マーガレットの火葬
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うーん…大変だ。
「……ファスナーが閉まらない。」
ニライカナイ
今日は、コーラルワールの5周年パーティの日だ。
スーツで誤魔化そうとしていたのに先手を打たれてしまったので、大人しくレンタルドレスを借り……たのはいいけど背中のファスナーに手が届かない。
「うーーんッ!」
う、嘘だ。前はこんなことなかったのに!!
ジャンプしてみたり体を捻ったりするたびに、レンタルしたディープブルーのドレスの裾が揺れている。
姿見の前で悪戦苦闘する私を笑うように、秒針は容赦なく進んでいく。
レンタルした時は店員さんが上げてくれたから全く気に留めなかったけど、これは想定外!
(ま、まさか、ここまで体が鈍ってるなんて…ストレッチくらいはこっそり始めないと…)
どう考えてもあの怪我の前より身体が硬くなっているし、体力も落ちてる。
これは本当にマズイ……。
私は肩甲骨から上に行かなくなったチャックを眺めてため息をついた。
あーもう本当にどうしようこれ。
先輩呼ぶわけにも行かないし、カクトーラはパーティの準備でそれどころじゃない。
こうなったらこっそり民宿のスタッフさんを捕まえてお願いするしかない…
私は意を決して、ドレスの上にスーツの上着を羽織るとこっそり廊下に顔を出して、左右を確認する。
よし、人通りなし。
このまま受付まで行ってしまってそそくさとお願いしよう。今日窓口にいた人はいつもの女の人だったし、問題ないだろう。うん。
静かにドアを閉めて部屋を出る。
シルク生地のドレスと、しっかりしたスーツの上着のアンバランスさが恥ずかしくて、私は小走り気味に受付に向かった。
階段を降りて民宿の入り口に向かうと、あまりに長期間ここを拠点としすぎて最早顔馴染みと化したスタッフさんが、いつものように立っていた。
「あのすいません」
「はい。…あら、シャンディさんどうしたの。なんだか…すごい格好だけど」
「ハハ…実は背中のファスナーが閉まらなくて」
「あぁ。なるほど。…ディーノさんに頼むわけにも、いかないものね?」
「そうなんですよ」
ふふ、と笑って「じゃあ向こう向いてもらっていい?」と促されて、私も苦笑混じりに背を向けた。
受付の正面は民宿の入り口になっている。
開け放たれたままの扉の向こうは白い砂浜とオーシャンブルーが広がっていて、室内をまぶしく照らしていた。
髪を持ち上げて首裏までファスナーを上げてもらいながらその景色を眺めていると、ふと入り口に影がさした。
逆光で上手く見えないけどあの髪型は…。
「ディーノ先輩?」
「あれ、シャンディ。なにしてんの。まだかなり時間あるけど」
「いやぁ…ファスナーに手が届かなくて」
「なにそれめちゃくちゃウケる」
「笑い事じゃ無いです」
何か買ってきたのだろうか、両手に小ぶりの紙袋を下げたまま、先輩はヒラリと手を振った。
背後から「見つかっちゃったわね」なんて声がかかって、わたしは肩を竦める。「先輩、目ざといですから」「仕事柄 当たり前っしょ」「ソウデスネー」そんな私たちの会話を笑って、女性スタッフさんは私の背中をポンと叩いた。
「はい。終わり。……素敵なドレスね」
「ありがとうございます」
お礼を言ってフロントから離れると、女の人は「楽しんできてね」と口角を持ち上げた。
その笑顔に私は手を振ると先輩と二人でフロントを後にして部屋に向かって歩を進める。
「…先輩、どこ行ってたんですか?」
「んー。まぁ色々買い出し?」
「なんで疑問形…?」
隣に並ぶディーノの顔を見上げて私は首を傾げる。
思わず手提げ袋を見た私に、ディーノは少し眉をあげて、それから「あー」と気の抜けた声を上げた。
「これ、アクセサリー作る道具」
「あぁ…なるほど。」
「原石は頼まないと手に入らないけど、それ以外の金具はフツーに買える。これはそれ」
先輩が腕を持ち上げたら、がさりと真新しい紙袋が音を立てた。
「先輩も早く着替えないと…。遅刻したら置いていきますからね」
「だーいじょうぶ。シャンディこそ…そのドレス着たまま寝ないように」
わかってます、と口を尖らせた私にディーノは笑うと、じゃあまたあとで。と部屋の中へ消えていった。
先輩、近頃私に対して保護者すぎやしないだろうか。流石にそんなヘマしないし!
そんなことを考えてパタリとしまった扉の先に「私子供じゃないんですけど!」と念を送ると、私も部屋へと向かうのだった。
コーラルワールのパーティは陽が傾き始める時間に始まった。
船着場へ行くための長い桟橋にはキャンドルと、ドライフラワーのブーケたちが並び、傾き始めた夕陽とキャンドルのオレンジに照らされた花が幻想的に桟橋を彩っている。
長いようで短いその道を行けば、店内には沢山の花と美味しそうな料理が所狭しと並んでいた。
天井から星と雫を模したライトが吊り下げられ、様々な色で輝いている。
普段はガーディナの紹介やフォトグラフを写すモニターには静かに降り注ぐ流星群の映像が流れ、その下では数人の演奏家たちがゆったりとバイオリンやビオラを鳴らしていた。
パーティのために飾り付けられた店内は、まるで別世界のように美しい。
その真ん中でカクトーラが忙しそうに、それでいてなんとも楽しそうに料理を作っている。手際良く、洗練された技術をワイン片手に眺めて拍手をする人も少なくない。
そんなパーティ会場の端の方で私は遠目にカクトーラの料理している姿を眺めていた。
さっきまで隣にいた先輩は、パーティに呼ばれた著名人への挨拶ついでに料理を取りに行った。
私は休暇中ですけど先輩は違いますもんね、と笑えば、ディーノも「そーそ。まっ、仕事だから」とへらりと笑みを浮かべたまま人波の中に滑り込んでいく。
お疲れ様です、とその背中を見送って、私はカクトーラお手製の料理に舌鼓を打った。
ガーディナの新鮮な魚を使った蒸し焼き料理は、柔らかくて口当たりがいい。さすがカクトーラ、私はしょっぱくない味付けの料理に思わず頬を綻ばせた。
顔を上げ、少し目を細めれば途端にオレンジが滲んで景色は溶けていく。
人々の顔はキラキラとしていて、とても楽しそうだ。
(……本当に夢みたい。)
パーティの盛り上がりは最高潮だった。
ここからみているだけでも、ルシスに流通する食料品会社の社長さんや、著名な学士さん、演奏家に画家などなど。…本当に名だたる人々が大勢来ているのがわかる。
仕事中だったら間違いなく声をかけにいっていたなぁと目の前の景色をぼんやり眺めながら私はワイングラスに口をつけた。
目の前を淡い桃色のパーティドレスを着た女性が歩いていく。
その先にはパートナーの男性がいて、腕を絡めて人混みの中に紛れていく。そんな背中を追いかける。
(……)
ゆっくりと目を閉じた。
オレンジの光が滲んで隠れて、黒の中に飲み込まれる。
まぶたの裏にはもう、眼球はなく…どこまでも広がる林も、ない。ただぽっかりと黒が広がって、まぶたの向こうのオレンジが残光で瞬いて消えた。
(……グラディオ。)
今頃どこで何をしているのだろう?
ダスカ地方の異常気象と何か関係しているのだろうか。
…無事だろうか?
怪我したり、病気になったり、してないだろうか。
目を開けて、視線を動かす。
ちょうど水平線に夕日が沈んでいく所だった。
海がどこまでもオレンジに染まっていて、キラキラと宝石箱のように輝いている。その上はもう遥か遠く紺碧の空が広がっていた。
この空の下で、グラディオは使命の為…王子達と今も旅を続けているんだろう。
大好きなキャンプか、それともどこかの町やキャビンで穏やかな夜を迎えているだろうか?
…………。
ブブブブブ
ふと、カバンの中に入れていた携帯が震えたのを感じて、私はグラスを机に置いた。
カバンの中から携帯を取り出して、ディスプレイをみたところで…私は小さな悲鳴をあげた。
(ぐ、グラディオ…?!なんで、いつのまに?!)
ディスプレイに表示されている文字は『グラディオラス』。
この携帯には連絡先入ってないはずなのに!
………ああああああ絶対ホテルで勝手に登録したんだ…!
私はグラディオの手際の良さに感心半分呆れ半分になりながら、一度深呼吸をして、それから震える指で通話ボタンを押した。
「も、もし、もし」
『シャンディか?』
「う…うん」
耳元でグラディオの声がする。
ぞわりと背筋に電気が走って、少しだけ息が詰まった。レースのグローブから携帯が滑り落ちそうになって慌てて掴み直す。
「…勝手に電話帳登録、した、でしょ」
『はは、悪い。だがこの方が何かと便利だろ』
「それはそうだけど、っいきなりでビックリ、した!」
『そうか、じゃあ次はワンコールだけ入れておくことにするぜ』
「それはそれで心臓に悪いよ…」
受話器の向こうでグラディオが笑う声がする。
喉の奥からせり上がってくる感情をなんとか飲み込みながら、私もつられて笑った。
と、会場でかかっていた音楽がアップテンポなものに変わった。
ダンスミュージック、というのだろうか。思わず足でステップを踏んでしまいたくなるような楽しい曲だ。人々は、各々好きなようにダンスを踊り始め、会場の中は一気に騒がしくなる。
『…ん?シャンディ今大丈夫だったか?随分楽しそうな曲聞こえてきてるが』
「ああ、今ガーディナの…コーラルワールで。開店5周年記念パーティーにきてるんだよ」
『へぇ。』
騒がしくなって声が聞き取りにくくなったので、私は受話器を強く押し当てて、そのまま会場に背を向けた。
波止場の方へゆっくり足を向けて、いつものベンチへと腰掛ける。夕陽が溶けてすぐの海はまだほんのりオレンジ色に染まっている。
頭上には星が一つ瞬いていた。
あたりを見回せば暗がりの中、何組かパーティーを抜け出したカップルが見えた。幸せそうに寄り添い合う影の中にさっきの桃色のドレスを見つける。
なんだか見も知らぬ他人の幸せが嬉しい、なんて感覚になって思わず笑ってしまった。
『…楽しそうだな』
「え?」
『なんでもねぇよ』
「なにそれ…」
追求したけどグラディオは小さく笑ってそれ以上答えてくれなかった。気になるけど、それ以上に気になることがあったので、私は話題を変えた。
「…で、突然、どうした、の?」
『怪我はどうかって確認だったんだが、……パーティーに出てるくらいなら心配いらねぇか?』
「あぁ、うん。もう平気。フェニックスの尾とハイポーションのおかげ……あ、ねぇグラディオ、今近くにノクティス様居る?」
『ノクト?なんでまた』
「私をホテルまで送ってくれたの、ノクティス様だって聞いたから…お礼、言いたくて」
『成る程な。けどわりぃ、今別行動してんだ』
「別行動?…もしかして喧嘩でもした?」
『……………』
「えっ、図星?」
『ちげぇっつーの』
なんだか拗ねたような声をあげたグラディオが面白くて笑うと、グラディオが、笑うなよ、と拗ねた声のまま釘を刺してきた。
私は受話器を当て直してベンチの背もたれに体を預けた。
見上げた先、さっきよりも星がたくさん瞬いている。
私はその星に目を奪われながら足を揺らす。なんでこんなにも胸が温かくなるのだろう?緩んでしまう頬に手を当てながら私はもう一度笑った。
「早く仲直りしたほうがいいよ。グラディオ…怒ってると、結構怖いんだから」
『…ぐ……お前、結構言うようになったな?』
「あっ、あはは、先輩のおかげかな…」
『先輩って…ディーノか』
「そうそう。みんなと別れたあと、…先輩が拾ってくれたんだ」
『……そうだったのか』
「うん。だからね…私は大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
『おう。…無理すんなよ』
「グラディオこそ。……。」
この言葉をかけるべきか私は少しだけ悩んで、口の中で言葉を転がした。
でも、今はこれ以上の言葉は思いつかなかった。
「……生きて、ね」
『ーー』
無理しないで、も。
無茶しないでね、も。
グラディオに言えなかった。
またね、も
元気でね、も。
…重いことを言ってしまった、だろうか。
少しだけ、投げかけた言葉を後悔する。
でも今だから余計に思うのだ。
ルシスは事実上無くなった。王子たちは帝国に命を狙われている。ダスカ地方の異常気象に、夜が延びる世界。増えるシガイ。
……まるで世界はゆっくりと死んでいくようですらあって。
グラディオは誤魔化したけど、こんな時にノクティス様と別行動するなんて、きっとまた何か大変なことが起きてるんだ。
私が聞くには重すぎる、それこそ世界の命運がかかったような、そんなこと。
だから…そんな言葉しか浮かんで、来なかった。
受話器の向こうでグラディオは黙り込んで、それから静かな声で『あぁ』と言った。
そこに以前と変わらない強さを感じて、私は唇を噛みしめる。目を閉じたって思い出せる強い背中を思い描いて、私はゆっくり口角を緩めた。
「…おやすみ、グラディオ」
『ああ。おやすみ』
名残惜しむ間が空いて、それからぶつりと無機質に電話は切れた。
ディスプレイには「通話終了」の文字が瞬いて、そしてブラックアウトする。
私はその残光を目に焼き付けて、顔を上げた。
(ーー…………)
ふと気づくと、空は満天の星空になっていた。
随分長いこと話し込んでしまっていたらしい、いつのまにかコーラルワールから聞こえてくる音楽はゆったりとしたムードの曲に変わっていた。緩やかに流れる音楽を聞きながら、私は息をする。
(…あ、流れ星)
なにか願い事をしなくちゃ、そう思ってる間に星はあっという間に空の向こうへ駆け抜けて行ってしまった。
…まだ間に合うだろうか?
どうか、願わくば。
まだ、わたしが願うことが許されるなら。
(…どうかあの人が命を捨てるような日が来ませんように)
満天の星空を駆け抜けて行った閃光に、私はそんなことを願った。
願うことしか、できなかった。
「シャンディ」
「あ、先輩」
かつんかつん。
階段を降りてくる音がして、先輩がグラスを片手にやってきた。先輩も少しアルコールを飲んでいるのか、その足取りはいつもよりも随分と軽い。
「なーんか随分話し込んでたじゃん」
「やだ、待ってたんですか?」
「…そりゃあシャンディすごい楽しそうだったし。邪魔するわけにはいかないでしょ」
そう言って先輩は私の隣に腰掛けた。
ディーノからワインを手渡されて、少し水滴のついたグラスを受け取る。そのまま静かに2人でグラスを鳴らして、一口飲み干した。
波が静かに揺れている。
「……」
「……」
…2人とも無言だった。
なにも言わずに静かな海を眺めて、星空を見ていた。
互いに何か言いたげな雰囲気がある。
でも、言葉が詰まって口に出せない。
…なにから切り出すべきか、私は悩んでいた。
そういえば、前にもこんなことあったっけ。
あの時は宿のなかで、…私はひどく混乱していて。夕陽の沈んでいく海を見ながら、先輩は何も言わないで一緒に居てくれた。
私は、何も言わないで先輩の優しさに、甘えたっけ。
先輩は、私のことを信用してくれている。
大切にしてくれている。
……私は、この人に、一体何が返せただろう?
「……電話の相手、聞かないんですか?」
「……聞かなくても、わかる」
「……」
そっ、か。
星は瞬き、海は静かに波を立てている。
これで凪の夜だったら最高だったんだけど、現実はそうも上手くいかない。波間に映り込んだ星々はゆらゆらと揺らめいて消えていく。
私はもう一口ワインを飲むと、ゆっくり口を開いた。
「先輩、あの。…少し長い話に付き合ってくれませんか」
先輩、話すのが遅くなってごめんなさい。
やっと。あなたに全てを伝える勇気を持てたんです。
ディーノはちらりと私の目を見て、それから「いいよ」と小さな声でそうつぶやいた。