マーガレットの火葬
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懐かしい話をした。
大好きな人の為に生きてきた頃の話だ。
天を貫く美しい街並み、鮮やかな空、笑顔の人々。
私はその中で大好きな人の背中を眺めている。
…遠くからでもわかるほど、力強くて広い背中だ。
楽しそうな声を上げながら仲間や、彼の守るべき人と共に1つの道を歩いている。
そんな背中を、私はただ眺めていた。
私はその背中が確かに好きで、
あの低い声も仕草も好きで好きで仕方がなくて、
そんな彼のために生きていく事だけが幸せだと思っていた。
ふと、苦しくなって目を開ける。
暗い夜の闇。変わらない景色。たくさんの目玉が私を睨んでいる。浅い息を吐いて私はその闇の中を走っていた。
走って、走って、月がわずかに照らしてくれている獣道を走り続けた。
泣いて、吐いて、怯えて、死にたくなって、…
それでも月明かりがまだそこにあったから、私は出口があると信じて走った。
突然一閃の光が差し込んだ。
眩しくてまぶたに焼けつきそうな閃光だ。私を包んでいた闇を払う、強くて鋭い光の盾。
「ーーーー」
ポツリと呟いた名前に背中を押されるように、私はさらにもう一歩前へ。
そして私は暗闇を抜け出した。
これが、独り善がりでどうしようもない私の初恋の話。
…そしてこれが、私が今ここにいる理由。
世界で一番美しいあの場所で
全てを話している間、先輩は何も言わなかった。
話終わる頃にはコーラルワールの灯りは消えて、辺りにいたカップルたちの姿も無くなって、世界はゆるりとした夜に包まれていた。
まるで、世界には私たちだけになったみたいな、そんな錯覚を受ける。
「……ずっとこれまで、話せなくてごめんなさい。」
ずっと、怖かった。
私がもっとうまくやれてたら、彼女は今も笑っていたかもしれない。彼女は生きて…もしかしたら結婚だってしていたかもしれないのだ。
たとえ事故だ、仕方のないことだったと言われても、私が判断ミスをしたのも確かで、…この事実は、きっと一生背負って生きていくべきなのだと思う。
「……彼女の家族にも、大切な人にも、謝ることもなく。私は生きてきました。……先輩が、思ってる以上に、私は先輩の優しさにつけ込んでいました」
「……」
「私が4年間も…生きてこれたのは先輩にもたれかかっていたからで、だから」
もういいって、呆れたって、言ってください。
軽蔑してくれて、いいんです。だって、私がして来たのはそういうことだと思うから。
目を逸らして俯きたいくらいにディーノを見るのが怖い。
でも、コレがここまで何も聞かずにいてくれたディーノに返せる精一杯の気持ちだ。
受け取ってもらえなくとも、構わなくて。だから
「あー、うん。わかったわかった」
「軽い!」
また?!
私は真剣に話してるのに、ディーノはヒラリと手を振って肩をすくめると、容赦なく話の腰をボッッキリと折ってきた。
いっそ怒りのようなものがこみ上げてきて半眼になった私にディーノは慌てて首を左右に振る。
「いやいや、そうじゃない」
「そうじゃないって…先輩これで2回目ですよ?!」
「マジギレじゃん…」
「当たり前です!」
逆になんで怒られないと思った?!
憤慨する私に、ディーノは「あー」とか「んー」とか呻き声を漏らして、再びパタパタと手を振った。
「や、だから。前も言ったけど、俺の知ってるシャンディはさ半人前の記者で、俺の後輩。それで十分なの」
「だからそれは、」
「聞いて。俺は。シャンディが何して来てようが関係なくて」
尖らせた唇に先輩の親指が触れた。グロスが先輩の指につく感覚がある。その指先に視線を送って、それから顔を上げるとディーノのグレーの瞳と視線がぶつかった。
「むしろ俺としては。……シャンディがこのままで居てくれる方が嬉しい」
その目に吸い込まれそうになって私は言葉を失った。
それは、どういう事だろう。
いつだかのようにディーノの指が私の頬に添えられた。
あつい、てのひら。
「話してくれてありがと。だけど、俺は別にそれで態度を変えるつもりも、シャンディのことを否定するつもりもないし。
そもそも、シャンディを甘やかしてたのはオレ。」
「……」
グレーに絡め取られて私の視界は動くのをやめた。真剣な眼差し、大きくて節っぽい掌から伝わってくる熱も、全てが私を捉えている。
逃げ場なんてないんだと、暗に言われているようだった。
世界は、とても静かだ。
まるでこの星には私たちしかいないみたいな、そんな静寂。
さっきまで聞こえていた波の音も、風の音も聞こえない。
全て、全て、私の熱も思考も、先輩のグレーが奪い去っていった。
ゆっくりと、それでいて真っ直ぐに先輩の唇が震える。
「俺はそれも全部ひっくるめたシャンディが好きだし」
「ーー…っ」
私が先輩に話をした時と同じくらい、まっすぐな視線で私を貫いた目は、その中に困惑した顔の私を写していた。
笑ってしまいたくなるほど混乱した顔、でもなぜか泣きそうな、そんな変な表情をした私がディーノの目の中にいる。
なんで。
言葉に詰まる私をしばらく見ていたディーノは、突然パッと笑みを浮かべると手を離して離れていった。
頬に残された熱は、夜風に煽られてすぐに冷えていく。
それに少しだけ名残惜しさを感じたのは、どうしてだろう。
先輩の言葉に何も返せなかった。少しだけ残されたこの苦い気持ちは一体なんだろう。
考えようとしたその思考に被せてディーノは口を開く。
「……だからさ、シャンディはもっと自分のこと、好きになりなって」
「……自分を?」
「そ。シャンディは、確かに記者としては半人前だけど、あの部署で4年もやれてるのってすごい事なの。わかる?」
「…あんまり」
「すごいことなの」
「はい…」
ピシャリと言い切られて私は口ごもる。
でもそれだって先輩が色々手を回してくれたからで…と言いかけた言葉を口の中で転がした。代わりに飲み込んだのは先輩の言葉。
(自分を好きになれ、か)
そんなこと、できるのだろうか。
振り返れば私は私の嫌なところばかり思い出す。
イイところ、なんてパッと思いつかないのに。先輩は、違うんだろうか。
よっぽど眉を寄せていたのだろうか、先輩は再び表情を崩すと私の眉間を小突いて「そんなに考えなくてもいいじゃん」と笑った。
「…わかった、こうしよう」
「…?」
「シャンディ、記者辞めなよ」
「………は?」
ぽん、と1つ手を打ち。先輩はまた訳の分からないことを言った。
「………いや、あの。これいうのも何千回目だろうってかんじですけど、意味がわからないです」
「だから、仕事辞めれば?って」
「………全然わからない…!」
何がどうしたらそんなに話が飛躍するの!
頼むからわかりやすく順序立てて説明してください!
いつも以上に訳の分からない先輩は、んー、と本日何度目かの唸り声を上げて首を傾げる。いや、傾げたいの私です。
満天の星空の下で、なんでこんなコントみたいなことしなきゃいけないんだ…!
「どうして私が私を好きになる、から仕事を辞める、になるんですか」
「いやほら、シャンディがしっかりやってたって、なんか『先輩がこっそり手助けしてくれてるから上手く行ったんです』とかいうじゃん」
「それが本当、ですよ」
「だから。仕事辞めて、独り立ちしてみれば?ってコト」
「…………」
…つまり、それは。
「……リストラ」
「なーんでそうなるの」
「だ、だって」
先輩の言うそれは、つまるところ、わたしは先輩とコンビ解消ってことで、いやこの流れでコンビとか言うとお笑いみたいですごく嫌なんだけど、でもつまりそう言うことで、
「先輩、もう私の面倒みるの嫌になったって、ことで、」
口に出したらギュッと胸が締め付けられたような感覚になって、私は思わず唇を噛み締めた。
昔の話をした時点で覚悟をしていたとはいえ、この流れでそれを言われると思わなくて、
…と、いうよりも。
(私、もう、後輩ですら居られないんだ)
明確に先輩からそこまで言われたことが、思ってた以上にショックだった、らしくて。
「それに、ひとりだちって事は、私…もう先輩と仕事できない、ってこと、じゃないですか……っ」
「、」
最後の言葉を言い終わる頃にはボロリと目から涙が溢れていた。
ポロポロと溢れ出てきた涙は、そのまま頬を伝って地面に溶けていく。
化粧が落ちるな、とか先輩の前で泣いてばかりだ、だとか。
いろんな思いが頭をよぎる。それでも、涙は止まらないまま、私は喉をひくりと揺らした。
「シャンディ。」
「すいませ、ん、こんなハズじゃ、なかっ、たんです、けど…っ…」
本当はわかってた。
いつかこんな日が来るって、心のどこかで思ってた。
……知ってた。
いつまでも、後輩でいることはできないって。
……わかってた。
わかっ、てたのになぁ。
ボロボロと止まることなく溢れてくる涙を抑えようと、ハンカチに触れたその手首を、先輩が掴む。
強い力。
その反動で涙が地面に散った。
「だから。シャンディがおっちょこちょいだって言うのはそういうところだって。思い込み激しすぎ。…俺が言いたいのは、だから。…ああもう。」
「…」
「シャンディにしかできないこと、あるでしょって事」
「……私、にしか?」
「そう。……シャンディは戦える。ハンターとして人を守ることもできる 俺の情報網も、ツテもある。そりゃあ後先考えないで突っ込んでく所もあるけど?シャンディはたくさんの武器を持ってる。ね、出来る事多そう。」
「…………」
「だから、俺や他の人たちに着いて行くんじゃなくて、シャンディが自分で決めて、自分でやりたいことをやってみなって」
…王子たち、追いかけたって俺は止めないよ。
ディーノはそういうと少し目を伏せて、それから「ま、そういうこと」と私の手首を離した。
揺れる目と、不自然な笑顔が脳裏に焼き付く。
何か言うべきなのに言葉が出てこなくなった私に気付きながら、先輩はいつものようにベンチに深く腰掛けた。
もう、何もいうことはない。とその横顔が言っていた。
言葉を待ってくれすらしないディーノ。
少しだけ突き放すような距離感のようなものを、感じる。
薄い壁でもできてしまったかのようで、私はそれがまた悲しくて苦しくて、少しだけ唇を噛んだ。
先輩は、私の手を離したんだ。
なにか、言わなくては、いけない。
先輩に。答えなくてはいけない。
世界はまだ、しん、と静まり返っていた。
音もなく揺れる水面にゆらゆらと星空が光っては消えて行く。
凪の海までとはいかないけれど、境界線が崩れかけている海と夜空はとても幻想的だ。まるで、星空の中に飛び込んだような、そんな景色。
そんな中、いつもの場所でいつもと違う服を着た私たちが座っている。
(……私が、やりたいこと。)
ディーノからの言葉が頭をぐるぐると回っている。
私のやりたいこと。
…やれること。何がしたいか?何を、するか、何が出来るか?
………。
思い出すのは王都警護隊として働いていた時のこと。
グラディオの背中、キツかったけど楽しかった日々のこと。
琥珀色の目と、強い腕。
低くて落ち着く声のこと。
それから先輩との日々のこと。
訳もわからないままモーテルに突っ込まれて、何も聞かれないままご飯を奢られて、涙でぐちゃぐちゃになった私の頭を撫でた先輩の手のひら。
世界のあちこちを取材して、弾丸ツアーしたり、時には変な場所に潜り込んだり。慌ただしいけどキラキラと光っている日々のこと。
そのどちらも大切な私の過去。これからずっと背負って生きていくものだ。
私はここから先の生き方を、決めようとしている。
クリスタルの啓示も、産まれも、過去も、何も関係ない、私だけの道だ。
…………わたしは、この世界で何ができるだろう?
なにが、したいだろうか。
ゆらゆらと揺らめく世界を、私は見ている。
流星は何度も頭上を切り裂いて駆けて行く。
その尾っぽはまたたく間に消えて行った。
私はその星に何を願ったんだったっけ?
わたしの願い事は、……
私は、ゆっくり口を開く。
「先輩……私。」
波が静かに波止場に打ち付ける。
少し風が強く吹いて、自信のない私の声がかき消される。
届いただろうか。
ディーノは、眉を少しだけ寄せて、それから小さく息を吐き出した。
「…そっか。それがシャンディの決めた道なら…俺は止めないよ」
ディーノは、シャンディの瞳からぽろぽろと涙があふれていくのを見ていた。
これまで信頼という言葉で隠して、話したことはなかったけれど、彼女はちゃんと俺の後輩だったことを楽しんでくれていたようだった。
彼女は、変わった。
自分にいつも自信がなくて、だからこそ変なところで思い切りが良くて、だけど、ふとした時に迷子になったみたいな目をしていたのに。
今だって自信なく出した答えでシャンディは泣いているけれど、けどその眼の奥で「本当にやりたいこと」をみつけたと光が瞬いている。
ふと、ポケットに入れっぱなしだったもののことを思い出した。
「……すっかり、タイミング逃したんだけど。これ貰ってよ」
ポケットに隠していたアクセサリーボックスを取り出す。
目を瞬かせるシャンディの、レースの手袋をつけたその手をとって乗せた。なんですか、これ。言いたげな視線に無言を返せばシャンディは箱とこちらを数回見返して、それからゆっくりと蓋を開けた。
「前のピアス、壊れたから。」
「……」
今度のは、絶対、絶対壊れないように作ったから。
ギリギリまで粘った甲斐あって、今までで一番いいものができたと、思うんだよね。多分これと同じのは当分作れないって思うくらいに。
だから、受け取って。
彼女の指がピアスを摘み上げて耳元へ向けられる。指先で華奢な音を立てて揺れる、タンザナイトの青が月の光を反射して小さく光った。
「せん、ぱい。どうですか、似合いますか?」
「……うん。似合ってる。」
ありがとうございます。そう言って照れ臭そうに笑うシャンディ。
その拍子にさっきの涙の残りがぽろりとこぼれた。
不器用で、頑張り屋で、ディーノの世界で一番大切な後輩は、星の海を背景にへたくそに笑顔を浮かべている。
ディーノは、きっと一生この瞬間を忘れないだろうと思った。
(……….ああ、そうだ。ガーディナ特集の見出しはこうしようか。)
…バカンスリゾートの最後は、全てが曖昧になる星の海で。
全てが曖昧に溶けた世界で、ディーノとシャンディは静かにベンチに腰掛けて、いつまでもその星空を眺めていた。