マーガレットの火葬
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各地で天変地異が続いている。
カーテスの大皿で巨神が動いたとか。
大雨が止まない、異常気象だとか。
私たちはその様子をラジオ越しに聞きながら、今日も炎天下の太陽の下に出て……
「シャンディ、なんか釣れた?」
「…いやぁ…なにも」
釣りをしている。
水難の相が出ている。
ガーディナに戻ってきてから1週間とちょっと。
最初の数日は普通に傷は痛むし、眠気はすごいしで、ぐったりしていた私だったが、1週間が半分終わる頃にはすっかり暇を持て余していた。
今はもうほとんど快調で、傷もふさがった。
たまに激しく動くとギリギリと痛むくらいで、正直そろそろ仕事をしてもいいんじゃないかと思うのだが、先輩&カクトーラの監視網はとても厳しい。
あの狭苦しい相棒の車椅子ともおさらばしたというのに、いまだに1人で行動することができない。
一方先輩は、溜め込んでいた仕事をさっさと終わらせてしまったらしく(先輩曰く「ま オレが本気出したらこんなもん」らしいけど)(じゃあ普段はサボってるってことじゃん…)(だったら普段からそうしてくれと言いたい)暇を持て余しているらしかったので、じゃあ釣りに行こう、となり。
私たちは渡船場から直ぐの釣り場にいる。
私は人生初の釣り+久しぶりの外出ということもあってだいぶワクワクしていたのだけれどそれも開始1時間ほどのことだった。
やばい、これ釣れないとめちゃくちゃ暇なやつだ。
「……外にいるか中にいるかの違いくらいしか今のところ無いです」
「シャンディ釣りの才能ないんじゃない?」
「否定したい所ですけど…この調子だと頷かざるを得ないですね」
「さっきいた人 たくさん釣ってたんだけどなぁ」
「うーん…なにが悪いんでしょうね…」
キリキリとリールを巻いてルアーを回収する。
黄色のチョコボをあしらった、普通のルアーだ。
口を開けている姿をあしらっていてちょっとかわいい。
魚にはこの可愛さが分からないのだろうか。
深いため息をついた私に先輩は「まぁ時間はたっぷりあるし、そのうち覚醒しちゃうかもよ」と他人事のように笑った。
……例の事件の後、ディーノ先輩も私もそれに触れることなく1日を終えた。
翌日は2人して何事もなかったように朝を迎え、何事も無かったように先輩は仕事をしに出かけ、私は傷を治すためにベットから先輩を見送る、みたいな1日を過ごした。
なんかアクション起こしてくるかなって思っていたけどノータッチすぎて、むしろ私の夢だったのでは疑惑すら浮かんでくる始末。
もはやあれが現実だった確証はない。
だって先輩本当に何も言ってこないし、だからって私から何か言うのも違うかなと思ってもだもだしていたら結局いつもの雰囲気に戻ってしまった。
…なんだったんだ本当に。
悩む私をよそに水面で魚が跳ねる。
これ見よがしにピチャリと音を立てて尾ひれが水面に散ったのを見て、私は再びリールを巻いた。
「もしかしてソレ、魚が寄らない仕掛けになってたりして」
「どういう仕組みですか…いやでもこんだけ釣れないし…その可能性も……」
「なんだ姉ちゃん、釣りは初めてか?」
「ん?」
桟橋の板をキィキィと鳴らして歩いてきたのは、知らないおじさんだ。
日焼けした肌とキャップ姿がとてもよく似合っている。
肩から下げられているのは釣具…なるほど、一目見て釣りが好きな人なのだと分かる格好だ。
私は釣竿を置いて立ち上がる。
「貴方は?」
「ああ、突然悪いな。俺はネイヴィスってんだ。…まぁただの釣り好き、だよ。」
「初めまして。私はシャンディです。」
「オレ、ディーノ。シャンディの上司」
「2人とも仕事で来てるのか。…じゃあこれはサボり、かな?」
「いや、……うーん。なんて説明すれば良いのかわからないですけど」
「ま、休暇でいいんじゃん?」
「……じゃあ休暇で。」
「ハハハ!なんだそりゃあ、あんたら変わってんな!」
心地よい笑い声をあげたネイヴィスさんは、ずいっと私が地面に置いた釣竿を見て「レンタル使ってんのか」とつぶやいた。
そして私のバケツの中を覗き込み、成果ゼロ…と、なんだか切なそうな顔になる。
その顔をしたいのは私もだ……、レンタルの釣竿を持ち上げて、愛嬌のあるチョコボを指に引っ掛ける。
「どうやら私のこのルアーには魚を寄せ付けない何かがあるらしくて。全然釣れないんですよ」
「そんなことはないさ。嬢ちゃんが上手いやり方を知らないだけだ」
「……つまりシャンディが下手ってことだ」
「先輩ちょっと黙っててください」
「どうだい、良ければ教えてやろうか?」
私たちのやりとりにひとしきり笑ったネイヴィスさんは手を差し出して問うてきた。
毒気のない笑顔に思わず肩の力が抜ける。私はお願いします、とその手を取った。
ざざざ、穏やかな波の音が耳を打つ。
今日も快晴で、海は穏やかだ。ダスカ地方が大荒れだなんて信じられないほど穏やかな景色。
私たちは桟橋でサンサンと陽射しを浴びている。
ネイヴィスさんに教えてもらった通り、時々動かして生きた餌のように見せる。
それでも成果はなく、私は小さなため息をついた。
先輩は、いつのまにかレンタル釣竿を借りてきて、私の隣で釣りを始めているし、ネイヴィスさんは狙っている魚がいるとかで離れたところで糸を垂らしていた。
遠くでカップルがはしゃぎ、にゃあ、猫の鳴き声がする。それ以外は何もない、ゆっくりとした時間。
……ここまで穏やかな時間が、これまであっただろうか。
……いやない。
寝る前の布団の中くらいしかない。
ふあ、欠伸が出る。
だいぶ体調は良いとは言え、運動不足と連日の寝すぎ問題で、変な時間に眠気が来てしまう。
日差しの暖かさと波の音に、ウトウトと頭が揺れる。
時間の感覚が曖昧になって、瞼が自然に落ちていく。
「シャンディ」
「…ん、…はい……」
「宿戻る?」
「……んー…」
手に持っていた釣竿を落としそうになって慌てて掴む。それでもすぐにまた瞼は落ちて来て、視界が瞬く。
先輩がズリズリと椅子を動かして並んで座った。顔を覗き込んでくる先輩を手で制して「いやあの、見ないでくださいよ」と返すけど、思考はやっぱりどこかボンヤリとしている。
「ホント頑固。なんか理由でもあんの?」
「……だって、やっと外出れたのに…勿体無いじゃ…ないですか」
「……」
せっかく外出できるほどに回復してきたのにまた宿の部屋に逆戻りなんてできるわけない。
そんなことを考えながらウトウトと船をこぐ私の肩を、先輩の手が引き寄せる。
ディーノの肩に頭が乗って、これがまたちょうどいい塩梅だ。
ああ、先輩に触れられた肩が熱い、って思ったけれど、それに反応を返すよりも眠気が勝った。
お礼を言うのすらまどろっこしくて、私はそのまま骨ばった先輩の肩でゆっくりと眠りを貪ることにした。
先輩にはあとでコーヒーでも奢ろう。
だからまぁ、今だけは肩をお借りしますー……
「おやすみ」
眠りの間際、降ってきた先輩の声はとても優しい。
「うわっ」
「んあっ?!」
急に頭が浮いて、私は跳ねるようにして目を覚ました。
どれくらい寝ていたのか分からないが、私は先輩をマクラにして随分しっかり寝てしまったらしい。
慌てて先輩の顔を見上げると、先輩は先輩で海を睨んでいて…
「わ?! 先輩引いてます!」
「知ってる!」
ディーノ先輩の釣竿がものすごい勢いでしなって、釣り糸はまっすぐ海の中に消えているではないか!
本日初ヒットですね!一気に目が覚めた私をよそに、ディーノは「これ ないわ」と呟いた。
「?先輩どうし……えっ」
ズリ、砂利を引きずる音がして、先輩が海の方へ引き摺られた。
とっさに先輩の腕を掴んだけど、ジワジワと私もろとも引っ張られていく。
な、なにこれ超強いんだけど?!
「うそ、超大物じゃないですかこれ…!先輩絶対手を離しちゃダメですよ!」
「えぇ…?コレ初心者が釣るようなヤツじゃないっしょ」
「なんで逃げ腰なーんーでーすーかー!
っビギナーズラックで超大物釣れちゃうかもしれないじゃないですか…っうぐぐぐ」
本当に魚を相手にしてるのか疑問になるほどの力で竿を引かれて、私と先輩はほぼ同時に立ち上がった。
正直この糸の先にチョコボやガルラがいると言われたら納得するほどの強さだ。
二人掛かりで引いているというのに私達はゆっくりと、でも確実に海の中へ引き込まれていく。
もうあと少しで私たちは桟橋から落ちてしまうではないか。
踏ん張りながら釣竿を2人で握り直すと、さっきよりは力が入るようにはなった。
…なったけど、これ流石に2人で釣るのは無理なのでは?!
もはや釣竿が折れるか糸が切れるか私たちが根負けして手を離すか、みたいなところある!
こういう時はどうすれば良いんですか?!
「ね、ネイヴィスさ「あっ」
「あ?!」
グッと、一際強く糸が引っ張られて先輩の身体が、浮いた。
……ということはつまり私もそれに引きずられるというわけで。
ほとんど飛び込むに近い形で、私たちはなす術なく桟橋から落下した。
ぼちゃんッ
その音を皮切りに身体が冷たくて優しいもので包まれて、世界が一変した。
波の音も、人々の喧騒も聞こえない。ごぽり、吐き出した空気の音が耳を打つ。
反射的に閉じた目を少しだけ開けて、周囲を確認する。
コバルトブルーの中に太陽がキラキラと輝いていて、とても美しい世界がそこにあった。
(う、わ……!)
白い砂がどこまでも続いて、珊瑚が生えた岩が転がっている。
その間を、魚たちが悠々と泳いでいくのが見えた。
どこまでも、どこまでも果てのない青。
吸い込まれてそして全て溶けてしまいそうな錯覚を受ける。
空よりも深い色で、それでいて輝く景色に思わずスゴイ、と、口の中でつぶやいた。
重力の無くなった身体はふわりと浮かんで、まるで私まで魚になったようだ。
なんだかこのままどこまでも行けそう。そんな気持ちになる。
いつまでもこの果てのない場所を眺めていたいと思ったけれども、息が苦しい。
名残惜しさを感じながら浮上すると、真後ろでほぼ同時に先輩も顔を出した。
「ぶはっ」
「うっわぁ最悪」
「逃げられちゃいましたねー…」
「逃げられた つか 竿も持ってかれたし」
「あ?!」
ざぶりと後ろを振り返ったが、既に魚の影らしい物は見えず、竿も…影も形もなかった。
れ、レンタル釣竿なのに!
「……これ、どう考えても弁償ですよね」
「だね」
「はぁ…」
ビギナーズラックどころかアンラッキーだったか…。
潮水に濡れて落ちてきた髪を払いながらため息をつくと、先輩も深いため息をついた。
普段しっかりセットされている髪はペッタリと崩れててなんだか別人みたいだ。いつもよりも鮮やかな色で光っているように見えるのは海水に濡れているからだろうか。
「何笑ってんの」
「ふふ、先輩髪の毛ぐちゃぐちゃだなぁって」
「人のこと言えないでしょ」
「先輩いつもより十センチくらい小さく見えますよー」
「…………」
ふふふ、と笑った私に、先輩はなんだか不満そうな顔をして「えい」と海水をかけて来た。
「ぶふ、ごほっ、口の中に入った!」
「人のこと見て笑ってるから。自業自得ってヤツ」
「む…」
それなら私にだって考えがある。
ニヤニヤと笑う先輩の顔を少し睨んで、私は思い切り海面を叩いた。
びしゃん!痛そうな音がして海水が飛び散る。
ディーノ先輩は「ぶっ、」と小さな声を漏らして顔を拭った。半眼で恨めしげにみてくるけど、これまた自業自得、というヤツなのだ。
先輩の手が水面に上がってくるのを見て、私は身構える。
フ…私とて幾らでも先輩に海水をかけれることを忘れてもらっては困る。
お互い顔を見ながら間合いを図っていると、ふいに桟橋が音を立てた。
「…大丈夫か?随分と派手に落ちたみたいだが」
「あ、ネイヴィスさ」
「隙あり」
「んっぶ! ……ちょっと!先輩!!」
し、信じられない!このクソ上司!!
「はーー。結局二人掛かりで成果ゼロってヤバいですね…」
「しかも釣竿紛失で1000ギル弁償」
「「……」」
思わず無言になった私たち。
レスタルムを出てくる時に現金持ってきてよかった、と財布を開きながら泣く泣く手放した時の気持ちを思い出して、また少しテンションが落ちたのを感じた。
あのあと、ネイヴィスさんから「君たちが引っ掛けたのは『悪魔』…いや釣り人たちの『夢』と呼ばれる魚かもしれない!」と言われたけれど、夢で悪魔なら、まさに今全身ずぶ濡れの私たちは悪夢の中なのだろうか…なんて思って「ビギナーズラックなんてなかった」と心に強く刻んだ。
ドンヨリする私たちの肩を「まぁ元気だしなって!長い時間をかけてやるのが釣りってもんだ!」とバシバシと叩いたネイヴィスさんは、私たちが引っ掛けた疑惑の悪魔を追いかけるとかで岩場の方へ行ってしまった。
残された私たちは顔を見合わせて、ゆっくり釣り場を後にした。
せっかく釣りのプロに教わったのに、このザマ。
いったいどこで運を使い果たしてしまったのだろうか……!
全身海水で水浸しになった私たちは、深いため息をついて民宿まで戻ってきた。
先輩も私もほぼ無言で部屋に戻り、真っ直ぐにシャワーを浴びた。
髪から滴り落ちてくる水すら塩っぱくてちょっと泣くかと思った。
で、重い服で歩いてきてすっかり体力を奪われた私たちは、先輩の部屋で大の字になって転がっている。
「……疲れましたね」
「…うん」
ベッドの上に転がる私に、ソファの上で身体全部を投げ出しているディーノ先輩の気怠げな声が飛んでくる。
「……あ、そうだシャンディ」
「?はい」
「来週のパーティ、『ちゃんとドレス着てくるように』ってさ カクトーラが。」
「……えー……」
仕事で来てる風にスーツでいいかなって思ってたけど先手を打たれてしまった…おそるべしカクトーラ。
残念ながらドレスなんて大層なもの持ってるはずもない。
ガーディナはセレブ向けのリゾート地でもあるから、レンタルドレスとかの店もあるし…そこで借りちゃおう…木目の天井を見上げながらそんなことを考えていたら、ディーノ先輩が「ああ」と声をあげる。
「噂によると業界のトップみたいな人たちもゴロゴロくるらしいんだけど」
「仕事ですか」
「いや、逆。仕事のことは忘れて楽しみなよ」
「……休暇中、だからです?」
「そう。休暇中、だからです。」
コネを作れという話かと思ったけど違ったらしい。
チラリとソファに溶けるように沈んでいるディーノ先輩の後頭部を見て、私は「はぁい」と同じく気怠げに返事をした。
ああもうこのまま寝てしまおう。
「先輩ベッド借ります~…」
「いやせめて自分の部屋には戻りなよ」
「眠すぎて無理です~…あとでなんか…奢りますから……」
「えー。まぁ、いいけど……」
……ツケはエボニーが二本。
寝ている間に忘れてなければ覚えていよう。
そう考えるのとほぼ同時に私は眠気の中に溶けていった。