マーガレットの火葬
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たいへんだ。
「お金がない」
ざざん、音立てて波が泡立つ。
はしゃぐカップルが背後をかけて行き、どこか遠くで猫がにゃあ、と鳴いた。
銀河の果てにてノックダウン
「そんなわけで。ちょっとハンター業してきます」
「またトウトツだね」
「誰かさんのおかげで日用品を買い足したので大寒波なんです。
エーテルすら買えなくなった私の財布の中を見ます?」
「だから経費で落としちゃいなよって言ったじゃん」
「経費で落としましたけど、結局現金を使ったから私の財布は寂しいんです」
「……シャンディそんなに給料低いの?」
「持ってきて!無い!だけです!!」
民宿の中で何やら記事を書いているディーノの背中に、ツバを飛ばしつつ私は腰から下げたアイテム袋を叩いた。
ここに残された五つのポーションは私の全財産にも等しいのだ。
そう、つまり、お金がない。
先月分の給料は本社に戻らなければ手に入らないのに私は一ヶ月(目的不明のまま)ガーディナに居なくてはならないのだ。
クレカなんて作ってすらない。となると、もはやお金のツテはコレしかない。
もともと王都で警護隊に居たからそこそこ戦いの知識はあるし、よっぽどやばい依頼でなければ問題なく夜までには帰ってこれるだろう。
そんなわけで一応上司に報告しにきたのだが、目をくれもせずそんなジョーダンを飛ばしてくるのだから私の腰に下げたサーキュラーソウも唸ってしまいそうだ。
「まあ今日も成果なさそうだし別にいいや。いってらっしゃーい」
ヒラリと背中を向けたまま手を振る上司にいよいよサーキュラーソウを飛ばしかけたが、大人の対応で何とか震える拳を堪えると「んじゃあ行ってきます!!!!!!!」と渾身の力で扉を閉めて私は民宿を出た。
* *
ギラギラと今日も背中に降り注ぐ太陽を感じながら、私は歩幅大きく地面を踏み均す。
私は額に滲んだ汗をぬぐうと、スマホを開いて今回の討伐対象を確認した。
「【ガーディナに続く道の近くに巣を作ったキュウキの群れの討伐」かぁ。」
報酬は1200ギルほどで、その日暮らしをするには十分な報酬だ。それからついでにシナバーシザーも倒して素材を剥ぎ取る。
甲羅と爪を売ってお金にする。
なんだこれ。
「はぁ……。」
ここのところ毎夜毎夜カクトーラに愚痴を聞いて貰ってしまっているし、かなりの割安でお酒を提供して貰ってしまっている。
なんたることだ。
カクトーラに誰が足を向けて眠れるだろうか。
そんなことを考えたりボヤいたりしながら歩みを進めていたからか、あっという間に目撃情報のあったポイントまで難なくたどり着いた。ふむ。まだまだ私も現役だったか。
ひゅ、一際強い風が吹く。
振り返れば一面の海と輝く白い砂浜がどこまでも広がっている。
穏やかな波の音と風の音がとても心地よい。視線を下ろせばガーディナがまるでミニチュアのようだ。
「さーて。お給料のために働きますか」
ぐっと腕を伸ばしたら、ライター業で凝り固まった肩がゴキリと音を立てた。
* *
……私がまだ王都にいた頃、幼い頃から好きだった人がいた。
彼はとてもよく笑い、よく悩み、そして何事にも真剣な人だった。
彼が抱えている事情も何も知らなかった私にとって、彼はとても大人に見えた。
新学期が始まる度に、今年は彼と同じクラスだろうか、次の席替えは近くになれるだろうかとドキドキしたものだ。
彼が警護隊に入り、使命のために鍛錬をしていることに気がついたのは中等部一年の頃だ。
彼が友人と話しているのを立ち聞きしてしまったのだけれど、私にはとても衝撃的な話だった。
彼はともすれば命を落としかねない使命を抱いているのだ。
ニュースでしつこく繰り返される帝国の動きがこんなに恐ろしく感じたのはこの頃からだった。
だってもしも「何か」があれば、彼は命をかけて守らなくてはいけないのだ。
この国を、この国の王を。
私は殆ど会話したことのない彼の未来に酷く恐怖し、そして一人泣いた。
それからというもの、気づけば私は彼を支えられるだけの力を欲し、警護隊に所属していた。
淡く抱いていた夢もこの頃には霧散しており、ただただ苛酷な命運を背負っている彼の支えになることしか頭になかった。
彼は数度しか話していない私のこともしっかり覚えていてくれていて、最初に顔を合わせた時はとても驚いていた。
私はそれだけで幸せだった。
彼は自由だった。
彼自身が逃げられない命運を背負っていたからか、反比例するように自由を好んでいた。
警護隊の訓練も兼ねてみんなでキャンプをしたこともある。仕事終わりに綺麗なお姉さんを捕まえて男友達と街に消えていくのを見送った事も数度ある。
規律の中で、彼はできる限り自由であろうとした。
その背中はとてもたくましく、誇り高い。
そんな彼が好きで、好きで、
……彼の明日があるのなら私は何も要らないくらいに、彼を好きだった。
――……本当に、すき、だった。
* *
ごりっ、鈍い音がしてシナバーシザーの腕が離断する。
私はとっくに動くのをやめたその死骸からハサミや甲羅を切り落として空を仰いだ。
とっくに夕陽は水平線の側まで落ちてきていて、あと一時間もすれば夜が訪れるだろう。
美しい夕焼けだった。
オレンジ色が水平線に輝いて、宝石のようですらある。
何度見てもため息がこぼれそうな琥珀の空は徐々に青を増して紫色になり、山の向こうには夜が迫っている。
そろそろ切り上げるかぁ。
そんなことを思って積み上げた素材を振り返る。少し狩りすぎたかな…。持って帰るには一苦労するかもしれない。
解体用の剣を片付けながら、私はぼんやりと考える。
…気付いたら半日近く身体を動かしてるなぁ、だとか。
…久し振りに感じる心地の良い疲労感にまた運動始めようかなぁとか。
…ああ、せっかくリゾート地にきているのだしお金を貯めてダイビングとかしてもいいかもしれない。
…でもせっかくだし何やら企んでる先輩を誘って何処かに行くのもいいかも。
この辺りには美味しい穴場のお店も多いそうだ。
先輩のいうスクープとやらが何なのか知らないが、動きがあるまでいよいよ本格的にグルメ記事を作るのもアリだなとか。
今日の戦利品たちを背負いこんで、私は夕日が落ちようとするガーディナへ向けてゆっくりと歩き出した。
地面に視線を落とせば夕陽に照らされて影が長く伸びていたので、私はそれを軽く踏みこむ。
タン、踵が心地よく鳴った。
「こりゃあ大量だね!お姉さんハンターかい?」
「いえ、昔ちょっと齧ってたくらいで。」
「そうかい、勿体無いね。こんなに綺麗に素材を取ってきてくれる人はなかなか希少なのに…。
ほらここの関節部分、脆いから欠けてるものが多いんだが姉さんのは全部綺麗にくっついてる。これが有る無しじゃ値段が全然違うんだよ」
「へぇ、そうなんですね…あまり意識したことはなかったんですけど……勉強になります」
「今数えるからちょっと待っててくれよな」
バイヤーのおじさんからちょっとした豆知識をいただきつつ、すっかり夜の景色となったガーディナを見渡す。
もうすっかりこの潮風にも、星空を写す海原にも慣れてしまった。
真っ暗な夜の海に浮かぶガーディナの温かな光が波で揺れて泡立っている。
人々は美味しい料理に舌鼓をうったり、ホテルで甘い夜をすごしているだろう。
この光の中のどこかでカクトーラが今夜も料理を振る舞い、ディーノが仕事をしているのだ。
そしてもう少ししたら私もこの光の中に溶けていく。
そして海も空も曖昧なこの夜のなかに溶けて隠れて星空になっていく。
ああそうだ、ガーディナグルメ特集はそんな文面で終わるのもいいかもしれない。
【バカンスリゾートの終わりは何もかも曖昧になる星の海で。】
…なんて。
ぼんやりとそんなことを考えていたら店の奥からおじさんが出てきた。
「お姉さん。全部で5600ギルだよ」
「えっ、そんなに?」
「ああ。とにかく状態がいいからね。しかもこれだけの量だ。少しだけツケておいたよ。」
「うわっ本当ですかありがとうございます!」
「それからこれはお姉さんに返しておくよ」
「?」
ギルの上に置かれたのは3㎝ほどの石だ。
これは?と首をかしげると「ほらここ見て見なよ」とおじさんが指を指した。
よく見ると石のくぼみが深い緑色に光っているではないか。お店の電球に照らされてわずかに光を反射している。
「こいつぁ宝石の原石だよ。お姉さんが持ってきた甲羅の隙間に挟まってやがった。間違えて餌と一緒に食っちまったんだろうさ。加工すれば綺麗なアクセサリーになるよ」
「ありがとうございます、何から何まですいません」
「いいよ、それより今後ともうちの店をよろしく頼むよ」
ヒラリと片手を振って店の中に引っ込むおじさん。すごい、朝上司の部屋で見たのと全然カッコ良さが違う。
おじさんの人情に触れて心も財布も温かくなった私は、財布の中に宝石の原石をしまい込むと足取り軽く宿へと戻るのだった。
* *
「センパーイ!戻りましたー!」
「おっなに、超ご機嫌じゃん。」
「ふっふーん、おかげさまで心もお財布もぬっくぬくです!」
「そりゃ良かった カクトーラもシャンディのこと褒めてたよ。手際がいいって」
「へへへ、もっと褒めてくれていいんですよ」
「ハイハイすごいすごい」
「え、突然雑になりすぎじゃないですか?」
すっかり見慣れてしまった民宿の一部屋に足を運ぶと、朝となにも変わらぬ姿のディーノがそこにいた。
よくよく見れば朝より少しばかり資料が散乱している気がしなくもないが、こうみえて整理整頓はしっかりとする上司なので散らかっているようには見えないあたり流石としか言えない。
「見てください、見てくださいよ!この温まった財布の中を」
「うわポイントカードだらけ。知ってる?
レシートとかポイントカード多いとお金がたまらないって都市伝説」
「えっ、なんですかそれ。ビブさんの受け売りですか?」
「いやアレマジだって あながち嘘じゃないっつーか……
ん?シャンディこれって」
私の財布の中を見ていたディーノがふと石ころに気がついた。
財布の中から取り出して手の上に乗せてみると、何やら物珍しげに眺めている。
あのチラリと見えた深緑以外は本当にただの石くれなのだけど、何がそんなに面白いのか。
「あー。それシナバーシザーの甲羅に挟まってたっておじさんがくれたんですよ、なんか宝石の原石らしいです。」
「……ね、これ、加工しよっか」
「はい?」
加工しよっか?
唐突すぎて目が点になる。
いつものことだけどなんでこの人はこんなに突拍子もないのか。
どう言うことですか? 聞き返すとディーノはニンマリと笑った。
「俺実はさアクセサリー屋兼新聞記者なの。副業?まぁ趣味も兼ねてだけど。
そんで、これ多分アマゾナイトの原石だと思うんだよね。だからこれ、超綺麗にできるワケ 俺の作品みたらマジビビるよ」
「はぁ。なるほど……?」
「シャンディにピッタリのアクセサリーにするからさ。ま、気長に待っててよ。」
そんなことをマシンガントークで宣った上司は、すっかり私の財布の中から石くれに興味を移して、とっととカバンの中から工具品を取り出してしまった。
いや、仕事は、記事は、ていうかアクセサリー屋兼新聞記者ってなんだ?記者が副業なの?え?
「あ、あのセンパイ?」
「…………」
返事も視線も寄こさず、とっくに眼中外と化してしまった私はもうツッコミを入れるのにも疲れて、深くため息をつくと「じゃあおやすみなさい」と真剣な表情で原石を眺め回している上司の部屋を後にした。
……もしかしたらディーノ・グランスという人間は、思ってた以上に変な人なのかもしれない。
「…はぁーノクトも結婚かぁ~。……そういえば昔さ、グラディオの知り合いに綺麗なお姉さんいたよね~」
「あぁ? 沢山いすぎてわかんねぇな」
「うわ勝者の余裕。ムカつく」
「…プロンプトが知ってるとなると、そんなに多くもないだろう」
「つーか多すぎて覚えてねーんじゃねぇの」
「そんな事ァねぇよ」
「なんかこう、黒い髪でさ、キリッとした感じの。
…ほらグラディオが警護隊やってた頃にいたじゃん。
俺とノクトがゲーセンで遊んでた時に一緒に迎えに来た人」
「…………あー……」
「え、なにその間」
「ふむ…手痛い想い出か?」
「へぇグラディオもフラれた事あんの」
「ちげーっつーの」
手入れをされたばかりの車が、太陽を反射して荒野を進んでいく。