マーガレットの火葬
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『はいはい、オハヨ。どしたの』
「どしたの、じゃないです!先輩何でこんな書きかけの記事残してるんですか!」
『え?……あー、レスタルム』
「そうですよ、本社です!」
『はは』
ブッ ツーツー
あっ、電話切った!
サヨナラの三秒前
いいですよーだ。これ全部持って帰りますから!
ツーツーと通話の終了した携帯を見つめて私は唇を尖らせた。
申し訳なさそうな顔をしている後輩くんに「先輩にはちゃんと渡しておくね」と声をかけて、目の前の書きかけの記事たちをカバンにしまい込む。まったくもう…私ならまだしも新人を困らせるのはいただけない!
グッと腕を伸ばしたら、ここ数日ずっとデスクに張り付きっぱなしだったせいで肩がバキバキと嫌な音を立てた。
レスタルムに帰って来てからというものずっと資料や記事と格闘する羽目になるとは……ある程度予想していたとはいえ、久しぶりの缶詰めは堪えるものがある。
ため息をついた私を笑うように、視界の様でイリスちゃんとお揃いで買ったチョコボのキーホルダーが携帯の隅で揺れている。
あまりに詰め込みすぎて、先日のイリスちゃんとのデートが遥か昔のことのように思えた。
レスタルムの裏路地にあるケーキ屋さんでケーキを買い、イリスちゃんの好きそうなデザインのキーホルダーを買ったり、服を買ったりと、それは久しぶりに私も楽しんで街中を歩いた。
普段1人で買い物に出ることはあっても誰かと一緒に買い物することなんてほとんどなかったから「あっ、あれ美味しそう!」「あのお店はなんの店だろう!」あまりに目をキラキラさせてイリスちゃんが歩き回るのもあって私にもレスタルムが新鮮に見えた。
楽しくて楽しくて一日中遊び倒し、そして家に着くなり眠ってしまうほど歩き倒したのだった。
「さて、ある程度目処がついたし…私ちょっと呼ばれてるから行ってきます」
「はい行ってらっしゃい。」
私はなぜか「そろそろ部署も落ち着いたよね?先日の件、話聞かせてよ」と同じ社内にいるのに電話でビブさんに呼び出されていた。
ビブさんといえば展望公園だけれど、さすがにルシスに関する事だからなのか場所は社内の会議室。
先輩に引っ張り回されているから、私はあまり使った記憶はないけど、部署の先輩がここに来ると胃が痛くなると言ってたっけ。
私とディーノが所属している部署はメテオ・パブリッシングの中でもオールマイティに事件を取り扱っている。
そこから必要な情報を取り出して雑誌ことに振り分けたり、裏付けを取ったり…まぁ言ってしまえば総括的な部門を担当しているのだ(…とはいえ会社の業績に比べたらかなり小規模で運用しているから雑誌や新聞記事などを手伝いに駆り出されることもしょっちゅうある)
部長の上は社長とかいう、ほとんど直属みたいな、逆を言えば社内のあちこちに駆り出される便利屋というか、猫の手部署…みたいなポジションがこの部署だ。
そのせいで、ここ数日は王都襲撃、ルナフレーナ様とノクティス王子のご逝去、北ダスカ封鎖線基地の崩壊、帝国のグラウカ将軍に変わりレイヴス将軍の台頭、首都グラレアの不可解な事件……それに加えて細々とした事件が一気に部署に舞い込み、文字通り大混乱を起こしていたらしい。
直々に社長まで出てきて手伝うほどだったというのだから相当な有様だったんだろう。
優秀な先輩たちのおかげで私が来た時には既に8割ほど片付いていたらしいが、残りの2割も相当なボリュームだった。
この量で2割とか…と愕然としたのが昨夜のことだ。
……まぁそんな社内事情はさておき。
会議室に着くと、既にビブさんが座って待っていた。
「お待たせしてしまってすいません」
「大丈夫。僕も今来たばっかだし。お疲れ様、ささっ座って座って」
促されるまま座る。今日のビブさんのTシャツはモルボルくんかぁ、なんてぼんやり思いながら、腰掛ける。
冷房が効いた部屋は少し肌寒いくらいだ。そういえば、ビブさんと2人きりになるのは入社した時以来…かもしれない。
「で。このあいだの電話どういうことだったの?突然王子達の死亡報道してくれって。それに情報掴んでインソムニア向かったって言ってたよね?」
「それが、…順を追って説明します。」
私はビブさんに、ガーディナで帝国上層部と思われる男に会ったこと、王子に会ったこと、帝国の盗聴を傍受したこと、それからハンマーヘッドで王の剣に会い、レギス陛下が亡くなられたと聞かされたことを伝えた。
王子はディーノの手伝いで襲撃を免れているし、死んではいないだろう。だから、王の剣含めて動きやすくするためのデマだった、という事までちゃんと話した。
ビブさんは、時折相づちを打ちつつ水を飲みつつ、笑いつつ(主にディーノが王子をお使いに出したというあたりで大爆笑していた。気持ちは分かる)最後まで茶々を入れずに聞いてくれた。
「……なるほどねぇ。つまりそれで王子が見つからないようにメディアを利用したってわけだ」
「はい。…ごめんなさいビブさん。詳細も伝えず」
「ううん。いいの。僕らはこれで王子ご一行に借りができたわけだし。シャンディちゃんがそうしたかったんでしょう?ならそれでいいよ。メテオ・パブリッシングは自由と平等がウリ、なんだから。」
頬にたっぷりついた肉を揺らしてビブさんは笑った。
もしかしたらウィンクとかしていたのかも知れないけど、残念ながらあまりよくわからない。
ありがとうございます、と頭を下げたらビブさんはホホホ、と笑ってペットボトルの水を一気飲みした。
「まぁでも、僕らが王子を助けるのはこれっきりにしようと思う」
「え?」
「ルシス王国が事実上無くなった今、僕らが繋がりを深めなきゃいけないのは…帝国だからさ」
「…………」
「そりゃあ、僕だって帝国はすきじゃないけど、この先会社のことを考えたらさ。分かるでしょ?」
それは当然だ。
事実上歴史からルシス王国が無くなった今(王子たちが生きているとはいえ)そこに一縷の望みを託してこの星全てを牛耳る帝国を敵にするなんて馬鹿な真似できるはずもない。
特に、ビブさんやディーノ先輩たちは王都の外で生まれ育っている。
ルシス……インソムニアには強い思い入れなども特にはないだろう。だからこそこの会社の未来を考えたら。答えは明白、なのだけど。
「…………」
「…浮かない顔だね」
「…はい。……知り合いがいるので」
頭によぎったのはグラディオだった。
王子たちが逃げ延びている以上、グラディオも無事だろう。
だけれど、帝国に味方するということは…王子たちを見捨てるということで、王子を見捨てるということは、グラディオを……。
私に、そんなことができるだろう、か。
じっと考え込んでいた私を見ていたビブさんは突然「ああ、なるほど。」と声を上げて手を打った。
「その顔、わかるよぉ」
「へ」
「ふんふん。なるほどなるほど」
「あの、何が『なるほど』なんですか?」
「やー。こっちの……話?」
なんだその妙に煮え切らない反応…。
私は1人で納得しているビブさんに首を傾げたが、ビブさんは私の反応を見てさらに「ほほほ」と笑うだけだった。解せぬ。
「ま、これは僕の判断。シャンディちゃんはシャンディちゃんの思うまま、行動すればいいよ。どうせディーノはもっとテキトーにやってるんだし」
「いやぁ…あの人はあの人なりに真剣だとは思うんですけどね」
「おや、案外高評価?」
「本人には絶対言いませんよ!あ、ビブさんも絶対言わないでくださいね」
「んふふ、分かってる分かってる」
(……怪しい)
ビブさんは、もう一度笑い声をあげると「じゃ、おつかれ」と手を振った。私は頭を下げて、なんだか妙にモヤモヤとしたものを残しながら会議室を後にした。
そういえば結局なんで電話だったんだろうって聞き忘れたな。ま、今度でいいか。
私はそのまま部署に戻って荷物を回収すると会社を出るのだった。
相変わらずレスタルムは暑い。
それは往々にしてメテオが原因なのだけど、そのメテオで私たちは生活できているんだからあまり文句も言えない…とは思いつつもやはり暑くて嫌になる。店舗の中に入って仕舞えばクーラーが効いていて涼しかったりもするのだけれど、露天ともなるとそうはいかない。
(昼ごはんを食べ終えたら一回家に戻って先輩に連絡入れようかな。本社も落ち着いてきたし、…先輩の書きかけの記事も大量にあることだし、ガーディナに戻ろうか。)
ぼんやりそんなことを考えながら露店でナッツソース焼き鳥を食べる。うーん。味が濃い……。
この1ヶ月カクトーラの食事やガーディナの海鮮を使ったさっぱりとしたものばかり食べてきたからなぁ。
この暑さと働く環境もあって塩分多めの食事が多いレスタルムの味はだいぶ濃く感じる。
(でもカクトーラの作るごはんに慣れちゃったら、そう簡単に他の味で満足できなくなるよね…)
なんてったってカクトーラはガーディナ1のレストランのシェフなんだから。
これは自分の作ったご飯も受け付けなくなりそうだな、なんて思い…ガーディナに戻って一刻も早くレシピを聞かなくては、と決意して立ち上がった。
さて、ゴミ箱は……
「……ん?」
ふ、と視界の隅で見覚えのある姿を捉えて顔を向けた。
そこにいたのは太陽の光すら飲み込む漆黒の目をした……テンガロンハットの男だった。
彼は私に気がつく事なくふらりと人混みを縫って進んでいく。
「あいつ…!」
今度は何をしようとしてるんだ。
人混みに紛れて路地裏へ消えていくその背中を、私は弾かれるように追いかけた。
高い建物が路地を囲い、光を遮って薄暗く広がる路地裏。
男は音もなくその影の中に進んでいく。その方向には……リウエイホテルがある。
もしかして、ルシスの上流階級の子らしいイリスちゃんを追いかけてここまでやってきたのだろうか。
そうだとしたら、私が食い止めなくては。はにかんで笑うイリスちゃんの顔を思い出す。
大好きなお兄さんのためにここまでやってきたイリスちゃん。
たった1人の家族に会えるのを楽しみにしている優しくてしっかり者の女の子。
そんな子まで、帝国は殺そうと言うのか。
黒い背中はゆるりとした動作のままホテルへ向けて角を曲がっていった。焦燥感が背中を駆け上がっているのを感じながら私は背中を追いかけて走る。
そうして曲がり角の向こうに背中を探そうとして
「づっ、あ…!」
ガツリ、後頭部に強い痛みを感じて、それと同時にまぶたの裏で火花が散った。
反転した体が壁にぶつかって再び頭に鈍い痛み。
「お姉さんさ、尾行下手くそすぎでしょ」
「……!」
「それとも尾行じゃなくて…俺の追っかけとか?」
すぐ目の前に、闇があった。鼻先10センチほどの距離に途方も無い深淵が広がっている。
いつかの林のような、全てを飲み込む黒だ。
「あんまり近づくとさぁ、火傷…しちゃうかもよ?」
呼吸すら飲み込むように喉へ硬いものが当てられる。
…銃だ。気管を強く圧迫して、呼吸が奪われる。
視界は黒く飲み込まれ、体温は背中の壁に溶けていった。
逃げるには、もう遅い。
強く男を睨みつければ、目の奥が愉快そうに細められた。
僅かに射していた日が陰って黒が際立つ。
思わず息を飲んだ。
否が応でも思い出す、あの夜の日。
赤の点滅、濁った視線、どこまでもどこまでも続く黒…………ああ、やっぱりこの男は普通じゃない。
「……あな、たは、」
気づいたら問いかけていた。
「なにもの、なの」
「……あれ?前にも言ったでしょ。【カンコウキャク】、ただの一般人。
…《記者》のお姉さんが気にするような大層な人じゃないよ」
ニタリ、口角が持ち上がる。
ねっとりとした声音に肌が粟立った。
波止場で会った時にも思ったが、なんて神経を逆撫でする喋り方をするのだろう。それでいて絶対的優位に立てるという自信もある。
思わず吐き出した息は恐怖でみっともなく震えていた。
飲み込まれたくないから強気に出たかったのに。舌打ちしたかったが喉元の銃がそれを許さない。唾液がうまく飲み込めないほど喉に食い込んでいる。
……お前の頭なんて今すぐにでも吹き飛ばせる、と闇が蠢いている。
……でも
…………それでも。
「貴方が…帝国の上層部だって、こと、は…知ってる……。このま、ちに…何をし、に来たの、」
「……」
「…ね、ぇ。貴方は【何】?」
この男は、人間なのか、それとも。……。
突然に胸倉を掴まれて地面に叩きつけられた。
肺から空気が漏れ出て、一瞬意識が飛びかけたのを強烈な痛みが連れ戻す。
左腹が燃えるように熱い…!
「づッ……あ、あ"ぁあああ!!!」
「お姉さんやっぱバカだよ。…俺が【ナニ】かなんて、俺が1番知りたいに決まってるでしょ」
生理的な涙が出て滲む視界で視線を落とすと、男が馬乗りで、私の腹に剣を突き立ててい、る。
認識した途端引き裂かれるような痛みを訴えた。
痛みで目の前がチカチカする。
思考がまとまらない! はやく、はやく、男を、退けないと、!!
暴れる私に、男は口角を上げて笑うと突き立てた剣をねじり込んできた。
あまりの激痛に私は悲鳴をあげる。
「ひ、あああ、ああ"あ"あ"ッ!! 痛い痛いいたいいたい!!!!」
「痛い?そう。良かった。」
楽しそうに笑っている。
深淵が私の体を這って飲み込もうとしている。
恐怖と痛みで気がおかしくなりそうだ。脂汗が全身に浮かんで、喉の奥から血が滲む。
何度も手放しかけた意識をつなぎとめるように男は突き立てた剣で私の腹を抉った。
「ッいた、ゔ、あ、ぁぁッ……痛…っあ!!」
「……あーでもちょっと煩いなぁ」
そんな言葉とともに、瞬く視界で前髪の隙間から覗く目が私を、
闇が、私を、
剣が、私を 、濁った目が、深淵が
「…….シャンディ」
「ひッ……な、ターリヤ…ぁ…?!」
悲しそうな顔で、私に馬乗りになっているのは、ナターリヤだった。
点滅する視界の中でナターリヤの髪がふわりと揺れて、その毛先に視線が奪われる。なんで、ナターリヤが。
「……ねぇシャンディ、楽しかった?」
「っ!!」
「いきてて、楽しい?私を殺してまで、生きてるんだもの、絶対楽しいよね。」
剣の柄に縋り付くようにして体重をかけて来る。
痛みに、現実に曖昧になった脳が目の前の光景を事実として受け入れていく。
青白くなった友人。
心臓を貫かれて、死んだ私の親友。
認めたくなくて、私は彼女から逃げてしまった。
ナターリヤ、ごめんね、ごめん……!
「ナターリ…ヤ、ごめん……ごめん…なさい…!痛いの…っ許して……!!」
「ねぇ酷いよ。私はこれ以上に痛い思いをしたのに、全部失くして何もないのにシャンディは息をしてて楽しそうに笑っててそうやって生きていて。ねぇなんで私だったの?シャンディじゃダメだったの?本当はわかってたんじゃない?あのまま自爆するかもしれないって。シャンディなら分かってたんじゃない?ねぇ、ねぇ、ねぇねぇ!」
ナターリヤの涙がボロボロと落ちて来る。
今も腹を貫かれて痛くて苦しいのに、それよりもこんなに悲しくて悲しくてたまらないのは何故だろう。
ナターリヤの涙も私の涙も一緒に混ざって頬を伝って地面に溶けていく。
口の中で血の味がして、それが余計に寂しくてたまらない。
ナターリヤ、警護隊の悩みも恋の悩みもなんでも乗ってくれた私の大切な親友。
ごめんなさい、ごめんなさい。
「ねぇシャンディも来てよ、1人は寂しいよ、冷たくて暗くて怖いよ、シャンディ、シャンディ、一緒に行こうよ」
私を貫いている剣が青紫色の光を纏い始める。シガイが現れる時の言い表しがたい音がやたら耳につく。
それは深淵から化け物が這い上がって来る時の光とよく似ていた。
光はゆっくりと私の方へ流れてきて、溶けていく。
ナターリヤはもう一度私に「ね、一緒なら絶対楽しいよ」と泣きながら笑った。
「シャンディ、一緒に死んで」
優しい微笑みだ。涙をポロポロ流しながらナターリヤは笑っている。
ごめんね、ごめんね、ナターリヤ。わたし。
貫かれているはずのお腹が温かい。そこから私じゃない別の何かが身体を満たしていくのを感じて……
……
……なにもかもが、あいまいになって……
パキッ
耳元で小さな音がした。
その音で世界が一変する。私に馬乗りになっていたナターリヤはかき消えて、テンガロンハットの男が現れ私の上から飛び退いた。
貫いていた剣も桃色の光を放って消える。私は涙が、止まらない。
「……なに今の」
「は、っ…は…っ……」
「……。……あぁ、これかぁ」
不愉快極まりないと言いたげな表情で私の顔を覗き込むと、男は手を伸ばして私の左耳に触れた。
あっ、息を飲むより早く金具が外されてピアスが男の手に渡る。
まって、それは、先輩がくれた、ピアス、で……。
返して、かえし、て。
「ふぅん、よかったね。命拾いしたみたいだよ、キミ。これくれた【誰かさん】に感謝するといいんじゃない?…ま、最もキミにとって『生きている』のが本当にいいことかわからないけど。」
男の手からピアスが落ちていく。
キラキラと青緑が光って、地面に落ちて、男のブーツの底に踏み潰された。
全身に力が入らない。
私はそれを見ていることしかできない。
なんて、無力なのだろう。いまも、むかしも、変わらない。
「……あーあ。興ざめ。お姉さん本当にツマンナイ。…じゃあね。もう2度と会わないことを祈るよ」
男はそう言い残すと、冷たい視線を向けて、そして通りの方へと歩いて行った。
路地裏に静けさが戻ってくる。
遠くで車のクラクションが聞こえて、大通りの喧騒がここまで届いている。
地面に砕け散ったピアスが落ちているのを、私は眺めていた。
寒くて寒くて、力が入らなくて。口の中は血の味だけで。
それから悲しくて悲しくて、悔しくて悔しくて全部が頭の中をぐちゃぐちゃにかき回して、空っぽになって、それから涙も唾液も脂汗も、全てがぐちゃぐちゃだ。
ああ、もう、なにもかも……考えるのをやめてしまおう。
……つかれちゃった、な。
泣いているナターリヤの顔が、踏み砕かれたピアスが、薄暗い路地裏が、私の脳裏をよぎって、……それでおしまい。
「ノークト!置いてっちゃうよ!」
「待てって、デカイぬいぐるみ持ってて前が見えないんだよ」
「えー?…ふふ、ぬいぐるみに隠れてるノクト可愛い」
「イリス……」
ノクティスは、少し先を殆どスキップのように歩いていくイリスの背中を見つめてため息をついた。
(ノクティスの体感で)朝起きたら誰も部屋にはおらず、聞けば各々好き勝手に出かけているらしかった。
おそらくグラディオとイグニスあたりは食材の買い出しだろうし、プロンプトは……写真を撮りに行ってるんだろう。
そして自分は…グラディオの妹のイリスとレスタルム観光をしていた。
自分より数日早くレスタルムに着いたイリスはこの街出身のシャンディという人に連れられてこの街を散々観光したらしく、とても詳しく色々と教えてくれた。
そうして一通り周り終えて、イリスからかなり大きめのモーグリ人形を渡されて…ノクティスはそれを抱えながらホテルへと戻っていた。
「そろそろみんな戻ってきてるかな」
「さぁプロンプトはまだ戻ってな……
「ッきゃあぁあ!」「っ!イリス!」
悲鳴をあげて後ずさったイリスの元へ駆け寄る。顔面蒼白で路地裏の一点を見つめたままのイリスの顔を見て、ノクティスは視線を追いかけ…….息を飲んだ。
「っ?!」
「ッシャンディさ…ん?!」
以前ガーディナの渡船場で見かけた女性が、血まみれで倒れていた。
スーツの下のシャツは元の色がわからないほど血を吸い込んでしまっている。
特に腹の周りは酷い有様で、ここまで血の匂いが漂ってくるほど出血しているのだとわかる。
抱き起こすと細く息をしているのはわかった。
だが、恐ろしくなるほど身体が冷たい。ノクティスの体温すら奪われていくようだ。
「イリス!イグニスに電話!」
「う、うん!」
ふと、思い出したのはあの時の光景。
目を見開いて、怯えて逃げるような姿。
「……あと、グラディオにも急いで連絡いれてくれ」
「…え?兄さん?」
「名前を言えばわかる!ホテルにすぐ来いって言っといてくれ!」
あまりに冷たい体を抱き上げて、ノクティスはシフトした。
抱き上げた腕が血液で濡れていくのを感じて、眉を寄せる。
人間はこんなにも冷たくなるのか、あまりの冷たさに背筋が凍る。
「マジで勘弁しろって…!」
どこの誰だか知らないが、この人が死んだら、グラディオは間違いなく悲しむだろう。
考えただけでめんどくせぇから、頼むから死なないでくれよ。
そんなことを考えて、ノクティスはホテルの部屋に向けて魔力を向けた。