似合う人だった。
他にも、ディーノがガーディナで活動を再開した時から世話になっていたハンターの男もいた、憔悴しきってそれでもようやくたどり着いたと安堵している避難民の子供もいた。
半分が、死んだ。
こんな時勢だ、死者が出ることなんて珍しくもない。
だけど、安全だと、ガーディナが襲われることはないと、ディーノは思っていたし、あの場にいて活動をしていた人は皆思っていただろう。光があれば、と。だが、シガイが活発化したのか、否か。理由は定かではないがガーディナは壊滅した。
(……ほんとうに、世界はこうやって死んでくんだろうか)
少しずつシガイは強くなって、少しずつ人々は生きていく場所をなくして、……そうやって死んでいくのだろうか。
三年ですっかり様相の変わってしまった世界を思い出す。美しく広がっていた世界は、もう。
「先輩、あの。」
「ん?」
「私、フリーのハンターになったんです。」
ああ、そういえば。肩口にライセンスが光っていたっけ。今はもう私服に着替えてしまっているから分からないけれど。
シャンディはディーノの顔を覗き込むと、少しだけ不安そうな顔を浮かべて立ち上がった。
そして彼女は部屋の片隅、ダークブラウンの棚の中から一つの袋を取り出した。
「……1年です。」
「……」
「メテオ・パブリッシングをやめて、先輩やグラディオの背中を追いかけるのをやめて、…一人で立って行くことを決めて。独りで仕事を始められるようになるまで1年かかりました。」
シャンディは椅子を引いて腰掛けると、いつかの夜を思い出すような目をしてディーノのことを見た。
手の中には掌サイズの麻袋が居心地悪そうにさまよっている。
「それで、グラディオや……警護隊だった頃の仲間たちと一緒にあちこち復旧作業したり、シガイを討伐したり、素材を集めたりしていたら、あっという間に1年。……それで、これを探すのに、もう1年」
シャンディはそう言って、麻袋を手渡して来た。
それを受け取ると、手のひらにゴツゴツとした感覚があった。妙に馴染むこれを、知っているような気がして袋の口を解く。
そこから出て来たのは、石の塊。
……ただし、鮮やかなライトグリーンが覗いている。
「……アマゾナイト」
「これ、こんな希少な石だって知らなかったから……すごい大変でした。」
まさかルシスじゃほとんど手に入らないとか、知らなかったんです。とシャンディは笑った。
ずっと昔にシャンディに贈ったものよりうんと大きなアマゾナイトの原石が、鮮やかな色で人工灯の光を反射する。
これだけあればいくつもアクセサリーが作れるだろう。
「……グラディオから聞きました。先輩、光耀の指輪作るんだって言ってたって」
うわ。
思わずシャンディの背後に立つ巨漢に視線を送れば、彼はどこ吹く風で肩をすくめると「だってお前俺たちに宣言したじゃねぇか」とにんまり笑った。
「だから」
「ん」
「先輩、私と人助けしませんか」
「…………」
そう言ってこちらを見るその目は。
今までの何よりも、輝いていた。
その目の輝きに目を奪われていると、シャンディは何を勘違いしたのか慌てて手を振って、首も振っていやあの、と言葉を続ける。
「私が原石を取りに行って、先輩が彫金するんです。あの……前とあんまり変わらないような気もしますけど。私はちゃんとハンターとして依頼を受けるんです。場所によってはちょっと他のハンターも呼ぶことにはなりますが、……ああだからつまりですね」
「……それはシャンディが俺専任のハンターになるってこと?」
「そう、それです!…先輩にもらったこのピアスつけて、ハンターとして活動するようになってから、先輩のつくるアクセサリーがどれだけすごいのかって実感したんです。前に路地裏で死にかけた時…私が死ななかったのは先輩のおかげだったんだって思ったから。……だから、先輩が彫金師として活動できなくなったってビブさんから聞いた時ショックだったんです」
先輩なら、絶対人を助けるアクセサリーが作れるって私、思うから。
諦めて、欲しくないです。
真っ直ぐなシャンディの目を見る。
正直シャンディの申し出は願ってもいないことだった。
彫金するための原石は今後ますます希少になって行くだろう。誰もが生きていくことに必死な今『命をかけて宝石を採ってきてくれ』『取りに行くからついてきてくれ』なんて依頼に頷くハンターはほぼいない。
今は宝石よりも薬や食料の方がよっぽど価値があるのだから。
でも、原石を取りに行くということはシャンディも危険に晒すということに他ならない。
彼女の実力を疑っているわけでも、他のハンターがどうでもいい、なんてことではない。
単に、ディーノが嫌なのだ。
シャンディを自分の依頼で殺すことになるかもしれないことが。もし、そんな事にでもなればディーノは悔やんでも悔やみきれないだろう。そうなるのが目に見えているからこそ。
ディーノは言葉に詰まった。
「……いや、ですか?」
「そう、じゃない。 めっちゃ嬉しい。すっごい嬉しいけど……でもまって、考えたい。俺 シャンディにそんな危険な事頼めない」
「なんでですか、だって記者やってた時だって似たような事頻繁にやったじゃないですか」
「いや、だから。それはそうなんだけど。今は環境があまりに違う。相手にするのは野獣じゃなくて シガイ」
「そうです。」
「……死ぬかもしれない」
「…絶対死にません」
「なんで言い切れるわけ」
「だって、私は今絶対に死にたくないからです」
「…………」
「あんなに死にたくてたまらなかった時だって死ななかった。死ねなかった。じゃあ、生きていたいって思ってる今はもっと死なないと思いませんか?」
真剣な顔で、すごいことを言い出したシャンディに、ディーノは思わず目を瞬かせる。でも、言いたいことはわかってしまって、なんだかそれがおかしくて噴き出してしまった。
「わ、笑わないでくださいよ……」
「いや、なんか ごめんスゲー面白いそれ」
「……シャンディのやつ、この話したくて仕方ないって顔してたから俺たちは1時間早くレスタルムを出たんだぜ。…そのお陰で俺たちがなんとか襲撃にギリギリ間に合ったんだが」
「ぐ、グラディオ!!」
「ンだよ、本当のことじゃねぇか」
「いいいい、言わないでって言ったのに!!」
「減るもんじゃねぇだろ」
「そういう問題じゃない!」
言ってから恥ずかしくなったのか、耳まで赤くしたシャンディをグラディオが揶揄う。
2人の間には波止場で見たときのような険悪さはない。あるのは絶対の信頼感と、繕う必要のない安心感だ。
オレンジ色の目を細めてシャンディを茶化していたグラディオは無理矢理シャンディの反論を終わらせて、ディーノの方を見た。
思えば、こうやって彼と面と向かって話すのは初めてのような気がする。
王子たちが原石集めを請け負ってくれていたときも、大体はノクティスと話すばかりだったし、シャンディとの一件の後も、特に話すことなんてなかったから。
ディーノは不思議な心地でその顔を見返す。
グラディオも似たようなことを考えていたのか、互いに顔を見遣ったまま、少しだけ間が空いた。
「…まぁつまるところアレだ。シャンディは本気だし、この一年俺もずっとシャンディと原石探しに付き合ってた」
「……」
「それでもアンタが頷かねぇっていうなら」
その言葉とほぼ同時にグラディオが壁にもたれたまま、なにかを投げてきた。
それを慌ててキャッチすると、シャンディのよりも小ぶりだが、鈍く青色に光る原石だった。以前はヴェスペル湖周辺で採れた原石だったが、今はもう周辺に強力なシガイが闊歩していてほぼ出回っていないものだ。
「場所によっては俺が手伝ってやったっていい。新米のフリーハンターの護衛ってな。報酬は、前と同じでアクセサリー。」
「…グラディオ」
「俺だって、このアクセサリーには助けられてるんだ。これで互いにwin-winだろ?」
王の盾の護衛だぜ?絶対死なない、ってカンジすんだろ?
そう言って彼はニンマリと笑ってみせる。くしゃりと寄せられた目尻に視線を少し奪われて、ディーノは細く息を吐く。
彼の首元から出てきたのは王子ご一行のために作ったアクセサリーだ。まだ、使ってくれてたんだ。それが無性に嬉しくて、唇を噛む。
「これでもまだ、なんか渋る理由があんのか?」
「……先輩」
静かな、シャンディの声。
シャンディを見れば、彼女はその目に強い光を宿してそこにいた。私達なら大丈夫です、とその目で語っているようだ。
ディーノはその目に惹き込まれる。
きっと、世界で一番美しい輝きというのはこういうものなのだろうと思うほどにシャンディたちの目は真っ直ぐな光を放っていた。
宝石よりも何よりも、強い力をもったその光を。
ディーノは確かに知っている。
ありきたりで、語られ尽くした言葉だろうけど。
誰かを照らす光、誰かを導く強さをもった一筋の閃光。
暗い夜の闇を切り裂く、太陽の光だ。
シャンディのことは相変わらず心配だけど、それを覆すほどの力強さで、彼らは今、ディーノの事を見ている。
この光を跳ね除ける術を、ディーノは知らない。
「……わかった、わかったよ。」
「先輩…!」
「一回は諦めたけどさ もう一回目指してみるよ。光耀の指輪。それで、もうガーディナみたいな事は」
どれだけ嘆いたって、あの美しい街並みは帰ってこない。どれだけ悔やんだって死んだ人たちは戻ってこない。
それは事実だし、これが現実だ。
だけれど、ガーディナで過ごした思い出が無くなることはないし、生きてる人もいる。
「2人とも、協力頼んでいい?無茶振りするし、俺、超変な場所に行かせるよ」
「「……………」」
ディーノの言葉にキョトンと目を丸くする2人。
そして2人して顔を見合わせて同時に噴き出した。
「そんなの、今更じゃないですか!わたし、伊達に4年間もちゃらんぽらん上司と取材してませんよ」
「全くだ、今頃そんな事気にすんのかよ」
だから任せとけ、とグラディオは胸を張り、シャンディは大きく頷いた。
つかそんな事気にするならもっと早くしろよ、とグラディオが言葉を続けて、2人はまた笑い出した。
心外だ、と文句を言おうとしたディーノの言葉を遮るようにシャンディがディーノの手をとる。
「ねぇ、先輩」
思えば、彼女と出会ってから様々なことがあった。様々な顔を見てきた。
けれどこんなにも生き生きとした顔は初めて見たような気がする。
……ああ、そうか。
シャンディは今《生きてる》んだ。
自分の足で立って、ここにいる。
誰かの後を追いかけるだけじゃない、誰かの為だけじゃない。
贖罪のためでも、懺悔のためでも、惰性でもなく。
彼女は自分の足でここにいる。
「シャンディ、楽しそう」
「…!ええ、私今……最高に楽しいです!」
私は、確かにここに居て、私はここで生きているって思えるから。
そう言ったシャンディの顔は、太陽の光を浴びて輝く花のように、鮮やかに、眩しく咲き誇っている。
マーガレットの火葬
……「せんぱーい!これは原石ですよね?!」
「えっ なに きこえなーい!」
「おいシャンディそれよりコッチ先に手伝え!!」
「へ?…う、わぁぁあ?!!グラディオにパス!パス!私無理それ!」
「パスって!」
「だって私の銃弾じゃスローニンに弾かれ……っていうかこっちにもきた!先輩!魔法の瓶ください!」
「んー、このバックのやつ?」
「それです!それのサンダラを!」
「ほい」
「ワーーッ?!なんで投げ…ッ!グラディオ避難避難!!先輩が魔法投げた!!!」
「はぁ?!何してやがる!」
「ええー?!俺悪くなくない!?」
「悪くなくなくないです!」
バリバリバリッ!!
「あっ……ぶねぇ…感電死するとこだったぜ」
「まさか先輩に殺されかけると思わなかった…」
「………片付いたから結果オーライじゃん」
「「それはない!!」」
「えー」