マーガレットの火葬
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「シャンディ、久しぶりね。元気だったかしら?」
「久しぶりカクトーラ!元気だよ」
「うそつき、元気な人が車椅子に乗ってるはずないでしょう」
「いやだから…ほらやっぱりこれ大げさ過ぎますよ先輩…」
「シャンディこうでもしないと余計な事に首突っ込むでしょ」
「う………もう…しないです……!」
「あら…立場逆転?」
「言わないで…」
先輩を怒らせると怖い。私覚えた。
回遊魚は湖畔に住めぬ
先輩が頑なに車椅子を使わせようとする理由が、今わかった。
ガーディナに戻るなり、荷物を車内に残したままカクトーラの所に行って私の横っ腹に穴が空いていた話をし始めたディーノ先輩。
急ぎの仕事でもあるのかと思ってたけど、これ…私が依頼受けたりどっか行こうとするのを監視する目を増やしてるんだ…!
気付いたときには既に遅し。
私は車椅子に乗せられたままカクトーラに「これ以上無茶したらハンター協会に捜索依頼だすわよ」と脅されてしまった。
先輩だってそんなことされた事ないのに!
恨みがましくディーノを見上げたら、彼は何処吹く風でカクトーラに手を振って、そのまま私の車椅子を押し始めてしまった。
「またきてちょうだい、あ、パーティまでにはその傷、治してよね」
「えっあ、うん、また来る!」
振り返りながら声をかけたら、体を捻った勢いでお腹の傷がピシリと痛みを訴えた。
思わず唸った私に先輩の「大人しくしてて」との声が背後から降って来る。
う、うう!先輩にそんなこと言われる日が来ようとは……!
先輩の運転で車椅子はゆっくりとレストランをあとにした。
少し古いものだから車輪がギィギィと鳴いている。
私は車椅子を押したがる先輩の運転に任せたままいつもと違う高さの世界に目を向けた。
ふと、一つ強い潮風が私の頬を打つ。
視線を投げれば鮮やかなオーシャンブルーに白波が立って、キラキラと輝いていた。
見慣れたはずなのに美しい景色に視線を奪われる。
キィキィと鳴る車輪の音と久しぶりの波の音が耳に心地よい。
「……あー。なんか帰ってきたんだなーって感じしますね」
「ああ、……」
桟橋の途中で車輪の音が止まった。
代わりに海が波打っていく音と、遠くでカップルがはしゃぐ声が聞こえてくる。
さっきまでレストランの喧騒に呑まれていたのに、少し離れるとあっという間に自然の中に投げ出された気分になった。
とても綺麗な景色だ。
世界が青と白だけでできているかのような、絵に描いたものを眺めているような…鮮やかすぎて現実離れしてるような、そんな景色が広がっている。
(変なの、そんなに離れていたわけじゃないのに)
懐かしくて、落ち着く心地の良い空気だ。
ガーディナの空気も、先輩との距離も。
背もたれに身体を深く預けて小さな息をつく。
視線を下げれば桟橋の下、透明な海水の中を魚たちが悠々と泳いでいく。
この辺りはシジラシーバスが良く釣れるらしい。今のもそうだろうか?魚にあまり詳しくはないけど、今度釣りをしても良いのかもしれない。
結局リゾート地ガーディナに来ているのに何もそれらしいことをできていないんだし……どうせしばらくこの調子でまともに動かさせてくれないだろうし、先輩を誘って釣りに行くのもいいなぁ。
顔を上げて、先輩の顔を見上げる。
ぱちり、音をたてて目があった。
「あの先輩、今度よければ釣りとか、……」
不意に顔に影が落ちた。
そのまま影は覆い被さるように私に降って来て。
見上げたままだった私の頬を、筋張った掌が覆った。
どうしたんですか、先輩。
そう問いかけるより先に、そのまま唇が重なった。
(――)
それはあつい、手のひらだった。
でもそれ以上に、重ねられた唇の方が熱くて。
先輩の鮮やかな色をしたネクタイが私の額に、音も立てずに落ちた。
視界に飛び込んでくる先輩の喉元。
筋の浮いた、男性の首。
触れた唇は熱く、柔らかい。
いつもディーノがつけている香水の香りが嗅覚を犯す。潮の香りも風の香りも全てかき消えて、世界に先輩の香りだけになったような錯覚。
触れ合った手も唇も、静かだけど、あつい。
どのくらい経ったのか、静かに唇が離れていく。
伏せられたまつ毛が長く影を落としている。
頬に添えられた手も、ゆっくりと…でも熱はしっかりと残して離れていった。
言葉をなくした私に、先輩のグレーの瞳が突き刺さる。
何を考えているのか読み取れない、不思議な色をした目だった。
背中にギラギラとした太陽を浴びてその顔は影になっている。
その表情は一体どんなことを考えているのだろう。
訳が分からなくてしばらくそのまま瞬きをしていた。
影になったままのグレーの目を眺め続ける。思考はあまり動いていない。
「……」
「…………」
この目を、顔を。
こんなに長いこと見つめ続けたのは初めてだった。
何か言わなきゃいけないはずなのに、言葉が出てこない。
先輩に言葉を奪われてしまったんじゃないかと思うほどに、喉の奥で言葉は転がって、溶けて消えていく。
「シャンディ」
私の言葉を奪った先輩が、私の名前を呼ぶ。
「おかえり」
ディーノは、今まで見たどんな顔より優しく笑って、そう言った。
「いっっみ分かんない………………」
帰ってきた民宿の、慣れ親しんだ部屋で私は小さな唸り声をあげた。
言葉どころか魂まで奪ったんじゃないかと思うくらいショートした私を完全に無視して、先輩はまたどこかへと出かけて行ってしまった。
「じゃあ 取材行ってくる」
とか言い残して行ったけれど、あまりに普段通りすぎて私も普通に「あ、行ってらっしゃい」としか言えなかった。
いや、そうじゃなくて。
…そうじゃなくてね?!
「いやいや、おかしい…普通、普通に?え?なに?意味がわからない…」
さっきから忘れて別のことをしようと思ってるのに、休職しているせいで仕事もない(というか先輩が全部持って行ってしまった)し、運動するにも傷は痛むしで動けないし……せめて、本を持ってくればよかった。
いや、でも先輩の唐突さは今に始まった事じゃなくて前からだし。
でもそんな、突然キスとか、…………
「はっ」
無意識に唇に触れてしまって飛び跳ねた。
一気に顔が熱くなったのがわかって慌てて頬に触れたけど、瞬間でディーノの掌を思い出してしまって再び悲鳴をあげる。
唇も、頬も、まだ熱が残ったままだ。
熱くて熱くてどうしようもない。
ああ、もう、ほんと
「先輩の馬鹿ぁーっ!!」
なんて事をしてくれたんだ!!
悲鳴混じりで叫んだら、本日何度目なのか傷口がズキズキと痛んで、私はソファの中に深く沈むのだった。
ディーノは足早に道を戻っていた。
民宿を出て、商店街を抜け、再びコーラルワールへ。
潮風があるとは言え、暑いことには変わりなく、うすらとシャツの下に汗をかいているのを感じる。が。
再びコーラルワールのキッチンへ向かうと、相変わらずカクトーラが忙しそうに働いていた。彼女は業務のクセだろうが、人当たりのいい笑顔を浮かべてこちらを見たのち、目を丸くさせた。
「ディーノ、戻ってきたの?」
「まぁほら…仕事しなきゃだし?」
「ふぅん……」
「?」
カクトーラは何か悟ったように一つ頷くと、赤い紅を引いた唇を持ち上げた。
「あなた、なにかしたでしょ」
「へ」
「顔。すっごく赤いわよ」
「……………」
思わず頬に手を持っていく。
確かに、いつもより熱い…気もする。
ニヤニヤとするカクトーラに慌てて「いやこれ今小走りで来たから」と首を振ったが、彼女は手に持っていた炭酸水のボトルを置いて、腕を組んだ。
「あら、ならどうして小走りで来たの?そんな急ぎの要件があるわけでもないでしょう」
「……」
「何日か前に貴方が血相変えて飛び出して行くの見てたんだから。
…シャンディのあの状態といい…ふふ、大方予想がつくわ」
「……はぁ、流石」
「もう少ししたらお昼休憩だから、その時話を聞かせてちょうだい。……情報代として飲み物くらいはおごるわ」
楽しそうにフフ、と笑うカクトーラにディーノは頭を掻いて肩を竦めた。
じゃあまたね、と仕事に戻ったカクトーラ。ディーノは少し離れた二人掛けの席に座って再び深いため息をつく。
(話せって言われても。…つい、としか言えないってゆーか)
心配、はしていたし。
連絡が取れなくなったと聞いて、たしかに車を飛ばしたし。
何かするたび、痛そうな顔をしているシャンディをみてるだけでこっちも痛いし。
だから、……海を眺めて、安心しきった顔でこっちを見上げたシャンディに…触れたくなって。
でも、触れた頬は血の気が引いて冷たくて、……
遠く、レスタルムの路地裏で…独りで死にかけてたんだと、思って。
…つい。
(いやコレマジでヤバい)
シャンディの顔を思い出してしまった。
また喉の奥が締まるような、言ってはいけない言葉がせり上がってくるような気分になってディーノは言葉の代わりにため息をつく。
シャンディと別行動をすることなんて何度もあったし、彼女が無茶をすることも何度もあった。
なのにどうして今更。
や、…ここまでの大怪我をするのは初めてだから仕方ない、とか。ずっと見てきたせいでしょ、だとか。加護欲だよこれ、とか。
色々理由をつけてみる。
でも頭は「そうじゃないでしょ」と訴えている。
(知ってる。)
うん。
(……知ってた。)
もしかしたら、あの日。夕陽の差し込む部屋で泣くのを堪えるシャンディの顔を見た時から。
……いや、多分もっと前から。
「…………あー…」
認めちゃ、いけないんだけどなぁ。
シャンディには想い人がいる。
知ってる。
グラディオラス・アミティシア。
クレイラスの息子。ノクティス王子の盾。
たまに、シャンディが寝言で呼んでいる名前。
グラディオ。ナターリヤ。
四年かけて忘れようとしていたものを、一瞬で思い出させる。
そんなシャンディの大切な人たち。
狡いやつだと言われるかもしれない。
…いや、うん 多分言われる。
シャンディが大切にしていたその人たちを忘れるように、わざとあちこち連れ回して仕向けていたのだから。わざと、そうやってシャンディの頭の片隅に追いやっていた。
……ずっと、嫉妬してたのかもしれない。
子供っぽい感情だ。
シャンディを取られたくなかった、それだけだ。
でも、彼女はまだあの男のことが好きで。
せっかく追いやっていたのに、波止場で再会してから彼女の中で存在が大きくなってしまった。
顔を見れば、わかる。
どこかに行こうとするシャンディを引き止めようとしたのかも、しれなくて。
でもそれはシャンディの為にはならなくて。
(我ながら ワガママだなぁ)
シャンディに幸せになってほしい。
出来るなら、幸せにしてやりたい。
でも、
シャンディの中に居座り続ける彼に代われるほど強くない。
彼女の隣にいるべきなのは、自分なのか、?
(……あーあ。オレも強かったらなぁ、)
なーんて。
ふと、目の前にアイスコーヒーが置かれた。
前の椅子が引かれて赤いシャツが目につく。形良く引かれた口紅と同じ色をした華やかな赤だ。
カクトーラは頬を緩めながら向かいの席に腰掛けると、ディーノの顔を見て長い睫毛を瞬かせた。
「酷い顔」
「…自覚してる」
「貴方らしくもない。なにがあったのよ」
「んー……」
暗い茶色の液体になんとも言えない顔をした自分が写っている。
どこから話すべきなのか。
カクトーラの顔を見て、再びため息をついたら「失礼ね」と彼女は言った。
「ごめん。でもオレも、よくわからない。」
「…………本当に貴方らしくないわね」
「わかってる」
うん、そう。
分かってる。
知ってるから。
ディーノは胸中でそう呟くと、冷たくて苦い液体を飲み込んだ。
陽が落ちるころ、ディーノは民宿へと戻った。
こっそり溜め込んでいた仕事がシャンディに見つかってしまったから、それをやらなくてはいけないし、シャンディが休職する分の仕事も引き受けてしまった。
やらなくてはいけないことが沢山ある。
(やるっきゃない、けどさ)
そんなことを考えて、シャンディのいる部屋のドアを開ける。
夕陽が差し込むオレンジ色をした暖かい部屋だ。
シャンディはそこの隅に置かれたベッドの上で眠っていた。
傷をかばいながらで、疲れが溜まるのだろう。
ガーディナに着くまでの道中も半分以上は眠っていたし、本調子まではまだかかりそうだ。
ディーノは音を立てないようにしながらベッドの側に寄る。
反対側に回り込んで顔を見れば、随分と幸せそうな顔をして、シャンディは夢の中にいるようだった。
普段のスーツ姿ではないから、なんだか少し見てはいけないものを見ているような気分になりつつ、でも少しだけ得したな、なんて思う。
「…んー……」
「はは、変な顔」
人の気も知らずに。
まったく、脳天気な後輩だ。
ディーノは静かにため息をつくと、居眠りをする後輩に布団をかけて、ゆっくり部屋を後にするのだった。