マーガレットの火葬
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目が覚めたら、グラディオは居なかった。
きっと王子たちとの旅に戻ったんだろうと思う。
これで良かった。
グラディオには何にも代えられない使命があって、それが彼の選んだ生き方だ。
こうやって私たちは少しだけ交わって、そしてまた別の道を行く。
それはきっとこの先もそうで、変わらないことなのだと、思う。
…でももう、私は迷うことはないだろう。
目を閉じれば、そこには光が満ちていることを、私はたしかに知っているから。
緩慢なエアードームで息をする
「もしもし、ビブさ」
『シャンディ?!っ今どこにいんの、』
「……へ?先輩?」
『そーだよ あ ちなみに 掛け間違いとかじゃない』
「…………ん?ん?」
『本社。今俺もこっちきて…』
『いやぁシャンディちゃんと連絡取れなくなったからどうしたのかと思ってさぁ!ディーノに聞いたらレスタルムまですっ飛んでき』
『や、そういうのいいから。
で、どこにいんの?』
「ええと…リウエイホテルです」
『……なんでホテル?』
「…なんていうか……色々あって…?」
『…………』
…先輩の無言怖い。
あれから数日、ようやくなんとか動けるようになって、ふと携帯を見たら着信が99+とかになっていた。
ヤバイ、そういえば仕事無断欠勤してる!!
慌てて本社に電話をしたらなぜか先輩が出た。そして冒頭に戻る。
…どうやら本気で心配をかけてしまったらしい。
すいません、と謝ったら『もう いいからそこに居て』とのお達し。
ほんとすいません…………
「はぁ…」
「…電話、終わりました?」
「うん。…ありがとうイリスちゃん」
そんな電話をしていたら優しい気遣いでイリスちゃんが代わりの服を持ってきてくれた。
イリスちゃんは私の身体を心配して、それから可愛らしい笑みを浮かべて「よかった、本当に心配してたんですよ」と肩を揺らした。
路地裏で死にかけていた私を見つけてくれたのはイリスちゃんと王子だったらしい。
ホテルまでは、なんと王子が運んでくださったとかで、無礼極まりないし、お礼も言いそびれてしまったので、今度こそお礼を言わなくては……。
「それにしても、まさかシャンディさんが兄さんと知り合いだったなんて。こんな偶然もあるんですね」
「私もビックリだよ、まさかイリスちゃんのお兄さんがグラディオなんて」
でも言われてみれば確かにグラディオと同じ、透き通った琥珀の瞳をしているし、なんとなく鼻筋の辺りも似ているような気がする。
それと同時に、イリスちゃんがこんなに素直でいい子に育ったのにも納得した。
アミティシア家のご令嬢なのだから、教養もしっかりしているだろう。
ふむふむ、と納得しながらイリスちゃんが持ってきてくれた服に袖を通して整える。
傷はまだ全然塞がっていないし、身体を伸ばすと身体中が痛む。
それでもベッドから出て少し歩くくらいはできるし、痛み自体も数日前よりはいくらかマシになってきたから、ハイポーションとフェニックスの尾はやはりすごい。
私の着替えを手伝ってくれていたイリスちゃんは「あ」と声を上げて、ポケットから小さな袋を取り出した。
「あ、あと…これ。シャンディさんのピアスですよね?」
「あー……」
先輩からもらった青緑色をしたピアスだったものが入っていた。
あのテンガロンハットの男に踏まれて、砕けてしまっている。
ポストはへしゃげてしまっているし、白い宝石もわずかにしか残っていない。
これではもうアクセサリーにできないだろう。
(先輩がせっかく作ってくれたのに、)
脳裏に浮かんだのはあの時の照れ臭そうにはにかんだ笑顔だった。
子供みたいな、こっちまでつられて恥ずかしくなってしまうような、むず痒い笑顔。
「……申し訳ない事しちゃったな…」
「やっぱり。シャンディさんの仕事、アブナイお仕事なんじゃないですか!」
「いやぁ本当はこんなのじゃないんだよ。ちょっと首を突っ込みすぎただけで。」
「……」
ジト目で訝しんでくるイリスちゃんに、ヒラヒラと手を振って「ごめんね、もう無茶しないよ」と言えば「怪しい」と返ってくる。
強行突破を見せてしまった手前、説得力が無いことに気づいて私は「六神に誓うよ」と肩を竦めた。
コンコン、
「はぁい、どうぞ」
「シャンディ 開けるよ」
「あっ、先輩?!」
ドアを開けて入ってきたのはディーノ先輩だった。
なんだか顔を見るのは数ヶ月ぶりくらいな気がする。一種の懐かしさのようなものを感じながら「お疲れ様です」と頭を下げると、イリスちゃんも軽い会釈をした。
部屋の中に入ってきたディーノは、イリスちゃんを見て、私を見て、ふ、と息をついた。そして、腕を組んで真顔。
「……で?」
……圧がすごい。
「説明します……ハイ…」
「当たり前でしょ」
「あ、私部屋に戻ります、シャンディさん無理しないでくださいね!」
イリスちゃんはそういうや否や、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
なんか何から何までごめんね…と半ば早歩きで出て行った背中に謝り倒しながら、視線を戻す。
ディーノの顔は……無表情だった。
正確にいうと、口元は笑ってる。でも目が笑ってない。
……正直、ものすごく怖い。
「……どこから話せばいいのか。」
「全部」
「……長くなりますよ」
「半休取ってきた」
「うぇー」
先輩はベッドサイドにあった椅子に腰掛けて、で?と声を上げた。
相変わらず軽い調子だったけど、それが逆に怖い。
私は治りかけてた胃がギリギリとするのを感じながら私は「そうですね…」とガーディナを出てからのことに思いを馳せた。
「バカでしょ」
「うう…返す言葉もないです……」
無言で最後まで話を聞いていたディーノが最初に発した言葉がそれだった。
話しながらどんどん先輩の眉間にシワが増えていくのを見て、なおかつ私自身も話せば話すほど馬鹿なことをしたなと思って最後の方は完全に縮こまっていた。
「前からさ シャンディ 後先考えないところあるし 気をつけてって言ってたよね」
「うう…はい……」
「それに帝国の上層部 軍人出身が多い。知ってるっしょ?」
「…………はい……」
「……はぁ」
「うう……」
ディーノは隠すことなく深い深いため息をつくと、そのままどっかりと椅子に背中を預けて額を抑える。
私はベッドの上でそんな様子を眺めて、申し訳なさで顔を伏せた。前々から確かに猪突猛進すぎだとか、そそっかしいんだから気をつけてとは言われて来た。
その度に気をつけて来ていたつもりだけど…どうにも私は引き際、を見定めるのが下手らしい。
こんなのだからまだまだ半人前だ、って言われてしまうのだ。
「ほんと。危なすぎ」
「面目無いです…」
「死んだら ……。元も子もない」
「はい」
「……」
「……」
じっと私を見て、再びディーノはため息をついた。
眉間に深く刻まれたシワが、どれほど私を心配してくれていたのか示していて、私は唇を噛む。
ここまで先輩が顕著にため息をつくのも、眉を寄せるのも初めて見た。
それだけ、私は心配をかけてしまっていたのだ。
「……ごめんなさい」
「…いいよ 生きてたんだし。」
「………先輩」
「ん」
「心配、してくれてありがとうございます」
「…………」
ディーノはキョトンと目を丸くして、それから、ふ、と破顔する。
「いまさら」
「……そうでした」
つられて私も笑う。
先輩のへらりとした笑顔は見ているこちらまでつられてしまうから不思議だ。
先輩はさっきまでの雰囲気をとっくにしまいこんでいて、そういう所まで含めて、この人にはきっと敵わないんだろうな、と思ってしまった。
先輩のそういうところは、ずるい。
ディーノは軽く肩をすくめると、「……で、シャンディ予定は?」と首を傾げた。
うーん。
仕事は一通り片付けてきてあるし、あとは特にはないはず。
「特には…」
「そ。じゃあちょーっと 付き合ってよ」
でた。
ディーノの定型文に思わず固まる。
この四年間の経験で、この言葉の後に続くのが「取材なんだけど、夜までにオルティシエまで行くよ」だとか「炭鉱になーんか出るらしくて 写真撮りに行くよ」とかいう無茶振りのオンパレードなのを私は知っている。
……そしてそれが、全然ちっとも「ちょーっと」じゃない事も、知っている。
つまるところ、私にとっては不幸の知らせのような、何かしらか起きる予兆の一つというか、…兎にも角にも「トンデモナイ無茶振りが待っているから覚悟してよ」という死の宣告のようなものなのだ。
こんな使い物にならない体の私を今度はどこへ連れ回そうというのか。
「……いや、これは自業自得なんですけど、一応私まだ傷口が完全に塞がってなくてですね…」
「知ってる知ってる…ほら」
「ぃ"ッッ!!」
そんなことを言いながら私の腹を指でつつく(!)ディーノ。
途端に電流が走ったような痛みが身体中を駆け巡り、私はベッドの上で体を折った。
な、な、な、な何するんだこの人!!!?
「なっ、な、何するんですかっ!?酷い!鬼畜!」
「はは まぁ そんな遠くない。 歩くのキツかったら 車イス持ってくるし。どう?」
「どう、て。拒否権ないでしょう」
「うん ないね」
悪びれもなくケロリと言い切った先輩に、ため息をつきかけて、いやでも心配させてしまったからなぁと思い直し。
私は「わかりました」と頷いた。
先輩に案内されたのは、というか。
連れてこられたのは本社だった。腹の痛みをこらえながら連れてこられた場所を見上げていると、先輩は美人の受付嬢に何か声をかけて、車椅子を持って来た。
シャンディほら、押したげるから。とか言いながらもはや拒否権なんてないけど、と言わんばかりの勢いで私を椅子に沈めた先輩は、そのままエレベーターの中に私を突っ込んで、部署のある階のボタンを押してしまった。
「あ。シャンディ、ハンコ持ってる?」
「はい、カバンの中にあると思います。」
「えらいえらい」
「子供扱いしないでくださいよ」
チン、簡素な音がして扉が開く。
先日のような地獄はすっかりなりを潜めて、いつもの穏やかな空間に戻った自部署では、今日も先輩と後輩たちが仕事をしていた。
エレベーターに1番近い席の先輩と目が合うと、彼は車椅子の私に目を見開いて、それからディーノ先輩へ視線を投げた。
「お、ディーノ!お前の面倒ごとに巻き込まれてシャンディが行方不明になってたってのはマジか?」
「アレ?ついにディーノ先輩に嫌気が指して逃げたんじゃなかったんですか?」
「……好き勝手言われてますよ先輩」
「はぁ」
さらりと先輩への悪態をつきながら笑い声をあげている人たちに、頭上からため息が響いてくる。
否定しないあたり、この人自覚あるんじゃないだろうかと思うんだけどどうだろうか。
だとしたらだいぶ悪質だけど。
彼らの笑い声につられたのか、メテオ・パプリッシングの会社のロゴが入ったシャツを着て、ビブさんが部署にやって来た。
冷房がガンガンに効いているというのに暑そうに手で扇いでいる。
「あーっ! シャンディちゃん、元気……! …じゃなさそうだね?」
「その節はご心配をおかけしました、なんか、…あーまぁ色々事故がありまして」
「お前たちはいっつも事故ってるようなモンだろー」
「それ言えてる」
「ちょっと、なんで先輩が同意するんですか?!その事故の8割ぐらいは私のせいじゃないですよ」
「うーん。つまり2割は自爆ってことだね」
「ゔ……」
今回の件もそうなんでしょ?とビブさんは、ホホホと体を揺らして笑った。
うう……どうしてここの人たちは突然核心を突いてくるんだ!
楽しそうに笑う声を聞きながら、私は一緒になって笑っている先輩を見上げて問いかけた。
「で、なんで突然職場に来たんですか?」
「そうそうソレが本題。……そんなわけで休職届け出すから」
「「「……は?」」」
「ほらシャンディ、ハンコ…はカバンの中か。」
「え、あ、そうですけど…ってギャア!何勝手に人のカバン漁ってるんですか!?」
「ちょっとだけだって …あ、あった」
先輩はあろうことか人のカバンの中に手を突っ込んでガサガサと漁ると、判子を見つけ出し、そして何処から出したのか休職届けにドン!と。
印鑑を。押した。
そしてそれをなぜかビブさんに、手渡してしまった。
あまりの手際の良さに何か反論を言う間もなかった……!
「……はい。そんなわけでこれ」
「はぁい」
「い、いや、いやいやいやいやいや」
「なに」
「おかしいでしょう色々!」
「え だってシャンディそれじゃ仕事できないっしょ」
「できないですけど!でも、…いや、ほんとおかしいですよ今の流れ!ビブさんも普通に受け取らないでください!」
「ええ?でもシャンディちゃん仕事できないんだし、そしたら受理しなくちゃでしょ?」
「あーーもう! 間違ってないんですけど!そうじゃなくて…!そうですよ、だって私記名してないですし!そもそもビブさんじゃなくてこれは事務部と社長にですね…?!」
しん…っ
騒ついていた部署の中が突然静まり返って、私は言葉を飲み込んだ。
…え?私変なこと言った?
「……」
「な、なんですかその視線は」
「……ああそうか。僕シャンディちゃんに名乗ってなかったっけ?」
「え」
「僕ねぇ、メテオ・パプリッシングの代表取締役なの。…まぁ社長、君たちの上司も上司、なんだよねぇ」
「……………………………」
は?
意味がわからず聞き返す。
ビブさんは頬の肉を揺らしながらニンマリと笑みを浮かべて目を細めた。
「シャンディちゃんディーノのツテで入社したから知らないんだよね、騙してたわけじゃないんだよ!ほんと!」
「…ええええええええ?!」
ごめーん!と手を合わせて言うビブさん、慌てて上を見上げれば先輩も笑っているではないか。
部署の人たちも大爆笑していて、…いやむしろなんで教えてくれなかったんですか!?
ってことは私はこれまで平然と社長相手に写真を教わったり電話をかけたり変なシャツ着てるなとか思ってたってことじゃん!
「び、ビブさん、なん…っなんで黙っ…?!」
「わざとじゃないんだよ!でもほら、言うタイミングが無かったというかぁ。まあ別にいいかなー…てきな?」
「えっ、ちょっと待ってくださいほんと え?皆知ってたんですか?!」
「そりゃ知ってるさ。俺たち面接で会ってるから」
「シャンディは知んないだろうけど、ここ一応メディア王、ビブ・ドルトン社長直属の超エリート部署なんだぞ」
「そーそー。だから最初シャンディすげーラフに絡んでるからビビったんだよなぁ」
「……………」
言葉を失った私の肩を楽しそうに叩いて、ビブさんは「まぁそんな訳で。これは受理しとくから今はしっかり!怪我を治してね」と親指を立てるのだった。
見上げた先で先輩もニヤニヤと笑みを浮かべていたから、とりあえずお腹に頭突きをしておいた。
「そんなわけで、シャンディちゃん、しばらくお休みね」
ヒラリとビブさんの手に握られた紙が、笑うように音を立てた。
車のエンジンが唸る音と、風が車体を打つ音がする。
ラジオからはもうすっかり王都の話は出なくなり、代わりにいつもと同じ音楽番組やメルダシオ協会の広告などが流れてくるばかりだ。メディアが意図的に流さないようにしているのか、それとも人々の関心が無くなってしまったのか分からないが、なんだか王都の襲撃が夢のように感じた。
あの後トントン拍子で休職手続きが進み、先輩に連れられるがまま私の家で片付けをして、そしてイリスちゃんに別れを告げた。
「シャンディさんまたデートしてくださいね。…あ、ドライブ以外で」なんて笑いながら言うイリスちゃん。
先輩が「何したの」って視線で訴えてきたけど知らないフリをしておいた。
これ以上先輩に怒られる案件を増やしたくないんだもの……。
先輩の視線をバシバシと感じながらイリスちゃんと連絡先を交換して、それから「兄さんをよろしくお願いします」と言われて、私はなし崩し的にレスタルムを後にするのだった。
休職した私が先輩に連れられていくのはガーディナだった。
カクトーラから私とディーノ先輩宛にコーラルワールの開店5周年記念のパーティの招待状が届いているらしい。
「そんなわけで丁度シャンディを迎えに行こうかって思ってた所だったから」
ディーノ先輩はそう言って私の「迎えに来てくれてありがとうございます」という言葉を受け取った。
窓の外の景色はゆっくりと移って行く。
ディーノの運転する車に乗るのは久しぶりだけれど、普段はもっと速度を出すはずだ。どうやら先輩は私の傷に響かないように運転をしてくれているらしかった。
気を使ってくれてるんだなぁと思って、なんだかそれが嬉しくなる。
よく考えたら私と連絡がつかなくなったからって先輩は(ビブさん曰く)ガーディナからすっ飛んで来てくれたんだった。
ふ、と。
先輩の横顔を見ていたら、いつも先輩は側にいてくれたなと、思い至る。
私がグラディオのことを守りたかったのと同じで、先輩も私のことを守り続けてくれてるんだ、って。
そうだ。私が壊れないように、1人にならないように、寂しくないように。
この人はずっとそばに居てくれたんだ。
暗い夜に立ち尽くしていた私を優しく照らしてくれていたのは先輩だった。
ああ、そうか。
そうだったんだなぁ。
(……ガーディナに着いたら、話そう。)
あの夜のことを。
先輩に出会うまでのことを。
……私の大切な人の話を。
私の全てを。
窓の外の景色はゆっくりと流れていく。
…今日は先輩と、どこまでいけるだろうか。
私は小さくあくびをして、ゆっくりと目を閉じるのだった。